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3.長閑なやっちまった

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「おいっ、程ほどにしろよ~」

レダの冷めた視線と言葉で平常心取り戻したケイス、咳払いしながら体裁取り繕い…気持ち切り替えモフリの誘惑を断ち切る。
そして触れているだけで表情がダラケそうになる、ホワリっとした手触りの小魔物について…推測した内容を口にする。

「…んんんっ。資料室にあった記録があんまり正確で無さそうなのは、単純に砂漠で見かけることが無い…からかな。毛皮などの流通がない事については……」

此処でまた毛並みに思い至り魅了されそうになるが、グッと我慢して続ける。

「希少だからか…加工等に問題があるのか、まぁ…利用されていないのにも何らかの理由があるのだろう。其れにしても…」

"とても魔物とは思えない…" と続けるつもりだったのだが、何故か思い付いた言葉を飲み込んでしまう。
魔石持つ魔物に分類されているのに…魔物らしからぬ弱々しいソイツを前にすると、憐憫の情が湧き…通じる訳でも無いのに何だか傷付けてしまいそうな気がしてケイスは言葉濁す。
決して…モフりへの道を切り開くべく点数稼ぎをしている訳では…無い。
魔物への要らぬ気遣いはさて置き、本来の目的を思い出す。

「まぁ…何にしても、オレらのもんは返してもらうぞ」

未だ咥えて離さぬ…奪われた食料袋を、ソイツの口から引っ剥がし…取り戻す。
呆気なく袋を放したが…勿論…反省の色見せる訳もなく、まるでケイスの方が悪い事をしたかのように…プシュープシューっと威嚇の嵐吹きつつ抗う。
しかも口が自由になり、ガシガシ…カジカジ…と見境なく噛みつこうとし始める。

「…ったく、諦めが悪いなぁ~」

思わずボヤいてしまうケイス。
もっとも今は…首根っこ捕まれ…持ち上げられた宙ぶらりん状態であり、動きは制限され…抵抗と言うには程遠い無抵抗な状態。
短い手足を一生懸命振り回すが、相変わらず攻撃としての有効性は皆無。
今一つ気が抜ける見た目持つ…残念な行動を取り続けるソイツの姿を眺めていると、何だか無性に溜め息がつきたくなるのだった。

魔物は物理的な力以外にも、魔力と言う悪さする手段を持つ分…只の獣より手強い。
魔力で頭脳まで強化されるのか、人さえも手玉に取る悪賢さ持つ個体もあり…大きさだけで侮ってしまえば痛い目を見る事もある。

今…目の前に居る小魔物も、文献には載っていたが確実には把握出来てない…得体が知れぬ魔物。油断は禁物…のはずなのだが、見てるだけで気が抜け…ついニヤケてしまう。
相手を油断させる…ある種の才能、生き抜くための能力…とさえ言えそうだ。

此の愛くるしい姿形のトボケタ行動をしている魔物、根性だけは満ち溢れてるのか…自分の強さを大きく勘違いしているのか…ただ馬鹿なのか…完全に押さえられてるのに魔力まで用いて逃げ出そうと企んでいるよう。
しかしソイツが敵認定して攻撃しようと試みる相手は…既に腕の中に収め主導権握るケイスであり、当然の如く零距離。
魔力での強い攻撃仕掛けたのなら、自爆状態になるだろう。

だが、出来る出来ないと…遣る遣らないは…確かに別。
ソイツは、実行した。

もっとも…現状や自身の力量を把握してないのは明らかであり、元々持っている魔力が少な過ぎるのか…本能で危険察知し無意識に加減してしまうのか…攻撃には届かぬ無意味な魔力がチカチカと光る羽虫の如く仄かに灯るだけ。
挑戦はしてみたが、結果は…。

蹴り同様…魔力攻撃が効果無しだったと言うのに、未だ闘志溢れる小魔物。
其の不屈の精神には、敬服する。
だが根性…と言うよりは、単純に馬鹿だから…なのかもしれない。
フサフサの尻尾を腹の方へ巻き込みながら…目を爛々とさせ耳を倒すケモケモ毛玉は、威嚇しながらガジガジと歯を鳴らし…噛みつく相手を求め首を伸ばし…蹴り入れるべく足を回転させ…攻撃がいつか届くと願い続けるのだった。

ケイスは…此の無駄な努力を続ける不憫な暴れん坊を抱え、魔物だというのに…思わず丸めてクシャクシャと撫でまわしたい気分に陥る。
牙を剥き出し…一見狂暴そうな行動を取るのに、悲しいぐらいに壊滅的な攻撃力の無さ。憐れを通り越し、心掴まれ…むしろ愛おしい。

『うっ…手触り以外でも惑乱してくるとは! 精神蝕む新手の魔力行使か?!』

ケイスは自身の弱点を棚に上げ、思わず真剣に勘繰ってしまう。
ケモケモ同様の間抜け面を曝しながら呑気に熟考している間、色々と警戒し見守ってくれていたラダが…改めて忠告する。

「そんな形でも…魔物は魔物なんだから、決して侮るな~」

あまりにも小魔物を気に掛けるケイスに、ラダが一応釘を刺す。
ケイスは其の言葉で少しばかりの正気と…羞恥心を取戻し、目線そらしながらラダに確認する。

「こいつ1匹で食いもん盗もうとしてたけど、他は居なさそうか?」

「あぁ…パッと見は居ない感じだ」

「んー普通は5匹ぐらいで岩に擬態し獲物に近付き、集団で狩りをする…って書いてあった気がするんだがなぁ…」

「岩? 最初から毛玉にしか見えなかったが…擬態なのか? 行き倒れの獣の死骸かと思って一応確認しに行ったら…生きた魔物だった…って感じだぞ」

此のケモケモは擬態しながら食料袋に近付いていたようで、違和感に気付き確認しにいったラダの足元を駆け抜け…食料袋を奪ったようだ。

「苔むした岩…? に擬態するらしいんだが…」

ケイスにとって苔の存在は想像の範囲外のようで、首を傾げながら述べる。
確かに此の砂の国から出たことのないケイスにとって、苔は未知の存在。

「あぁーなるほど苔岩、樹海に転がってるアレか。確かに似てるかもな」

ケイスにとっては文章で得た情報だが、隣国の樹海に暮らしていたラダは…ポケッと空を仰ぎつつ思い出掘り起こし納得する。

「はははっ、確かに此処ら辺じゃあ、こんなケモケモっぽい感じの岩は無いもんな。擬態しても逆に怪しさ倍増して、目立っちまうよなぁ」

「お前、コイツみたいなの見たことないのか?」

「一度も無い!」

ラダは元気良く断言する。
隣国の隣国…其処の樹海地域に生息すると書かれていた魔物、同じく樹海出身のラダであっても見たことが無いと言う。
思わずラダのあっけらかんとした呑気さに笑い漏らしつつ、ケイスは先程思い出した資料の内容…其の少し間抜けな魔物についての情報を改めて検証してみるのも良いかもしれないと思うのだった。


"ヴェステのインゼル寄りの砂漠に住み着いてしまった大岩蛇グロッタウの討伐" 

2人が所属する狩猟組合へ、撃地点最寄りのジェリの村を統括するリヤヌラの町から出された討伐依頼。
今回…ラダとケイスが派遣され、今此処にいる。

境遇や性格は異なるが…冒険者や傭兵になる程度の武力を持ち、単独で大岩蛇を狩る実力を持つ者達。
どちらも請け負った仕事は着実にこなす、真面目で手堅い人員。積極的に戦いを求める派手な気質ではなく…どちらかと言うと穏やかに過ごすことを望む安定志向であり、定住者で成り立つ狩猟組合に所属した。

年齢の割にお調子者のラダは…経験は豊富であり効率良く仕事を片付けるし、ケイスはのんびりとしてはいるが真面目で勉強家であり…若い割に確実丁寧な仕事っぷりを見せる。
補い合うのに丁度良い相手であり、今までも組まされて派遣される事は多かった。

気心の知れた相手と、のんびり気楽に然程困難でもない依頼へ向かう。
其の道すがら遭遇した…間抜けな盗人魔物、ソイツが今ケイスの腕の中でモガモガしているケモケモだ。
無事食料袋は取り戻したし、見慣れぬ魔物ではあったが大方の性質なども見当が付き…緊張感も緩む。
まぁ…あまりにも暴れるので、少々持て余しぎみではある。

「そう言えば…村の長に聞いたことがあったかも…」

此の愛くるしいのに何とも狂暴な毛玉、動いている姿は記憶に無いが…物語の中に存在した事をラダは思い出す。

「森の奥の奥、人が訪れぬ地に居る…って聞いた気がする。むか~し希少魔物の話にハマってた頃、爺にせがんで聞かせてもらったのが…ソイツの話だった気がしたぞ。薄暗い森ん中なら、獣の死骸擬きの様な下手くそな岩への擬態でも有効なんだろうがなぁ。苔岩はモフってるけど、此処までケパケパじゃないからなっ。まぁ…それに、話ん中だとコンナ気の抜けた感じの奴じゃ無かったぞ」

「…だよな、間抜けな感じが半端ないよな。それにしても…何で森から遠い砂漠寄りの草地なんかに現れたんだろうなぁ…」

「確かに変な場所に居るが、ハグレってそんなもんだろ。依頼の大岩蛇だって本来は水場に住むんだし、完全水無しの砂漠地帯なんぞにゃ魔物化しててもあんまり来ないぞ。まぁ…生きるのに必死になってりゃあ、元の場所から大移動しちまう事だって有るさ」

「確かにそんなもんか…」

ラダの言葉で、一応は納得した。
だがケイスは噛み跡の付いた食料袋と腕の中で暴れ続けるソイツを見比べ、思わず…文句とも説教とも言えるような苦言を呈してしまう。

「…けどよぉ、お前…一応…魔物だろ? 狩るのが食料袋って何なんだ? 労力惜しみすぎだぞ? 情けないったらありゃあしない、せめて砂漠鼠ザントラシャぐらい狩ってくれ!」

何だか微妙に残念で、つい…ソイツに憤るような表情を向けてしまうのだった。

ケイスはラダに問う。

「コイツどうする?」

「目的のヤツじゃないし、1匹じゃあ毛皮として売り捌くのもままならん。食いやすそうな肉でもなさそうだし…」

ラダは首を捻りつつ、ケイスに提案する。

「襲ってくる事も無さそうだし、放しちまうか! もう少し移動しなきゃならんし、狩猟用のおとり餌はまだ必要ないからな…」

「そうだなっ。騒がしいから連れてくのも厄介だし、絞めちまっても…下手すりゃぁ魔物を呼んじまうもんな。余計なもんが来て、かえって面倒に巻き込まれちまう」

砂漠や広範囲の砂地の下には色々な魔物が潜ってる可能性があり、魔物寄せになってしまうので…魔物の解体など血を扱う作業は難しいのだ。

「そうだな。放してやってもいいんじゃないか?」

相方からの許可が出たので、ケイスは首根っこを押さえながら抱えていた魔物を少し離れた場所で放り出すことに決めた。
移動する間も変わらず強気で威嚇してくる手の内の盗人魔物、解放する直前…何故かケイスは真面目な顔で魔物と向かい合う。
そして、突然説教を始める。

「あのな…人には近付くな。此の辺りを彷徨ってるのは…人でも…魔物でも…獣でも、其れなりに戦える者だ。お前みたいに直ぐ捕まっちまう魔物なんて、一溜りもないんだぞ! それに生きてる物以外の直ぐ食えるもんには、手間や金がかかってるんだ。食いもん食いたいなら自力で用意しろ、其の方が100倍美味い! 他の奴が持ってるもんには手を出すな、食いたいなら対価を払うべきだっ」

つい親身になってしまった。

魔物は狂暴ではあるが、獣よりも思考力高く…指示に従い様々な内容に理解示す事が多い。軽い指示だけで状況を判断して、作業をこなす能力を持つ。故に…魔物を自律型の輓獣として調教したり、色々と有効活用する。

だがケイスが説教を垂れた今回のケモケモ魔物、無事解放される事自体…僥倖であるのに気付きもしない。
まぁ賢いとは言え、所詮魔物であり…仕方のないこと。
勿論、感謝する事もない。
足が短く…元々低い姿勢を更に低くし、耳を倒し…目を見開き…あらし吹きながら…威嚇してくる。
此方を警戒しながら後退るくせに臨戦態勢であり、放してもらえたと言うのに向かってきそうな勢い。
無礼千万、恩知らず。
それなのにケイスは自分の食料袋から肉を1欠片出すと、あらし吹くケモケモに向かって投げる。

「そんなに怒るなよ! ほらっ、よっ!」

投げられた弁当のおかずに警戒感持ち…一歩後ずさる小魔物に、只の小動物を餌付けるように気さくに気楽に相手をする。

「お裾分けだ! だからと言って、気紛れで恵んでやっただけだからなっ。此れ以上はやれんから、食ったらさっさと行け」

其の言葉の意味を理解したのか…ただ食べ物の匂いに気付いたのか、警戒しながらも食べ物に近付き食べ尽くす。食べた後、小魔物はいつの間にか消えていた。

だが翌日、ケイスは自身の行動を後悔する事になるのだった。
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