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68 開戦

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私は公爵夫人の死を見届けてからすぐに王宮へと戻った。
本当ならばもう少しだけあそこにいたかったが、今はやるべきことがたくさんあったからだ。


私は王宮に戻るなり城にいた騎士たちにフレイアの捕縛を命じた。


(公子と公爵夫人が死に……あとはあの男だけだ)


きっと今頃騎士たちが公爵邸へと行っている頃だろう。
これでようやくあの男を断罪することが出来る。
そう安堵の息の吐いたのも束の間。


王宮へ戻った私に信じられない知らせが舞い込んできた。


「陛下、公女は地下牢へ入れておきました。しかし、レスタリア公爵の姿がどこにも見当たりません」
「……何?」


既に王宮へ戻っていたヴェロニカ公爵が放った言葉に私は眉をひそめた。


「それはどういう意味だ?」
「そのままの意味です。私たちが公爵邸へ向かった頃には邸の中には使用人たちしかおらず、公爵の姿はどこにもありませんでした」


その言葉を聞いた途端に私の心臓は冷たくなった。
何か嫌な気配がして仕方がない。


(いないだと?ならば一体どこへ行ったんだ?)


そう思っていたそのとき、一人の騎士が慌てた様子で私の元へと走ってきた。


「陛下!!!大変です!!!」
「……今度は何だ」


淡々と尋ねる私に、騎士は深刻そうな面持ちで口を開いた。


「諜報部隊から今さっき連絡がありまして、どうやら公爵がローレンで戦の準備をしているそうです」
「……何だと?」


その言葉を聞いた私は起こりかねない最悪の事態を想像した。


(……もしかして、ローレンと手を組んでこの国に攻め込む気か!?)


まさかあの男がそこまでするとは思わなかった私は、動揺を隠しきれなかった。


正直に言えば、ローレンは取るに足らない小国でウィルベルト王国の相手ではない。
しかし、そこに精鋭揃いだと噂されているレスタリア公爵家の軍が加わればどうなるか分からない。
いや、それ以上に一番厄介なのは―


(……今は考えている場合ではないな)


今から敵が攻め込んでくるというのにじっとしているわけにはいかない。
そう思った私は直ちにヴェロニカ公爵に命令を下した。


「すぐに迎撃の準備をしろ!国境付近の住民を避難させ、何人たりともこの国に入れるな!」
「はい!!!」


それからすぐにウィルベルト王国の騎士団が国境へと向かった。
騎士団が国境へと着く頃には既にローレンの軍が侵攻を開始していた。
それからしばらくして国境付近でウィルベルト軍とローレン軍との戦いが始まったとの知らせが届いた。


そのとき私はというと――


「何故最前線へ行ってはいけないんだ、公爵」
「ダメに決まっているでしょう、陛下を危険な目に遭わせるわけにはいきません。奴らの狙いは貴方なのですよ」


ヴェロニカ公爵と言い争いをしていた。


「むう……」


公爵の言っていることは正しかった。
ローレンとレスタリア公爵の目的は王である私の首を獲ること、ただそれだけだろう。
しかし私もそう簡単には退かなかった。


「私が侵略者相手に負けると思っているのか?」
「いえ、そうではなく……」


ウィルベルト王国の各地で戦いが起きているというのに、じっとなどしていられない。
そうしているうちに、気付けば戦いが始まってから数日が経過していた。


(クソッ……王というのは本当に自由が利かないな……)


このときばかりは自分の立場を邪魔だと思った。
出来ることなら今すぐ国境に行って騎士たちの戦いに加勢したい。
しかし周りがそれを許さなかった。


開戦からしばらくして、ヴェロニカ公爵が神妙な面持ちで告げた。


「陛下、国境付近の騎士たちはローレンの軍隊にかなり苦戦しているようです」
「……」


こうしている間にも戦いは激化していく。
何もすることの出来ない自分が情けなくてしょうがない。
そしてそんな私にさらなる衝撃的な事実が告げられることとなる。


「陛下……第一騎士団長が部下を守って戦死したそうです……」
「……何、だと?」


一人の騎士から聞いたその言葉が私に重くのしかかった。


第一騎士団長は先代の頃からウィルベルト王国を守り続けた王家の忠臣だった。
父である先王陛下からの信頼も厚く、騎士たちからは慕われていた人格者でもあった。
間違いなく王国にいなくてはならない存在だった。


そんな人間が亡くなった。
それも最期は部下を守って。
そこで私の中にある疑問が浮かび上がってきた。


(王とは……こうあるのが正しいのか……?)


誰かに守られているのが当然なのか。
いいや、そんなことはないはずだ。
臣下も守れずに何が王だ。


私はそこで部屋の外に続く扉に向かって歩き出した。


「……」


「陛下、何をなさるおつもりですか?」
「王宮の外へ出る」
「いけません!外は危険すぎます!」
「――黙れ」


私がピシャリとそう言うと、ヴェロニカ公爵がビクリとなった。
今の私は怒りでどうにかなりそうだった。
頑なに私を引き留めようとするヴェロニカ公爵に対してではなく、侵略者たちに対してだ。


私は上着を脱いで部屋にあった剣を手にした。


「そこのお前」
「は、はい!」


それから私は、部屋の中で跪いていた騎士に対して言った。


「上着を貸せ」
「え……?」
「早くしろ」
「あ、は、はい!」


騎士は困惑しながらもすぐに上着を脱いで私に差し出した。
そして私はその上着に袖を通す。


「陛下……?」


私のこの行動には騎士だけではなく、ヴェロニカ公爵も戸惑いを隠せないようだった。


騎士の上着を羽織った私は、王ではなくただの騎士団員のように見えた。
それでも王族特有のオーラまでは隠しきれなかったが。


「これで遠くからなら私だと気付かれることはないだろう」
「……!」


そして私はそのまま外へ出ようとした。
そんな私の後について来た人物がいた。


「――陛下」
「……」


何度も私を引き留めようとしていたヴェロニカ公爵だ。


「私の邪魔をするつもりなら、お前でも容赦しないぞ」


厳しい視線を向けてそう言った私に、公爵が返したのは意外な言葉だった。


「……いいえ、お供させてください」


ヴェロニカ公爵は私を真っ直ぐな瞳で見つめた。
正直に言えば公爵と行動を共にする気は無かったが、覚悟を決めたようなその瞳は嫌いじゃない。


「……好きにしろ」


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