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27 罠
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「お嬢様、随分楽しそうですね」
「そうかしら?」
「いつもより顔が柔らかいです。まぁ、私としてはその方が嬉しいですけど」
翌日。
私はお母様に言われた通り、レイナと共にドレスを買いに街へ出ていた。
侯爵令嬢という身分で市井に下りたことなど初めてである。
弟と違って生まれてからずっと、勝手に侯爵邸から出ることは認められなかったから。
横に並ぶ私とレイナの数メートル後ろをカルメリア家の騎士が歩いている。
(侯爵家の騎士が私を守ってくれるだなんてね……)
女性が二人で出歩くのは危ないからと、お母様が付けてくれたようだ。
母の気遣いには未だに慣れない。
「それにしても驚きました。あの奥様がそのようなことをおっしゃるだなんて……」
「私もびっくりしたわ」
「アリスお嬢様が王太子殿下の婚約者になるからって急に優しくしてきて……図々しいです」
「まあまあ、新しいドレスを買ってもらえるのは私としても嬉しいことだし。前の扱いよりかはマシだわ」
不貞腐れたような顔のレイナを宥めた私は、服のポケットに閉まってあった一枚の紙を広げた。
「お母様が紹介してくれたお店があってね、今からそこへ向かうつもりよ。既に話を付けてくれているみたい」
「え、そこまでしてくれたんですか?」
それを聞いたレイナは怪訝そうな顔をした。
どうやら彼女は急な母の変化に違和感を抱いているようだ。
「ええ、ここまでしてくれるとは私も思っていなかったけれど」
「あの奥様が……にわかには信じられません」
お母様は気難しい方だ。
それはこの邸で働いているレイナもよく知っている。
だからこそ信じられないのだろう。
私たちはお母様が渡してくれた地図を頼りに、ブティックまで向かった。
私は市井に行ったことなんてほとんどない。
母はそれをよく知っているため、わざわざこうして地図を渡してくれたのである。
(そういえば、ルーカス様とも何回か市井を歩いたことがあったっけ……)
彼と結婚していた頃、仕事が休みの日に彼は時折私を町へ連れて行ってくれた。
デートと言っていいのかは分からないけど、とても楽しい時間だったのをよく覚えている。
「……………あら?」
目の前に広がる光景に、私はふいに足を止めた。
(気のせいか、人気が少なくなっているような……?)
私と同じことを思ったのか、レイナが声を掛けてきた。
「お嬢様、何か変じゃありませんか?こんな場所にお店なんてあるとは思えないのですが」
「そうね……」
気付けば町から随分と離れてしまっていたようだ。
「だけど、お母様の地図ではたしかにこの先に……」
道を間違えてしまったのだろうかと確認するが、母がくれた地図にはたしかにそこに店があると記されていた。
しかし、辺りを見回してもそれらしきものは見当たらない。
それに加えて私はあることに気が付いた。
(あれ……護衛騎士が……いなくなってる……?)
さっきまで私たちの後ろをついていた騎士の姿が消えていた。
そのことに気付いたレイナが私の手をガシッと掴んだ。
「お嬢様、今すぐ来た道を戻りましょう!」
「え、ええ……」
しかし、戻ろうとしたときにはもう遅かった。
「え……」
消えた護衛騎士と入れ替わりになるように、背後から複数人の男が姿を現わした。
「そうかしら?」
「いつもより顔が柔らかいです。まぁ、私としてはその方が嬉しいですけど」
翌日。
私はお母様に言われた通り、レイナと共にドレスを買いに街へ出ていた。
侯爵令嬢という身分で市井に下りたことなど初めてである。
弟と違って生まれてからずっと、勝手に侯爵邸から出ることは認められなかったから。
横に並ぶ私とレイナの数メートル後ろをカルメリア家の騎士が歩いている。
(侯爵家の騎士が私を守ってくれるだなんてね……)
女性が二人で出歩くのは危ないからと、お母様が付けてくれたようだ。
母の気遣いには未だに慣れない。
「それにしても驚きました。あの奥様がそのようなことをおっしゃるだなんて……」
「私もびっくりしたわ」
「アリスお嬢様が王太子殿下の婚約者になるからって急に優しくしてきて……図々しいです」
「まあまあ、新しいドレスを買ってもらえるのは私としても嬉しいことだし。前の扱いよりかはマシだわ」
不貞腐れたような顔のレイナを宥めた私は、服のポケットに閉まってあった一枚の紙を広げた。
「お母様が紹介してくれたお店があってね、今からそこへ向かうつもりよ。既に話を付けてくれているみたい」
「え、そこまでしてくれたんですか?」
それを聞いたレイナは怪訝そうな顔をした。
どうやら彼女は急な母の変化に違和感を抱いているようだ。
「ええ、ここまでしてくれるとは私も思っていなかったけれど」
「あの奥様が……にわかには信じられません」
お母様は気難しい方だ。
それはこの邸で働いているレイナもよく知っている。
だからこそ信じられないのだろう。
私たちはお母様が渡してくれた地図を頼りに、ブティックまで向かった。
私は市井に行ったことなんてほとんどない。
母はそれをよく知っているため、わざわざこうして地図を渡してくれたのである。
(そういえば、ルーカス様とも何回か市井を歩いたことがあったっけ……)
彼と結婚していた頃、仕事が休みの日に彼は時折私を町へ連れて行ってくれた。
デートと言っていいのかは分からないけど、とても楽しい時間だったのをよく覚えている。
「……………あら?」
目の前に広がる光景に、私はふいに足を止めた。
(気のせいか、人気が少なくなっているような……?)
私と同じことを思ったのか、レイナが声を掛けてきた。
「お嬢様、何か変じゃありませんか?こんな場所にお店なんてあるとは思えないのですが」
「そうね……」
気付けば町から随分と離れてしまっていたようだ。
「だけど、お母様の地図ではたしかにこの先に……」
道を間違えてしまったのだろうかと確認するが、母がくれた地図にはたしかにそこに店があると記されていた。
しかし、辺りを見回してもそれらしきものは見当たらない。
それに加えて私はあることに気が付いた。
(あれ……護衛騎士が……いなくなってる……?)
さっきまで私たちの後ろをついていた騎士の姿が消えていた。
そのことに気付いたレイナが私の手をガシッと掴んだ。
「お嬢様、今すぐ来た道を戻りましょう!」
「え、ええ……」
しかし、戻ろうとしたときにはもう遅かった。
「え……」
消えた護衛騎士と入れ替わりになるように、背後から複数人の男が姿を現わした。
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