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4.挑戦と失敗と其の後

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「ケイス…お前…ふっ…やっちまったな…くっくっくっ」

寝ぼけ眼で屋根布から出てきたケイスに向かって、真剣な表情を浮かべ…ラダが残念そうに告げる。
だが…押し殺した笑いがクツクツと漏れている上に声が明らかに上機嫌の時のもの、楽しんでいる様子が隠しきれていないし…眼差しは興味津々と言った感じの雰囲気が駄々漏れ。

「…ななっ…何だ?!」

起き抜け…外へ出た瞬間の声掛けであり、ケイスは藪から棒な揶揄いに只々驚く。
動揺し目が泳ぐケイスの表情を目にしたラダの口からは、我慢していたであろう笑いが一気に溢れ出し爆笑になっていた。

「ぶはははっ、土産を持って…ぷほっ…上客が…来てるっ…ぞ。くはっふっ、大切なお客さんだ…丁寧に対応してやれぇ」

涙流し…吹き出しながらラダが告げた言葉。

ラダが…顎をしゃくり、顔で指し示す方向を見てケイスは気付いた。
野営用の屋根布3メル程前…昨日追い払ったはずの小魔物が大人しく座し、其の眼前に砂漠鼠ザントラシャの死骸3匹を丁寧に一列に並べ待つ姿があることを…。
唖然とするケイスに向かい、爆笑から復活したラダが…今度はニタニタ笑いに切り替え言い放つ。

「ケイス、どうやらお前さん…凄いお得意様を持っちまったらしいなぁ~」

其の言葉を耳にし…目の前に広がる光景を目にし、ケイスも理解する。
自身の行いが、其の小魔物…マルチカダムを手懐けてしまったのだと。

其れからの移動には、捧げ物と共にマルチダカムが毎日現れるようになった。
まん丸のうるるとした瞳を期待で輝かせ、訴えるように此方を見つめ…対価捧げ報酬を求めてくる日々が始まったのだ。

「いやっ…お前さぁ…って、確かに対価を払えたぁ言ったがなっ…」

返す言葉を飲み込みたくなる程の凝視、思わず視線を外す。

「ちっ…くそっ」

ケイスの負け…であった。
悪態つきながらも…其のささやかな捧げ物を受け取らざるを得ず、代わりに加工した肉を与える事が…日課となるのだった。



聞き語り…聞いた話を丁寧に語るウィアを前に、ニウカは黙って大人しく耳を傾けていた。
だが其れも束の間、いつものように口がウズウズし…突っ込みを入れ始める。

「えっ、其れが言ってた恩返しか? ショボすぎだぞ! カハハハッ! 有り難くも無いもんもらったって、なーんも嬉しくないってば」

"ありがた迷惑" と強気の一言で一刀両断し、カラカラと清々しき高笑いまで送る。
其処まで強気に出られると…何となく至極真っ当な意見にも聞こえてしまい、ウィアは一瞬…自分の芯が揺らぎ気圧されそうになる。

「其れにオレは食っちまっただけだけど、ソイツは盗んで…そんで恵んでもらってるぞ? 何~か状況が違うんだよなぁ~」

更に偉そうに、話のアラまで指摘し始めるニウカ。
だが其の身勝手な駄目出しは、ウィアの怒りに再び燃料投下し…ブチリッと良い感じで着火させた。

「はあぁ? 盗人猛々しいってのは、正しくお前の事! 盗み食いも盗人も同じ悪!! 悪い事したらまず謝れ、謝罪も礼も気持ちの問題は大きいんだ! 人ってのは例え有り難く無くたって…其の思いや言動に心動かされる事もあるし…温情抱いたりするもんじゃあないのかっ! ニウカは餓鬼の癖に、子供が持つべき素直さが足りてない!」

強めに処断するウィア。
しかも煽る様に言い返し…あざける様に皮肉っぽい笑みを浮かべ、更にニウカをこき下ろす。

「其れとも…お子ちゃま過ぎるせいで、仁義礼節っつー人にとって大切なもんを理解出来ないのかぁ?」

いつものウィアなら…聞き語りに対する茶々など軽く受け流すのだが、珍しく…今回は強い憤りを示す。
ニウカに正面から向き合い、鼻先に指突き付け…牙を剥く。

逆にいつものニウカは、此処まで言われれば確実にブチ切れていたであろう。
"押し付けがましい" とウィアのからの挑発を受けて立ち、大荒れになる所。
だが今回のニウカはウィアの反応とは対極の状態であり、同じく珍しくはあるのだが…怒り昂りに流されず踏み留まり…冷静に対処していた。
そして妙に真剣な表情で…不似合いなおどおどした感じ醸し、ニウカはウィアに問い掛ける。

「…それって、…此の前…やってくれたヤツの事も…言って…」

「はっ? そっ…そんな事、一言も言ってない!!」

何故か双方、微妙に動揺している。

普段から少しでも年上の余裕見せるべく、せっかちな気質押し隠しユッタリした対応を心掛けるウィア。其れなのに今回はニウカの話が終わる前、遮るように言葉継ぎ…瞬時に否定する。

ウィアの表情に、若干悲しむような…微妙に恥じ入るような…複雑な思いが浮かぶ。
そして何より真っ赤であり、強気なウィアには珍しく…涙目になっている。
気付いたニウカは余計に慌て、しどろもどろの説明を始める。

「いやぁ…アレはアレで、ちゃんと…有り難い…って思ってるってば。どんなもん…でも…さっ…」

「だから関係無いっ!」

とある話題に及んでしまった事を悔いるように、ウィアは強がる様な怒った表情浮かべ…ばつが悪そうにニウカから視線を逸らす。

リビエラへの弟子入りを切に願い、ウィアが周囲を懸命に説得し自力で勝ち取った…一座での踊り子の見習いの立場。

対価として負わされたリビエラの子供達の世話も…見習い弟子にも回される仕事も…料理や買い出しも…公演の受付や会計だって、大人顔負けの仕事っぷりで難なく成し遂げるウィア。本来優先すべき踊り子見習いとしての実力は、平凡…かもしれないが…努力が認められるぐらいには上達もした。

自身が興味を持ったものへ向ける意欲的な好奇心と努力続ける根気強さ、此の2つを余す所無く発揮したおかげでウィアは様々な事をこなす。自他共に認めることだが、ウィアは結構優秀なのだ。

それでも世の中にはいくらやっても努力しても報われない事がある…と言うことも、ウィアは早くから理解する。

何にでも挑戦し諦めず努力するウィアが、人によって得手不得手があると言う事を心から納得したのは…意外にも幼い頃だった。
母を真似たくて…無理に手伝いを申し出る事で、悟りは開かれた。

「できるもん!」

そう言って、母から奪い取るように挑戦した仕事。

「頑張って仕上げたね…。きっと何度も挑戦すれば上手く出来るようになるよ」

完成させた事は褒められ、結果については慰められた。
言われた通り、挑み続ける。

「大きくなったら上達するかな…」

根性を見せる。

「…うん、使えれば…何とか使えるから…きっと…大丈夫だよ…」

懸命に努力する負けず嫌いのウィアだが、何度挑戦しても…徒労に終わる。
仕上げたモノ全てが、何故か訳のわからない…意味不明な芸術作品になってしまう恐ろしさ。
其の恐怖に負け、諦めた作業。
生活の中でも重要な位置取りを持つのに、苦手であり下手くそであり…いくら遣っても上達しない仕事。

「……裁縫?」

珍しくおずおずとした雰囲気で呟くウィアに、リビエラが勢いよく答える。

「そうだよ!」

仕事も生活も…厳しく指導する師匠であり雇い主でもあるリビエラ、稽古や仕事…日々様々な課題を無茶振る。しかも努力は認めるが…成果も要求し、全ての事に一切の容赦が無い。

「ウィア、ニウカの下穿き股の所の綻びにあて布しといてくれるかい? 他の子達のは終わったんだけど、ニウカの分だけ間に合わなくってね…」

「はっ?」

「聞えなかったかい? 直しを宜しく…って言ったんだ」

リビエラは舞台化粧をしながら、其の手伝いをしていたウィアにニタリと微笑みながら仕事を与えた。

「でも…縫いもんは…」

「あぁ、分かってるって。大丈夫だよ! 何だって苦手を放置するのは良い事無いんだから、下手なら下手なりの努力が必要さ。まぁ場数こなして怯まない根性が身につきゃあ、舞台でも役に立つよ。頑張りな!」

「……」

無言になるウィア、唯一の苦手仕事を任されてしまったのだから当然か…。
師匠からの言葉に其れ以上の反論許されるはずもなく、リビエラの指示の下…ニウカの下着の補修を行う。

だがウィアが手掛けたものを持ち主に渡した瞬間に返されたのは、強烈な抵抗感と…いつも以上に苛烈な反抗的な態度だった。

「何だよ此れ!!」

ニウカが、真っ赤になって叫んでいた。

「師匠から託されたんだっ!」

「はぁ?? 訳わかんねぇ! 何でお前がオレの下ばきぃ…」

そう言いながらチラリッ…と修繕されたものを確認し、更に顔を赤くし文句垂れる。

「おいっ、此れって直す前より酷くないか?? はぁぁぁ…出来ないのにヤるなよ! こう言うの…凄っごく余計な事っつーんだぜ、自分でやった方がまだマシなんじゃないか」

確かにニウカが文句を言っても当然の…出るものが出せない様に作り変えられたり…実用に向かない…奇妙な所が縫い付けられたり分厚くなったりしている、中々独創的な出来映え…であった。

「…練習台にして…ゴメン」

「あっ…!」

ウィアはニウカが言葉継ぐ間もなく、唖然とするぐらい一瞬で立ち去った。

其れ以来…触れてはならぬ壁が出来たかの様に、ウィアは不自然にニウカを避ける。
ウィアは普通に接しているつもりだったが…ニウカにとっては余所余所しく感じる程度に距離を置かれ、後悔で焦燥感募る…。
其の分…いつも以上にウィアを執拗に揶揄い、身勝手で悪辣な態度を取ってしまったのかもしれない。

だが今回…ついニウカへの不満高まり、自ら古傷に対する心情を口にしてしまった。
其の時と同じ様にウィアの表情は固まるが、今度はニウカも機会を逃さない。

「…あの時は…繕ってもらったのに、文句なんか言っちまって…済まなかった」

ニウカは透かさず頭垂れ、速効で謝罪する。
10年に1度咲く花でも見たような気持ちになる珍しい光景に、ウィアは驚く。
あの時…自身の恥じらいのせいで遣ってもらった繕い物に対して感謝伝えなかった事を…裁縫を苦手とするウィアが懸命に仕上げたものを貶し傷つけた事を、ニウカは悔いていたようだ。
だからこそ感謝を伝え直す。

「………ぁ…あっ、あぅりがとぅ…」

とても言い出し辛かったのか、何とも中途半端でへっぴり腰な感じの感謝の言葉。
だが…ニウカは伝えられた事でスッキリし、妙な胸の突っ掛かりが消えた気がする。
さっぱりした気分訪れると、何だか妙に魔物話の続きが聞きたくなっていた。

ウィアもまた…ニウカからの予想外の謝罪と感謝を受け取り、自身の中に変な拘りと突っ掛かりがあった事に気付く。
そして不器用な感謝で気持ちが暖められ、ほこほこした気持ちで続きを語りたくなった。

「さあ、余計なこと言ってんな。終わりじゃないんなら、ちゃんと最後まで語れ!」

「はあぁ? 茶々入れ始めたのはニウカだろ?」

「…そのっ、あぁあぁ~話の腰を折って悪…いかも。まぁ、中途半端っつーのは良くないからなっ」

「…ん~あぁ、まぁ…続きだな…」

何だかんだと有耶無耶にして促されたウィアだが、確かに途中で止めてしまったムズムズを解消したくもある。

「…で、結局どーなったんだ?」

「あぁ…其のケモケモの魔物は他に仲間が居ないからなのか…渡される肉が気に入ったからなのか、其の後も2人の後を付いてったそうなんだがな…」

再びウィアは続きを語り始めるのだった。
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