66 / 87
66 レスタリア公爵夫人
しおりを挟む
「……陛下」
公爵夫人は私を見ても全く動じていなかった。
まるでこうなるのを予想していたかのように淡々としている。
「奥様!お逃げください!陛下は私たちを始末しに来たに決まってます!」
悲痛な面持ちでそう叫ぶ侍女に対して公爵夫人は冷静に告げた。
「――静かにしてちょうだい。言ったでしょう、私はここから一歩も出ないと」
「で、ですが……このままここにいればきっと……」
それでも退かない侍女に公爵夫人は鋭い目を向けた。
「私がもうそんなこと出来るような身体ではないということは貴方が一番よく知っているはずだけれど?」
「……」
その言葉に侍女はグッと黙り込んだ。
そして侍女が静かになったのを確認すると公爵夫人は私の方に目を向けて口を開いた。
「体調が優れないもので……ベッドの上でお迎えするご無礼をお許しください。お会いするのは初めてでしょうか、若い頃の先王陛下と雰囲気がよく似ておりますわ」
「……」
そう言って公爵夫人はニッコリと笑った。
しかし、次の瞬間――
「ゴホッ……ゴホッ……!」
穏やかな笑みを浮かべたかと思えば、今度は激しく咳き込んだ。
「公爵夫人……!」
「奥様……!」
座り込んでいた侍女がそれに気付き、すぐに夫人に駆け寄って彼女の背中をさすった。
そんな彼女の様子を見て私は思った。
(……この状態だと長くは生きられないだろうな)
医学の知識など少しも無い私でさえそれがすぐに分かってしまうほど、夫人の体はボロボロだった。
むしろ生きているのが奇跡なほどである。
「陛下……ゴホッ……ゴホッ……」
「奥様、もう喋らないでください!」
「……私は大丈夫だから。水を持って来てちょうだい」
それから公爵夫人は侍女の持って来た水を飲むと、再び私に目を向けた。
「陛下がここに来られたということは、もう既にレスタリア公爵家の没落は確定しているようですね」
そう言った夫人の顔はどこか悲しそうだった。
やはり夫人は先ほどあったことを全て知っていたようだ。
なら、そのような表情になるのも当然だろう。
しかし、それを知っていたとなると一つだけ気に掛かることがあった。
(この後すぐに自分の家門が滅ぶというのに、何故それほど平然としていられるんだ?)
私は今まで何度か取り潰しになった貴族家の人間の最期を見たことがあった。
その全員が声を上げて泣き喚き、己の運命を嘆いていた。
それなのに、目の前にいる夫人からは――
「……陛下に、聞いていただきたいお話がございます」
身体は見るからに弱々しいのに、何故だかその瞳だけは異様に力強かった。
(レスタリア公子が言っていたのは……もしかしてこのことだったのか……?)
公子が罪を犯した後である今、その母親である彼女も罪人だった。
王である私がわざわざ罪人の望みを叶えてやる義理は無い。
しかし、私はどうしても公爵夫人のその願いを断ることが出来なかった。
何かが、隠されているような気がしてならなかった。
「何を言っていらっしゃるのですか、奥様!陛下が聞いてくれるわけ――」
「……聞こう」
「!?」
気付けば、何かに突き動かされたかのようにそう口にしていた。
「ありがとうございます、陛下」
公爵夫人は安心したように笑みを浮かべながらそう言うと、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「――夫と息子の犯した罪は全て私のせいなのです」
「な、何……?」
そこで公爵夫人から聞いたのは、予想だにしていない衝撃的な事実だった。
公爵夫人は私を見ても全く動じていなかった。
まるでこうなるのを予想していたかのように淡々としている。
「奥様!お逃げください!陛下は私たちを始末しに来たに決まってます!」
悲痛な面持ちでそう叫ぶ侍女に対して公爵夫人は冷静に告げた。
「――静かにしてちょうだい。言ったでしょう、私はここから一歩も出ないと」
「で、ですが……このままここにいればきっと……」
それでも退かない侍女に公爵夫人は鋭い目を向けた。
「私がもうそんなこと出来るような身体ではないということは貴方が一番よく知っているはずだけれど?」
「……」
その言葉に侍女はグッと黙り込んだ。
そして侍女が静かになったのを確認すると公爵夫人は私の方に目を向けて口を開いた。
「体調が優れないもので……ベッドの上でお迎えするご無礼をお許しください。お会いするのは初めてでしょうか、若い頃の先王陛下と雰囲気がよく似ておりますわ」
「……」
そう言って公爵夫人はニッコリと笑った。
しかし、次の瞬間――
「ゴホッ……ゴホッ……!」
穏やかな笑みを浮かべたかと思えば、今度は激しく咳き込んだ。
「公爵夫人……!」
「奥様……!」
座り込んでいた侍女がそれに気付き、すぐに夫人に駆け寄って彼女の背中をさすった。
そんな彼女の様子を見て私は思った。
(……この状態だと長くは生きられないだろうな)
医学の知識など少しも無い私でさえそれがすぐに分かってしまうほど、夫人の体はボロボロだった。
むしろ生きているのが奇跡なほどである。
「陛下……ゴホッ……ゴホッ……」
「奥様、もう喋らないでください!」
「……私は大丈夫だから。水を持って来てちょうだい」
それから公爵夫人は侍女の持って来た水を飲むと、再び私に目を向けた。
「陛下がここに来られたということは、もう既にレスタリア公爵家の没落は確定しているようですね」
そう言った夫人の顔はどこか悲しそうだった。
やはり夫人は先ほどあったことを全て知っていたようだ。
なら、そのような表情になるのも当然だろう。
しかし、それを知っていたとなると一つだけ気に掛かることがあった。
(この後すぐに自分の家門が滅ぶというのに、何故それほど平然としていられるんだ?)
私は今まで何度か取り潰しになった貴族家の人間の最期を見たことがあった。
その全員が声を上げて泣き喚き、己の運命を嘆いていた。
それなのに、目の前にいる夫人からは――
「……陛下に、聞いていただきたいお話がございます」
身体は見るからに弱々しいのに、何故だかその瞳だけは異様に力強かった。
(レスタリア公子が言っていたのは……もしかしてこのことだったのか……?)
公子が罪を犯した後である今、その母親である彼女も罪人だった。
王である私がわざわざ罪人の望みを叶えてやる義理は無い。
しかし、私はどうしても公爵夫人のその願いを断ることが出来なかった。
何かが、隠されているような気がしてならなかった。
「何を言っていらっしゃるのですか、奥様!陛下が聞いてくれるわけ――」
「……聞こう」
「!?」
気付けば、何かに突き動かされたかのようにそう口にしていた。
「ありがとうございます、陛下」
公爵夫人は安心したように笑みを浮かべながらそう言うと、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「――夫と息子の犯した罪は全て私のせいなのです」
「な、何……?」
そこで公爵夫人から聞いたのは、予想だにしていない衝撃的な事実だった。
153
お気に入りに追加
7,422
あなたにおすすめの小説
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
愛せないですか。それなら別れましょう
黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」
婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。
バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。
そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。
王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。
「愛せないですか。それなら別れましょう」
この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる