8 / 14
7 すねこすり
しおりを挟む
起き抜けに俺はパソコンのディスプレイにくぎ付けになっていた。
口に入れた歯ブラシが、ボトリと床に落ちる。
今がどういう状況かといえば・・・・。
朝、起きて適当に身なりを整えたあと、いつものように歯磨きをしながら事務所のソファーに俺は座った。
そんな俺の脳裏に、あの泣き女のことが浮かんだ。今思い出しても、身震いするほどに怖い女だ。できれば夢だったことにしたいが、冷蔵庫の上には、俺お手製の封印箱がしっかり置かれている。それが、泣き女の一件を夢ではないと、如実に表しているのだ。
――忘れよう。うん、それがいい。
気晴らしに、動画でもみようかとデスクからノートパソコンを持ってきて開いた。
デスクトップには、この間善が作ってくれたサイトのアイコンがポツンとあるだけだ。
なんとなく・・・本当に、なんとなくだった。
俺はそのアイコンをクリックした。そうしたことに、他意はなかった。本当に、ただなんとなく開いたのだ。そう言うことってあるだろう?
開かれたホームページ。
そこに表示された文字に俺の目はくぎ付けになり、今に至ると言う訳だ。
『新着メッセージが2件あります』
管理画面には確かにそう表示されている。
数日前の善の言葉が自然と頭の中でリピートされた。
『葬儀に来てほしいと依頼があった場合は、このホームページを通して問い合わせや依頼メッセージが届くから、ちゃんと毎日確認しとけよ』
ごくりと思わず唾を飲み込むと、口の中に残っていた歯磨き粉が喉に流れて俺はむせこんだ。
「げほっ、げほっ、兎に角・・・・口を、すすがないと・・・・」
むせながら洗面所に行き、口を濯いだついでに顔も洗って俺はすぐさまパソコンの前に戻った。
――嘘だろ・・・・まさか、本当にそんな依頼が???
疑心暗鬼になりながらも俺は恐る恐る、届いたメッセージを開いた。そこには確かに、メールが2通届いている。
「マジかよ…こんな依頼、本当にくるのかよ・・・・・」
メールの内容はこうだ。
『来週の土曜日に祖父の葬儀が行われます。
泣いてくださる方を派遣していただけないでしょうか。
祖父はもともと一代で会社を築き、仕事に生きてきた人ですが晩年は認知症になり、長い間施設で暮らしていました。
元気なころの取引先や仕事で関わった方々も葬儀には来られると思いますが、晩年の認知症の印象が強く、以前のバリバリと仕事をしていた祖父の姿を思い起こす人は少ないのでは・・・と懸念しています。
初孫である私は祖父には可愛がられたので、そうなることがとても辛いのです。
祖父を想い泣いてくださる方がいれば、参列者も以前の立派だったころの祖父を思い出すのではないかと思いご連絡しました。
どうぞ、よろしくお願いします_______________________』
メッセージには依頼者の名前や住所、電話番号もきちんと添えられている。
参列依頼として、通夜、葬式、告別式 と善が予め用意したメニューがあったが、そのすべてにチェックが入っている。
「これ・・・、善や尊のドッキリとかじゃ・・・ないよなぁ?」
そう疑うのも無理はない。こんな依頼、俺は絶対に来ないと踏んでいたのだ。けど、よくよく考えて見りゃこの企画の発案者はあの尊なのだ。あいつの企てた作戦がこれまでに失敗したことを、俺は見た事がない。
もう一通も、開いてみた。
こっちは企業からのもので、やはりお偉いさんが亡くなり葬儀を執り行う際に故人の威厳を保つために派遣を依頼する。というような内容だった。
俺はどこか狐にでもつままれたような心持でいた。
――待てよ・・・尊や善の仕業じゃなくても、このメール自体が誰かの悪戯・・・・って可能性もあるよな・・・
俺は2通目にあった会社の名前をWebで検索してみた。すると、検索の一番トップにその会社は確かに存在した。群馬県にある、中規模の会社だった。依頼先の住所とも一致している。でもこれだけでは、まだ悪戯でないという確証は持てない。それを確認するためにも、早速返信をしてみることにした。
『この度はご依頼いただき、ありがとうございます。
通夜、葬儀、告別式全ての参加で、15万円になります。また、こちらの交通費はお客様負担となりますので、予めご了承ください。
お振り込みが確認できれば、当日担当者を派遣いたします。_____』
メールの最後に、ネット口座を振りこみ先に指定して記載した。価格はその場の思い付きだ。通夜、葬儀、告別式 それぞれ各5万円。
3つ合わせて15万。
ただ葬儀に参列して泣くだけにしては少々高いような気もするが、そこがポイントだ。
もし悪戯であれば絶対振り込んでは来ない金額だからだ。我ながら、良い作戦を思いついたと、自然に口角が上がる。
同じ要領でもう一通にも、返信を返した。
「よし、と。これで、あとは待つだけだな。まぁ、悪戯で15万も払う奴なんていないだろうし、どうせ金なんか振り込まれないだろうけど。焦って損したぜ」
冷静に考えてみれば、葬儀に泣きに行きます。なんてふざけた内容のホームページだ。悪戯のメールが来ない方がおかしい。依頼メールが来たことに動揺して焦ってしまったが、我ながら良い撃退方法を思いついたものだと自分で自分を称賛する。
そしてコーヒーでも飲もうかと、立ち上がった時だ。
「わわわぁ~」
何かに躓き、俺は大きく態勢を崩し、そのままソファーに倒れこんだ。
「なっなんだぁ? よかったぁ、ソファーがあって」
ほっとしながらも一体、何に躓いたのかと足元を確認した。
「え?・・・・なんで?」
俺がつまずいたのは、猫だった。
白黒の毛並みをした真ん丸な猫が、じっと俺を見ていたんだ。
「お前・・・・猫?・・・だよな?でも、どっから?入口は・・・・開いてないよなぁ」
事務所の入り口ドアや窓を一通り調べてみたが、やっぱりどこも開いていない。とはいえ、出入り口には鍵もかかっていなかった。器用な猫なら入ってきてしまうこともあるのかもしれない。
「お前、どっから入ったんだぁ?」
そう声をかけながら、猫を抱き上げて撫でると真ん丸な白黒猫は、気持ちよさそうに目を細めている。
――なんか・・・、可愛いな・・・
モフモフした感触は、ここ数日泣き女の一件ですっかり疲弊した俺のメンタルを優しく癒す。首輪が付いていないところを見ると、飼い猫ではないのかもしれない。尻尾の付け根には立派なモノが付いている。
「そうだ、お前ここで俺と同居するか?男同士いいだろう?どうだ?」
俺が言うと、猫は俺の顔を見上げて、目を細めた・・・・というか・・・
「笑った?・・・・・なわけ、ないよなぁ。 ハハハ・・・」
猫を抱えたまま、ひとり苦笑いをする。最近あの泣き女のせいで俺の精神には大きなストレスがかかっている。無意識に癒しを求めて猫が笑ったように見えてしまった・・・。そうだ、そうに違いない。
「まぁ、いいや。ちょうどひとりで退屈してたんだ。よろしくな、相棒」
そう言って、俺が猫の額をなでた時だった。
「おう、よろしく頼むぜっ」
「・・・・・・・・・・」
――今、返事が聞こえた気がしたけど・・・・
俺は辺りを見渡した。
もしかして、尊や善がいて俺をからかっているのかもしれない、とも思ったが・・・、誰もいない。ここには正真正銘、俺とソファーに転がってくつろぐ真ん丸白黒猫しかいないのだ。
俺は真ん丸白黒猫を凝視した。
「・・・・・・って、まさかな。猫がしゃべるわけないっての。俺・・・・疲れてるのかな・・・はぁ・・・・」
ため息を零しつつ、缶コーヒーを口につけた時だった。
「なにが『まさか』なんだ?おいらにもそれ、飲ませておくれよ」
「え?」
「え?じゃ、ねぇよ。聞こえてるじゃねぇか。なにが、まさかなんだよ」
ゆっくりと視線を向けた先。俺のすぐ隣で真ん丸な白黒猫がニタリと笑った。
「え?・・・・ぇえええええええーーーーーっ、喋ったっ!ってか、笑ったっ!!!ねねね猫が・・・真ん丸な白黒猫が・・・・、喋って笑ったっ!」
俺はソファーを盾にするようにその後ろに身を隠し、背もたれの陰から恐る恐る真ん丸白黒猫を覗き込んだ。
「志童さぁ、その真ん丸白黒猫ってのやめてくれよなぁ」
俺は何度も瞬きをし、目をこすってもう一度見て見るが、やっぱり見間違いじゃねぇ!ついでに、自らのほっぺをつねると言う超古典的な方法も試してみたが、頬は痛かった。どうやら夢でもないらしい。
――見間違いじゃない・・・・・やっぱり、喋ってる・・・・
__喋ってる上に、偉そうに俺のことを志童と呼んだ・・・・
「なっなんで、猫がしゃべるんだ・・・・」
その言葉を真ん丸白黒猫に言ったのか、俺自身に言ったのか、俺自身もわからない。
「なんで喋るって、だっておいら、猫じゃないもん」
「ないもんって・・・・」
ソファーの影からではあるが、俺は一度深呼吸をしてもう一度真ん丸白黒猫を凝視する。
「いや、猫・・・・だろ。それもやや、メタボ気味の・・・」
「おいらは、猫じゃない。すねこすりだっ」
「すっすねこすりぃ? って、あの・・・妖怪の?」
「あぁ、そうだよ。おいらは、『すねこすり』だよ。猫が簡単に喋るかっての」
そう言って、真ん丸白黒猫は得意げに、前足の爪でひげをなでた。
「ぷっ」
俺は思わず吹き出してしまった。確かに猫が喋るなんて異様な事態だが、それ以上にこいつは可愛いのだ。体全体のフォルムも丸いが手足はなんだか短くて目は真ん丸だ。そいつが偉そうに胸を張っている姿は最早怪異というより、メルヘンである。
「なぁんで、お前。自己紹介しただけで得意げなんだよ」
笑ったことで緊張が解けたのか俺はソファーの陰からようやくでると、真ん丸白黒猫の隣に腰をおろした。どうやら、害はなさそうだ。なんせ猫だし。
「はぁ・・・泣き女の次は、すねこすりかぁ・・・・」
喋る猫を前にして、初めこそ驚いたものの自分でも不思議なくらい妖怪を受け入れるのが早くなったと思う。泣き女で免疫がついたのか、それとも泣き女が怖すぎたからこの癒し系妖怪にうっかり心を許してしまったのか・・・それは俺にもわからない。
俺はすねこすりをじっと見つめた。
「おまえ・・・やっぱり、可愛い・・・な。まぁ、話せるなら退屈しのぎにもなるし、この際妖怪でもいいか。なぁ、すねこ」
言いながら頭を撫でようとした俺の手を、真ん丸白黒猫が華麗な猫パンチで弾かれた。
「今、おいらをすねこっていったか?すねこすりだぞっ、す・ね・こ・す・りっ」
「まぁ、いいじゃねぇか。すねこすりってなんか長いし。だから、すねこってことで」
「志童・・・お前っ、超絶適当人間だろっ・・・」
すねこすりは、軽蔑するように目を細くして俺を見ている。
「いや、だからその目はやめろって」
「すねこなんて名前、おいら絶対嫌だからなっ、そんなだっさい名前っ。志童っ、お前は人間を見て人間って呼ぶのか?呼ばねぇだろ!すねこすりをすねこすりって呼ぶなんてナンセンスなんだよ!」
「ナンセンスって・・・・・お前は昭和の親父かよ」
すねこすりはソファーの上でひっくり返り、じたばたと抗議をしてくる。が、言われてみれば確かにそうだ。すねこすりというのは、大まかな種類の名称であって犬に向かって”イヌ”と呼ぶようなものだ。まぁ、それでもいいような気はするが・・・。
「なるほどなぁ、お前をすねこすりって呼ぶのは、確かにちょっと雑だったな。うーん・・・面倒くせぇなぁ、じゃあ何がいいんだよ」
すねこすりはぱっと表情を明るくさせると、期待に満ちた目で俺を見た。
「いや・・・・俺に何を期待している・・・・」
小首を傾げて悩まし気に尻尾をゆらゆらとさせている。
「じゃぁ、たま。たまでいいんじゃねぇの?猫って言ったら”たま”だろ」
「だから、おいらを猫扱いするなぁ~おいらは猫じゃねぇーっ!心理的嫌がらせも、立派な動物虐待だぞっ」
「もぉ、我が儘だなぁ・・・。動物虐待って・・・お前、猫じゃないんじゃなかったのかよ!そうだなぁ・・・・う~ん・・・・あ・・・」
ふと俺の脳裏に子供のころ好きだった絵本が浮かんだ。たまたまトラックに乗り込んで地方から東京へ来てしまった猫の話・・・だったような気がする。何度も何度も祖母にねだって読んでもらった覚えがある。
__たしか・・・あの本の猫が・・・・なんてったっけか?
「うーん・・・あれは確かぁ・・・ルドル・・・そうだ、ルドってどうだ?」
「ぉお~ルドかっ!そりゃぁ洒落てるな!志童っ、やればできるじゃないかぁ~」
「ハハハ・・・そりゃ、どうも」
猫に褒められるのは、何とも妙な気分だが、ともかくルドという名前は気に入ったようで、すねこすりはまた毛づくろいの続きをはじめた。
「しっかし志童よぉ。そんなんじゃ、これから先思いやられると思うけどね」
――なぜこの妖怪猫は、俺に上からものを言ってくるのか・・・
「この先?ってなんだよ。別にキャットフードくらいちゃんと買ってやるぞ?」
「キャットフードなんか食うかっ!おいらを猫扱いすんじゃねぇ!」
「いや・・・猫だろ?」
「猫じゃねぇっ!」
「あー、はいはい。猫じゃないのね、わかった、わかった」
「なんか・・・腹立つなぁ・・・・。志童っ、お前がその気なら、おいらはもう知らねぇぞ」
「知らねぇって、何がだよ」
「だから、この先だよ!志童お前、本当にわかんないのか?」
「・・・・・なにが?」
「はぁ~。馬鹿そうな顔した奴だと思ったけど、本当に馬鹿だったんだな」
真ん丸白黒猫、改めルドは、まるで人間の様に肩を竦めて見せる。
――こいつ・・・可愛いのは見た目だけで、中身は全然可愛くねぇ・・・・
「志童、お前本当に気が付かないのか?」
「だから、何がだよ」
「泣き女においら。ひとりの人間の前にこんなに次々と妖怪が現れてるってことだよ!」
「あぁ、それな・・・・・確かに・・・・・」
言われてみれば確かにそうだ。
このビルに越してからまだ数日だというのに、随分日にちが経ったような気がするのは、あり得ない事態が次々と起きているからだ。そして今、泣き女・・・・そう、あの世にも恐ろしい女に、俺の平和な日常は完全に奪われている。
「なぁ、志童ってさぁ」
「・・・なんだよ?」
「馬鹿なんだな」
「なっ!何を藪から棒に!」
「だって、そうじゃん。泣き女においら。人間のところへこんなに頻繁に妖怪が現れて、なぁんにも考えてないんだからさ。どう考えたって馬鹿でしょう?」
「てってめぇ・・・・ルド・・・・、口の利き方がなってねぇんだよ」
「ま、志童がいいなら、おいらは全然構わないけどね」
そう言うと、ルドはすまして、毛づくろいの続きを始めた。
「いや、待て。どういうことだ?俺がいいならって、なんのことだよ。俺は全然、よくないからなっ。よくわからねぇけど、絶対ここは良くない気しかしねぇ」
「はぁ~、しょうがないなぁ・・・・。じゃ、はっきり言うけど、これから色んな妖怪来ると思うよ」
――こいつ・・・・あっさりと、とんでもねぇこと予言しやがった・・・
ハハハと乾いた笑いが無意識に漏れて、自分の顔が引きつるのが分かった。体の温度が幾分下がり、背中に嫌な汗が一筋流れる。
「お前・・・何言って・・・・来るってなに?・・・、ここに?えっ?ぇぇえええええっ!なんでっ」
「ここが出入口だからだよ」
ルドは何でもないようにさらりと言った。
「出入口?って、なんの?」
「志童って、何にも知らないのなぁ。まぁ、教えてあげてもいいけど__」
「お願いしますっ」
俺はルドに向かって正座をして向き合った。ルドはコホンと軽く咳ばらいをすると、髭をピンっとひとなでした。
「昔は、おいら達妖怪と人間はこの世界で共存してたんだよ。だから、古い話や書物にはおいらたちの存在が記されているはずだよ」
「あぁ~、確かに・・・・江戸辺りまではそれ関連の書物も多いよなぁ」
何を隠そう俺は大学時代、それらの資料を使って妖怪研究をしていたのだ。
「でも、今この世界に妖怪はいない。それは書物や文献の中にも登場しなくなったから明らかなんだよ」
「昔はいたはずの妖怪が、絶滅したってことか?」
「そうじゃねぇよ。妖怪はそう簡単に死なないよ。絶滅なんてありえないんだよ。江戸時代の終わり。つまり人間の歴史でいう大政奉還ってやつが起きて、元号が明治に代わるとき。
おいらたち妖怪は、国中から集められた術者たちによって封じられちまったんだ」
俺はは学生時代に読み漁った大量の書物の内容を思い返していた。
たしかに邪馬台国卑弥呼の時代から、様々な形で妖怪や鬼の存在があらゆる文献に示されていた。しかし、それも江戸時代まで。
明治になると、妖怪の記述は不自然な程に綺麗に消えていた。
「封じられたって、一体どこへ?」
「よくわからないよ。あいつらがおいらたちに術をかけたら、頭の中がもやぁ~って、なって体中がふわふわぁって、なるんだ。上も下もなくて、記憶も曖昧だよ。おいたたちは、ずっとその真っ暗な世界に閉じ込められてたんだよ。でもあるとき見つけたんだ。あったかい光を」
「あったかい光?」
「うん。懐かしいお日様の匂いがする光だ。真っ暗で何にもない世界で光を見つけたときはすっごく嬉しかったよ。光に近づけば近づく程、頭のもやもやも消えておいらはおいらを取り戻したんだ。で、その光の向こうにいたのが志童、お前だ」
「は?」
ゆっくりと体の温度が下がったのを感じた。今のルドの話を聞く限り封印された世界の出口に俺が関わってしまったことは間違いなさそうだ。しかし俺はこれまでの人生において、霊感の類を感じたことは一度だってない。そうなると、場所に因果があるのか?
尊はこのビルにはテナントが長く居つかないと言った。十中八九、このことが関係しているのだろう。しかし、これまでに妖怪が出てきた・・・とは考えにくい。そうであれば、もっと大騒ぎになっていてもおかしくないからだ。つまり、場所 プラス 俺・・・そう考えるのが最も自然だろう。
「いや・・・・ルド。待てよ・・・・。それって、つまり・・・・。その封印されたほかの妖怪たちがその・・・あったかい光ってのを見つけたらどうなるんだっ?」
俺はその答えを聞きたいような、聞きたくないような気持だった。なんとなく、答えはわかっていたからだ。
「そりゃぁ、みんなここに着くんじゃないの?」
ルドは何でもないことのように、さらっと言った。
「だーーーーーーーっ!だめだろーっ、それ。絶対、ダメだろっ。なぁ、ルド。その出入口ってどうやって塞ぐんだよっ」
「う~ん・・・、おいら知らない・・・」
「知らないって、そんな・・・・・・」
――最悪だ。俺の記憶が確かなら、妖怪たちは凶暴な者達も多いんだ。それを思えば、昨日の泣き女でさえ可愛く思えてくる。
俺は頭を抱えた。
「つまり、なんだ?得体のしれない妖怪たちが出入りしたい放題な場所、その出入口とやらに、俺は今いるのか?」
「そういうことかな。まぁ、正確に言えば、志童そのものがそれなんだと思う。けど、そんなに落ち込むなよ。妖怪って、結構気のいい奴多いんだぜ?おいら達から言わせれば、人間の方がよっぽど怖いぞ?」
ルドは慰めているつもりかもしれないが、そんな言葉で気持ちが晴れるわけがない。
とりあえず、不安しかないこの状況では、隣にいるこの小さな妖怪だけが頼りだ。
――情けない・・・・猫の手も借りたい・・・とは、まさにこのことか!
口に入れた歯ブラシが、ボトリと床に落ちる。
今がどういう状況かといえば・・・・。
朝、起きて適当に身なりを整えたあと、いつものように歯磨きをしながら事務所のソファーに俺は座った。
そんな俺の脳裏に、あの泣き女のことが浮かんだ。今思い出しても、身震いするほどに怖い女だ。できれば夢だったことにしたいが、冷蔵庫の上には、俺お手製の封印箱がしっかり置かれている。それが、泣き女の一件を夢ではないと、如実に表しているのだ。
――忘れよう。うん、それがいい。
気晴らしに、動画でもみようかとデスクからノートパソコンを持ってきて開いた。
デスクトップには、この間善が作ってくれたサイトのアイコンがポツンとあるだけだ。
なんとなく・・・本当に、なんとなくだった。
俺はそのアイコンをクリックした。そうしたことに、他意はなかった。本当に、ただなんとなく開いたのだ。そう言うことってあるだろう?
開かれたホームページ。
そこに表示された文字に俺の目はくぎ付けになり、今に至ると言う訳だ。
『新着メッセージが2件あります』
管理画面には確かにそう表示されている。
数日前の善の言葉が自然と頭の中でリピートされた。
『葬儀に来てほしいと依頼があった場合は、このホームページを通して問い合わせや依頼メッセージが届くから、ちゃんと毎日確認しとけよ』
ごくりと思わず唾を飲み込むと、口の中に残っていた歯磨き粉が喉に流れて俺はむせこんだ。
「げほっ、げほっ、兎に角・・・・口を、すすがないと・・・・」
むせながら洗面所に行き、口を濯いだついでに顔も洗って俺はすぐさまパソコンの前に戻った。
――嘘だろ・・・・まさか、本当にそんな依頼が???
疑心暗鬼になりながらも俺は恐る恐る、届いたメッセージを開いた。そこには確かに、メールが2通届いている。
「マジかよ…こんな依頼、本当にくるのかよ・・・・・」
メールの内容はこうだ。
『来週の土曜日に祖父の葬儀が行われます。
泣いてくださる方を派遣していただけないでしょうか。
祖父はもともと一代で会社を築き、仕事に生きてきた人ですが晩年は認知症になり、長い間施設で暮らしていました。
元気なころの取引先や仕事で関わった方々も葬儀には来られると思いますが、晩年の認知症の印象が強く、以前のバリバリと仕事をしていた祖父の姿を思い起こす人は少ないのでは・・・と懸念しています。
初孫である私は祖父には可愛がられたので、そうなることがとても辛いのです。
祖父を想い泣いてくださる方がいれば、参列者も以前の立派だったころの祖父を思い出すのではないかと思いご連絡しました。
どうぞ、よろしくお願いします_______________________』
メッセージには依頼者の名前や住所、電話番号もきちんと添えられている。
参列依頼として、通夜、葬式、告別式 と善が予め用意したメニューがあったが、そのすべてにチェックが入っている。
「これ・・・、善や尊のドッキリとかじゃ・・・ないよなぁ?」
そう疑うのも無理はない。こんな依頼、俺は絶対に来ないと踏んでいたのだ。けど、よくよく考えて見りゃこの企画の発案者はあの尊なのだ。あいつの企てた作戦がこれまでに失敗したことを、俺は見た事がない。
もう一通も、開いてみた。
こっちは企業からのもので、やはりお偉いさんが亡くなり葬儀を執り行う際に故人の威厳を保つために派遣を依頼する。というような内容だった。
俺はどこか狐にでもつままれたような心持でいた。
――待てよ・・・尊や善の仕業じゃなくても、このメール自体が誰かの悪戯・・・・って可能性もあるよな・・・
俺は2通目にあった会社の名前をWebで検索してみた。すると、検索の一番トップにその会社は確かに存在した。群馬県にある、中規模の会社だった。依頼先の住所とも一致している。でもこれだけでは、まだ悪戯でないという確証は持てない。それを確認するためにも、早速返信をしてみることにした。
『この度はご依頼いただき、ありがとうございます。
通夜、葬儀、告別式全ての参加で、15万円になります。また、こちらの交通費はお客様負担となりますので、予めご了承ください。
お振り込みが確認できれば、当日担当者を派遣いたします。_____』
メールの最後に、ネット口座を振りこみ先に指定して記載した。価格はその場の思い付きだ。通夜、葬儀、告別式 それぞれ各5万円。
3つ合わせて15万。
ただ葬儀に参列して泣くだけにしては少々高いような気もするが、そこがポイントだ。
もし悪戯であれば絶対振り込んでは来ない金額だからだ。我ながら、良い作戦を思いついたと、自然に口角が上がる。
同じ要領でもう一通にも、返信を返した。
「よし、と。これで、あとは待つだけだな。まぁ、悪戯で15万も払う奴なんていないだろうし、どうせ金なんか振り込まれないだろうけど。焦って損したぜ」
冷静に考えてみれば、葬儀に泣きに行きます。なんてふざけた内容のホームページだ。悪戯のメールが来ない方がおかしい。依頼メールが来たことに動揺して焦ってしまったが、我ながら良い撃退方法を思いついたものだと自分で自分を称賛する。
そしてコーヒーでも飲もうかと、立ち上がった時だ。
「わわわぁ~」
何かに躓き、俺は大きく態勢を崩し、そのままソファーに倒れこんだ。
「なっなんだぁ? よかったぁ、ソファーがあって」
ほっとしながらも一体、何に躓いたのかと足元を確認した。
「え?・・・・なんで?」
俺がつまずいたのは、猫だった。
白黒の毛並みをした真ん丸な猫が、じっと俺を見ていたんだ。
「お前・・・・猫?・・・だよな?でも、どっから?入口は・・・・開いてないよなぁ」
事務所の入り口ドアや窓を一通り調べてみたが、やっぱりどこも開いていない。とはいえ、出入り口には鍵もかかっていなかった。器用な猫なら入ってきてしまうこともあるのかもしれない。
「お前、どっから入ったんだぁ?」
そう声をかけながら、猫を抱き上げて撫でると真ん丸な白黒猫は、気持ちよさそうに目を細めている。
――なんか・・・、可愛いな・・・
モフモフした感触は、ここ数日泣き女の一件ですっかり疲弊した俺のメンタルを優しく癒す。首輪が付いていないところを見ると、飼い猫ではないのかもしれない。尻尾の付け根には立派なモノが付いている。
「そうだ、お前ここで俺と同居するか?男同士いいだろう?どうだ?」
俺が言うと、猫は俺の顔を見上げて、目を細めた・・・・というか・・・
「笑った?・・・・・なわけ、ないよなぁ。 ハハハ・・・」
猫を抱えたまま、ひとり苦笑いをする。最近あの泣き女のせいで俺の精神には大きなストレスがかかっている。無意識に癒しを求めて猫が笑ったように見えてしまった・・・。そうだ、そうに違いない。
「まぁ、いいや。ちょうどひとりで退屈してたんだ。よろしくな、相棒」
そう言って、俺が猫の額をなでた時だった。
「おう、よろしく頼むぜっ」
「・・・・・・・・・・」
――今、返事が聞こえた気がしたけど・・・・
俺は辺りを見渡した。
もしかして、尊や善がいて俺をからかっているのかもしれない、とも思ったが・・・、誰もいない。ここには正真正銘、俺とソファーに転がってくつろぐ真ん丸白黒猫しかいないのだ。
俺は真ん丸白黒猫を凝視した。
「・・・・・・って、まさかな。猫がしゃべるわけないっての。俺・・・・疲れてるのかな・・・はぁ・・・・」
ため息を零しつつ、缶コーヒーを口につけた時だった。
「なにが『まさか』なんだ?おいらにもそれ、飲ませておくれよ」
「え?」
「え?じゃ、ねぇよ。聞こえてるじゃねぇか。なにが、まさかなんだよ」
ゆっくりと視線を向けた先。俺のすぐ隣で真ん丸な白黒猫がニタリと笑った。
「え?・・・・ぇえええええええーーーーーっ、喋ったっ!ってか、笑ったっ!!!ねねね猫が・・・真ん丸な白黒猫が・・・・、喋って笑ったっ!」
俺はソファーを盾にするようにその後ろに身を隠し、背もたれの陰から恐る恐る真ん丸白黒猫を覗き込んだ。
「志童さぁ、その真ん丸白黒猫ってのやめてくれよなぁ」
俺は何度も瞬きをし、目をこすってもう一度見て見るが、やっぱり見間違いじゃねぇ!ついでに、自らのほっぺをつねると言う超古典的な方法も試してみたが、頬は痛かった。どうやら夢でもないらしい。
――見間違いじゃない・・・・・やっぱり、喋ってる・・・・
__喋ってる上に、偉そうに俺のことを志童と呼んだ・・・・
「なっなんで、猫がしゃべるんだ・・・・」
その言葉を真ん丸白黒猫に言ったのか、俺自身に言ったのか、俺自身もわからない。
「なんで喋るって、だっておいら、猫じゃないもん」
「ないもんって・・・・」
ソファーの影からではあるが、俺は一度深呼吸をしてもう一度真ん丸白黒猫を凝視する。
「いや、猫・・・・だろ。それもやや、メタボ気味の・・・」
「おいらは、猫じゃない。すねこすりだっ」
「すっすねこすりぃ? って、あの・・・妖怪の?」
「あぁ、そうだよ。おいらは、『すねこすり』だよ。猫が簡単に喋るかっての」
そう言って、真ん丸白黒猫は得意げに、前足の爪でひげをなでた。
「ぷっ」
俺は思わず吹き出してしまった。確かに猫が喋るなんて異様な事態だが、それ以上にこいつは可愛いのだ。体全体のフォルムも丸いが手足はなんだか短くて目は真ん丸だ。そいつが偉そうに胸を張っている姿は最早怪異というより、メルヘンである。
「なぁんで、お前。自己紹介しただけで得意げなんだよ」
笑ったことで緊張が解けたのか俺はソファーの陰からようやくでると、真ん丸白黒猫の隣に腰をおろした。どうやら、害はなさそうだ。なんせ猫だし。
「はぁ・・・泣き女の次は、すねこすりかぁ・・・・」
喋る猫を前にして、初めこそ驚いたものの自分でも不思議なくらい妖怪を受け入れるのが早くなったと思う。泣き女で免疫がついたのか、それとも泣き女が怖すぎたからこの癒し系妖怪にうっかり心を許してしまったのか・・・それは俺にもわからない。
俺はすねこすりをじっと見つめた。
「おまえ・・・やっぱり、可愛い・・・な。まぁ、話せるなら退屈しのぎにもなるし、この際妖怪でもいいか。なぁ、すねこ」
言いながら頭を撫でようとした俺の手を、真ん丸白黒猫が華麗な猫パンチで弾かれた。
「今、おいらをすねこっていったか?すねこすりだぞっ、す・ね・こ・す・りっ」
「まぁ、いいじゃねぇか。すねこすりってなんか長いし。だから、すねこってことで」
「志童・・・お前っ、超絶適当人間だろっ・・・」
すねこすりは、軽蔑するように目を細くして俺を見ている。
「いや、だからその目はやめろって」
「すねこなんて名前、おいら絶対嫌だからなっ、そんなだっさい名前っ。志童っ、お前は人間を見て人間って呼ぶのか?呼ばねぇだろ!すねこすりをすねこすりって呼ぶなんてナンセンスなんだよ!」
「ナンセンスって・・・・・お前は昭和の親父かよ」
すねこすりはソファーの上でひっくり返り、じたばたと抗議をしてくる。が、言われてみれば確かにそうだ。すねこすりというのは、大まかな種類の名称であって犬に向かって”イヌ”と呼ぶようなものだ。まぁ、それでもいいような気はするが・・・。
「なるほどなぁ、お前をすねこすりって呼ぶのは、確かにちょっと雑だったな。うーん・・・面倒くせぇなぁ、じゃあ何がいいんだよ」
すねこすりはぱっと表情を明るくさせると、期待に満ちた目で俺を見た。
「いや・・・・俺に何を期待している・・・・」
小首を傾げて悩まし気に尻尾をゆらゆらとさせている。
「じゃぁ、たま。たまでいいんじゃねぇの?猫って言ったら”たま”だろ」
「だから、おいらを猫扱いするなぁ~おいらは猫じゃねぇーっ!心理的嫌がらせも、立派な動物虐待だぞっ」
「もぉ、我が儘だなぁ・・・。動物虐待って・・・お前、猫じゃないんじゃなかったのかよ!そうだなぁ・・・・う~ん・・・・あ・・・」
ふと俺の脳裏に子供のころ好きだった絵本が浮かんだ。たまたまトラックに乗り込んで地方から東京へ来てしまった猫の話・・・だったような気がする。何度も何度も祖母にねだって読んでもらった覚えがある。
__たしか・・・あの本の猫が・・・・なんてったっけか?
「うーん・・・あれは確かぁ・・・ルドル・・・そうだ、ルドってどうだ?」
「ぉお~ルドかっ!そりゃぁ洒落てるな!志童っ、やればできるじゃないかぁ~」
「ハハハ・・・そりゃ、どうも」
猫に褒められるのは、何とも妙な気分だが、ともかくルドという名前は気に入ったようで、すねこすりはまた毛づくろいの続きをはじめた。
「しっかし志童よぉ。そんなんじゃ、これから先思いやられると思うけどね」
――なぜこの妖怪猫は、俺に上からものを言ってくるのか・・・
「この先?ってなんだよ。別にキャットフードくらいちゃんと買ってやるぞ?」
「キャットフードなんか食うかっ!おいらを猫扱いすんじゃねぇ!」
「いや・・・猫だろ?」
「猫じゃねぇっ!」
「あー、はいはい。猫じゃないのね、わかった、わかった」
「なんか・・・腹立つなぁ・・・・。志童っ、お前がその気なら、おいらはもう知らねぇぞ」
「知らねぇって、何がだよ」
「だから、この先だよ!志童お前、本当にわかんないのか?」
「・・・・・なにが?」
「はぁ~。馬鹿そうな顔した奴だと思ったけど、本当に馬鹿だったんだな」
真ん丸白黒猫、改めルドは、まるで人間の様に肩を竦めて見せる。
――こいつ・・・可愛いのは見た目だけで、中身は全然可愛くねぇ・・・・
「志童、お前本当に気が付かないのか?」
「だから、何がだよ」
「泣き女においら。ひとりの人間の前にこんなに次々と妖怪が現れてるってことだよ!」
「あぁ、それな・・・・・確かに・・・・・」
言われてみれば確かにそうだ。
このビルに越してからまだ数日だというのに、随分日にちが経ったような気がするのは、あり得ない事態が次々と起きているからだ。そして今、泣き女・・・・そう、あの世にも恐ろしい女に、俺の平和な日常は完全に奪われている。
「なぁ、志童ってさぁ」
「・・・なんだよ?」
「馬鹿なんだな」
「なっ!何を藪から棒に!」
「だって、そうじゃん。泣き女においら。人間のところへこんなに頻繁に妖怪が現れて、なぁんにも考えてないんだからさ。どう考えたって馬鹿でしょう?」
「てってめぇ・・・・ルド・・・・、口の利き方がなってねぇんだよ」
「ま、志童がいいなら、おいらは全然構わないけどね」
そう言うと、ルドはすまして、毛づくろいの続きを始めた。
「いや、待て。どういうことだ?俺がいいならって、なんのことだよ。俺は全然、よくないからなっ。よくわからねぇけど、絶対ここは良くない気しかしねぇ」
「はぁ~、しょうがないなぁ・・・・。じゃ、はっきり言うけど、これから色んな妖怪来ると思うよ」
――こいつ・・・・あっさりと、とんでもねぇこと予言しやがった・・・
ハハハと乾いた笑いが無意識に漏れて、自分の顔が引きつるのが分かった。体の温度が幾分下がり、背中に嫌な汗が一筋流れる。
「お前・・・何言って・・・・来るってなに?・・・、ここに?えっ?ぇぇえええええっ!なんでっ」
「ここが出入口だからだよ」
ルドは何でもないようにさらりと言った。
「出入口?って、なんの?」
「志童って、何にも知らないのなぁ。まぁ、教えてあげてもいいけど__」
「お願いしますっ」
俺はルドに向かって正座をして向き合った。ルドはコホンと軽く咳ばらいをすると、髭をピンっとひとなでした。
「昔は、おいら達妖怪と人間はこの世界で共存してたんだよ。だから、古い話や書物にはおいらたちの存在が記されているはずだよ」
「あぁ~、確かに・・・・江戸辺りまではそれ関連の書物も多いよなぁ」
何を隠そう俺は大学時代、それらの資料を使って妖怪研究をしていたのだ。
「でも、今この世界に妖怪はいない。それは書物や文献の中にも登場しなくなったから明らかなんだよ」
「昔はいたはずの妖怪が、絶滅したってことか?」
「そうじゃねぇよ。妖怪はそう簡単に死なないよ。絶滅なんてありえないんだよ。江戸時代の終わり。つまり人間の歴史でいう大政奉還ってやつが起きて、元号が明治に代わるとき。
おいらたち妖怪は、国中から集められた術者たちによって封じられちまったんだ」
俺はは学生時代に読み漁った大量の書物の内容を思い返していた。
たしかに邪馬台国卑弥呼の時代から、様々な形で妖怪や鬼の存在があらゆる文献に示されていた。しかし、それも江戸時代まで。
明治になると、妖怪の記述は不自然な程に綺麗に消えていた。
「封じられたって、一体どこへ?」
「よくわからないよ。あいつらがおいらたちに術をかけたら、頭の中がもやぁ~って、なって体中がふわふわぁって、なるんだ。上も下もなくて、記憶も曖昧だよ。おいたたちは、ずっとその真っ暗な世界に閉じ込められてたんだよ。でもあるとき見つけたんだ。あったかい光を」
「あったかい光?」
「うん。懐かしいお日様の匂いがする光だ。真っ暗で何にもない世界で光を見つけたときはすっごく嬉しかったよ。光に近づけば近づく程、頭のもやもやも消えておいらはおいらを取り戻したんだ。で、その光の向こうにいたのが志童、お前だ」
「は?」
ゆっくりと体の温度が下がったのを感じた。今のルドの話を聞く限り封印された世界の出口に俺が関わってしまったことは間違いなさそうだ。しかし俺はこれまでの人生において、霊感の類を感じたことは一度だってない。そうなると、場所に因果があるのか?
尊はこのビルにはテナントが長く居つかないと言った。十中八九、このことが関係しているのだろう。しかし、これまでに妖怪が出てきた・・・とは考えにくい。そうであれば、もっと大騒ぎになっていてもおかしくないからだ。つまり、場所 プラス 俺・・・そう考えるのが最も自然だろう。
「いや・・・・ルド。待てよ・・・・。それって、つまり・・・・。その封印されたほかの妖怪たちがその・・・あったかい光ってのを見つけたらどうなるんだっ?」
俺はその答えを聞きたいような、聞きたくないような気持だった。なんとなく、答えはわかっていたからだ。
「そりゃぁ、みんなここに着くんじゃないの?」
ルドは何でもないことのように、さらっと言った。
「だーーーーーーーっ!だめだろーっ、それ。絶対、ダメだろっ。なぁ、ルド。その出入口ってどうやって塞ぐんだよっ」
「う~ん・・・、おいら知らない・・・」
「知らないって、そんな・・・・・・」
――最悪だ。俺の記憶が確かなら、妖怪たちは凶暴な者達も多いんだ。それを思えば、昨日の泣き女でさえ可愛く思えてくる。
俺は頭を抱えた。
「つまり、なんだ?得体のしれない妖怪たちが出入りしたい放題な場所、その出入口とやらに、俺は今いるのか?」
「そういうことかな。まぁ、正確に言えば、志童そのものがそれなんだと思う。けど、そんなに落ち込むなよ。妖怪って、結構気のいい奴多いんだぜ?おいら達から言わせれば、人間の方がよっぽど怖いぞ?」
ルドは慰めているつもりかもしれないが、そんな言葉で気持ちが晴れるわけがない。
とりあえず、不安しかないこの状況では、隣にいるこの小さな妖怪だけが頼りだ。
――情けない・・・・猫の手も借りたい・・・とは、まさにこのことか!
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
Forever Friends
てるる
ライト文芸
大学の弓道部のOB会で久々に再会するナカヨシ男女。
彼らの間の友情とは!?
オトナのキュン( *´艸`)
てゆーか、成長がない^^;
こともないか(笑)
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる