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第五章 真実

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アスケニア王国歴、五四一年の十一月。王国西部にあるマドリアという都市で内戦が勃発ぼっぱつ
 今から三年前の出来事である。この日、内戦討伐ないせんとうばつに王国騎士団が派遣される。
 その中には当時、王国騎士団の第一師団長のカノイの父、カエサル=フォンミラージュと妻でカノイの母、ミランダが騎士団と共に参戦し、医師として、ノルマンとノアーサの母、ローズ=カイレオールも同行していた。
 今の王様が即位してからというもの、粛清しゅくせいに留まらず、経済も大きく国民に影響した。
 粛正しゅくせいと領地の接収せっしゅう。これによって、工業こうぎょう産業さんぎょう貿易ぼうえきが立ち行かず、重税じゅうぜいに苦しむ国民が暴動ぼうどうを引き起こしたのである。
 マドリアはアスケニア国で最も産業が栄え、それに便乗して、かつては経済も豊かな場所であった。しかし、今の王が即位してからというもの、治安は悪化するばかり。
 失業者もあふれ、今回、庶民が起こした暴動は数日では修まらず、もうじき一週間が過ぎようとしていた。
 場所はノルマンとノアーサの母、ローズが派遣された病院。マドリアで一番大きな病院の一部を負傷した人たちの救護場所として設置させた。 
「元気している?」
 たまにカノイの母、ミランダがローズの病院に様子を見に来てくれる。二人が揃うと、決まって、我が子であるカノイとノアーサの話となった。
 二人を送り出してから七年。今や彼らも十四歳になろうとしていた。
「ミランダ。元気よ」

 ローズがおっとりとした口調で話す。
「それは良かった。内戦も落ち着いて、早く撤退てったいしたいわね」
 医務室の患者側の席にミランダが座って語りかけた。
「ノアーサちゃん、もうじき十四歳の誕生日が来るのね。カノイと上手くやっているかしら?」
 ミランダはローズの娘であるノアーサを可愛がっていた。自分には息子しかいないので、娘にするなら、ノアーサと決めているようだ。
「難しい年頃ではあるわね。一年に一度、送られて来る報告書で、あの子の成長や、成績は解るのだけど、逢うことは叶わないから」
「ノアーサちゃんは、貴女に似た綺麗きれいな子だったじゃない。まあ、ローズの娘というだけでも、私は自分の娘にしてしまいたい」
「交際は親でなく、子供たちが決めるものよ。でも、いつも一緒だと、戻って来る頃は、恋人同志になっているのかしら?」
 ローズは不安な気持ちでそうつぶやいた。
「私たち、騎士養成学舎アカデミーで十七歳の頃には、今の旦那と交際していたでしょう。真面目なノルディックが貴女に交際を申し込んだ時は、皆が驚いたものよ」
「そうね。懐かしいわ。今のノルマンとアンも」
 この時、ノルマンは初陣ういじんで参戦していた。初陣といえど、彼は戦略を練るのが得意で、候補生の頃から評判は良かった。今回、彼の作戦で町は、破壊はかい犠牲者ぎせいしゃもなく、今のところは修まっている。
「アンって、貴女の側で看護師をしている子よね。ノルマンとはお似合いね」
「でしょう。とても良い子なのよ」
 ローズはこの時既に、ノルマンとアンの仲を認めていた。
 アンは良く気の効く娘で手際もよい。ローズはアンを気に入っていたのである。
「ローズ。この内戦が終結して、二人の帰りを待つ平凡な日常が来るとよいわね」
 二人がそんな話をしていたら、急に病院内が騒がしくなり、武器を手にした集団が入り込んで来た。
「先生。大変です。病院に傭兵ようへいが立てこもりました」
 うわさをしていたノルマンの恋人のアンが走り込んでそう告げた。
 ローズは裏口からアンをそっと逃がし、カエサルのいる司令部に報告するように伝えた。
「ミランダ。貴女あなたも逃げて」
 ローズは病人がいるので、この場に残るという。
「私は貴女を守らなきゃ。大丈夫、今、援軍を呼んだから、直ぐに片付けられるわよ。カエサルを信じて」
 ミランダは病院に立て籠る相手と説得を試みるという。王国女性騎士団レディースの師団長でもある彼女は、武器を手にした集団の前へと立った。
「病院の占拠せんきょは重罪です。討伐での掟を御存知かしら」
 立て籠りの相手は十人程、身形みなりからして傭兵やこの町の自警団じけいだんのようである。
「要件があれば聞きます」
 言うが早いか、ミランダは指導者らしき人の前に立っていた。
 
 ※
 
 騎士団の兵舎にアンが息を切らしながら駆け込んで来た。
「カエサル団長。大変です。病院が占拠されて、ミランダ団長とローズ先生が・・・」

  アンの慌てぶりに、ノルマンが彼女に駆け寄る。そばにいたカノイの父、カエサルはそんな状況にゆっくりとアンを落ち着かせながら、病院で起きた出来事を聞き出した。
「ローズはミランダと一緒なんだな。なら、心配はない。だが、奴らが素直にミランダの説得に応じるかが問題だな」
 カエサルは直ぐ様自分の剣を手にして、外へと出て行く。
「団長。俺も行きます」
 ノルマンは病院に残された母の事が気になる。そんな彼に、ついて来るように指示した。カエサルの率いる騎士団が同行して、三人は病院へと向かった。
 病院までの距離はさほど遠くはない。町で大きな総合病院で立て籠りとなると、一般の人たちまで巻き込まれてしまう。それだけは避けたかった。
 そのころ、病院の中ではミランダが彼らの要件を聞き出しているところであった。
「要件は重税が払えない民衆に対しての拷問ごうもんを阻止しろという事ね。それは私たちだって何度も国に抗議してきた」
 ミランダは院内に立て籠る町の自警団と話し合っている。
「国を守る王国騎士団も、暴君ぼうくんな王を説得出来ないのか。この国は腐敗しているな」
 この自警団の団長が言うように、今の国王になってから国の経済は傾き始めてきた。
 このままでは国が崩壊ほうかいすると、退位を願い出た王族おうぞく貴族きぞく官僚かんりょうらは皆、処刑しょけいされた。
 王国騎士団は、子供を人質に捕られていることがかせとなり、彼らに返す言葉もない。
 ミランダは病院に立て籠った人たちの話を聞いて時間を稼ぎ、その間に、ローズたち医師や看護士が患者を外へと逃がす。
「見るからに、あなた方は兵士や傭兵ではなさそう。町の住民かしら?」
 ミランダは立て籠る十人ばかりの人たちに聞いた。
「元自警団と傭兵。あとは町の住民だ」
 ミランダは彼らの話を聞く中で、暴動を起こした人たちの、後処分について話した。
 戦場では『病院の占拠せんきょは違法』と法律で定められている。それに反した場合は処刑。もしくは終身刑しゅうしんけいとなる。今ならまだ、間に合うと話し、皆はそれに同意した。
 そのころ、カエサルが病院を訪れる。ミランダは事情を話して、彼らは罪に問わないことを約束させた。
 これで内戦も解決すると思っていた矢先の事。悲劇は起きる。
 
 ※
 
 どこで情報が漏れたのか、王国騎士団おうこくきしだんが病院の入口で待機していると、教会騎士団きょうかいきしだんが駆け込んで、病院の周りを包囲する。
 アスケニア王国騎士団は国を護る騎士団に対して、教会騎士団は王族側の騎士団。昔から互いに距離を置いていたので、ここでの揉め事もめごとは避けたい。
「これより先は教会騎士団が取り扱うことになった」
 そう言うと病院一体を包囲し始める。
「待ってくれ。今、団長たちが説得している。占拠した人たちは国に不満を持つ庶民ばかりだ」 
 ノルマンが彼らに訴えた。
「庶民の説得に一週間もかかるとは、王国騎士団は腰抜けか」
 教会騎士が見下した口調でノルマンにいった。
「腰抜けとはあまりな言い方ですね。そもそも、彼らの暴動は、国が貴族の財産や、労働者の職場を接収したことが原因ですよ」
 ノルマンは若いとはいえ、感情を表に出す人ではない。そこは父親に似ている。
「教会騎士団は、この病院を包囲してから、どういう処罰を。それは王の命令ですか」
 解ってはいながら、ノルマンは聞いてみる。
「占拠しているなら、病院ごと焼き払えとのご命令だ」
 その言葉にノルマンは怒りが込み上げる。
「この病院には罪もない怪我人や病人もいるんだ。攻撃する前に話をさせてくれ。それがせめてもの情けだろう」
 そう言うと病院内にノルマンは駆け込む。アンもその後に続き、数十人の王国騎士団が教会騎士団の前をさえぎった。
「師団長。教会騎士団に病院が包囲されました」
 すでに占拠した人たちの説得は済んでいたので、カエサルとミランダが自警団と共に病院から出てきた。
「教会騎士団のお出ましか。王の命令を聞こう」
 カエサルはいつものように上着を肩に羽織り腕組みして現れた。
 カエサルの存在は教会騎士団でも名高い、勇猛ゆうもうな騎士として知られている。
 包囲されても動じないほどの貫録かんろくは、彼の姿が現れた途端、教会騎士団の数人が後退あとずさりしてしまうほどだ。
「ノルマン。あなたはお母さんの所へ」
 カエサルの側にいたミランダが、ノルマンにそう叫んだ。
 直ぐ様ノルマンとアンは病院の中へと駆け込む。 
  ミランダの部下である女性騎士団の数十入も駆け付け、彼女たちに宮廷騎士団から病人を守るように指示を出す。
 カエサルの横にミランダが寄り添い、彼女はボウガンを手にした。自ら攻撃はしない。あくまで威嚇いかくである。
「この病院に籠った町民たちは説得した。患者には一切、手を出していない。教会騎士団は直ぐ様、撤退てったいを願おうか」
 カエサルが教会騎士団に向けてそう叫ぶ。
 その後ろから占拠していた自警団のひとりがカエサルの前に出て来た。自分たちは病院の立て籠りをめると言うためだ。
 しかし、占拠した相手と知ると、直ぐ様、弓を放つ。一言も言えないまま自警団のひとりが倒れた。
 途端に周りが戦闘状態せんとうじょうたいとなる。先に教会騎士団の方が攻撃を仕掛けてきた。
「主君に似て短気な奴等やつらめ。お前たち、教会騎士団の攻撃を阻止しろ」
 カエサルは自分の部下である騎士たちに指示を出す。
母国ぼこくを守る騎士団同士で何故、争わなくてはならないの?」
 呆れた口調でミランダが、夫のカエサルに背中越しに話す。手にボウガンを持ちながら、向かって来る相手に撃ち放つ。
 カエサルも剣を抜いて、向かってくる相手と戦っている。
「話を聞こうともしない。一戦交えないと気が済まないのか」
「本当にこの国は腐っているわ。私たちも子供たちが、人質ひとじちに捕られてさえいなければ」
「ミランダ。息子に逢うまでは絶対に死ぬな。お互いにだ」
「当然でしょう。カノイと再会してノアーサちゃんを私の娘にするのよ」
 二人は背中合わせに、向かって来る敵と戦いながら語っている。
 そんな中、奥から叫び声が聞こえてきた。
 「ローズ先生が、撃たれました」
 女性騎士団のひとりが大声で叫ぶ。その声をミランダが聞いた。
「団長。ここは私たちに任せて、直ぐに先生の元へ」
 騎士団の数人が、カエサルとミランダの前に立ち二人をローズのもとに行くように告げた。
 カエサルとミランダは急いでローズの元に向かう。
 ローズは胸に矢を受けていた。
 院内の患者を避難させる途中に、矢を向けた教会騎士団から咄嗟とっさに患者を守っての悲劇である。
 戦況にあっても、患者の命が第一と思うのは医者の本能だが、これが致命的ちめいてきとなってしまった。
「母さん。しっかりして」
 ノルマンがローズを抱き抱えて叫んだ。
「先生。今すぐ処置しますね。大丈夫です」
 手際よくアンがローズの傷口の矢を抜いて止血を始める。
「アン。ノルマンの事。お願い」
 粗い呼吸でローズが話す。目が虚ろだ。
「嫌です。先生は娘さんに逢うんですよね。ずっと逢いたいと」
「そうだよ。母さん。ノアーサとの再会まであと少しだ。だから、頑張って」
 ノルマンが母、ローズの手を強く握り締めながら叫んでいる。
 「ローズ嫌よ。こんな別れなんて」
ミランダがローズの元に駆け込んで来る。
「あの子たちを抱き締めて『おかえり。頑張ったね。』っていってあげる約束だったでしょう。私達が言わなかったら、誰があの二人を迎えてくれるの」
「ミランダ。ノアーサに逢いたい」
「私だって、カノイに逢いたいわ。生きて子供たちに逢うのよ」
 ローズは血を吐いた。呼吸も粗くなってきている。
「先生。しっかりして」
 アンが 傷口を止血し、何度も呼びかける。傷は肺まで達しているのだろう。
「ノルマン。アンと幸せになるのよ。そして、ノアーサに伝えて。愛していると・・・」
 ローズはそのまま息絶えた。ノルマンは母の亡骸なきがらを抱き締め、号泣ごうきゅうする。そんな彼にアンが寄り添い、共に涙を流していた。
「許せない。武器を持たない、攻撃もしない人間に何故、矢を向けるの」
 ミランダが立ち上がりボウガンを手にする。悲しみよりも怒りが込み上げてきた。
「ミランダ。感情に走るな」
 剣を交えて戦っている方向へと進もうとするミランダを、カエサルが止めた。
「私はこの暴動を今すぐ辞めさせる。もう、和解なんて無理よ」
 ミランダは患者を守るよう、部下たちに指示して、外へと出て行く。
 カエサルは、ノルマンに母の側にいるように指示を出した。
「ノルマン。何かあった時には俺たちの息子を頼む」
「団長・・・・」
「アンと幸せになれよ。それがローズへの親孝行だ。命は無駄にするな。 勿論、俺たちも犬死にはせん。この騒動を終わらせる」
 ミランダと共に激戦地げきせんちへと向かって行く。その二人の後ろ姿がノルマンの見たカノイの両親の最後となってしまった。
 カノイの両親は、王国騎士団と教会騎士団が交える病院の外に出た。そして、次々と向かって来る教会騎士団に立ち向かってゆく。
「流石。噂通りの勇猛な騎士。カエサル=フォンミラージュ」
カエサルとミランダの前に教会騎士団きょうかいきしだんの団長が現れる。
「お前はオリディエ」
「お目にかかれて光栄です。ですが、貴方がたはここで死んで頂きます」
 教会騎士団、団長のオリディエは冷酷な騎士として名高い。黒い衣服で身を包み、仮面で顔を隠している。元は、暗殺者アサシンと聞いてはいた。
 そんな彼にミランダはボウガンを構える。
「ミランダ。撃つと同時にお前は死ぬぞ」
 そう言う間に彼女の胸には短剣が刺さっている。彼女が前へと倒れた。
「ミランダ!」
 倒れ込む彼女の体を、カエサルが支えた。
「オリディエ。貴様か」
 隙を与えないのが暗殺者。ミランダを狙った事すら解らなかった。
「カエサル団長、貴方には殉職して頂きます」
 そう呟きかけた瞬間、オリディエの利き腕にボウガンの矢が刺さっている。
 右腕に抱えていたミランダが、瞬時しゅんじに撃ったらしい。
「ミランダ」
「私を誰だと思っているの。王国女性騎士、団長のミランダ=フォンミラージュ。只ではあの世には行かない」
 彼女は息を切らしながら、カエサルに支えられて立っている。だが、長くは持たないだろう。
 彼女はカエサルの側にいると聞かなかった。
 「ミランダ。お前はよくやった。だから、後は俺に任せろ。息子に逢うんだろう」
「逢うわよ。こいつを倒したら」
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 オリディエは利き腕の右手でなく、左手に短剣を手にしてカエサルの前に立つ。カエサルの胸に短剣が深く突き刺さっていた。一方、オリディエの胸にもカエサルの剣が背中まで突き抜けて刺さっている。
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「相討ちか・・・」
 誰かが呟く。オリディエは即死したようだ。教会騎士団の団長が射たれたのを知ると、生き残った教会側の兵士たちは、反撃を恐れ撤退してゆく。
 王国騎士団の男女全員がカエサルとミランダの元に集まった。
 ノルマンは母親であるローズを抱きかかえ、アンと共に駆け込んできた。
「団長」
 アンと同僚の看護士が、ミランダとカエサルの手当てに当たる。他の看護士や医師たちも、生存者の救助に徹しているようだ。
「流石に今回は、総長そうちょうに怒鳴られるな」
 カエサルは息を切らしながら話した。そんな彼に、アンが喋るなと注意しながら、傷の手当てをしている。
 カエサルはノルマンの前に自分の剣を差し出す。
せがれに渡してくれ。あいつが帰ってきたら『頑張ったな』と言ってやりたかった」
 ノルマンは母親を手にしているので、受けとる事が出来ない。変わりに、今回、ノルマンと同期で初陣のアベル=クロスフォードの長男、アバロンがカエサルの剣を受けとる。
「お前たち、初陣ういじんは立派だった。アベルに『すまない』と伝えて欲しい」
 アバロンがうなずきながら、涙ぐんでいる。
 彼の父親でアベル。ノルマンとノアーサの父、ノルディック。そして、カノイの父、カエサル。この三人は仲も良く、世襲せしゅうの王国騎士団は身内が多い。そのため、大家族と呼ばれていた。
 そんな騎士団の中でもカエサルは、格好や立ち居振る舞い、強さから男女問わず、憧れる存在であった。
 カエサルの呼吸が次第に荒くなる。妻のミランダはもう、息をしていない。自分の横に仰向けに横たわる彼女の手をとった。
「ミランダ。そろそろくか」
 そう言うと、カエサルは何も言わなくなった。その場所にいた騎士団の全員が悲しみに暮れる。
 こうしてマドリアの内戦は終戦を迎えた。
 
 ※
 
 王都に王国騎士団の討伐隊が戻って、一月ひとつきが過ぎようとしていた。
 アスケニア王国歴五四一年十二月。内戦の後処理や、王国騎士団の戦没者せんぼつしゃ葬儀そうぎを済ませ、騎士団の全員が、喪服である黒い軍服を脱げずにいた。
 そんな中、ノルマンが父親である王国騎士団総長の部屋を訪れていた。
あの子たちカノイ・ノアーサのところに行こうと思う」
 ノルマンが父である総長そうちょう王国騎士団おうこくきしだん退団たいだんを願い出ていた。
「あの子達に、親が亡くなった事を伝える必要がある。王都からしばらくは距離を置きたい。」
 目の前で母親を失った息子の気持ちは痛いほど解る。
 妻を失ったノルディックも、仕事で内戦の後処理に負われ、故人の生前処理せいぜんしょりもあり、まだ、妻を失ったという悲しみに暮れる余裕もない。
「あの子達の『主君しゅくん』に許可はもらった。アンと二人で、年頃の二人を支えてゆきたいと考えている」
「アンのご両親には、話したのか?」
 アンは早くに両親を亡くし、身内もいないと彼は話した。
 妻の遺言ゆいごんでもあったし、成人した二人の事、お互いが結婚を考えているのならと、ノルディックは期限付きで退団を認めた。
「三年したら、あの子達を連れて戻って来てくれるか」
「約束するよ。あの子達を必ずここに連れて来る」
こうして、ノルマンとアンはカノイとノアーサのいる山岳の村に行くことになった。
 総長の執務室から出ると、そこに同期のアバロンが立っていた。明るめの茶髪で翆眼。長男というのもあり、落ち着いた口調。この一家の兄妹三人は父親と同じ目の色をしている。彼も騎士団の黒い喪服を纏っていた。
「騎士団を離れるの?」
「ああ。父をひとりにしてしまうけど、三年したら必ず兄妹を連れて返って来る。その時はあいつらとも仲良くしてやってくれ」
「そうだね。三年って、あっという間だよね。アンとは結婚するの?」
「一緒に行くといってくれた。成長期の妹には女性の話し相手も必要だろうし、今の二人には家族が必要だ」
「そうか。寂しくなるけど、おめでとう。必ず帰って来てくれよ」
「約束するよ」
 
 ※
 
 カノイとノアーサは滝周辺の遺体を手早く繁みに埋葬した。 
  昨夜は逃げて、眠る事すら出来なかった。カノイが先に休んでいる間に、ノアーサは滝場で沐浴ゆあみをして、髪が濡れている。
 身に付けていた防具は外していたが、左右太股ふとももの短剣だけはどんな時でも体から離すことはなかった。
滝の側の岩に体を持たれかけながら、髪が乾くまで、兄の残してくれた手紙に目を通す。
 母の亡くなった時の事が、手紙に記されている。兄は村に来てからの三年間、当時の事を一度も語ることは無かった。でも、こうして手紙により、真実を知る事が出来た。母親が自分の事を最後まで思っていてくれた事が嬉しかった。
「お母さん。いたかった」
ノアーサはつぶやき、涙ぐむ。
 母親の両手に抱き締められて別れた十年前。
 母が最後まで自分を離そうとしないのを、カノイの母親が時間だといって、引き離した。その後も何度か自分に振り返り、「元気でね」と呟く母の姿。
 兄は自分が母に似ているといってたけど、七歳の頃の母しか記憶にない。
 手紙を読み終えて、洞窟内の小部屋に入る。
 カノイは、同じく部屋の蝋燭ろうそくの明かりで手紙に目を通した後だったのか、悲しい表情を浮かべていた。ノアーサが来たのに気づいて、片手で顔を覆う。
「父さんと母さんは、教会騎士団に殺されたらしい。悲しいというよりも怒りが込み上げてくる。何でだろう」
「恐らく、そこで死ぬ必要の無い人が死んだせいね。」
そういってカノイの前に座り目線を合わせる。彼の灰色の瞳がノアーサを見つめた。
「三年も前の事なのよ。私の母は武器を持たない医者で同じ日に殺された。争いは失望や怒り、憎しみしか生まない」
「王都に戻ると、両親の死を受け入れる事になる」
「私もそうよ。母の死を少しずつ受け入れてゆくわ」
「父さんに逢いたかった。十年前に送り出してくれた時のように、迎えてくれると信じていたから」
 ノアーサはカノイの横に肩を並べて座る。座っているのは幅の広い作りの頑丈な寝台ベッド。椅子がないので座るとしたら、そこしかない。
 並んで座ったノアーサの腰に手を伸ばす。そのまま彼女を抱き締めた。滝で沐浴ゆあみしてきたので、彼女の体は冷たい。それが、気持ち良くもある。
「暫く、こうしていたい。いいかな」
 ノアーサは頷くうなず。カノイの気持ちが落ち着くならそれでいい。冷えきった体をカノイが優しく包む。
 彼の側にはいつもノアーサがいてくれた。辛く苦しい時、彼女を抱きしめたら、気持ちが自然と和らいだ。
 彼女はその度に彼に寄り添ってくれる。
 カノイにとってノアーサは同朋パートナーであり、いとしい恋人でもあった。
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