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拉致同然に連れてこられた合コン会場は、尊がリザーブしただけあって、甲斐グループが経営する銀座のホテルの最上階の高級レストランの個室だった。
どうやら俺たちは、合コン相手よりも早く到着したらしい。
全面ガラス張りの窓からは天空バルコニーがライトアップされている。
その先に進めばはもちろん、銀座の夜景が一望できる。
あえてのローテーブルに、座り心地満点のソファーが備え付けられていた。
ホテルの最上階で、さながらホームパーティを演出できるというコンセプトらしい。
大理石の床は歩くたびに靴音が小気味よく耳に届く。
「はぁ~」
「なんだよ志童、これからCAちゃん達をお迎えするのに、辛気臭いため息ついてんじゃねぇよ」
「善・・・お前は、楽しそうだな・・・・」
「当然♪」
こんな時、善の性格が本当に羨ましい。
こんな場所、俺が最も嫌いな場所だ。
幼い頃に訳も分からず窮屈なスーツを着せられて、連れ出されたパーティーの嫌な思い出が蘇る。どいつもこいつも本性をひた隠しにして、「まぁ可愛い坊ちゃんだこと~」なぁんて心にもない言葉を吐きながら、親父の気をひくのに必死な大人たちを見るのはうんざりだった。
「志童っ、いい加減諦めろっ」
善があきれ顔で言う。
「善、俺は大丈夫だと思うよ。なんだかんだ、志童は猫をかぶるのが上手いから」
尊がくすくすと笑いながら、ソファーで膝を抱えた俺の頬を指でつつく。
「いいか・・・・、3時間だ。これが限界だからなっ」
「はいはい。わかってます、って」
俺の言葉に尊は笑って頷いた時、個室の扉がノックされた。
「どうぞ」
尊が答えるとウェイターが静かにドアを開けた。
「尊様、お連れ様がいらっしゃいました」
「うん、通して」
「かしこまりました」
静かに頭を下げて、扉を閉めるウェイターを見て俺は事務所で留守番をしている天羽琉を思い出していた。
「もしかして・・・・、さっきのウェイターも天狗なんじゃねぇの?」
「くくっ、俺も同じこと考えてたぜっ」
ウェイターの顔こそ見えなかったものの、流れるような所作は天羽琉とよく似ていた。善とふたり、顔を見合わせて笑っていると、尊の呆れた声が聞こえる。
「ほらほら、女性たちがいらっしゃるよ。お前らも早く立て」
尊にそう言われながら渋々立ち上がると、すぐにドアが開きすらりとしたいかにもCAらしい女性が3人入ってきた。さりげなく彼女らのところまで出迎え、テーブルまでエスコトートする尊を、女性たちはどこかうっとりとした様子で見ている。
再び扉が開き先ほどのウエイターがワゴンに冷えたシャンパンを運んできた。
先に女性たちが座ったのを見届けてから、俺たちも腰を下ろすと尊が女性たちに、柔らかい笑みを浮かべて言う。
「今日はありがとうございます。
何はともあれ・・・・、乾杯しましょうか。自己紹介はそのあとで。シャンパンは大丈夫ですか?」
女性たちは頬を染めながら恭しく頷いた。
それを見たウエイターが用意されていたシャンパングラスに、シャンパンを注いでいく。
よく磨かれたグラスに黄金色のシャンパンが躍る様に注がれる様は、ウエイターの優雅な所作も相まって、まるでこれから夢の世界へでも行くかのように女たちを酔わせるには十分である。それにしても、流石は尊のホテルのウエイターだ。すらりとした長身に、細く長い指、 黒く長い髪は後ろで一つに縛られて・・・。
――・・・・・・ってあれ?あ
細身の長身?ストレートの黒髪?それでいて、隙のない身のこなし?
なんだか、すごくそれっぽいものを、ごく最近見たような・・・・
俺はそゆっくりと視線を、ウエイターの手元から顔へと移した。
「っ!」
ウエイターは俺を見て、ニコリと微笑む。
「あっ、ああああ・・天羽・・・・・・」
酸欠の魚のように口をパクパクする俺を見て、ウインクしてみせたウエイターは、間違いなくついさっき、事務所に置いてきたはずの天羽琉だった。
「え?どうして・・・・」
尊と善を見ると、あたふたする俺を見て、笑いを堪えている。
「ちょっ、どういうことだよっ」
一応小声で抗議したものの、すぐ目の前の女性たちにも、当然それは筒抜けだった。
「あのっ、どうかされたんですか?」
「あぁ、ごめんねぇ。実はこのウエイターは志童の秘書なんだよねぇ。
今日、こうしてウエイターとして来てもらうことを志童に隠していたから今、自分の秘書がウエイターをしているのを見て驚いているってわけ」
「え?このウエイターさんが、志童さんの秘書さん?」
女性たちは、俺と天羽琉を交互に見て頬を赤く染めた。
「そうだったのですねぇ。秘書の方も・・・・・凄く素敵です・・・・」
――一体なんなんだ・・・、こんなことをしてなにが面白いのか?俺には全然わからない。
天羽琉はそのあとも部屋の隅に立っていた。ただ立っているだけなのに、その立ち姿は美しく、女たちは時折そんな天羽琉へと視線を向けては頬を染めていた。
「今日は食事会にお誘いいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ貴重なお時間を頂き、光栄です」
「そうそう、俺たち3人で食事したって味気ないからね。君たちのような美女がいてこそ、酒も旨くなるってもんでしょう」
「まぁ、お上手なのね」
――はぁ・・・やってらんねぇ・・・何が食事会にお誘いだよ、ただの合コンだろうが。
俺の気が乗ろうが乗るまいが、合コンは粛々と進んでゆく。
それにしても・・・・右からA子、B子、C子・・・・どいつも同じようなメイクのせいか、似たような顔に見える。CAだと言うだけで一体そこに何の付加価値がつくというのか、俺にはさっぱりわからない。いや、特別なんかじゃない。なにも変わらないのだ。ただ善のように、CAというだけで目の色を変えて飛びつく男たちが、この女たちの価値を無条件に上げているのだ。
はたしてその中身は・・・・
「もしかして、あの向こうはバルコニーかしら?」
「えぇ、そうです。よろしかったら、出てみますか?」
「是非、お願いしたいわ。尊さん」
そう言って尊が席を立つと、女3人全員が立ち上がりぞろぞろと尊のあとについてバルコニーへと出て行った。どうやら、見事に俺達の財布の中身と将来性をこの短時間で見抜いたのだろう。俺たち3人を見て、尊を選ぶのは賢い選択だ。
「はぁ~・・・・・やっといなくなった・・・・」
「そおゆうこと、言うなって。すぐ戻って来るだろ」
「善っ、お前さぁ。あの、A子、B子、C子の何がいいわけ?」
「おまえなぁ・・・・A子B子C子って・・・名前くらいちゃんと覚えろよ」
善が苦笑いする。
「名前?どうせ合コンが終われば一生会わないやつの名前覚えるなんて、まさに脳みその無駄使いだろ」
「会うか会わないかは、お前次第だろ。いいか?
左側のショートヘアが美咲ちゃん、真ん中のおっぱい大きいのが梨々花ちゃん、で、右側の眼鏡美人が覚里ちゃんだ」
「お前・・・、よく覚えられるな・・・・」
「いや、3人くらい逆に覚えろよ・・・」
俺と善がそんな話をしていると、バルコニーのドアが開き尊たちが戻ってきた。
女性の一人が他の二人に先駆けて、当たり前のように尊の手を引いて、座った尊の隣を陣取る。
――あぁ~ぁ。最近の女子は積極的だねぇ。あれは・・・ショートだから・・・・えっと、美咲っていったか・・・・
尊を取られたとばかりに、ひとりがすかさず善の隣に座り、最後の一人は・・・・俺の横に座った。
――はぁ・・・別に空気読んで俺の隣になんて座らなくたっていいのに・・・。尊の両サイドに女が座ることを期待していたのになぁ。この女だって別に俺なんて眼中ねぇだろが・・・・面倒くせぇ。
合コンであるあるの、とりあえずペアになるというこの儀式が俺は嫌いだ。とはいえ、このまま黙っていたら、あとで尊と善に大目玉をくらってしまうだろう。
「えっと・・・・覚里さん・・・・だっけ?」
「えぇ、そうです。ふふっ、良かったですね。さっき、善さんから私の名前聞いておいて」
「あぁ、そうなんだ・・・・って、え?」
覚里は俺を見て、クスクス笑っている。
――あれ・・・さっきの会話・・・・聞かれてたか?って・・・んなわけねぇよな・・・女たちは尊と一緒にバルコニーに出てたはず・・・だし。
「えっと・・・人の名前を覚えるのは少し苦手で・・・・・」
「それで彼に?ふぅーん。そんな感じじゃなかったけどなぁ。因みに私はA子?それとも、B子かしら?」
「どっ、どうしてそれをっ!」
覚里は口元に手を当ててくすくすと笑うばかりだ。
助けを求める様にして善に視線を向けると・・・、すっかり会話が盛り上がっているようでちゃっかり女の肩に腕まで回している。
「残念ね?善さんは、お取込み中みたいよ?」
「えっ・・・あぁ、うん・・・・」
――なんなんだ、この女・・・、さっきから、俺の考えてることがまるでわかるみたいだ。
あぁ、だから合コンなんて来たくなかったんだ。来なきゃこんな面倒な女に会うこともなかったんだ。
「ねぇ、志童さん」
「・・・・」
「志童さんっ」
「えっ、あぁ、なにかな?」
覚里は穏やかな笑みを崩さない。
「本当は来たくなかったのにぃ~って」
「っ!」
「か・お。してますよ? すごーく、面倒くさいって顔も」
「顔っ!あぁ、顔・・・ね・・・・ははははは」
――はぁ、焦った。本当に心が読めるのかと思ったぜ。まぁ、普通に考えてそんな人間いるわけないか。仮にこの女にそんな能力あったら今頃テレビにでも出てるよな。
「志童様」
「ん?あぁ、どうした?」
部屋の隅に立っていたはずの天羽琉が俺の脇に片膝をついてしゃがみ込んだ。その口元には僅かな笑みを浮かべている。
「覚里さんをバルコニーへ誘ってはいかがですか?」
「え?バルコニーに?でも・・・・」
「私も、参りますので」
天羽琉にそう言われて、俺は何が何だかわからないままに俺は隣に座る女に視線を向けた。
「良かったら、外でない?あぁ、でもさっき尊と出たかぁ・・・」
「いいわ」
「え?あぁ、そう」
「行きましょう」
立ち上がり片手を差し出すと、覚里は俺の手を軽く握り立ち上がった。
「ありがとう」
「いいえ」
――こうしてると、普通の女・・・・なんだけどなぁ・・・・
覚里の手を取りバルコニーに向かう俺の前を天羽琉が歩き、バルコニーへ続く硝子の扉を開けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
先に覚里が出て、続いて俺も出る。
ライトアップされたバルコニーは、南国の木々が植えられており一瞬、ここが日本であることを忘れそうになる。
梅雨入り前の独特な湿気を含んだ生暖かい風が、俺の髪を揺らしたその時だった。
俺の視界が突然、天羽琉の背中で遮られた。
「志童様、お気を付けください」
「え?天羽琉?どうしたんだよ?気を付けるって・・・・なにをだよ?」
「彼女は人ではございません」
「・・・・・は?」
天羽琉の背中越しに覚里をみると、相変わらずクスクスと笑っている。
「何が目的ですか?なぜ、志童様に絡むのですか?」
覚里は天羽琉を見て、ふふふと妖艶な笑みを見せた。
覚里という女はただ笑っているだけなのに、無性に俺を不安にさせる。そんな覚里を見て、なぜか泣き女を思い出していた。
――そうだ・・・・この感覚!・・・・同じ匂いがするんだ!見た目はまるで違うが泣き女とこの女は、同じなんだ。そう・・・・妖特有の気配だ。
俺ははっとした。
「まさか・・・・人じゃないって・・・・そう言う意味?」
俺を庇うようにして前にたつ天羽琉が小さく頷いた。
「彼女覚里さんは、まさしく覚です。人の心を読むことのできる妖怪です」
「覚・・・・・っ!?」
「あはははははは」
突然哄笑しだした覚里に思わずぎょっとする。
「やだぁ、もうばれちゃったなんて、つまぁんないのぉ。流石っ、天狗のお兄さんよね。
そっかぁ、確か・・・・、天狗には千里眼があるんだったわね」
そう言って、覚里は普通の女となんら変わらないようにぺろっと舌をだして、肩をすくめて見せる。
「何が目的ですか?なぜ、志童様の前にっ!」
「はぁ。そんなに警戒しなくてもいいわよ。別にとって喰ったりはしないわ」
「とって喰うって・・・」
いかにも妖怪らしい物言いに、俺は苦笑いする。
「もぉ~、やめてよね。本当よ、別に目的なんてないわよ」
そう言う覚里の言葉を一ミリも信じていないといった天羽琉の覚里に向ける視線はひどく冷たい。
「偶然よ。偶然。合コンだーってはしゃぐあの子たちを見つけたから、三人のうちのひとりに代わって貰ったの」
そう言って覚里は、ガラスの向こうで尊と善にぴったりと引っ付いてる女たちを横目で見た。
「代わってって、じゃぁお前はCAじゃないのか!」
「そぉよ。別にいいでしょ」
「志童様、覚里は人の心を操れます。それで、すり替わったのでしょう」
「操るって・・・・まじかよ・・・」
どう見ても人間の女にしか見えない目の前の女が、無性に気味悪く見える。
「やめてよ。そんな目で見るの。別に操ったりなんかできないわよ。ただ誘導するだけ。本人に邪な気持ちがなければ私の入り込む隙なんてないわ。それに、志童ちゃんの心を誘導したりなんかしないわよ?安心して」
「志童ちゃん・・・・って・・・」
――本当にこの女の目的がわからない。もしも金や権力が目的なら、俺なんか放っておいて尊や善にくっついていた方がこの女の利になるはずだ。
「貴方も、封印から解かれたのですか?」
「封印?私は、封印なんかされてないわよ」
――封印されてない?けど、ルドの話では、妖怪はみな封印されったって・・・・
「皆じゃないわよ。志童ちゃん」
心の問いに返事をされて、俺はびくりとした。
「どういうことです?」
「どうもこうもないわ。確かに江戸の終わりから始めった妖怪退治は明治に入って間もなく完成したにみえたわ。けど、私のように封印を免れた妖もいるのよ。ま、ごく少数だけどね」
「封印を・・・免れた?じゃぁ、今までどうやって・・・・」
そう俺が聞いたとたん、覚里は表情を曇らせた。
「どうもこうもないわ。普通よ。普通に人間のふりをして、人間に紛れて生きてきたわよ。けど、妖は人間の様にあっという間に年寄りになるわけじゃないからね。何年か毎に居場所を変えながら・・・・ね」
寂しそうにそう言った覚里は、俺たちを欺こうとしているわけじゃない。根拠はないが、確かに俺はそんな確信があった。
「あら?私に同情しちゃった?」
「いや、だから、俺の心を読むな!」
「だぁってぇ、志童ちゃんの心の声、駄々洩れなんですものー」
「駄々洩れって・・・・漏れても聞くなっ!」
思わず声のボリュームが上がってしまった。半ば怒鳴るようになってしまったのだ。
覚里は、そんな俺を見てまたしてもクスクスと笑う。
「話を戻しますが、覚里さん。あなたの目的はなんですか?」
天羽琉が冷たい声で聞いた。どんなに話がそれても決して本筋を忘れない。尊が天羽琉を気に入るわけだ。
「別に・・・そんなの、ないって言ってるでしょ?」
覚里は背中を向けて、空を仰いだ。
「そぉねぇ~・・・強いて言えば、ただの暇つぶしよ、暇つぶし」
「暇つぶし?こうして人間に混じることがか?」
覚里は半身で振り返り、口の端で不敵な笑みを浮かべると、バルコニーに設置されたベンチに腰をおろした。
「なんか随分、構えてるみたいだけど・・・・ほぉんと・・・やめてよね。
幕末って結構大変な時だったのよ。天狗のお兄さん。妖怪たちは、次々に封印されてっちゃうし。まぁ、私は幸いそれを逃れたわけだけど・・・・・でも・・・、しばらくはちょっと、寂しかったかな。いっそのこと、私も封印されに行こうかなんて考えたりね。
で、こうして人間に交じって過ごすことを思いついたの。でもね、人間ってほんとっ、馬鹿なのよ。お互いに読めもしない腹の探り合いばぁ~かっり!」
そう言って覚里は「ほら見て」とガラスの向こうの尊たちに視線を向けた。
「あそこに志童ちゃん、あんたのお友達と女がふたりいるでしょ?」
「え?あぁ、うん」
覚里の言わんとすることがわからず、俺は天羽琉と顔を見合わせた。天羽琉にも本当に覚里の目的がわからないようだ。
「左側、志童ちゃんの友達のチャラい方。
善ちゃんって言ったっけ?善ちゃんの隣にいる女はね・・・・、ふ~ん、そうなんだぁ」
覚は一見楽し気な笑みを見せる。
「なんだよ、言えよ」
「あの女、志童ちゃん、あんた狙いよ」
「は?」
俺はきょとんとした。
「ほらぁ、連れている天狗のお兄さんよ。
こんな素敵な秘書連れてたら、そりゃ大きな会社のお坊ちゃんですって名乗ってるのもおなじよ。最悪志童ちゃんが駄目でも天狗のお兄さんを狙えばいいってね」
そう言って俺にウインクしてきた。
「そっそうか・・・。天羽琉・・・・善にはこのこと、絶対言うなよ」
「御意」
隣で天羽琉が、折り目正しく腰を折る。
「でねぇ、あんたのお友達の善ちゃんだけどぉ~。あらあら・・・。彼女の服をどう脱がそうか・・・それしか考えてないわね」
「前言撤回。天羽琉、言っていいぞ」
「御意」
再び、天羽琉が腰を折る。
「でぇ、もう一組だけど。あっちの女はねぇ、えっと尊っちゃんだっけ?あらぁ、どこから情報仕入れたのかしら?あの子、このホテルが彼の父親の持ち物だって知ってるみたいね。
何が何でも、今日は彼と離れないつもりよっ。え?うそっ!きゃぁ💛そんなことまでぇ~」
「なっなんだ?どうしたんだ?」
急に両手で顔を覆った覚里に、慌てて声をかけた。
「だってぇ、彼女。今日中に尊っちゃんと、ベッドの中までー。きゃぁ💛」
「・・・・・あっそ」
――少しでも心配して、損した気分だ。
まだ両手を口元に当ててぴょんぴょん飛び回る覚里に、呆れるしかない。
「で、尊は?」
「そぉねぇ。たいくつぅ~、だって」
そう言って笑った覚里は、どう見ても普通の人間の女にしか見えなかった。
ウェーブのかかった髪を無造作に束ね、横長四角形のフチなしの眼鏡をかけている。
眼鏡の向こうの目は綺麗な二重で、鼻筋は通り、口は小さいがぷっくりとしていて妙な色気がある。
「あぁ~、志童ちゃんっ、私を見て変な事考えるの、やめてよね」
「ばっ、変な事なんか考えてねぇって!」
「そぉかしら?因みに、私の前でエッチなこと考えるのも禁止よ」
「するかっての!」
気が付けば、どういうわけかすっかり覚里のペースに乗せられている。天羽琉も隣でどこか気の抜けた様な顔をしている。
「なぁ、天羽琉。こいつのペースに巻き込まれてるのも、こいつの術か何かか?」
「いえ、それは志童様が単純なだけかと・・・・」
「うっ・・・・」
――天羽琉の野郎っ・・・・従順なんだか、反抗的なんだかわからねぇ・・・
俺は気を撮り直して、覚里に言う。
「じゃぁお前、本当に何も企んでねぇってのか?」
「えぇ、そぉよ。さっきからずっとそう言ってるじゃない」
覚里はにこりと笑った。
一気に気が抜けて、ベンチへと腰をおろすと、覚里が隣に座って興味津々な笑みを俺に向ける。
「へぇ~、妖怪相談所って、志童ちゃん。面白いことやってるのねっ!」
「ぅうっ・・・・・。そうか・・・、今俺、帰りたいって考えたから・・・・」
天羽琉を見ると、俺に向かって苦笑いしている。
「なんで俺ばっかり・・・、天羽琉のを読めよ」
「無理よー。天狗のお兄さんはガードが堅いわ。志童ちゃんみたいに、駄々洩れじゃないもの」
「駄々洩れ・・・ね・・はぁ~」
「ねぇ、今度私もそこに遊びに行くわ」
「あぁどこへでも行け・・・・・は?そこって、うち?なんでっ!」
「別にいいじゃない。楽しそうだし」
「よくねぇよ!」
ついさっき、天狗が増えたばかりだ。これ以上妖怪が増えるのも、面倒が増えるのも真っ平ごめんなのだ。
「まぁまぁ、そう言わずに。気が向いたら、お仕事手伝ってあげるからぁ」
――だめだ・・・こいつも人の話を聞かないタイプだ。妖怪ってのはどうしてこうも、人の話を聞かねぇ奴ばっかなんだ!それが妖怪の世界では通説なのか?
「そうそう。志童ちゃん、そうやって諦めることも大切よ」
「バカヤロウ、別に俺は諦めてなんかっ」
そこまで言って気が付いた。この短時間で、覚里と心で会話することに慣れつつある・・・。
――だめだ・・・自覚する程に、俺は妖怪に慣れてきている・・・・
と、その時俺の中に素晴らしいアイデアがひらめいた。
「よし!こうなったらヤケクソだ!なぁ覚里、だったら今から事務所行こうぜっ!」
そう言った俺の顔を見て、覚里は一瞬きょとんとした後で哄笑した。
「なぁに、それ。私とできちゃったことにして帰れば、この後の面倒にも付き合わなくて済むって。ほぉんと、志童って若いのに珍しいくらい面倒臭がりなのね」
「だっだから、俺の心を読むなって!」
「志童様、尊様、善様に叱られますよ?」
「天羽琉までっ、だってよぉ、俺は元々来たくなかったわけだし、このままいたら絶対2次会とか連れてかれるし・・・・」
完全に魂胆までばれていて、急に気恥しくなる。果たして、心で他人と会話する奴など、この広い世界で俺の他にどのくらいいるのだろうか・・・・その人たちと巡り合えたら、この居心地の悪さを共有できるのだろうか・・・・
「あーもぉ、わかってんならいいじゃねぇかっ。もぉ、帰ろうぜっ」
覚は可愛らしく首を傾げるとくすりと笑う。
「しょうがないなぁ。いいよ。その代わり、他の仲間も紹介してよねっ!」
「よっしゃっ!」
俺は拳を握って立ち上がった。
バルコニーから中へ戻ると、すっかり食事は片付けられており、尊も善も女達もワインを飲んでいる。
「悪りぃ、尊、善。俺、覚里と抜けるから」
「・・・・・え?志童?」
「おまっ、それ、本気で・・・・言ってんのか?」
俺の言ったことが余程想定外だったのか、尊も善も信じられないと言った表情で俺を見ている。 そこへ覚里が、俺の腕にしがみつく様にしてくっついてきた。
「そういうことなのでっ、お先にぃ~」
「ちょっと、待って。私まだ志童さんと何もお話してないっ」
たった今まで、善に愛想を振りまいてた女が焦ったように立ち上がった。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。貴方の隣の善ちゃんのパパも、貴方が思っているより何十倍も大きな会社の社長さんよ」
そう言って覚里がウインクすると、彼女は気まずそうに下を向いて所在なさげに座った。
――こいつはどこまで自由なんだよ・・・、普通言うか?そう言うこと・・・
呆れながらも、今の俺にはここから一刻も早く脱出することの方が重要事項だ。
「じゃ、善、尊、またな」
言って、俺たち・・・・・正しくは俺と二匹の妖怪は、逃げ出すように脱出したのだった。
ホテルから事務所までは10分も歩けばつく距離だ。
「本当に・・・・志童様に危害を加える気はないんですね?」
道すがら、そう何度も念を押す天羽琉に聡里は大きなため息をついて見せる。
「もぉ~、し・つ・こ・いっ!ないって何度もいってるでしょ?」大体嘘をつくのなんて、この世とあの世と、その他諸々の世を合わせたって、人間くらいなもんでしょう?」
「それは・・・そうですが・・・・」
「そこ、あっさり納得するのかよ」
「えぇ、妖怪は基本嘘はつきませんから」
「へっへぇ~・・・・そうなんだぁ・・・」
そんなにあっさりと言われたら、返す言葉もない。
「では、覚里さん。先ほど仰っていた仕事を手伝うというのもホントですね?」
天羽琉に言われ、覚りは満面の笑みを見せた。
「うんっ。手伝う、手伝うっ。すっごく面白そうだし、それにね。私、志童ちゃんのこと気に入っったしね」
「気に入ったって・・・・」
俺は苦笑いするしかない。
覚里は楽し気にスキップを踏みながら、教えてもいないのに俺たちの前を歩き、事務所の扉を躊躇することなく開けて入っていった。
すぐ後から俺と天羽琉も事務所へ入ると、そこには覚里に向かって全身の毛を逆立ててフグみたいになったルドがいた。が、もちろん覚里はたじろぐどころかモフモフのルドに好意的な視線を向けている。
――ぁあ・・・こりゃルドは番犬ならぬ番猫にはならねぇなぁ・・・・
「ルド、大丈夫だ。こいつは覚里。悪い奴じゃなさそうだ」
「え?そうなのか?」
ルドは逆立てた毛を元に戻すときょとんとして覚里を見上げたのと、覚里がルドを抱き上げたのは同時だった。
「すねこすりがいるのねぇ~。きゃー、かわいいっ」
「そっそうかぁ。おいら、可愛いか?」
さっきまで全力で威嚇していたはずのルドは、ちょっと褒められもうデレデレとしている。あきれたものだ。
――しっかし・・・この覚里が妖怪とはねぇ。見れば見る程、どこにでもいる普通の女にしか見えないよなぁ・・・
苦笑いしつつも俺は棚の上の雲外鏡に声をかけた。
「雲外姉さん、起きてくれ。仲間を紹介するから」
雲外鏡は眠そうな声をあげながらも、鏡面を緩やかに波打たせ、目を覚ました。
「んっ・・・・・ふぁ~っ、なによぉ・・・・・志童のくせにあたしを起こすなんて生意気ねぇ~」
「ぁあ~、はいはい。そりゃすいませんでした」
「なんだい、尊と善はいないのかい」
「いやいや、むしろいない方が普通だろうが!ここは俺の家なんだから!」
「ふんっ、まぁ今日の志童は見た目だけなら悪くないし、それに・・・天羽琉がいるからよしとしようじゃないかぁ~」
――一体何にたいしての“よし”なんだか・・・雲外姉さんが人なら絶対アイドルのおっかけとかしてそうだよな
そう思うとなんだか可笑しくて、自然に顔がにやけてしまう。
「志童、おまいなにをにやついているんだいっ」
厳しいしわがれ声が飛んできた時だ。
「はいはーい、そこまでよ」
俺の言葉を食い気味に、割り込んできたのは覚里だった。
「相変わらず、いい男に目がないのね」
「はぁ?誰だいっ!あたしゃ女になんか興味は・・・・・え?おまいは、覚里かい?」
覚里はクスリと笑った。
「久しぶりね。雲外鏡のお姉さん」
「本当に・・・おまいなのかい?まぁ、何年ぶりだろうねぇ」
「やだぁ、何年どころか軽く100年は経ってるわよ」
――これは・・・妖怪の同窓会か?
「グス・・・グス・・・・」
直後、聞こえてきたのは雲外姉さんのすすり泣く声だった。
「最後に会ったのは・・・グス・・・・」
「お姉さんが封印される直前・・・だったわね」
「え?・・・・そう・・・なのか?」
予想外の言葉に、思わず割り込んでしまった。
「雲外鏡のお姉さんは、私を逃がしてくれたのよ・・・・」
「逃がすって、封印に来た人間からか?」
「そうよ・・・・」
その言葉を聞くと同時に、さっきホテルのラウンジでの覚里の言葉を思い出していた。
覚里は言った。寂しくて、いっそ自分から人間の前へ出て行こうかと思ったと。まさか雲外姉さんが身を挺して覚里を逃がしていたんて驚きだ。けどその結果、覚里は気の遠くなるような時間、孤独と戦う羽目になった。なんだか居たたまれない。
「あんた・・・・どうしていたんだい?」
雲外鏡の震える声に、俺はドキリとした。
雲外鏡姉さんのことだ。聞かずとも、覚里がこの150年もの間どうして来たかは見ることができるはずだ。それでも、雲外姉さんはあえて聞いたのだ。
「楽しかったわよ。お姉さんのお陰で。人間の世界で色んなものを見ることができたわ」
「・・・・ほんとう・・・かい?」
雲外姉さんの声は、僅かに震えていた。
「えぇ。本当よ」
そう言って屈託のない笑みを返す覚里を見て、鏡面の中の雲外姉さんの目が潤んだ。
妖怪は基本嘘をつかない。さっき覚里と天羽琉は確かにそう言った。けど、覚里の今の言葉は、恐らく嘘だ。身を挺して自分を庇った雲外姉さんを想い、覚里がついた優しい嘘だ。そして、雲外姉さんもそれをわかっているのだろう。それでも、雲外姉さんは「そうかい」そう一言いって笑ったんだ。
一気ににぎやかになってしまった妖怪相談所だけど、どういうわけかその雑音は思いの他心地よいものだった。
どうやら俺たちは、合コン相手よりも早く到着したらしい。
全面ガラス張りの窓からは天空バルコニーがライトアップされている。
その先に進めばはもちろん、銀座の夜景が一望できる。
あえてのローテーブルに、座り心地満点のソファーが備え付けられていた。
ホテルの最上階で、さながらホームパーティを演出できるというコンセプトらしい。
大理石の床は歩くたびに靴音が小気味よく耳に届く。
「はぁ~」
「なんだよ志童、これからCAちゃん達をお迎えするのに、辛気臭いため息ついてんじゃねぇよ」
「善・・・お前は、楽しそうだな・・・・」
「当然♪」
こんな時、善の性格が本当に羨ましい。
こんな場所、俺が最も嫌いな場所だ。
幼い頃に訳も分からず窮屈なスーツを着せられて、連れ出されたパーティーの嫌な思い出が蘇る。どいつもこいつも本性をひた隠しにして、「まぁ可愛い坊ちゃんだこと~」なぁんて心にもない言葉を吐きながら、親父の気をひくのに必死な大人たちを見るのはうんざりだった。
「志童っ、いい加減諦めろっ」
善があきれ顔で言う。
「善、俺は大丈夫だと思うよ。なんだかんだ、志童は猫をかぶるのが上手いから」
尊がくすくすと笑いながら、ソファーで膝を抱えた俺の頬を指でつつく。
「いいか・・・・、3時間だ。これが限界だからなっ」
「はいはい。わかってます、って」
俺の言葉に尊は笑って頷いた時、個室の扉がノックされた。
「どうぞ」
尊が答えるとウェイターが静かにドアを開けた。
「尊様、お連れ様がいらっしゃいました」
「うん、通して」
「かしこまりました」
静かに頭を下げて、扉を閉めるウェイターを見て俺は事務所で留守番をしている天羽琉を思い出していた。
「もしかして・・・・、さっきのウェイターも天狗なんじゃねぇの?」
「くくっ、俺も同じこと考えてたぜっ」
ウェイターの顔こそ見えなかったものの、流れるような所作は天羽琉とよく似ていた。善とふたり、顔を見合わせて笑っていると、尊の呆れた声が聞こえる。
「ほらほら、女性たちがいらっしゃるよ。お前らも早く立て」
尊にそう言われながら渋々立ち上がると、すぐにドアが開きすらりとしたいかにもCAらしい女性が3人入ってきた。さりげなく彼女らのところまで出迎え、テーブルまでエスコトートする尊を、女性たちはどこかうっとりとした様子で見ている。
再び扉が開き先ほどのウエイターがワゴンに冷えたシャンパンを運んできた。
先に女性たちが座ったのを見届けてから、俺たちも腰を下ろすと尊が女性たちに、柔らかい笑みを浮かべて言う。
「今日はありがとうございます。
何はともあれ・・・・、乾杯しましょうか。自己紹介はそのあとで。シャンパンは大丈夫ですか?」
女性たちは頬を染めながら恭しく頷いた。
それを見たウエイターが用意されていたシャンパングラスに、シャンパンを注いでいく。
よく磨かれたグラスに黄金色のシャンパンが躍る様に注がれる様は、ウエイターの優雅な所作も相まって、まるでこれから夢の世界へでも行くかのように女たちを酔わせるには十分である。それにしても、流石は尊のホテルのウエイターだ。すらりとした長身に、細く長い指、 黒く長い髪は後ろで一つに縛られて・・・。
――・・・・・・ってあれ?あ
細身の長身?ストレートの黒髪?それでいて、隙のない身のこなし?
なんだか、すごくそれっぽいものを、ごく最近見たような・・・・
俺はそゆっくりと視線を、ウエイターの手元から顔へと移した。
「っ!」
ウエイターは俺を見て、ニコリと微笑む。
「あっ、ああああ・・天羽・・・・・・」
酸欠の魚のように口をパクパクする俺を見て、ウインクしてみせたウエイターは、間違いなくついさっき、事務所に置いてきたはずの天羽琉だった。
「え?どうして・・・・」
尊と善を見ると、あたふたする俺を見て、笑いを堪えている。
「ちょっ、どういうことだよっ」
一応小声で抗議したものの、すぐ目の前の女性たちにも、当然それは筒抜けだった。
「あのっ、どうかされたんですか?」
「あぁ、ごめんねぇ。実はこのウエイターは志童の秘書なんだよねぇ。
今日、こうしてウエイターとして来てもらうことを志童に隠していたから今、自分の秘書がウエイターをしているのを見て驚いているってわけ」
「え?このウエイターさんが、志童さんの秘書さん?」
女性たちは、俺と天羽琉を交互に見て頬を赤く染めた。
「そうだったのですねぇ。秘書の方も・・・・・凄く素敵です・・・・」
――一体なんなんだ・・・、こんなことをしてなにが面白いのか?俺には全然わからない。
天羽琉はそのあとも部屋の隅に立っていた。ただ立っているだけなのに、その立ち姿は美しく、女たちは時折そんな天羽琉へと視線を向けては頬を染めていた。
「今日は食事会にお誘いいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ貴重なお時間を頂き、光栄です」
「そうそう、俺たち3人で食事したって味気ないからね。君たちのような美女がいてこそ、酒も旨くなるってもんでしょう」
「まぁ、お上手なのね」
――はぁ・・・やってらんねぇ・・・何が食事会にお誘いだよ、ただの合コンだろうが。
俺の気が乗ろうが乗るまいが、合コンは粛々と進んでゆく。
それにしても・・・・右からA子、B子、C子・・・・どいつも同じようなメイクのせいか、似たような顔に見える。CAだと言うだけで一体そこに何の付加価値がつくというのか、俺にはさっぱりわからない。いや、特別なんかじゃない。なにも変わらないのだ。ただ善のように、CAというだけで目の色を変えて飛びつく男たちが、この女たちの価値を無条件に上げているのだ。
はたしてその中身は・・・・
「もしかして、あの向こうはバルコニーかしら?」
「えぇ、そうです。よろしかったら、出てみますか?」
「是非、お願いしたいわ。尊さん」
そう言って尊が席を立つと、女3人全員が立ち上がりぞろぞろと尊のあとについてバルコニーへと出て行った。どうやら、見事に俺達の財布の中身と将来性をこの短時間で見抜いたのだろう。俺たち3人を見て、尊を選ぶのは賢い選択だ。
「はぁ~・・・・・やっといなくなった・・・・」
「そおゆうこと、言うなって。すぐ戻って来るだろ」
「善っ、お前さぁ。あの、A子、B子、C子の何がいいわけ?」
「おまえなぁ・・・・A子B子C子って・・・名前くらいちゃんと覚えろよ」
善が苦笑いする。
「名前?どうせ合コンが終われば一生会わないやつの名前覚えるなんて、まさに脳みその無駄使いだろ」
「会うか会わないかは、お前次第だろ。いいか?
左側のショートヘアが美咲ちゃん、真ん中のおっぱい大きいのが梨々花ちゃん、で、右側の眼鏡美人が覚里ちゃんだ」
「お前・・・、よく覚えられるな・・・・」
「いや、3人くらい逆に覚えろよ・・・」
俺と善がそんな話をしていると、バルコニーのドアが開き尊たちが戻ってきた。
女性の一人が他の二人に先駆けて、当たり前のように尊の手を引いて、座った尊の隣を陣取る。
――あぁ~ぁ。最近の女子は積極的だねぇ。あれは・・・ショートだから・・・・えっと、美咲っていったか・・・・
尊を取られたとばかりに、ひとりがすかさず善の隣に座り、最後の一人は・・・・俺の横に座った。
――はぁ・・・別に空気読んで俺の隣になんて座らなくたっていいのに・・・。尊の両サイドに女が座ることを期待していたのになぁ。この女だって別に俺なんて眼中ねぇだろが・・・・面倒くせぇ。
合コンであるあるの、とりあえずペアになるというこの儀式が俺は嫌いだ。とはいえ、このまま黙っていたら、あとで尊と善に大目玉をくらってしまうだろう。
「えっと・・・・覚里さん・・・・だっけ?」
「えぇ、そうです。ふふっ、良かったですね。さっき、善さんから私の名前聞いておいて」
「あぁ、そうなんだ・・・・って、え?」
覚里は俺を見て、クスクス笑っている。
――あれ・・・さっきの会話・・・・聞かれてたか?って・・・んなわけねぇよな・・・女たちは尊と一緒にバルコニーに出てたはず・・・だし。
「えっと・・・人の名前を覚えるのは少し苦手で・・・・・」
「それで彼に?ふぅーん。そんな感じじゃなかったけどなぁ。因みに私はA子?それとも、B子かしら?」
「どっ、どうしてそれをっ!」
覚里は口元に手を当ててくすくすと笑うばかりだ。
助けを求める様にして善に視線を向けると・・・、すっかり会話が盛り上がっているようでちゃっかり女の肩に腕まで回している。
「残念ね?善さんは、お取込み中みたいよ?」
「えっ・・・あぁ、うん・・・・」
――なんなんだ、この女・・・、さっきから、俺の考えてることがまるでわかるみたいだ。
あぁ、だから合コンなんて来たくなかったんだ。来なきゃこんな面倒な女に会うこともなかったんだ。
「ねぇ、志童さん」
「・・・・」
「志童さんっ」
「えっ、あぁ、なにかな?」
覚里は穏やかな笑みを崩さない。
「本当は来たくなかったのにぃ~って」
「っ!」
「か・お。してますよ? すごーく、面倒くさいって顔も」
「顔っ!あぁ、顔・・・ね・・・・ははははは」
――はぁ、焦った。本当に心が読めるのかと思ったぜ。まぁ、普通に考えてそんな人間いるわけないか。仮にこの女にそんな能力あったら今頃テレビにでも出てるよな。
「志童様」
「ん?あぁ、どうした?」
部屋の隅に立っていたはずの天羽琉が俺の脇に片膝をついてしゃがみ込んだ。その口元には僅かな笑みを浮かべている。
「覚里さんをバルコニーへ誘ってはいかがですか?」
「え?バルコニーに?でも・・・・」
「私も、参りますので」
天羽琉にそう言われて、俺は何が何だかわからないままに俺は隣に座る女に視線を向けた。
「良かったら、外でない?あぁ、でもさっき尊と出たかぁ・・・」
「いいわ」
「え?あぁ、そう」
「行きましょう」
立ち上がり片手を差し出すと、覚里は俺の手を軽く握り立ち上がった。
「ありがとう」
「いいえ」
――こうしてると、普通の女・・・・なんだけどなぁ・・・・
覚里の手を取りバルコニーに向かう俺の前を天羽琉が歩き、バルコニーへ続く硝子の扉を開けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
先に覚里が出て、続いて俺も出る。
ライトアップされたバルコニーは、南国の木々が植えられており一瞬、ここが日本であることを忘れそうになる。
梅雨入り前の独特な湿気を含んだ生暖かい風が、俺の髪を揺らしたその時だった。
俺の視界が突然、天羽琉の背中で遮られた。
「志童様、お気を付けください」
「え?天羽琉?どうしたんだよ?気を付けるって・・・・なにをだよ?」
「彼女は人ではございません」
「・・・・・は?」
天羽琉の背中越しに覚里をみると、相変わらずクスクスと笑っている。
「何が目的ですか?なぜ、志童様に絡むのですか?」
覚里は天羽琉を見て、ふふふと妖艶な笑みを見せた。
覚里という女はただ笑っているだけなのに、無性に俺を不安にさせる。そんな覚里を見て、なぜか泣き女を思い出していた。
――そうだ・・・・この感覚!・・・・同じ匂いがするんだ!見た目はまるで違うが泣き女とこの女は、同じなんだ。そう・・・・妖特有の気配だ。
俺ははっとした。
「まさか・・・・人じゃないって・・・・そう言う意味?」
俺を庇うようにして前にたつ天羽琉が小さく頷いた。
「彼女覚里さんは、まさしく覚です。人の心を読むことのできる妖怪です」
「覚・・・・・っ!?」
「あはははははは」
突然哄笑しだした覚里に思わずぎょっとする。
「やだぁ、もうばれちゃったなんて、つまぁんないのぉ。流石っ、天狗のお兄さんよね。
そっかぁ、確か・・・・、天狗には千里眼があるんだったわね」
そう言って、覚里は普通の女となんら変わらないようにぺろっと舌をだして、肩をすくめて見せる。
「何が目的ですか?なぜ、志童様の前にっ!」
「はぁ。そんなに警戒しなくてもいいわよ。別にとって喰ったりはしないわ」
「とって喰うって・・・」
いかにも妖怪らしい物言いに、俺は苦笑いする。
「もぉ~、やめてよね。本当よ、別に目的なんてないわよ」
そう言う覚里の言葉を一ミリも信じていないといった天羽琉の覚里に向ける視線はひどく冷たい。
「偶然よ。偶然。合コンだーってはしゃぐあの子たちを見つけたから、三人のうちのひとりに代わって貰ったの」
そう言って覚里は、ガラスの向こうで尊と善にぴったりと引っ付いてる女たちを横目で見た。
「代わってって、じゃぁお前はCAじゃないのか!」
「そぉよ。別にいいでしょ」
「志童様、覚里は人の心を操れます。それで、すり替わったのでしょう」
「操るって・・・・まじかよ・・・」
どう見ても人間の女にしか見えない目の前の女が、無性に気味悪く見える。
「やめてよ。そんな目で見るの。別に操ったりなんかできないわよ。ただ誘導するだけ。本人に邪な気持ちがなければ私の入り込む隙なんてないわ。それに、志童ちゃんの心を誘導したりなんかしないわよ?安心して」
「志童ちゃん・・・・って・・・」
――本当にこの女の目的がわからない。もしも金や権力が目的なら、俺なんか放っておいて尊や善にくっついていた方がこの女の利になるはずだ。
「貴方も、封印から解かれたのですか?」
「封印?私は、封印なんかされてないわよ」
――封印されてない?けど、ルドの話では、妖怪はみな封印されったって・・・・
「皆じゃないわよ。志童ちゃん」
心の問いに返事をされて、俺はびくりとした。
「どういうことです?」
「どうもこうもないわ。確かに江戸の終わりから始めった妖怪退治は明治に入って間もなく完成したにみえたわ。けど、私のように封印を免れた妖もいるのよ。ま、ごく少数だけどね」
「封印を・・・免れた?じゃぁ、今までどうやって・・・・」
そう俺が聞いたとたん、覚里は表情を曇らせた。
「どうもこうもないわ。普通よ。普通に人間のふりをして、人間に紛れて生きてきたわよ。けど、妖は人間の様にあっという間に年寄りになるわけじゃないからね。何年か毎に居場所を変えながら・・・・ね」
寂しそうにそう言った覚里は、俺たちを欺こうとしているわけじゃない。根拠はないが、確かに俺はそんな確信があった。
「あら?私に同情しちゃった?」
「いや、だから、俺の心を読むな!」
「だぁってぇ、志童ちゃんの心の声、駄々洩れなんですものー」
「駄々洩れって・・・・漏れても聞くなっ!」
思わず声のボリュームが上がってしまった。半ば怒鳴るようになってしまったのだ。
覚里は、そんな俺を見てまたしてもクスクスと笑う。
「話を戻しますが、覚里さん。あなたの目的はなんですか?」
天羽琉が冷たい声で聞いた。どんなに話がそれても決して本筋を忘れない。尊が天羽琉を気に入るわけだ。
「別に・・・そんなの、ないって言ってるでしょ?」
覚里は背中を向けて、空を仰いだ。
「そぉねぇ~・・・強いて言えば、ただの暇つぶしよ、暇つぶし」
「暇つぶし?こうして人間に混じることがか?」
覚里は半身で振り返り、口の端で不敵な笑みを浮かべると、バルコニーに設置されたベンチに腰をおろした。
「なんか随分、構えてるみたいだけど・・・・ほぉんと・・・やめてよね。
幕末って結構大変な時だったのよ。天狗のお兄さん。妖怪たちは、次々に封印されてっちゃうし。まぁ、私は幸いそれを逃れたわけだけど・・・・・でも・・・、しばらくはちょっと、寂しかったかな。いっそのこと、私も封印されに行こうかなんて考えたりね。
で、こうして人間に交じって過ごすことを思いついたの。でもね、人間ってほんとっ、馬鹿なのよ。お互いに読めもしない腹の探り合いばぁ~かっり!」
そう言って覚里は「ほら見て」とガラスの向こうの尊たちに視線を向けた。
「あそこに志童ちゃん、あんたのお友達と女がふたりいるでしょ?」
「え?あぁ、うん」
覚里の言わんとすることがわからず、俺は天羽琉と顔を見合わせた。天羽琉にも本当に覚里の目的がわからないようだ。
「左側、志童ちゃんの友達のチャラい方。
善ちゃんって言ったっけ?善ちゃんの隣にいる女はね・・・・、ふ~ん、そうなんだぁ」
覚は一見楽し気な笑みを見せる。
「なんだよ、言えよ」
「あの女、志童ちゃん、あんた狙いよ」
「は?」
俺はきょとんとした。
「ほらぁ、連れている天狗のお兄さんよ。
こんな素敵な秘書連れてたら、そりゃ大きな会社のお坊ちゃんですって名乗ってるのもおなじよ。最悪志童ちゃんが駄目でも天狗のお兄さんを狙えばいいってね」
そう言って俺にウインクしてきた。
「そっそうか・・・。天羽琉・・・・善にはこのこと、絶対言うなよ」
「御意」
隣で天羽琉が、折り目正しく腰を折る。
「でねぇ、あんたのお友達の善ちゃんだけどぉ~。あらあら・・・。彼女の服をどう脱がそうか・・・それしか考えてないわね」
「前言撤回。天羽琉、言っていいぞ」
「御意」
再び、天羽琉が腰を折る。
「でぇ、もう一組だけど。あっちの女はねぇ、えっと尊っちゃんだっけ?あらぁ、どこから情報仕入れたのかしら?あの子、このホテルが彼の父親の持ち物だって知ってるみたいね。
何が何でも、今日は彼と離れないつもりよっ。え?うそっ!きゃぁ💛そんなことまでぇ~」
「なっなんだ?どうしたんだ?」
急に両手で顔を覆った覚里に、慌てて声をかけた。
「だってぇ、彼女。今日中に尊っちゃんと、ベッドの中までー。きゃぁ💛」
「・・・・・あっそ」
――少しでも心配して、損した気分だ。
まだ両手を口元に当ててぴょんぴょん飛び回る覚里に、呆れるしかない。
「で、尊は?」
「そぉねぇ。たいくつぅ~、だって」
そう言って笑った覚里は、どう見ても普通の人間の女にしか見えなかった。
ウェーブのかかった髪を無造作に束ね、横長四角形のフチなしの眼鏡をかけている。
眼鏡の向こうの目は綺麗な二重で、鼻筋は通り、口は小さいがぷっくりとしていて妙な色気がある。
「あぁ~、志童ちゃんっ、私を見て変な事考えるの、やめてよね」
「ばっ、変な事なんか考えてねぇって!」
「そぉかしら?因みに、私の前でエッチなこと考えるのも禁止よ」
「するかっての!」
気が付けば、どういうわけかすっかり覚里のペースに乗せられている。天羽琉も隣でどこか気の抜けた様な顔をしている。
「なぁ、天羽琉。こいつのペースに巻き込まれてるのも、こいつの術か何かか?」
「いえ、それは志童様が単純なだけかと・・・・」
「うっ・・・・」
――天羽琉の野郎っ・・・・従順なんだか、反抗的なんだかわからねぇ・・・
俺は気を撮り直して、覚里に言う。
「じゃぁお前、本当に何も企んでねぇってのか?」
「えぇ、そぉよ。さっきからずっとそう言ってるじゃない」
覚里はにこりと笑った。
一気に気が抜けて、ベンチへと腰をおろすと、覚里が隣に座って興味津々な笑みを俺に向ける。
「へぇ~、妖怪相談所って、志童ちゃん。面白いことやってるのねっ!」
「ぅうっ・・・・・。そうか・・・、今俺、帰りたいって考えたから・・・・」
天羽琉を見ると、俺に向かって苦笑いしている。
「なんで俺ばっかり・・・、天羽琉のを読めよ」
「無理よー。天狗のお兄さんはガードが堅いわ。志童ちゃんみたいに、駄々洩れじゃないもの」
「駄々洩れ・・・ね・・はぁ~」
「ねぇ、今度私もそこに遊びに行くわ」
「あぁどこへでも行け・・・・・は?そこって、うち?なんでっ!」
「別にいいじゃない。楽しそうだし」
「よくねぇよ!」
ついさっき、天狗が増えたばかりだ。これ以上妖怪が増えるのも、面倒が増えるのも真っ平ごめんなのだ。
「まぁまぁ、そう言わずに。気が向いたら、お仕事手伝ってあげるからぁ」
――だめだ・・・こいつも人の話を聞かないタイプだ。妖怪ってのはどうしてこうも、人の話を聞かねぇ奴ばっかなんだ!それが妖怪の世界では通説なのか?
「そうそう。志童ちゃん、そうやって諦めることも大切よ」
「バカヤロウ、別に俺は諦めてなんかっ」
そこまで言って気が付いた。この短時間で、覚里と心で会話することに慣れつつある・・・。
――だめだ・・・自覚する程に、俺は妖怪に慣れてきている・・・・
と、その時俺の中に素晴らしいアイデアがひらめいた。
「よし!こうなったらヤケクソだ!なぁ覚里、だったら今から事務所行こうぜっ!」
そう言った俺の顔を見て、覚里は一瞬きょとんとした後で哄笑した。
「なぁに、それ。私とできちゃったことにして帰れば、この後の面倒にも付き合わなくて済むって。ほぉんと、志童って若いのに珍しいくらい面倒臭がりなのね」
「だっだから、俺の心を読むなって!」
「志童様、尊様、善様に叱られますよ?」
「天羽琉までっ、だってよぉ、俺は元々来たくなかったわけだし、このままいたら絶対2次会とか連れてかれるし・・・・」
完全に魂胆までばれていて、急に気恥しくなる。果たして、心で他人と会話する奴など、この広い世界で俺の他にどのくらいいるのだろうか・・・・その人たちと巡り合えたら、この居心地の悪さを共有できるのだろうか・・・・
「あーもぉ、わかってんならいいじゃねぇかっ。もぉ、帰ろうぜっ」
覚は可愛らしく首を傾げるとくすりと笑う。
「しょうがないなぁ。いいよ。その代わり、他の仲間も紹介してよねっ!」
「よっしゃっ!」
俺は拳を握って立ち上がった。
バルコニーから中へ戻ると、すっかり食事は片付けられており、尊も善も女達もワインを飲んでいる。
「悪りぃ、尊、善。俺、覚里と抜けるから」
「・・・・・え?志童?」
「おまっ、それ、本気で・・・・言ってんのか?」
俺の言ったことが余程想定外だったのか、尊も善も信じられないと言った表情で俺を見ている。 そこへ覚里が、俺の腕にしがみつく様にしてくっついてきた。
「そういうことなのでっ、お先にぃ~」
「ちょっと、待って。私まだ志童さんと何もお話してないっ」
たった今まで、善に愛想を振りまいてた女が焦ったように立ち上がった。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。貴方の隣の善ちゃんのパパも、貴方が思っているより何十倍も大きな会社の社長さんよ」
そう言って覚里がウインクすると、彼女は気まずそうに下を向いて所在なさげに座った。
――こいつはどこまで自由なんだよ・・・、普通言うか?そう言うこと・・・
呆れながらも、今の俺にはここから一刻も早く脱出することの方が重要事項だ。
「じゃ、善、尊、またな」
言って、俺たち・・・・・正しくは俺と二匹の妖怪は、逃げ出すように脱出したのだった。
ホテルから事務所までは10分も歩けばつく距離だ。
「本当に・・・・志童様に危害を加える気はないんですね?」
道すがら、そう何度も念を押す天羽琉に聡里は大きなため息をついて見せる。
「もぉ~、し・つ・こ・いっ!ないって何度もいってるでしょ?」大体嘘をつくのなんて、この世とあの世と、その他諸々の世を合わせたって、人間くらいなもんでしょう?」
「それは・・・そうですが・・・・」
「そこ、あっさり納得するのかよ」
「えぇ、妖怪は基本嘘はつきませんから」
「へっへぇ~・・・・そうなんだぁ・・・」
そんなにあっさりと言われたら、返す言葉もない。
「では、覚里さん。先ほど仰っていた仕事を手伝うというのもホントですね?」
天羽琉に言われ、覚りは満面の笑みを見せた。
「うんっ。手伝う、手伝うっ。すっごく面白そうだし、それにね。私、志童ちゃんのこと気に入っったしね」
「気に入ったって・・・・」
俺は苦笑いするしかない。
覚里は楽し気にスキップを踏みながら、教えてもいないのに俺たちの前を歩き、事務所の扉を躊躇することなく開けて入っていった。
すぐ後から俺と天羽琉も事務所へ入ると、そこには覚里に向かって全身の毛を逆立ててフグみたいになったルドがいた。が、もちろん覚里はたじろぐどころかモフモフのルドに好意的な視線を向けている。
――ぁあ・・・こりゃルドは番犬ならぬ番猫にはならねぇなぁ・・・・
「ルド、大丈夫だ。こいつは覚里。悪い奴じゃなさそうだ」
「え?そうなのか?」
ルドは逆立てた毛を元に戻すときょとんとして覚里を見上げたのと、覚里がルドを抱き上げたのは同時だった。
「すねこすりがいるのねぇ~。きゃー、かわいいっ」
「そっそうかぁ。おいら、可愛いか?」
さっきまで全力で威嚇していたはずのルドは、ちょっと褒められもうデレデレとしている。あきれたものだ。
――しっかし・・・この覚里が妖怪とはねぇ。見れば見る程、どこにでもいる普通の女にしか見えないよなぁ・・・
苦笑いしつつも俺は棚の上の雲外鏡に声をかけた。
「雲外姉さん、起きてくれ。仲間を紹介するから」
雲外鏡は眠そうな声をあげながらも、鏡面を緩やかに波打たせ、目を覚ました。
「んっ・・・・・ふぁ~っ、なによぉ・・・・・志童のくせにあたしを起こすなんて生意気ねぇ~」
「ぁあ~、はいはい。そりゃすいませんでした」
「なんだい、尊と善はいないのかい」
「いやいや、むしろいない方が普通だろうが!ここは俺の家なんだから!」
「ふんっ、まぁ今日の志童は見た目だけなら悪くないし、それに・・・天羽琉がいるからよしとしようじゃないかぁ~」
――一体何にたいしての“よし”なんだか・・・雲外姉さんが人なら絶対アイドルのおっかけとかしてそうだよな
そう思うとなんだか可笑しくて、自然に顔がにやけてしまう。
「志童、おまいなにをにやついているんだいっ」
厳しいしわがれ声が飛んできた時だ。
「はいはーい、そこまでよ」
俺の言葉を食い気味に、割り込んできたのは覚里だった。
「相変わらず、いい男に目がないのね」
「はぁ?誰だいっ!あたしゃ女になんか興味は・・・・・え?おまいは、覚里かい?」
覚里はクスリと笑った。
「久しぶりね。雲外鏡のお姉さん」
「本当に・・・おまいなのかい?まぁ、何年ぶりだろうねぇ」
「やだぁ、何年どころか軽く100年は経ってるわよ」
――これは・・・妖怪の同窓会か?
「グス・・・グス・・・・」
直後、聞こえてきたのは雲外姉さんのすすり泣く声だった。
「最後に会ったのは・・・グス・・・・」
「お姉さんが封印される直前・・・だったわね」
「え?・・・・そう・・・なのか?」
予想外の言葉に、思わず割り込んでしまった。
「雲外鏡のお姉さんは、私を逃がしてくれたのよ・・・・」
「逃がすって、封印に来た人間からか?」
「そうよ・・・・」
その言葉を聞くと同時に、さっきホテルのラウンジでの覚里の言葉を思い出していた。
覚里は言った。寂しくて、いっそ自分から人間の前へ出て行こうかと思ったと。まさか雲外姉さんが身を挺して覚里を逃がしていたんて驚きだ。けどその結果、覚里は気の遠くなるような時間、孤独と戦う羽目になった。なんだか居たたまれない。
「あんた・・・・どうしていたんだい?」
雲外鏡の震える声に、俺はドキリとした。
雲外鏡姉さんのことだ。聞かずとも、覚里がこの150年もの間どうして来たかは見ることができるはずだ。それでも、雲外姉さんはあえて聞いたのだ。
「楽しかったわよ。お姉さんのお陰で。人間の世界で色んなものを見ることができたわ」
「・・・・ほんとう・・・かい?」
雲外姉さんの声は、僅かに震えていた。
「えぇ。本当よ」
そう言って屈託のない笑みを返す覚里を見て、鏡面の中の雲外姉さんの目が潤んだ。
妖怪は基本嘘をつかない。さっき覚里と天羽琉は確かにそう言った。けど、覚里の今の言葉は、恐らく嘘だ。身を挺して自分を庇った雲外姉さんを想い、覚里がついた優しい嘘だ。そして、雲外姉さんもそれをわかっているのだろう。それでも、雲外姉さんは「そうかい」そう一言いって笑ったんだ。
一気ににぎやかになってしまった妖怪相談所だけど、どういうわけかその雑音は思いの他心地よいものだった。
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