58 / 87
58 忍び寄る影 クロードside
しおりを挟む
自分の犯した罪に気付いた私は死を望んだ。
それしか償う方法は無いと思っていたからだ。
私は死んで当然の男だ。
陛下も自信を貶めた私を恨んでいるはずだし、きっとその願いはすぐに叶えられるだろうと思っていた。
しかし、そのときに国王陛下からかけられたのは意外な言葉だった。
「――それなら、こちら側に付く気はないか?」
「え……?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかったので私は驚きを隠せなかった。
(………………何故?)
私は陛下の言葉の意味がよく分からなかった。
国王陛下からしたら私はフランチェスカ様を苦しめた憎い相手のはずだ。
私があのようなことをしなければフランチェスカ様は今も生きていたかもしれない。
それなのに、何故そのようなことを言うのかが分からない。
驚いて声も出せない私をよそに、陛下は言葉を続けた。
「私は、悪逆非道の限りを尽くしているレスタリア公爵を倒したい。しかしあの男はそう簡単にやられるような男ではない。それは君もよく分かっているだろう?」
「……」
陛下の言っていることは正しい。
私は二十年近く閣下の傍に仕えてきている。
(……閣下を倒すとなるといくら王家とはいえど一筋縄ではいかないだろう)
長い期間傍で見てきたからこそ、誰よりもそのことを分かりきっていた。
「――お前の力が、必要なんだ」
「……!」
そんなこと、閣下にすら言われたことが無かった。
(愚王だと聞いていたが……違うのか……?)
私を真っ直ぐに見つめる陛下のその瞳には、大きな決意を感じた。
「君が死んだところで被害者たちが報われることはない。彼らが本当に望んでいるのは、自分をこんな目に遭わせた張本人であるレスタリア公爵の破滅。それだけだろうからな」
陛下の言っていることは的を得ていた。
(そうだ……その通りだ……私が死んだところで何にもならない……)
そこで私は決意を固めた。
「――国王陛下、それが私に出来る唯一の贖罪というのならば私はあなたに従います」
それが私に出来る唯一のことなら、私は目の前にいるこの人に従おう。
この日から私は王家の人間となった。
◇◆◇◆◇◆
あの後私は陛下に自分の知っていることを全て話した。
時々僅かな殺意を感じたが、陛下は私を責めなかった。
それどころか美味しい食事まで用意してくれたのだ。
あんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてで、涙が出そうになった。
陛下はそんな私を少しだけ嬉しそうな顔で見つめていた。
そんな陛下の優しさに戸惑っている自分がいる。
そして今は部屋で陛下と二人きりだ。
「……」
陛下にどうしても聞きたいことがあった私はおそるおそる尋ねた。
「陛下……もし、レスタリア公爵閣下が断罪されたら……私はどこに行けば良いのでしょうか?」
閣下が断罪されたら、もう私に利用価値は無くなる。
陛下は私を憎んでいるからおそらく傍に置いておくことはしないだろう。
そう考えていた私に対して陛下の口から告げられたのは信じられない言葉だった。
「どこに行けば?何を言っている?ここにいればいいだろう」
陛下は私の言っていることの意味が分からないというようにそう言った。
私からしたら陛下の言っていることのほうが意味が分からない。
「え……ですが……私は……」
「……元の立場が気になるのか?」
「……私は死んで当然の人間ですから」
私はそう言いながら下を向いてグッと唇を噛んだ。
「それはこれからのお前の働き次第だな」
「え……」
その言葉に驚いた私は顔を上げて陛下を見た。
「正直、私もお前を全く憎んでいないのかと言われればそうではない。お前があのようなことをしなければフランチェスカは死なずに済んだのかもしれないからな」
「……」
その通りだ。
私がいなければフランチェスカ様はきっとあんな風にはならなかったはずだ。
それなのに、陛下はどうして――
「――だから、私に見せてみろ。私があのときお前を生かして良かったとそう思えるように。私はお前に期待しているんだ」
陛下は私の肩にポンと手を置いてそれだけ言うと、そのまま執務室に戻って行った。
「……」
一人取り残された私はしばらくの間その場から動けなくなっていた。
陛下に言われた言葉の一つ一つが頭から離れない。
(私は……生きていていいのか……?)
少し前までは生きている価値の無い人間だとそう思っていたのに今では不思議とそんなことを思うようになっていた。
いや、むしろ自らが犯した罪を償うために生きたいとまで思っていた。
そんな感情は初めてだった。
生きたいだなんて閣下に仕えていたときですらそのような感情は抱いたことがない。
あのときはむしろ、閣下のためならいつでも死ねると思っていたしそれでいいとも思っていた。
だけど、今は……
(私は、陛下のために、被害者たちのためにも生きよう)
そう決心したそのときだった――
「……!」
突如、不穏な空気を感じ取った。
私はレスタリア公爵家で様々な教育を受けている。
その中には戦術も含まれていた。
全ては私をスパイとして育て上げるため。
だからこそ私は人の気配を察知するのに長けていた。
私は冷静になり、その空気の出所を探った。
(どこだ?一体どこからだ?………………………あそこかッ!)
私は部屋に取り付けられている窓の外に目をやった。
「……!」
そのとき、一瞬ではあったが視界の端に黒い影が映り込んだ。
「……」
その影の正体が何かを悟ったとき、突然体から力が抜けた私は地面に膝を突いた。
「は……ははは……」
部屋の中に私の乾ききった笑い声だけが響いた。
そして、私の頬を一筋の涙が伝う。
「あ……ああ……」
どうやら、運命は私を許してはくれないらしい――
それしか償う方法は無いと思っていたからだ。
私は死んで当然の男だ。
陛下も自信を貶めた私を恨んでいるはずだし、きっとその願いはすぐに叶えられるだろうと思っていた。
しかし、そのときに国王陛下からかけられたのは意外な言葉だった。
「――それなら、こちら側に付く気はないか?」
「え……?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかったので私は驚きを隠せなかった。
(………………何故?)
私は陛下の言葉の意味がよく分からなかった。
国王陛下からしたら私はフランチェスカ様を苦しめた憎い相手のはずだ。
私があのようなことをしなければフランチェスカ様は今も生きていたかもしれない。
それなのに、何故そのようなことを言うのかが分からない。
驚いて声も出せない私をよそに、陛下は言葉を続けた。
「私は、悪逆非道の限りを尽くしているレスタリア公爵を倒したい。しかしあの男はそう簡単にやられるような男ではない。それは君もよく分かっているだろう?」
「……」
陛下の言っていることは正しい。
私は二十年近く閣下の傍に仕えてきている。
(……閣下を倒すとなるといくら王家とはいえど一筋縄ではいかないだろう)
長い期間傍で見てきたからこそ、誰よりもそのことを分かりきっていた。
「――お前の力が、必要なんだ」
「……!」
そんなこと、閣下にすら言われたことが無かった。
(愚王だと聞いていたが……違うのか……?)
私を真っ直ぐに見つめる陛下のその瞳には、大きな決意を感じた。
「君が死んだところで被害者たちが報われることはない。彼らが本当に望んでいるのは、自分をこんな目に遭わせた張本人であるレスタリア公爵の破滅。それだけだろうからな」
陛下の言っていることは的を得ていた。
(そうだ……その通りだ……私が死んだところで何にもならない……)
そこで私は決意を固めた。
「――国王陛下、それが私に出来る唯一の贖罪というのならば私はあなたに従います」
それが私に出来る唯一のことなら、私は目の前にいるこの人に従おう。
この日から私は王家の人間となった。
◇◆◇◆◇◆
あの後私は陛下に自分の知っていることを全て話した。
時々僅かな殺意を感じたが、陛下は私を責めなかった。
それどころか美味しい食事まで用意してくれたのだ。
あんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてで、涙が出そうになった。
陛下はそんな私を少しだけ嬉しそうな顔で見つめていた。
そんな陛下の優しさに戸惑っている自分がいる。
そして今は部屋で陛下と二人きりだ。
「……」
陛下にどうしても聞きたいことがあった私はおそるおそる尋ねた。
「陛下……もし、レスタリア公爵閣下が断罪されたら……私はどこに行けば良いのでしょうか?」
閣下が断罪されたら、もう私に利用価値は無くなる。
陛下は私を憎んでいるからおそらく傍に置いておくことはしないだろう。
そう考えていた私に対して陛下の口から告げられたのは信じられない言葉だった。
「どこに行けば?何を言っている?ここにいればいいだろう」
陛下は私の言っていることの意味が分からないというようにそう言った。
私からしたら陛下の言っていることのほうが意味が分からない。
「え……ですが……私は……」
「……元の立場が気になるのか?」
「……私は死んで当然の人間ですから」
私はそう言いながら下を向いてグッと唇を噛んだ。
「それはこれからのお前の働き次第だな」
「え……」
その言葉に驚いた私は顔を上げて陛下を見た。
「正直、私もお前を全く憎んでいないのかと言われればそうではない。お前があのようなことをしなければフランチェスカは死なずに済んだのかもしれないからな」
「……」
その通りだ。
私がいなければフランチェスカ様はきっとあんな風にはならなかったはずだ。
それなのに、陛下はどうして――
「――だから、私に見せてみろ。私があのときお前を生かして良かったとそう思えるように。私はお前に期待しているんだ」
陛下は私の肩にポンと手を置いてそれだけ言うと、そのまま執務室に戻って行った。
「……」
一人取り残された私はしばらくの間その場から動けなくなっていた。
陛下に言われた言葉の一つ一つが頭から離れない。
(私は……生きていていいのか……?)
少し前までは生きている価値の無い人間だとそう思っていたのに今では不思議とそんなことを思うようになっていた。
いや、むしろ自らが犯した罪を償うために生きたいとまで思っていた。
そんな感情は初めてだった。
生きたいだなんて閣下に仕えていたときですらそのような感情は抱いたことがない。
あのときはむしろ、閣下のためならいつでも死ねると思っていたしそれでいいとも思っていた。
だけど、今は……
(私は、陛下のために、被害者たちのためにも生きよう)
そう決心したそのときだった――
「……!」
突如、不穏な空気を感じ取った。
私はレスタリア公爵家で様々な教育を受けている。
その中には戦術も含まれていた。
全ては私をスパイとして育て上げるため。
だからこそ私は人の気配を察知するのに長けていた。
私は冷静になり、その空気の出所を探った。
(どこだ?一体どこからだ?………………………あそこかッ!)
私は部屋に取り付けられている窓の外に目をやった。
「……!」
そのとき、一瞬ではあったが視界の端に黒い影が映り込んだ。
「……」
その影の正体が何かを悟ったとき、突然体から力が抜けた私は地面に膝を突いた。
「は……ははは……」
部屋の中に私の乾ききった笑い声だけが響いた。
そして、私の頬を一筋の涙が伝う。
「あ……ああ……」
どうやら、運命は私を許してはくれないらしい――
110
お気に入りに追加
7,364
あなたにおすすめの小説
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
愛されなければお飾りなの?
まるまる⭐️
恋愛
リベリアはお飾り王太子妃だ。
夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。
そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。
ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?
今のところは…だけどね。
結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる