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42 ローラとライオネル
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朝を迎えてから数時間後。
アレクが部屋から出て行き、執務室には私一人だけになった。
部屋に一人でいた私の頭の中に、先ほどのアレクとの会話が蘇る。
『陛下、絶対休んでくださいね!このままじゃ本当に死んじゃいますから!絶対ですよ!』
アレクはしつこいくらい私に休憩を取れと言っていた。
しかし私は、どうも気が乗らなかった。
(…………休め、って言われてもなぁ)
今から横になったとしても全く眠れる気がしない。
太陽の眩しさで眠気などとうに吹っ飛んでしまったのだ。
かといって仕事も片付いたので何もすることがない。
「……暇だ」
私はしばらくの間、執務室にある椅子に座ってじっとしていた。
この時間帯はいつも執務をしている。
だけど執務は徹夜で終わらせた。
(……少しくらいはボーッとする時間があっても良いよな)
私はそう思い、昼まではここで過ごすことにした。
「……」
ふと窓の外に目を向けた。
この時間はいつも執務室にいるため、外がどうなっているかを私は知らない。
気にしたこともなかった。
窓の外を見たのは単なる好奇心からで、特別な理由は無い。
外には、雲一つ無い青空が広がっている。
それを見ていると大好きだった誰かを思い出しそうになった。
私は椅子から立ち上がって、その青に引き寄せられるように窓の傍まで近寄り外の景色を眺めた。
執務室の窓からは王宮の庭と、王都の一部が見えた。
王宮の庭では騎士団の騎士たちが鍛錬をしていた。
大量の汗を流しながら剣を必死で振るその姿はまるで昔の自分を見ているようだ。
王太子だった頃、ひたむきな努力を続けていた自分を。
私は彼らのことを知らない。
だけどこれだけは分かる。
きっと彼らは近い将来、立派な騎士となるだろう。
あれだけ努力しているのだから当然だ。
それと同時に私は今まで視野が狭かったのだなと感じた。
王なのだからこれからはもっと色々なところに目を向けるべきだ。
(……今度、騎士団の鍛錬の様子を見に行ってみるか)
彼らは国のために働いているのだ。
そんな人間を気にかけるのは上に立つ者として当然のことだ。
うんうんと頷いた後、私は視線を遠くに移して王都の景色を眺めた。
(あれは……)
執務室の窓からは、ちょうど王都の広場がよく見えた。
中央にある女神ローラの像もハッキリと見える。
昼間だからか、かなり人で賑わっていた。
王都の広場と聞いて私が思い出すのはあの夜のことだ。
(……)
あの夜の私は、私ではないようだった。
願いが何でも叶うなどそんなことあるはずがない。
いつも私ならそう言って笑い飛ばしていたはずだ。
しかし何故かあの頃の私はフランチェスカが昔言っていたことを信じた。
それほど自分の人生に絶望していたのだろうか。
私は瞳を閉じてフランチェスカとの記憶を思い浮かべた。
『あの場所には……女神様のご加護があるから……』
彼女は広場の話題が出るたびにいつもそれを口にした。
「……」
(……それなら、もしかしたらあの日から私の体調が良くなったのもその加護とやらのおかげかもしれないな)
今でも少しだけそれを信じている自分がいる。
不思議と彼女が言うことならば何でもそうなるかのように思えてくる。
私はそこで窓の外に見える女神ローラの像をじっと見つめてみた。
サラサラした長い髪。
胸の前で手を組み、祈りのポーズをしている。
瞳は閉じられていて、聖母のような笑みを浮かべていた。
まさに女神のような美しさである。
私は女神ローラと聞いてふと気になったことがあった。
(……王子ライオネルはローラが亡くなった後、どのような気持ちで過ごしていたのだろうか)
女神ローラが主人公の恋物語の中に出てくる王子ライオネル。
愛する者が殺され、彼は剣を手にした。
そして自分の力で王になった。
しかし、本の中では彼のその後は書かれていない。
(…………王子ライオネル、いや王ライオネルの記録はほとんど残っていない)
ローラとライオネルの恋物語は、今でも作者不明である。
ウィルベルト王国の歴代王たちの中にライオネルという名前の人物がいたことはたしかだが、女神ローラが本当に存在したかどうかは定かではない。
そもそもあの話自体作り物である、という考えの者もいる。
(私も少し前まではそういう考えを持っていたんだがな……)
だけど、フランチェスカがそう言うのなら本当にいるようなそんな気がしてきた。
(……フランチェスカ。君は、今もそれを信じているか?)
私は心の中で天国にいるであろうフランチェスカに語りかけた。
彼女が信じるのならば、私も信じたかった。
もちろん答えが返ってくることは無いが、聞かずとも彼女がなんて答えるかが分かったような気がする。
(……そうか、なら私も信じてみよう)
――コンコン
そのとき、突然執務室の扉がノックされた。
「失礼します」
部屋の中に入ってきたのは一人の騎士だった。
「陛下、謁見の申請が来ております」
「……今からか?一体誰からなんだ?」
「――ヴェロニカ公爵閣下です」
「……………何だと?」
私は騎士のその言葉に驚きを隠せなかった。
アレクが部屋から出て行き、執務室には私一人だけになった。
部屋に一人でいた私の頭の中に、先ほどのアレクとの会話が蘇る。
『陛下、絶対休んでくださいね!このままじゃ本当に死んじゃいますから!絶対ですよ!』
アレクはしつこいくらい私に休憩を取れと言っていた。
しかし私は、どうも気が乗らなかった。
(…………休め、って言われてもなぁ)
今から横になったとしても全く眠れる気がしない。
太陽の眩しさで眠気などとうに吹っ飛んでしまったのだ。
かといって仕事も片付いたので何もすることがない。
「……暇だ」
私はしばらくの間、執務室にある椅子に座ってじっとしていた。
この時間帯はいつも執務をしている。
だけど執務は徹夜で終わらせた。
(……少しくらいはボーッとする時間があっても良いよな)
私はそう思い、昼まではここで過ごすことにした。
「……」
ふと窓の外に目を向けた。
この時間はいつも執務室にいるため、外がどうなっているかを私は知らない。
気にしたこともなかった。
窓の外を見たのは単なる好奇心からで、特別な理由は無い。
外には、雲一つ無い青空が広がっている。
それを見ていると大好きだった誰かを思い出しそうになった。
私は椅子から立ち上がって、その青に引き寄せられるように窓の傍まで近寄り外の景色を眺めた。
執務室の窓からは王宮の庭と、王都の一部が見えた。
王宮の庭では騎士団の騎士たちが鍛錬をしていた。
大量の汗を流しながら剣を必死で振るその姿はまるで昔の自分を見ているようだ。
王太子だった頃、ひたむきな努力を続けていた自分を。
私は彼らのことを知らない。
だけどこれだけは分かる。
きっと彼らは近い将来、立派な騎士となるだろう。
あれだけ努力しているのだから当然だ。
それと同時に私は今まで視野が狭かったのだなと感じた。
王なのだからこれからはもっと色々なところに目を向けるべきだ。
(……今度、騎士団の鍛錬の様子を見に行ってみるか)
彼らは国のために働いているのだ。
そんな人間を気にかけるのは上に立つ者として当然のことだ。
うんうんと頷いた後、私は視線を遠くに移して王都の景色を眺めた。
(あれは……)
執務室の窓からは、ちょうど王都の広場がよく見えた。
中央にある女神ローラの像もハッキリと見える。
昼間だからか、かなり人で賑わっていた。
王都の広場と聞いて私が思い出すのはあの夜のことだ。
(……)
あの夜の私は、私ではないようだった。
願いが何でも叶うなどそんなことあるはずがない。
いつも私ならそう言って笑い飛ばしていたはずだ。
しかし何故かあの頃の私はフランチェスカが昔言っていたことを信じた。
それほど自分の人生に絶望していたのだろうか。
私は瞳を閉じてフランチェスカとの記憶を思い浮かべた。
『あの場所には……女神様のご加護があるから……』
彼女は広場の話題が出るたびにいつもそれを口にした。
「……」
(……それなら、もしかしたらあの日から私の体調が良くなったのもその加護とやらのおかげかもしれないな)
今でも少しだけそれを信じている自分がいる。
不思議と彼女が言うことならば何でもそうなるかのように思えてくる。
私はそこで窓の外に見える女神ローラの像をじっと見つめてみた。
サラサラした長い髪。
胸の前で手を組み、祈りのポーズをしている。
瞳は閉じられていて、聖母のような笑みを浮かべていた。
まさに女神のような美しさである。
私は女神ローラと聞いてふと気になったことがあった。
(……王子ライオネルはローラが亡くなった後、どのような気持ちで過ごしていたのだろうか)
女神ローラが主人公の恋物語の中に出てくる王子ライオネル。
愛する者が殺され、彼は剣を手にした。
そして自分の力で王になった。
しかし、本の中では彼のその後は書かれていない。
(…………王子ライオネル、いや王ライオネルの記録はほとんど残っていない)
ローラとライオネルの恋物語は、今でも作者不明である。
ウィルベルト王国の歴代王たちの中にライオネルという名前の人物がいたことはたしかだが、女神ローラが本当に存在したかどうかは定かではない。
そもそもあの話自体作り物である、という考えの者もいる。
(私も少し前まではそういう考えを持っていたんだがな……)
だけど、フランチェスカがそう言うのなら本当にいるようなそんな気がしてきた。
(……フランチェスカ。君は、今もそれを信じているか?)
私は心の中で天国にいるであろうフランチェスカに語りかけた。
彼女が信じるのならば、私も信じたかった。
もちろん答えが返ってくることは無いが、聞かずとも彼女がなんて答えるかが分かったような気がする。
(……そうか、なら私も信じてみよう)
――コンコン
そのとき、突然執務室の扉がノックされた。
「失礼します」
部屋の中に入ってきたのは一人の騎士だった。
「陛下、謁見の申請が来ております」
「……今からか?一体誰からなんだ?」
「――ヴェロニカ公爵閣下です」
「……………何だと?」
私は騎士のその言葉に驚きを隠せなかった。
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