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67 公爵家の秘密

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その言葉に、隣にいた侍女が苦しそうに顔を歪めた。
そして公爵夫人も悲しげな表情を浮かべている。
彼女たちがそのような顔をする意味が分からず私は戸惑った。


「それは一体どういう……」


その言葉で夫人は重い口を開いた。


「話すと長くなりますが……」


レスタリア公爵夫人の話はこうだった。


レスタリア公爵と公爵夫人は三十年以上前に両親の紹介で出会い、当人たちの意思は関係なくすぐに婚約を結ばされたという。


「当時旦那様はまだ公爵家の嫡男でした。あの頃の旦那様はそれはもう冷たいお方で、なかなか心を開いてくださらなかったのです」


そう口にしている公爵夫人は先ほどとは打って変わって非常に穏やかな顔をしていた。
その姿は恋する乙女のようだった。


(あの頃は冷たかった……?今も冷たい男だろう)


そんな私の疑問を読んだのか、公爵夫人は苦笑いを浮かべながら付け加えた。


「旦那様は身内にはとても優しい方なのです」
「身内……」


そこで私が思い出したのは、王宮でレスタリア公爵家の忠臣だったクロードから聞いた話だった。


(そういえば前にクロードも似たようなことを言っていた気がするな)


あのときは頑なに信じなかったが、まさか本当のことだったとは。
そしてそれをまさかレスタリア公爵夫人から聞くことになるとは思わなかった。


心の中でそんなことを考えていたそのとき、突然夫人の顔が曇り始めた。


「……旦那様は実のご両親―先代のレスタリア公爵夫妻から愛されることはありませんでした」
「……」
「そして、実の妹……陛下の母君でもあらせられますね。先代の王妃陛下との兄妹仲も決して良いとは言えず、血の繋がった家族との間には深い溝がありました」
「母上……」


私は先代のレスタリア公爵夫妻――母方の祖父母には一度も会ったことがない。
母が私を両親に会わせたがらなかったからだ。


(当時はそれを不思議に思っていたが……そういうことだったのか)


夫人のその話を聞いて謎が一つ解けたような気がした。
きっと母上も両親から愛されずに育ったのだろう。
母上は一度も私に祖父母の話をしてくれたことは無かったから全く知らなかった。


「当時のベルモンド様は高い身分に加えて見目麗しく、勉学や剣術など全てにおいてが優秀だということで有名でした。ですが、それと同じくらい有名な噂がもう一つあったのです」
「……性格に関することか」


それを聞いた夫人は一瞬だけ目を丸くした後に俯くようにして頷いた。


「……その通りです。旦那様は冷酷で残忍で、戦場では女子供でも容赦なく切り捨てる冷血漢として社交界では知られておりました」
「……」


そう口にした公爵夫人は酷く悲しそうだった。


「そんな噂のせいか、旦那様は周囲から恐れられていました。公爵家の嫡男であるにもかかわらず縁談はことごとく断られ、そのたびにご両親からは激しい叱責を受けたのだとか」
「……」
「私は家柄だけは良かったので、たまたま旦那様の婚約者として指名されたのです。格上の公爵家との繋がりを持てると知った両親は喜んで私を差し出しました」
「……」


話をすればするほど公爵夫人の顔がさらに暗いものとなっていく。


「初めての顔合わせの日、旦那様の瞳は何の感情も映していませんでした。まるで機械のようにただただ私の話に相槌を打つだけでした。悲しいとか、辛いとかそのような感情すらも旦那様にはありませんでした。唯一感じられたのは――強い孤独感だけでした」
「……」


言葉が出なかった。
まさかレスタリア公爵にそんな過去があったとは意外だ。
どうやら公爵と母上はかなり複雑な家庭で育ったようだ。


「ですが、私は旦那様のその瞳の奥にある優しさを見抜いたのです!」
「……」


それから公爵夫人はレスタリア公爵の婚約者として過ごした日々を話し始めた。
そのときの夫人は嬉しそうに頬を赤く染めていて、まるで昔のフランチェスカを見ているかのようだった。


「……」


その先の話は聞かなくても分かるような気がした。
公爵夫人が心からレスタリア公爵を愛しているように、公爵もまた夫人を愛しているのだろう。
公爵の話をしているときの夫人はとても幸せそうな顔をしていたから。


「旦那様は本当は優しい方だったのです。それで私はどうにか彼の笑顔を見たくて――」
「……」


幸せそうに微笑む夫人の話を遮ることなど出来なかった私は、ただただ彼女の話にじっと耳を傾けていた。


「ゴホッ……ゴホゴホッ……!」
「こ、公爵夫人……」
「奥様……」


そこで夫人は何かに気付いたかのようにハッとなった。


「……申し訳ありません、つい喋りすぎてしまいました」
「……いや、別にかまわない」


「こんなことを話している場合ではありませんね。そしてそれから私たちは結婚し、待望の子供も生まれて幸せに暮らしていました。……それも長くは続きませんでしたが」
「……!」
「……私が突然不治の病に罹ったのです。――陛下、これが全ての発端です」
「不治の病……」


決して治ることの無い病気―不治の病。
両親から愛されずに育った二人がようやく幸せを掴み取れたというのに、神は本当に残酷なことをするものだ。


「本来なら、私の寿命は五年ほどで終わるはずでした。しかし、旦那様は驚くべき手段を取ったのです」
「それは、まさか……」
「はい、それがローレンと手を組むことです」
「……ローレンには優秀な薬師たちがいると聞いた」
「……ご存知だったのですね。ローレンの現王と旦那様は昔から親交がありました。欲深いローレンの王は私の寿命を延ばす秘薬と引き換えに多額の金銭を旦那様に求めました」
「……」


そのとき、私は頭の中で全てを理解した。


いくら公爵家とも言えどそれほどの財産は無いはずだ。
だとしたら――


(……公爵が悪事に手を染めたのはそれが理由か)


公爵夫人の表情からして、おそらく彼女もまた公爵が裏でしていることに気付いているのだろう。


「私はその薬のおかげで何とか今日まで生きてこられました。――ですが、もう限界のようです」


公爵夫人はそう言うと突然パタリと後ろに倒れ込んだ。


「夫人……?」
「奥様!!!」


慌てふためく侍女と困惑する私をよそに夫人は冷静に唇を動かした。


「私の体は、もう動きません」
「……!」


そう言った公爵夫人の瞳は、今にも涙が溢れてきそうだった。


「未練なんて少しもありません。ここまで生きられたのも奇跡ですから。それに最後にこうやって誰かに旦那様との思い出を話すことが出来て嬉しかった。だけど、最後に一つだけ願いを言うのなら――」


そのとき、夫人の目から涙が零れ落ちた。


「――もう一度だけ、あの人に会いたいな」
「……」


その涙は止まることなく溢れてくる。


「マクシミリアンが亡くなったと聞きました。陛下を恨んでなどいません。国王陛下に剣を向けたらそうなるのは当然のことですから。これもあの子の選択です」
「夫人……」


そう口にした夫人の声は震えていた。


(私が公子を殺したことを知っていたのか……)


夫人は公子が死んだのは彼の責任であるかのように言ったが、その瞳には巨大な絶望が見て取れた。


「陛下……もう一つだけ……お願いを聞いていただきたいのです……」
「……」


公爵夫人は私を見ながらか細い声で必死に言葉を紡いだ。


「旦那様に……ありがとう……幸せだったよ……って伝えておいてください……」
「……」
「どうか……お願いです……」
「……分かった、伝えておこう」


私がそう言うと、夫人は心からの笑みを浮かべた。


「ありがとう……ございます……これで……何の未練もなく……逝ける……」


公爵夫人は息も絶え絶えにそう言いながらベッドの上でそっと目を閉じた。
最期に見た彼女の顔は死の間際だとは思えないほどに穏やかなものだった。


夫人が儚くなって部屋には侍女のすすり泣く声だけが響いた。
彼女はもう息子の元へ行っただろうか。


今日一日だけで二度も人が死ぬところを目撃することになるとは思わなかった。
何かを言い残して死んでいく彼らを見て、何だか複雑な気持ちになった。


(私の母も……こんな風に死んでいったのだろうか)


私は母の最期を見ていない。
しかし、母の死因もまた公爵夫人と同じで病死だった。
夫人のように不治の病というわけではなかったが、元々体が弱かったのは事実だ。


この国では医療があまり進歩していない。
そのためウィルベルト王国の王侯貴族の死因の大多数を占めているのが病死である。
戦場で何度も武功を上げた英雄ですら最後は病気でポックリと逝ってしまうのだから。


(何か……何か変えられないだろうか……)


私がこのように王子として生まれ、王になったのも何かの縁。
それなら何かを変えられないかなと思った。


「……もうすぐここにも騎士たちが来るだろう」


私は未だに泣いている侍女にそれだけ言って部屋を出た。


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