お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの

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53 贖罪

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崩れ落ちてからというもの、執事長はずっと膝をついて俯いたままだった。


私はそんな彼に話しかけることもせず、ただただじっと眺めていた。
どのような言葉をかければいいのかも思い浮かばなかった。


しばらくすると、執事長は顔を上げた。


「………………申し訳、ありませんでした」


それだけ言うと彼は再び俯いた。


「それは何に対する謝罪だ?」
「私は……とんでもないことをしてしまいました……」


(子供たちのことで罪悪感を抱いているのか……?だけど彼はそのことに直接加担していたわけではない。知っていながらも、見て見ぬふりをしただけだ)


それも十分罪ではあるが、彼はおそらくレスタリア公爵に洗脳されていたのだろう。
教育という名の洗脳。
ただただ公爵を敬愛し、絶対に裏切らない人間になるための。


そのことを考えれば彼もまた公爵の被害者である。
私にとって執事長は加害者だが、別の観点から見れば被害者でもあった。
そのことを考えると何だか複雑な気持ちになる。


「私を……処刑してください」


執事長は俯いたままそう言った。


「……それがお前の望みか?」
「私は……それだけのことをしてきました。死をもって償うしか方法は……」


彼は拳をギュッと握りしめている。
体は小刻みに震えていて自分の行いを酷く後悔しているのだということがよく伝わってくる。
本来ならばレスタリア公爵家の手の者として執事長の言う通り処刑するのが正しいのだろうが、私にはそんなつもりは毛頭なかった。


「……お前が死んで何になるんだ。全ての元凶であるレスタリア公爵はまだ生きている。お前が死んだところであの男は止まらないだろうな」
「しかし……!」


どうやら彼は本当に自らの死を望んでいるようで、私のその言葉を聞くなり反論しようとした。
しかし、私はそれを遮った。


「――それなら、こちら側に付く気はないか?」
「え…………?」


私の提案に執事長は顔を上げた。
かなり驚いた様子でこちらを見ている。
そのような反応になるのも無理はない。
執事長が属しているレスタリア公爵家と王家は完全に敵対しているのだから。


「私は、悪逆非道の限りを尽くしているレスタリア公爵を倒したい。しかしあの男はそう簡単にやられるような男ではない。それはお前もよく分かっているだろう?」
「……」


執事長は私の言葉に目を伏せて黙り込んだ。
二十年も傍にいたのなら尚更よく分かっているはずだ。
実際、レスタリア公爵はそれほどまでに厄介な男だった。
あの男は間違いなく私を敵視している。
おそらく玉座を狙っているのだろう。
しかし、だからといって私はそう易々とこの座を渡すつもりはない。


「――お前の力が、必要なんだ」
「……!」


――全てはレスタリア公爵家を倒すため。
だからこそ、私は何としてでも執事長をこちら側に引き入れたかった。


「お前が死んだところで被害者たちが報われることはない。彼らが本当に望んでいるのは、自分をこんな目に遭わせた張本人であるレスタリア公爵の破滅。それだけだろうからな」
「……」


私の言葉に執事長はハッとなって目を大きく見開いた。
そして、急に立ち上がったかと思えば私の目の前で跪いた。


「――国王陛下、それが私に出来る唯一の贖罪というのならば私は貴方に従います」
「……!」


しがらみから解放されたのか、そう言った彼の顔はどこか穏やかだった。
もう何かに縛られている彼ではない。


「……そうか、よく決断してくれた」


私はそこで椅子から立ち上がり、執事長に一歩近付いた。


「レスタリア公爵家について色々と聞きたいことがある。場所を移そう」
「どちらへ行かれるのですか?」


部屋の隅に控えて一連の流れを見ていたヴェロニカ公爵が私に尋ねた。


「私の執務室だ」


私は執事長に背を向けて扉に向かって歩き出した。


そしてヴェロニカ公爵も当然のようにその後に続く。
私はそのまま扉を開け、取調室から出た。
ようやく解決の糸口が見えてきたような気がして何だかすがすがしい気持ちになった。


(ん……?)


ふと、後ろを振り返って部屋の中に目をやると執事長は未だに跪いたままだった。
目をぱちくりさせてこちらを見つめている。


私はそんな彼に声をかける。


「おい、何をしている。早く行くぞ。――クロード」
「……!」


私の言葉に執事長は目を丸くした。
そう、彼はもうレスタリア公爵家のエイルではない。
ただのクロードだ。


彼はこれからクロードとして新たな人生を歩み始めるのだ。


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