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3 大嫌いな両親

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(もう二度と来ることは無いと思ってたのにな……)


公爵邸を出た私は、当然のように実家である侯爵家へと戻った。
社交界でも浮いた存在で、仲の良い友人もいない私にとってはここしか帰る場所は無い。
もちろん、良い思い出は一つも無いが。


「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ええ、ただいま」


機械のように義務的な言葉を口にする使用人たち。
内心離婚された私を見下しているのだろう。
この人たちは昔からずっとそうだった。
家族に蔑ろにされている私を馬鹿にしているのだ。


優しかったアルデバラン公爵邸の使用人たちとは大違いである。


しかし、私にとっては今彼らのことなどどうだっていい。
これから両親や次期当主となる弟と会わなければならないのだ。


(気が重いわね……)


何を言われるかなんて分かりきっている。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「すぐに行くわ」


荷物を部屋に置いた私は、父親のいる執務室へと向かった。
本当は行きたくなかったが、呼び出しに応じなければ何をされるか分からない。
もしかすると手を上げられるかもしれない。
父親は幼い頃から恐怖の対象でしか無かった。


「――失礼します」


父の執務室の扉をノックした私は、そっと部屋の中に入った。
室内では三年ぶりに見る両親と二つ下の弟の姿があった。


(三人とも全然変わってないのね)


家を出る前に見たときと何の変化も無い。
見るからに偉そうな弟の態度も、私を蔑むように見ている母親の目も、父親の真っ赤な顔も。
全てにおいて何も変わっていなくて何だか安心した。


「離婚されるだなんて恥だ!」
「……」


顔を見るなり、父は私を怒鳴り付けた。
こんな風に罵詈雑言を浴びせられるのは久しぶりだ。
公爵邸で過ごした時間が幸せすぎて、久々に地獄を味わったような気分になった。
辛くて泣いてしまうかもしれないと不安になっていたが、大丈夫そうでホッとした。


「何とか言ったらどうなんだ!」
「ッ……」


ツカツカとこちらへ歩いてきた父親が私を殴ろうと手を上げた。


(……!)


――叩かれる。
思わず身構えたそのとき、この場に似つかわしくない優雅な声が間に入った。


「――まぁまぁ、落ち着いてください、旦那様」
「……何だ」


父親を遮ったのは母親だった。
母は第一子が女の私であったことにかなり落胆したと聞いている。
そのせいで義理の両親からも口煩く言われたようだから、きっと私を疎んでいるに違いない。


「傷が付いたら大変なことになってしまいますわ。今は抑えてください」
「だが、こんな娘もうどこにも……」
「このような出来損ないの娘でも年老いた貴族の後妻くらいにはなれるでしょう。早く新しい嫁ぎ先を探すべきです」
「それもそうだな……」


その言葉で父親は思いとどまったようだった。


(助かった……のかな?)


いつだって私を蔑んできた母親がこんな風にして私を助けるだなんて信じられないことだ。
幼い頃から母が可愛がっていたのは弟だけだったから。


そんなことを考えていると、母が突然私の肩を両手でガシッと掴んだ。


「ッ……お母様……!?」
「いい?次は絶対に捨てられないようにするのよ。夫の言うことに全て従い、殴られようが蹴られようがただ黙って耐えるの」
「お、お母様……」


狂気に満ちた目をカッと見開いた母親は、言い聞かせるように私の体を揺さぶった。


「最後の最後くらい私の役に立ちなさい。――アンタは生まれてきちゃいけない存在だったんだから」
「……」


――あぁ、やっぱり私はこの家ではお荷物でしかないのだ。
そのことを改めて認識した瞬間だった。



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