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49 執事長の過去
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「………………神?」
私は執事長の言っていることの意味が本気で分からなかった。
たしかに今この男はレスタリア公爵が神だと言った。
しかしあの男は神などではない。
むしろ神から最も遠い存在だと言っていいだろう。
強いて言うなら悪魔だ。
あの男の性格はそれほどに最悪である。
それなのに、何故神だと言っているのか。
(……この男はレスタリア公爵が裏でどのようなことをしているか知らないのか?)
レスタリア公爵の恐ろしい噂は貴族たちの間では有名だ。
歯向かった者は皆悲惨な末路を辿っているだとか、裏で人身売買をしているだとか、どれも恐ろしいものだ。
彼は十年以上も王宮にいながらそのことを知らないのだろうか。
驚いている私をよそに執事長はポツリポツリと語り始めた。
「……私は、レスタリア公爵様に命を救われたのです」
「……」
(命を救われた……?あの男にか……?)
私はレスタリア公爵が誰かの命を救ったということに衝撃を受けた。
公爵がそのようなことをしたということが信じられなかったからだ。
私が知っている公爵は冷酷で、残忍で、狡猾だ。
少なくとも善意で誰かを助けるような男ではない。
「私は元々市井で家族と共に暮らしておりました。決して裕福ではありませんでしたが、本当に幸せでした」
「……」
そう口にした執事長の瞳の奥は濁っていた。
執事長のことは昔から知っているが、そんな彼の顔は初めて見た。
何か底知れない闇を感じる。
「しかしある日突然その幸せは崩壊しました。両親が貴族に殺されたのです。殺された理由は母が妾になるのを断ったからです。ただそれだけの理由で両親は殺されました」
「……!」
執事長の口から語られる、壮絶な過去。
彼の様子からしておそらく真実なのだろう。
苦しそうに顔を歪めている。
彼のその顔からは様々な感情が見て取れた。
憎悪、絶望、悲憤。
それはまるで少し前の、自分の人生に絶望していた私を見ているようだった。
「――それを救ってくださったのが、公爵様でした」
「……」
その瞬間、突如彼の目に光が戻った。
「公爵様は両親を失い路頭に迷っていた私を保護してくださったのです。そして、幼い私に教育を受けさせてくださいました。それだけではありません。私の両親を殺した貴族を断罪してくださったのです」
「……」
執事長は過去を懐かしむかのようにそう言った。
その顔は先ほどとは違ってとても穏やかなものだった。
執事長のその話を聞いた私はあることを思い出した。
(その話……聞いたことがある……)
私は彼の言う悪徳貴族とやらに聞き覚えがあった。
十年以上前にレスタリア公爵家によって断罪され、取り潰しになった貴族家がある。
(たしか名前は……コンラード伯爵家)
コンラード伯爵家。
ウィルベルト王国の名門伯爵家だ。
とは言っても今はもう存在しない。
コンラード伯爵家は十年以上前にレスタリア公爵によって全ての罪を白日の下に晒され、取り潰しになったのだから。
(ん……?でもたしか、コンラード伯爵家って……)
私がコンラード伯爵家について考え込んでいたとき、執事長が口を開いた。
「――だから私は、たとえ拷問されたとしても何も喋りません。あの方を裏切ることは絶対にありません!」
彼は私を真っ直ぐに見つめてハッキリとそう言った。
「……」
その瞬間、私と執事長の視線がぶつかる。
彼の目には強い覚悟が秘められていた。
おそらく喋るくらいなら死を選ぶということだろう。
それほどレスタリア公爵を崇拝しているようだ。
(……今は何を言っても無駄かもしれないな)
「――陛下、そろそろ……」
そのとき、部屋の外にいた騎士が私に声をかけた。
どうやらもう時間のようだ。
それを聞いたヴェロニカ公爵がその騎士に対して訴えた。
「もう時間か!?もう少しだけ……」
「――公爵」
私は公爵のその言葉を遮った。
「陛下……?」
「戻るぞ」
「え……わ、分かりました……」
公爵は納得いかないと言ったような顔をしていたが渋々頷いた。
そうして私はヴェロニカ公爵を連れて取調室を出た。
私は執事長の言っていることの意味が本気で分からなかった。
たしかに今この男はレスタリア公爵が神だと言った。
しかしあの男は神などではない。
むしろ神から最も遠い存在だと言っていいだろう。
強いて言うなら悪魔だ。
あの男の性格はそれほどに最悪である。
それなのに、何故神だと言っているのか。
(……この男はレスタリア公爵が裏でどのようなことをしているか知らないのか?)
レスタリア公爵の恐ろしい噂は貴族たちの間では有名だ。
歯向かった者は皆悲惨な末路を辿っているだとか、裏で人身売買をしているだとか、どれも恐ろしいものだ。
彼は十年以上も王宮にいながらそのことを知らないのだろうか。
驚いている私をよそに執事長はポツリポツリと語り始めた。
「……私は、レスタリア公爵様に命を救われたのです」
「……」
(命を救われた……?あの男にか……?)
私はレスタリア公爵が誰かの命を救ったということに衝撃を受けた。
公爵がそのようなことをしたということが信じられなかったからだ。
私が知っている公爵は冷酷で、残忍で、狡猾だ。
少なくとも善意で誰かを助けるような男ではない。
「私は元々市井で家族と共に暮らしておりました。決して裕福ではありませんでしたが、本当に幸せでした」
「……」
そう口にした執事長の瞳の奥は濁っていた。
執事長のことは昔から知っているが、そんな彼の顔は初めて見た。
何か底知れない闇を感じる。
「しかしある日突然その幸せは崩壊しました。両親が貴族に殺されたのです。殺された理由は母が妾になるのを断ったからです。ただそれだけの理由で両親は殺されました」
「……!」
執事長の口から語られる、壮絶な過去。
彼の様子からしておそらく真実なのだろう。
苦しそうに顔を歪めている。
彼のその顔からは様々な感情が見て取れた。
憎悪、絶望、悲憤。
それはまるで少し前の、自分の人生に絶望していた私を見ているようだった。
「――それを救ってくださったのが、公爵様でした」
「……」
その瞬間、突如彼の目に光が戻った。
「公爵様は両親を失い路頭に迷っていた私を保護してくださったのです。そして、幼い私に教育を受けさせてくださいました。それだけではありません。私の両親を殺した貴族を断罪してくださったのです」
「……」
執事長は過去を懐かしむかのようにそう言った。
その顔は先ほどとは違ってとても穏やかなものだった。
執事長のその話を聞いた私はあることを思い出した。
(その話……聞いたことがある……)
私は彼の言う悪徳貴族とやらに聞き覚えがあった。
十年以上前にレスタリア公爵家によって断罪され、取り潰しになった貴族家がある。
(たしか名前は……コンラード伯爵家)
コンラード伯爵家。
ウィルベルト王国の名門伯爵家だ。
とは言っても今はもう存在しない。
コンラード伯爵家は十年以上前にレスタリア公爵によって全ての罪を白日の下に晒され、取り潰しになったのだから。
(ん……?でもたしか、コンラード伯爵家って……)
私がコンラード伯爵家について考え込んでいたとき、執事長が口を開いた。
「――だから私は、たとえ拷問されたとしても何も喋りません。あの方を裏切ることは絶対にありません!」
彼は私を真っ直ぐに見つめてハッキリとそう言った。
「……」
その瞬間、私と執事長の視線がぶつかる。
彼の目には強い覚悟が秘められていた。
おそらく喋るくらいなら死を選ぶということだろう。
それほどレスタリア公爵を崇拝しているようだ。
(……今は何を言っても無駄かもしれないな)
「――陛下、そろそろ……」
そのとき、部屋の外にいた騎士が私に声をかけた。
どうやらもう時間のようだ。
それを聞いたヴェロニカ公爵がその騎士に対して訴えた。
「もう時間か!?もう少しだけ……」
「――公爵」
私は公爵のその言葉を遮った。
「陛下……?」
「戻るぞ」
「え……わ、分かりました……」
公爵は納得いかないと言ったような顔をしていたが渋々頷いた。
そうして私はヴェロニカ公爵を連れて取調室を出た。
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