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64 新たなスタート

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私たち二人が隣国へと向かう馬車の傍に彼は立っていた。
よく晴れた青空を見上げているその姿は絵画のように美しかった。


私はそんな彼にそっと近付き、背後から声を掛けた。


「殿下」
「……アリス」


振り返った殿下の瞳が私を映した。


「準備が出来たみたいだな」
「はい、全て清算してきました」


ルーカス様との思い出も、辛い過去ももう全て忘れた。
これからは新しい人生を生きていくのだ。


(私の人生にルーカス様も家族たちも必要無い……)


全てから解放されたかのようにすっきりとした気分だった。
こんな気持ちは初めてだ。


「殿下、私殿下と出会えて本当に良かったです」
「急に何を……」


突然そのようなことを言われるとは思っていなかったのか、殿下の頬が少しだけ赤くなった。


「私の人生の光に、生きる意味になってくれて、ありがとうございます。殿下」
「……!」


彼がいたからこそ、ここまで来れた。
もしこの人と出会っていなければ、私の心は死んでいたかもしれないから。


カルメリア侯爵家の長女として生を受け、使用人以下の扱いをされていた頃、全てを憎んだ。
両親も弟も使用人たちも、私にこんな運命を与えた神も。
侯爵邸で過ごした日々は地獄のようで、死にたいと思ったことさえあった。


(だけど今は違う)


今なら生きててよかった、あのとき死ななくてよかった、とそう言えるような気がする。
そのとき、私の言葉にじっと黙り込んでいた殿下が口を開いた。


「私も同じ気持ちだ。私にとっても君は光だった」
「殿下……」
「つまらない日常から私を救い出してくれたのはほかでもない君だったんだ」
「……」


そんなこと生まれて初めて言われた。
血の繋がった家族たちから何故お前のようなのが生まれてきたんだと罵倒されて生きてきたからか、どうも慣れない。
殿下の言葉が心に刺さり、何だか泣きそうになってしまった。


しかし、新しい人生のスタートを切ろうとしている今泣くわけにはいかない。
そう思った私は涙を堪えた。


「これでこの国ともお別れです」
「そうだな、まあたまには帰って新たな家族たちに顔を見せるといい。たとえ夫婦になったとしても、私は君を縛り付けておくつもりは無いから安心してくれ」


殿下はそう言うと、馬車の扉を開けて手を差し出した。


「では、そろそろ行こうか」
「はい、殿下」


私は彼の大きな手に自身の手を重ねて微笑んだ。
殿下となら幸せになれるような、そんな気がする。


「これからよろしくお願いしますね、殿下」


こうして私は彼と共に、新たな人生のスタートを切ったのだった。








―――――――――――


最後まで読んでくださってありがとうございました!


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