上 下
55 / 87

55 家族

しおりを挟む
自分の馬鹿さ加減に呆れ果てながらも、私は続けざまに気になっていたことを尋ねた。


「クロード、もう一つ聞きたいことがあるんだが……」
「はい、何でしょう?」
「レスタリア公爵夫人について何か知らないか?」
「……」


私の言葉にクロードは黙り込んだ。


「……申し訳ありません、陛下。それに関しては、私もよく分からないのです」
「そうか……」


私はクロードのその言葉を聞いて思考を巡らせた。


(クロードが何も聞かされていないということは、レスタリア公爵家の中で公爵夫人のことを知っているのは公爵と公子くらいだろうな。彼は公爵の駒の中でもかなり信頼されている人物のはずだ)


クロードでさえ知らないのなら本当に親しい間柄の人間以外は誰も知らないだろう。
彼を味方に引き入れることで全ての謎が解けると思っていた私にとってそれは予期せぬことだった。


「……あ、ですが一度だけ会ったことはあります」
「何だとッ!?」


その言葉を聞いた私は驚いて椅子から立ち上がった。
それを見たクロードの肩が震え上がったが、今はそんなこと気にもならなかった。


(公爵夫人に会ったことがあるのか!?)


そんな私にビクリとしながらもクロードはコクコクと頷いた。


「あ、はい……大昔ですが一度だけご挨拶させていただいたことがあって……」
「そのときの夫人はどんな様子だったんだ!?」


私は食い気味にクロードに尋ねた。


「どんな様子と言われましても……別に普通でしたが……」
「何か変わったところは無かったのか?」
「ええ、穏やかで優しいごくごく普通の女性でしたよ」
「そうか……」


私はそこで落ち着きを取り戻したかのように再び椅子に座った。


レスタリア公爵夫人は元々ウィルベルト王国の侯爵令嬢だった。
私とフランチェスカのような幼い頃からの許嫁ではなく、成人してからレスタリア公爵との結婚が決まったと聞く。


(政略結婚など貴族ではよくある話だ……)


そのはずなのに、何かが隠されているような気がしてならない。


「クロード、お前はウィルベルト王国の貴族たちの間で流れているレスタリア公爵夫人の噂についてどう思っている?」


私がクロードに尋ねると、彼は少しだけ考え込んだ後に口を開いた。


「私は、公爵夫人には大昔に一度会ったきりなので何とも言えません。しかし――」
「しかし?」
「――レスタリア公爵閣下は、公爵夫人を何の理由も無く殺すほど疎ましがっているようには見えませんでした」
「……!」


(公爵は、公爵夫人を疎ましく思っているわけではなかった……?)


私はクロードのその言葉に驚きを隠せなかった。
私の予想とあまりに違いすぎたからだ。
冷酷なあの男が誰かを愛する姿など想像もつかない。


(さらなる権力を得るために結婚し、使い道が無くなったから殺したのかと思ったが……)


――もしかしたら、私はずっと何かを勘違いをしていたのかもしれない。


「…………社交界では公爵閣下が奥方を殺しただとか、閣下からの暴力に耐えかねた夫人が逃げ出しただとか言われておりますが」
「……ああ、そうだな」


「――私は、そうは思いません」
「……」


クロードは私の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。


「……公爵閣下を今でも信じているのかと言われれば、よく分かりません。閣下はたしかに残忍な方です。今まで様々な悪事に手を染めてきました。ですが、これだけは言えます」
「……」
「――あの方は、身内には優しい人だったんです」
「…………何だって?」


そう口にしたクロードの顔は少し悲しそうだった。


レスタリア公爵と敵対することを選んだものの、自身の恩人でもあるあの男にどのような感情を抱いていいのか分からないのだろう。


(優しい……?あの男がか……?)


レスタリア公爵が優しいだなんて。
とてもじゃないが信じられなかった私はクロードに尋ねた。


「……何を見てそう思ったんだ?」
「マクシミリアン様です」
「レスタリア公子?」
「私は二十年近くレスタリア公爵家に仕えておりましたが、閣下は一人息子であるマクシミリアン様に手を上げることはおろか怒鳴りつけたところすら見たことがありません」
「嘘だろう……?」


クロードのその言葉には私だけでなく、傍に控えていたヴェロニカ公爵も驚いた顔をしていた。


私はそこで舞踏会で見た公爵と公子の姿を思い浮かべた。
傍から見ればたしかに仲睦まじい親子に見えるだろう。
しかし今までずっとそれは表の姿に過ぎないのだと思っていた。
息子のことも権力を得るための道具としてしか見ていないのだと。
だが、もしそれが違っていたとしたら……


(レスタリア公爵は身内には優しい?公爵夫人のことは別に嫌っていなかった?息子である公子のことも大事にしていた?)


色々な情報が入ってきて私の頭はパンクしそうになった。


(………………ええい!このままずっと考え続けても仕方ない!)


私は拳で机をドンッと叩いて立ち上がった。


「!」


そんな私にクロードがビクリとした。
私は不安げな顔で私を見つめるクロードを見下ろして言った。


「………クロード」
「あ、へ、陛下……申し訳ありませ……」


「――腹は減っていないか?」
「…………え?」
「数日間何も食べてなくてお腹空いただろう?ここらへんで一度食事にするか」


クロードは私の提案にポカーンと口を開けて固まった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

処理中です...