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55 家族
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自分の馬鹿さ加減に呆れ果てながらも、私は続けざまに気になっていたことを尋ねた。
「クロード、もう一つ聞きたいことがあるんだが……」
「はい、何でしょう?」
「レスタリア公爵夫人について何か知らないか?」
「……」
私の言葉にクロードは黙り込んだ。
「……申し訳ありません、陛下。それに関しては、私もよく分からないのです」
「そうか……」
私はクロードのその言葉を聞いて思考を巡らせた。
(クロードが何も聞かされていないということは、レスタリア公爵家の中で公爵夫人のことを知っているのは公爵と公子くらいだろうな。彼は公爵の駒の中でもかなり信頼されている人物のはずだ)
クロードでさえ知らないのなら本当に親しい間柄の人間以外は誰も知らないだろう。
彼を味方に引き入れることで全ての謎が解けると思っていた私にとってそれは予期せぬことだった。
「……あ、ですが一度だけ会ったことはあります」
「何だとッ!?」
その言葉を聞いた私は驚いて椅子から立ち上がった。
それを見たクロードの肩が震え上がったが、今はそんなこと気にもならなかった。
(公爵夫人に会ったことがあるのか!?)
そんな私にビクリとしながらもクロードはコクコクと頷いた。
「あ、はい……大昔ですが一度だけご挨拶させていただいたことがあって……」
「そのときの夫人はどんな様子だったんだ!?」
私は食い気味にクロードに尋ねた。
「どんな様子と言われましても……別に普通でしたが……」
「何か変わったところは無かったのか?」
「ええ、穏やかで優しいごくごく普通の女性でしたよ」
「そうか……」
私はそこで落ち着きを取り戻したかのように再び椅子に座った。
レスタリア公爵夫人は元々ウィルベルト王国の侯爵令嬢だった。
私とフランチェスカのような幼い頃からの許嫁ではなく、成人してからレスタリア公爵との結婚が決まったと聞く。
(政略結婚など貴族ではよくある話だ……)
そのはずなのに、何かが隠されているような気がしてならない。
「クロード、お前はウィルベルト王国の貴族たちの間で流れているレスタリア公爵夫人の噂についてどう思っている?」
私がクロードに尋ねると、彼は少しだけ考え込んだ後に口を開いた。
「私は、公爵夫人には大昔に一度会ったきりなので何とも言えません。しかし――」
「しかし?」
「――レスタリア公爵閣下は、公爵夫人を何の理由も無く殺すほど疎ましがっているようには見えませんでした」
「……!」
(公爵は、公爵夫人を疎ましく思っているわけではなかった……?)
私はクロードのその言葉に驚きを隠せなかった。
私の予想とあまりに違いすぎたからだ。
冷酷なあの男が誰かを愛する姿など想像もつかない。
(さらなる権力を得るために結婚し、使い道が無くなったから殺したのかと思ったが……)
――もしかしたら、私はずっと何かを勘違いをしていたのかもしれない。
「…………社交界では公爵閣下が奥方を殺しただとか、閣下からの暴力に耐えかねた夫人が逃げ出しただとか言われておりますが」
「……ああ、そうだな」
「――私は、そうは思いません」
「……」
クロードは私の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。
「……公爵閣下を今でも信じているのかと言われれば、よく分かりません。閣下はたしかに残忍な方です。今まで様々な悪事に手を染めてきました。ですが、これだけは言えます」
「……」
「――あの方は、身内には優しい人だったんです」
「…………何だって?」
そう口にしたクロードの顔は少し悲しそうだった。
レスタリア公爵と敵対することを選んだものの、自身の恩人でもあるあの男にどのような感情を抱いていいのか分からないのだろう。
(優しい……?あの男がか……?)
レスタリア公爵が優しいだなんて。
とてもじゃないが信じられなかった私はクロードに尋ねた。
「……何を見てそう思ったんだ?」
「マクシミリアン様です」
「レスタリア公子?」
「私は二十年近くレスタリア公爵家に仕えておりましたが、閣下は一人息子であるマクシミリアン様に手を上げることはおろか怒鳴りつけたところすら見たことがありません」
「嘘だろう……?」
クロードのその言葉には私だけでなく、傍に控えていたヴェロニカ公爵も驚いた顔をしていた。
私はそこで舞踏会で見た公爵と公子の姿を思い浮かべた。
傍から見ればたしかに仲睦まじい親子に見えるだろう。
しかし今までずっとそれは表の姿に過ぎないのだと思っていた。
息子のことも権力を得るための道具としてしか見ていないのだと。
だが、もしそれが違っていたとしたら……
(レスタリア公爵は身内には優しい?公爵夫人のことは別に嫌っていなかった?息子である公子のことも大事にしていた?)
色々な情報が入ってきて私の頭はパンクしそうになった。
(………………ええい!このままずっと考え続けても仕方ない!)
私は拳で机をドンッと叩いて立ち上がった。
「!」
そんな私にクロードがビクリとした。
私は不安げな顔で私を見つめるクロードを見下ろして言った。
「………クロード」
「あ、へ、陛下……申し訳ありませ……」
「――腹は減っていないか?」
「…………え?」
「数日間何も食べてなくてお腹空いただろう?ここらへんで一度食事にするか」
クロードは私の提案にポカーンと口を開けて固まった。
「クロード、もう一つ聞きたいことがあるんだが……」
「はい、何でしょう?」
「レスタリア公爵夫人について何か知らないか?」
「……」
私の言葉にクロードは黙り込んだ。
「……申し訳ありません、陛下。それに関しては、私もよく分からないのです」
「そうか……」
私はクロードのその言葉を聞いて思考を巡らせた。
(クロードが何も聞かされていないということは、レスタリア公爵家の中で公爵夫人のことを知っているのは公爵と公子くらいだろうな。彼は公爵の駒の中でもかなり信頼されている人物のはずだ)
クロードでさえ知らないのなら本当に親しい間柄の人間以外は誰も知らないだろう。
彼を味方に引き入れることで全ての謎が解けると思っていた私にとってそれは予期せぬことだった。
「……あ、ですが一度だけ会ったことはあります」
「何だとッ!?」
その言葉を聞いた私は驚いて椅子から立ち上がった。
それを見たクロードの肩が震え上がったが、今はそんなこと気にもならなかった。
(公爵夫人に会ったことがあるのか!?)
そんな私にビクリとしながらもクロードはコクコクと頷いた。
「あ、はい……大昔ですが一度だけご挨拶させていただいたことがあって……」
「そのときの夫人はどんな様子だったんだ!?」
私は食い気味にクロードに尋ねた。
「どんな様子と言われましても……別に普通でしたが……」
「何か変わったところは無かったのか?」
「ええ、穏やかで優しいごくごく普通の女性でしたよ」
「そうか……」
私はそこで落ち着きを取り戻したかのように再び椅子に座った。
レスタリア公爵夫人は元々ウィルベルト王国の侯爵令嬢だった。
私とフランチェスカのような幼い頃からの許嫁ではなく、成人してからレスタリア公爵との結婚が決まったと聞く。
(政略結婚など貴族ではよくある話だ……)
そのはずなのに、何かが隠されているような気がしてならない。
「クロード、お前はウィルベルト王国の貴族たちの間で流れているレスタリア公爵夫人の噂についてどう思っている?」
私がクロードに尋ねると、彼は少しだけ考え込んだ後に口を開いた。
「私は、公爵夫人には大昔に一度会ったきりなので何とも言えません。しかし――」
「しかし?」
「――レスタリア公爵閣下は、公爵夫人を何の理由も無く殺すほど疎ましがっているようには見えませんでした」
「……!」
(公爵は、公爵夫人を疎ましく思っているわけではなかった……?)
私はクロードのその言葉に驚きを隠せなかった。
私の予想とあまりに違いすぎたからだ。
冷酷なあの男が誰かを愛する姿など想像もつかない。
(さらなる権力を得るために結婚し、使い道が無くなったから殺したのかと思ったが……)
――もしかしたら、私はずっと何かを勘違いをしていたのかもしれない。
「…………社交界では公爵閣下が奥方を殺しただとか、閣下からの暴力に耐えかねた夫人が逃げ出しただとか言われておりますが」
「……ああ、そうだな」
「――私は、そうは思いません」
「……」
クロードは私の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。
「……公爵閣下を今でも信じているのかと言われれば、よく分かりません。閣下はたしかに残忍な方です。今まで様々な悪事に手を染めてきました。ですが、これだけは言えます」
「……」
「――あの方は、身内には優しい人だったんです」
「…………何だって?」
そう口にしたクロードの顔は少し悲しそうだった。
レスタリア公爵と敵対することを選んだものの、自身の恩人でもあるあの男にどのような感情を抱いていいのか分からないのだろう。
(優しい……?あの男がか……?)
レスタリア公爵が優しいだなんて。
とてもじゃないが信じられなかった私はクロードに尋ねた。
「……何を見てそう思ったんだ?」
「マクシミリアン様です」
「レスタリア公子?」
「私は二十年近くレスタリア公爵家に仕えておりましたが、閣下は一人息子であるマクシミリアン様に手を上げることはおろか怒鳴りつけたところすら見たことがありません」
「嘘だろう……?」
クロードのその言葉には私だけでなく、傍に控えていたヴェロニカ公爵も驚いた顔をしていた。
私はそこで舞踏会で見た公爵と公子の姿を思い浮かべた。
傍から見ればたしかに仲睦まじい親子に見えるだろう。
しかし今までずっとそれは表の姿に過ぎないのだと思っていた。
息子のことも権力を得るための道具としてしか見ていないのだと。
だが、もしそれが違っていたとしたら……
(レスタリア公爵は身内には優しい?公爵夫人のことは別に嫌っていなかった?息子である公子のことも大事にしていた?)
色々な情報が入ってきて私の頭はパンクしそうになった。
(………………ええい!このままずっと考え続けても仕方ない!)
私は拳で机をドンッと叩いて立ち上がった。
「!」
そんな私にクロードがビクリとした。
私は不安げな顔で私を見つめるクロードを見下ろして言った。
「………クロード」
「あ、へ、陛下……申し訳ありませ……」
「――腹は減っていないか?」
「…………え?」
「数日間何も食べてなくてお腹空いただろう?ここらへんで一度食事にするか」
クロードは私の提案にポカーンと口を開けて固まった。
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