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本編

13.手合わせっ

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 レイノートと瑞姫の手合わせは、次第に苛烈さを増し、彼は魔法、彼女は異能を駆使して激しいものとなっていた。瑞姫が水を飛ばせば、木刀で切り捨てられ、魔法で相殺される。反対に、レイノートが魔法を使えば、瑞姫はすべて同じ威力の水の異能で相殺していった。加えて、彼女は異能を操りつつがっつり打ち込みに行くので、レイノートは防戦一方。しかし、押されているにもかかわらず、レイノートは笑みを浮かべている。楽しいのだ。ここ最近は、本気でやり合うことなど全くもってなく、事務仕事で体がなまっていた。レイトラルともたまに打ち合うが、年に数回である。
 元々、レイノートは強者と戦うのが好きだった。瑞姫が強いとは聞いていたが、自分と渡り合えるほどに強いとは思わず、やりあっているうちに彼の奥底に眠っていた獰猛な獣が目覚める。
 一方、瑞姫もレイノートが身の内に飼っている獣が目を覚ましたことには気づいていた。だって、彼の目にはもう、獲物を追い詰める猛禽類のような獰猛さが浮かんでいる。それを、怖いとは思わなかった。むしろ、それにあてられて、徐々に彼女も本気を出し始めていた。彼女の瞳はギラギラとギラついている。
 彼が、本気を出しても大丈夫だと言ってくれているようで、理性こそ失わずにいるものの、攻撃に遠慮がなくなってきている。しかし、それも長くは続かなかった。

―――バキッ!

 瑞姫が思いっきり振り上げた木刀と、迎え撃とうとしたレイノートの木刀が重なった瞬間、両方の木刀が折れた。あまりの激しい攻防に、魔術強化されているにもかかわらず、木刀が耐えきれなかったのである。

「うわ!?」
「!」

 ぱしゅん!と、瑞姫は水で体を打ち上げてレイノートの頭上を飛び越えた。無理な体勢で行ったため、彼の背後で着地失敗したが。

「ふぇ~……、びっくりした~……。やっぱ木刀が破損したか~……」
「め、女神様!怪我はありませんか!?」
「あはは、大丈夫ですよ。レイノートさんこそ、大丈夫ですか?」
「えぇ、私は頑丈ですので。それより……」

 どうぞ、と手を差し出されたので、瑞姫は遠慮なくそれに捕まって立ち上がった。

「だ、団長!女神様!大丈夫ですか!?」
「私は、一応なんともないが」
「私もです。やりすぎましたね。ちょっと疲れました……」
「ちょっと!?あれでちょっとと仰る!?」

 あれだけ激しくやりあっていたのに、双方たいした怪我もなく、あるとすれば打撲だろう。それも、二,三日すれば治る程度の軽傷だ。
 さすがの第一騎士団、オヴェラルト以下、団員たちは顔を盛大に引きつらせている。またまた心は一つ。

―――化け物か!

「いやあ、いいもん見せてもらったぜ」
「総長!シリウス殿下!」

 いつの間にか、レイトラルとシリウス、セイランが来ていたようだ。全くもって気づかなかったのは、夢中になりすぎていた証拠である。
 どうやら、あまりの苛烈さに危なくなっても止めに入れないと悟ったようで、総長であるレイトラルを呼びに行かせたらしい。レイトラルがいたのがシリウスの執務室だったので、彼とセイランもつれてここに戻ってきたようだった。

「ミズキ、君、本当に強いね……。怪我はない?」
「打撲かな。骨には異常ないし、すぐ治るよ~。お騒がせしました。はあ、でも楽しかった。体思いっきり動かせたから、結構すっきりしたし、強い人とやるのはいいね~」

 高揚感は収まったのか、ギラついていた瞳も通常に戻っている。にこにこ、と上機嫌な瑞姫の様子に、シリウスはあ、そう、とちょっと遠い目をした。

「兄上、殺す気でしたか?」
「あぁ、そうでなければ女神様に失礼だ」
「あー、セイラン、あのね、私が最初に挑発したの……。殺す気で来ないと本気出せないって言ったの」
「な……」

 普段動かない表情が動いたセイランは、パッ、と兄であるレイノートを見た。レイノートは深く頷く。

「実際、こちらが本気を出さないと、女神様の本気を見られなかったからな。それに、あれ以上長引けば、女神様のスタミナが切れるのが先か、私が膝をつくのが先か。更に言えば、女神様が全力を出し始めたのは、木刀が折れる少し前からだ」
「そうだな。この世界に来て、人とやるのはレイノートが初めてなはずだ。魔物で実戦を積んで、と聞いていたから、人相手に最初っから飛ばすとまずい。だから、徐々に強くしていったところで、木刀が折れたんだな」

 さすが、手合わせしていただけあって、それは感じ取っていたようだ。そして、レイトラルも同じく、それは感じていた。うんうん、と瑞姫は二人の言葉に頷く。

「女神様、木刀をこちらに」
「え、あ。そうだった、木刀壊してごめんなさいっ」
「いえ。木刀であれば、いくらでもありますのでお気になさらず。大きい怪我がなく、なによりでございます」

 総長や殿下たちが集まっているのにもかかわらず、ふんわり柔らかな笑みを携えて瑞姫の木刀を引き取ったのは、フォリア・エヴィルだった。そのまま、レイノートの木刀も引き取り、礼をして立ち去っていく。破損した欠片は、別の団員が片付けていた。
 瑞姫がそのまま、周りを見回せば、少し離れたところにフォリアを睨みつけている団員が一人。それが、もう一人の護衛候補シェリタ・ロイエンである。

(一方的、なのか、な?フォリア・エヴィルさんは全くもって気にしてない感じだし……)

 シェリタの表情は、気にくわないと言っているようにみえる。シェリタがあぁも感情を露わにするくらいフォリアを嫌っている、のかどうかはわからないが、いい感情を抱いてないことは確かで、何かがなければ、その理由はできない。……元々護衛を安易に決めるつもりはなかったが、情報収集する必要があるようだ。
 木刀が折れたことで騒ぎも落ち着きを見せ始めたので、シリウスたちはやり過ぎないように、と軽い注意だけで戻っていった。レイノートも執務室に戻っていき、瑞姫はこのまま残って、当初の目的である護衛候補を観察することにした。

「ねー、精霊さん。フォリアさんって、人間?」

 フォリアって誰それー、っていう顔をするので、あの白い人、と大まかに言えばわかったらしく、半分、と言った。

「半分?亜人族と半分ってこと?種族は?」
[そー。白蛇さんなんだよ~]
「なんと」

 白蛇とな。なるほど、通りで全体的に白いわけだ。女性が羨むような日焼けを知らない白く透き通った肌に、雪を思わせる白い腰まである長い髪は一本の三つ編みで結われ、瞳は琥珀色だ。瞳孔が縦長だったために、もしかして人間じゃないのでは?と思って精霊に聞いてみたら、人間と白蛇族とのハーフだった。

「へー、白蛇かー」
[女神様~、白蛇さんはだめなの~?]
[あのねえ、白蛇さんは、女神様にお仕えしたいみたい~]
[さっきから、ずーっとこっちみてるもんね~]

 精霊の言うことはよくわかる。確かに、すごく強い視線は感じていた。それがフォリアからと言うのも気づいていたが、瑞姫はあえてあまり見ないようにしていたのだ。一度目が合ったとき、ものすごくキラキラとエフェクト(幻覚)の煌めきが増し、嬉しそうに笑ったのだ。それを直視してしまい、目が潰れるかと思った。その直後、シェリタが何か言ったのかエフェクト(幻覚)は霧散したが。
 それにしても、仕えたいと言ったか。護衛とどう違うのか。聞いてみるか。瑞姫は訓練が終わるのを待って、フォリアに話しかけた。

「フォリア・エヴィルさん。少しだけお話よろしいです?」
「はっ。なんなりと」

 先ほどのエフェクト(幻覚)は、何だったのかと言うほど普通な態度である。話しかけたはいいが、なんと聞こうか、とじー、とフォリアの顔を見つめた。

「え、と……、あの、女神、さま?」
「うーん。……ストレートに聞きますね。私に仕えたいのですか?」
「!?な、……えっ」

 瑞姫からすれば、精霊から聞いたからストレートに聞いただけに過ぎない。だが、フォリアからすれば、隠していたのになぜわかった、といつもの冷静さを失い動揺して言葉を失ってしまった。もしかして、その思いが顔に出ていたのか?と、恥ずかしさがこみ上げてきて、白い肌に朱がさす。その途端、増した色気に瑞姫がやられた。つられて赤くなった頬を隠すように、両手で頬を押さえる。

「あの、精霊が言って、たので……」
「はっ、な、なるほど、精霊が……。いえ、しかし、その……。私は、……誰かから聞いているかと思いますが、白蛇とのハーフでして。確かにお仕えしたいとは思っておりますが、私では分不相応だと」

 先ほどの動揺はどこへいったのか、話しているうちに赤みが差していた肌も元に戻り、フォリアは少し眉を下げた。

「その、仕えたい、というのは、護衛と違うんですか?」
「え?あ、いえ。護衛も含みますが、私はその、貴女に尽くしたいのです。貴女を主君とし、お仕えさせていただきたい」

 意外と重かった。というか、この短時間でどうしてそこまでになったのだろうか。

「騎士団、はどうするんですか?」
「もしお仕えさせていただけるのならば、辞する所存です。ですが、……先ほども言いましたが、私では……」

「女神様。ご歓談中失礼しますよ」

 そんな二人の間に割って入ってきたのは、シェリタであった。身振り手振りが大げさで、演劇部か!と突っ込みたい気持ちにさせるほど、話し方にも仕草にも演技がかっている気がする。この時点で察した。こいつは、重度のナルシストらしい、と。

「そいつを護衛にするのは、やめておいた方がよろしいかと。何せそいつは、白蛇族ですので」

 ニヤニヤと、気持ち悪い笑みを浮かべていた。瑞姫を見る目はそこまで不快でもないが、フォリアを見る目は蔑んでおり、非常に不愉快である。フォリアは、それに対して何も言わなかった。それに気を良くしたのか、聞いてもいないのにシェリタはべらべらと話し始める。
 曰く、白蛇族は昔から不吉の象徴で、忌避されていたこと。有毒種族だから近くにいれば危ないとか。云々かんぬん。瑞姫が知らないと思っているのか、かなり端折った説明をしてくれたが、訂正しておくと。
 その昔、白蛇族は不吉の象徴と言われており、忌避される存在だった。蛇の種族は有毒種(一部を省く)。その身に流れる血に毒が含まれている。血に接触するだけならかぶれる程度なので大丈夫だが、傷口に触れればそこから毒が侵入する。白蛇族の毒は弱い方らしい(だからと言って、致死量を超えれば普通に死に至るが)。更に、肌に鱗も浮き出ており、全体に白すぎて逆に不気味に映ったのだ。今ではそんなことはないものの、以前は貴族にその血が入ることを反対していた者もおり、一部の古参の貴族たちは未だに敬遠しているとか。シェリタの言動から見て、ロイエン子爵はその一部のようだ。
 フォリアはハーフだからなのか、肌が露出している部分には鱗が見えない。

「もしかして、フォリアさん危惧してるのそれ?毒?」
「毒もありますが、私がお側にいては、女神様の評価にも響きますので」

 シェリタの話は、全面的に肯定するようだ。その表情は、納得しているわけでもなさそうだが。

「そうです。ですので、護衛はそいつ以外がよろしいかと存じ上げます」
「……、では、貴方は誰がいいと思いますか?」

 そこまで言うなら、推薦する人間がいるんだろうな?と言う気持ちを込めて聞いてみた。

「次期副団長ではないか、と言われている私では。私は自分で言うのも何ですが、整っている顔ですし、実力もあります。女神様の隣に立っても、遜色はないかと」

 すごい売り込みである。そして、やはりナルシストであった。確かに、シェリタの容姿は悪くない。整った顔をしているし、肌は少し日に焼けているが健康的に見えるし、銀色の長い髪は緩やかなウェーブを描いており柔らかそうだ。瞳はコバルトグリーン。しかし。
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