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本編

49.王妃とお茶会

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 あの公表があった日から数日後。
 ゆりあは瘴気浄化のために、リカルドたちと王都を発った。最初は、魔物被害が最も多い南の山脈へ向かうそうだ。
 出発が早朝だったにもかかわらず、王城前や大通りには多くの人々が詰めかけた。瑞姫とフォリアは王城から王侯貴族たちと見送ったが。いやはや、この人の多さには慣れない。王都を出るときはこっそり出よう、と彼女は心に誓った。
――――そして、

「ミズキ様のお噂は、かねがね聞き及んでおりますわ」

 王妃、ラズエリーナ・ユーリシアンに会えたのも、その日で。ゆりあたちを見送る前に王族たちと挨拶を交わした際、ようやく王妃と正式に顔を合わせることができた。シルバーグレイの長髪を靡かせた彼女は、呪いで倒れていたとは思えないほどしっかりとした足取りで。まだ少し頬はこけているような感じはあるが、コバルトブルーの切れ長の瞳は力強く光っていた。回復が順調だというのは知っていたが、やはり実際見ないと安心はできない。瑞姫は内心、安堵のため息を吐いた。

「ですけれど、本当に、剣をお持ちになるようには見えませんわね。皆が口をそろえて言うのもわかりますわ」
「母上……」
「あら、悪い意味ではありませんのよ。お気を悪くしてしまったら、申し訳ございません」

 うふふ、と小さい笑い声を上げたラズエリーナを、シリウスは呆れたような目つきで見る。
 現在、瑞姫たちがいるのは中庭だ。見送った後、時間が少し空くという事で瑞姫、ラズエリーナ、シリウスの三人でお茶会へとしゃれ込んだ。王は仕事があると名残惜しそうに執務室へ向かい、フォリアはセイランや王妃の護衛の男性、侍女たちと少し離れたところで立っている。モチネコは、姿を消して瑞姫の頭上に乗ってひっついていた。

(いやあ、それはこっちの台詞でもあるんだけどな……。一挙一動に上品さや優雅さがあって、物言いも淑やかで、こういう人を見習わないとな。さすが、母国となる方、というのが第一印象なんだけど……)

 シリウスから、ラズエリーナが剣も握るし強い、と聞いてなければ、恐らく初見では気づかなかった。まあ、そう聞いていたからこそ、勝手に男勝りかなとイメージしていたが、良い意味で裏切られた感じである。一瞬、シリウスの言葉を疑ってしまったくらいだ。彼は、しか言ってなかったのに。

「いえ、大丈夫です。よく言われますし」

 外見詐欺とよく言われたものだ。こちらに来てからも、それは変わらず。瑞姫はそれに対して、全く気にしてはいない。容姿で判断し油断してくれているラッキー不意打ち万歳!なところがあるからだ。戦闘に関してはわりと過激である。女の敵や犯罪者に対して、も付け足しておく。
 ところで、と瑞姫は話題を変えるため、そう切り出した。

「ところで、――――私に、なにかお話が?」

 特に後半は、声を落として。ラズエリーナとシリウスは目を瞠り、瞬時に表情を戻す。そして、さっ、と一瞬、二人で目を合わせた。気付いていたのか、といわんばかりの所作に、瑞姫はにこりと笑みを作る。

「人の気配がなさ過ぎますよ」

 この中庭、基本的に王族以外も出入り自由だ。王妃がお茶会で使用するときは制限されるので、今はそうなのだろう。だが、兵士が一人もいないのはおかしな事で。護衛はいるが、ここには女神、王妃、第一王子が揃っているので、もう少しいてもおかしくない。

「――――気付くか。まあ、ミズキならおかしくないかな」
「女神様故、ではありませんわね」

 なのに、目に見える人たちと影の気配しか感じられないのだ。影は、瑞姫についている者の気配ある。複数感じるが、追い払われないところを感じるに、恐らく、仲間なのだろう。あと、水の異能もある。それは空気中の水分を操るので、彼女の意識が届く範囲はテリトリー。つまり、そこに人がいたり出入りしたりすると空気が揺れるのですぐわかる。簡易レーダーのようなものだ。それで周りを確認すれば、余計な人はいない事がわかる。何か内緒話でもあるのではないか、と思うのが普通だ。

「誰でも見える場所で人払いしたのは、何もやましいことなどなく楽しく語っているだけ、というのを周知させたい、ですかね。それでも話は聞かれたくないから、信用できる人以外いないんですね」

 部屋に入ってしまえば、見えないからいらぬ探りを入れてくる者が後を絶たないのだろう。見せつけておけば、お茶会だと言い切ることができる。……まあ、それでも意味深なお茶会ととられるだろうが。見せないよりまし、といったところか。

「あぁ、そんなところだ」
「お察しのよろしいお方ですわね。――――えぇ、本題に入りますわ」

 瑞姫に倣い、二人も声を落とす。しかし、浮かべる表情はにこやかに。

「とはいえ、一言だけなのですけれど」

 ラズエリーナは一拍おくと、バッグに大輪の花を咲かせたかのように、美しい笑みを浮かべた。

「呪術師をこと、心より感謝申し上げます」

 その一言で、瑞姫は理解した。スキアーヴォの件、呪術師の件、表の理由ではなく裏の理由まで、ラズエリーナは知っていると。なぜなら、瑞姫が呪術師を捕らえた、とは公表していないからだ。実はあれ、影が捕らえたことになっている。上層部にも、瑞姫が関与している事だけしか伝わっていないのだ。少し驚いたが、顔に出さないようつとめる。

(この方、全部知ってるんだ。……まあ、そうだろうなとは思ったけども。え、どこまで聞いてるんだろう。窓から不法侵入した事も伝わってるんだろうか)

 無論、伝わっているだろう。一応、あれは影も了承していることなので、不法侵入とはならないはずだが。

「私ができることをしただけですが、お言葉、ありがたく頂戴します」

 瑞姫はふわり、と笑顔を浮かべた。こちらも、ラズエリーナに負けず劣らずの大輪の花を背負っているが、本人のみ気付かない。フォリアがいるところでは、侍女含め見惚れている者がいたため、フォリアが小さく咳払いして我に返らせていたりする。

「あと、一つ気になっていたことがあって。――――回収した例のネックレスは、どうされるつもりですか?」
「!――――そのことなのだけれど、本当に、いいのかしら?」
「えぇ。ひびが入ったままでは、可哀想ですし。内密にしていただけるのなら」

 端折った言い方をしたが、彼女は瑞姫が宝石の異能持ちということを知っているので問題はない。以前シリウスに許可を求められたので、いいよと返事をしておいたからだ。
 例のネックレスとは、呪術師がラズエリーナを呪う際、媒体にしていたチャロアイトとセレナイトの宝石がついたものである。加工したいなら声をかけて、と第四騎士団長イズミルに伝言を頼んだが、一向にその話が来ないのでどうしたのかと思っていたところだった。ただ、瑞姫に頼まずとも、彼女が懇意にしているだろう宝石店に依頼すればいいだけの話ではあるが。この二人の様子では、加工はまだしていないようだ。

「正直ね、本当にミズキに頼んでいいかわからなかったんだよ。色々してもらっているし、負担をかけるかもと」
「此度の件、こちらからも協力を願ったと聞いたわ。ミズキさん自らも動かれた、とも」

(あ、そっちか。まあ、気を遣うよね。私が二人の立場なら、そうするし。……立場って、本当に厄介だな)

 二人が言いたいのは、女神にこれ以上依頼しても良いのか、ということだろう。

「その件は、私が言い出したので気にしないでください」

 そうなのだ。加工したいなら声をかけて、と言ったのは瑞姫である。駄目なら最初から言わない。

「なら、それもお言葉に甘えさせていただくわ!あれは、とても大切なものなのよ。あとで、内密に届けさせるわね」
「はい、お待ちしてます」

 瑞姫の返答を受け、彼女は一つ頷く。小声で話すのはここまで、とばかりに、ラズエリーナは声の大きさを戻し、話題を変えた。

「それで、ミズキ様?わたくしに敬称も敬語も必要ありませんわ。どうぞ、ラズエリーナと」
「え。……あー……、ラズエリーナさん、と、敬語は、慣れるまで待ってもらえると助かります」

 無理に敬語をなくして、噛み噛みになるのは避けたい。すでにやらかしているが。それを知っているシリウスは、笑いを堪えているのか肩が震え、口元に手をやりそっぽを向いている。じと、とした目を向けると、彼はすぐさま笑いを引っ込めて向き直った。そして、何事もなかったかのようににこりと笑うので、瑞姫は苦笑いである。

「あと、私も敬称と敬語は不要ですよ」
「まあ。……では、お言葉に甘えさせてもらうわ。お名前は、わたくしもミズキさんと呼ぶわね」

 私的ではそうするが、公的では先ほどのように敬語と様付けですからね、としっかり釘を刺されたが。この後は、護衛が時間だと告げに来るまで世間話をして盛り上がった。
 例のネックレスは、その日の内に、エルが内密に届けてくれた。彼女なら瑞姫付きの侍女なので、部屋を出入りしていても全く怪しまれない。良い人選である。それがスカートの中から取り出されたときは、彼女を凝視してしまったが。どうやら、その内側には、隠しポケットがたくさんついているらしい。万能スカートだ。
 早速、とばかりに瑞姫は加工にとりかかった。と言っても、宝石に耳を傾けたら、頭によぎった姿はこのネックレスのままで。

(このままってことは、ひびが入った部分を塞げば良いのか。余計な装飾もいらないし、楽と言えば楽だけど……)

 前も言ったように、天然であればどのような状態であろうと加工し、別の形にできる。だが、宝石にあった加工をしないとはじかれてしまうことがある。なので、真剣に宝石に向き合い、その声(宝石が話すわけではなく、なんとなく脳裏によぎる)を聞いて加工するのだ。つまり、この部分を塞ぐだけで良いということである。

(えーっと、チャロアイトは――――)

 チャロアイトに関する知識を、記憶の底から掘り起こす。右手の人差し指をひびが入った部分に添え、ゆっくりと上下にこするよう動かした。異能を発動しているため、彼女の瞳が煌めく。数度動かせば、それは徐々に塞がり、元の美しい宝石の姿を取り戻した。セレナイトの方も確認すれば、そちらも欠けている部分があったので修復。他はないかと慎重に、隅々まで確認。なさそうだ。

「よし、終わり」
「お早いですね」
「修復だけだったからね~。これはこのままの姿を望んでるみたいだったから、余計なことせずにすんだしね」
「なるほど」

 作業を終えたので、瞳の煌めきも消える。ネックレスを丁寧に包み直し、エルに預ければまたもや万能スカートへ。気配を消して部屋を出て行くエルを、瑞姫たちは見送ったのだった。
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