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フレイアのお披露目会が開かれた数日後のことだった。
――コンコン
「陛下、失礼します」
「入れ」
私がそう声を掛けると、ドアが開いた。
部屋に入ってきたのは黒いローブを着ている男だ。
一見怪しく見えるが、彼はれっきとした王家の諜報員である。
私はあの後、お披露目会から戻ってすぐ諜報員にレスタリア公爵家の調査を依頼した。
公爵夫人のことが気になったというのもあるが、この先対立するであろうレスタリア公爵家のことをもっとよく知っておく必要があると思ったからだ。
「では、調査結果を報告します」
諜報員は私以外に誰もいないことを確認して口を開いた。
「ああ、頼む」
諜報員は真面目な顔で言葉を続けた。
「――数日間、レスタリア公爵家の前で張り込んでおりましたが邸に出入りしていた公爵家の人間は公爵閣下とご子息、そしてつい最近養女となった公女様だけでした」
「……公爵夫人の姿は見なかったのか」
私の問いに諜報員は軽く頷いた。
「はい、夫人に関しては一度も私共の前に姿を現すことはありませんでした」
「そうか……」
やはり公爵夫人のことについては分からなかったらしい。
(…………本当に公爵邸に住んでいるのか?いや、そもそも生きているのかすら怪しいぞ)
公爵夫人が社交界から姿を消したのは二十年以上も前の話だ。
こんなにも長い間ずっと外に出ないことなど普通の人間なら不可能だ。
やはり公爵夫人に関しては既に亡くなっているか、邸には住んでいないという説が有力か。
私が考えを巡らせていると、諜報員が驚きのことを口にした。
「それと、実は公爵家の人間が邸にいない間にメイドに扮した部下を公爵邸に潜入させたのです」
「何だと!?」
そんなことが出来たのか。
私は彼らに感心した。
あのレスタリア公爵家の厳重な警備の目をかいくぐるとはさすがとしか言いようがない。
「それで、どうだったんだ?」
「それが……部下は厨房にいたメイドたちの会話を盗み聞いたそうなのですが、どうやら使用人たちは主人であるレスタリア公爵を物凄く恐れているようです」
「……まぁ、そりゃあそうだろうな」
(……高位貴族ですら恐れる男だぞ。公爵邸で働いている使用人たちは毎日恐ろしい思いをしていることだろう)
あのレスタリア公爵のことだ。
少しでもミスをすればすぐに殺されそうである。
しかしその次に、私に告げられたのはさらに驚くべき事実だった。
「いえ、それがですね……旦那様は数十年前からずっと狂っている、だとか誰もいないはずの部屋から旦那様の声が聞こえる、だとか意味不明なことを口にしていたそうです」
「…………何だと?」
それを聞いた私は訝し気に眉をひそめた。
(……レスタリア公爵が狂っている?誰もいないはずの部屋から公爵の声が聞こえる?一体どういうことだ?)
「真相は私共にもよく分かりませんが、たしかにそう言っていたようなのです」
「……そうか」
王家の諜報員たちは特別な訓練を受けているため、かなり耳が良い。
聞き間違い、ということはまずないだろう。
(……ということは本当にそれを聞いたのだろうな)
私はついこの間見たレスタリア公爵を思い浮かべた。
たしかにあの男は恐ろしい男だとは思う。
感情がまるで読めず、何を考えているのか分からない。
だが、狂っていると感じたことは一度も無かった。
レスタリア公爵はいつも冷静で、とてもじゃないが気が狂っている人間には見えない。
(…………ただ表に出していないだけか?それとも思考が狂っているという意味か?)
私はそう思いながらも諜報員に尋ねた。
「他には何かないか?」
「いえ、特には……」
「そうか、分かった。ご苦労だった。今日のところはもう休め」
私がそう言って退出を促すと、諜報員はグッと俯いた。
「――陛下、有力な手掛かりを得られず申し訳ありませんでした」
彼は深々と頭を下げた。
「……」
彼らが謝罪する必要など少しも無い。
むしろ危険なレスタリア公爵邸に潜入までしてくれて感謝しているというのに。
「……何を言っているんだ。そんな危険を冒してまで私のために動いてくれたんだ。謝罪などするな。私はいつも、君たちに感謝している」
「陛下……!」
私の言葉を聞いた諜報員は感動したかのような顔になった。
「これからもよろしく頼む」
「はい!もちろんです!」
諜報員は明るい声でそう言って部屋を出て行った。
アレクは用事で出掛けているため、執務室にいるのは私一人になった。
「……」
私は椅子に座ったまま、先ほどの諜報員の言葉についてじっくりと考え込む。
もしかしたら深い意味は無いのかもしれない。
ただのメイドの戯言という可能性だってある。
だけど、何故だか……
あの言葉の真意を知れば、何かが解けるようなそんな気がした――
――コンコン
「陛下、失礼します」
「入れ」
私がそう声を掛けると、ドアが開いた。
部屋に入ってきたのは黒いローブを着ている男だ。
一見怪しく見えるが、彼はれっきとした王家の諜報員である。
私はあの後、お披露目会から戻ってすぐ諜報員にレスタリア公爵家の調査を依頼した。
公爵夫人のことが気になったというのもあるが、この先対立するであろうレスタリア公爵家のことをもっとよく知っておく必要があると思ったからだ。
「では、調査結果を報告します」
諜報員は私以外に誰もいないことを確認して口を開いた。
「ああ、頼む」
諜報員は真面目な顔で言葉を続けた。
「――数日間、レスタリア公爵家の前で張り込んでおりましたが邸に出入りしていた公爵家の人間は公爵閣下とご子息、そしてつい最近養女となった公女様だけでした」
「……公爵夫人の姿は見なかったのか」
私の問いに諜報員は軽く頷いた。
「はい、夫人に関しては一度も私共の前に姿を現すことはありませんでした」
「そうか……」
やはり公爵夫人のことについては分からなかったらしい。
(…………本当に公爵邸に住んでいるのか?いや、そもそも生きているのかすら怪しいぞ)
公爵夫人が社交界から姿を消したのは二十年以上も前の話だ。
こんなにも長い間ずっと外に出ないことなど普通の人間なら不可能だ。
やはり公爵夫人に関しては既に亡くなっているか、邸には住んでいないという説が有力か。
私が考えを巡らせていると、諜報員が驚きのことを口にした。
「それと、実は公爵家の人間が邸にいない間にメイドに扮した部下を公爵邸に潜入させたのです」
「何だと!?」
そんなことが出来たのか。
私は彼らに感心した。
あのレスタリア公爵家の厳重な警備の目をかいくぐるとはさすがとしか言いようがない。
「それで、どうだったんだ?」
「それが……部下は厨房にいたメイドたちの会話を盗み聞いたそうなのですが、どうやら使用人たちは主人であるレスタリア公爵を物凄く恐れているようです」
「……まぁ、そりゃあそうだろうな」
(……高位貴族ですら恐れる男だぞ。公爵邸で働いている使用人たちは毎日恐ろしい思いをしていることだろう)
あのレスタリア公爵のことだ。
少しでもミスをすればすぐに殺されそうである。
しかしその次に、私に告げられたのはさらに驚くべき事実だった。
「いえ、それがですね……旦那様は数十年前からずっと狂っている、だとか誰もいないはずの部屋から旦那様の声が聞こえる、だとか意味不明なことを口にしていたそうです」
「…………何だと?」
それを聞いた私は訝し気に眉をひそめた。
(……レスタリア公爵が狂っている?誰もいないはずの部屋から公爵の声が聞こえる?一体どういうことだ?)
「真相は私共にもよく分かりませんが、たしかにそう言っていたようなのです」
「……そうか」
王家の諜報員たちは特別な訓練を受けているため、かなり耳が良い。
聞き間違い、ということはまずないだろう。
(……ということは本当にそれを聞いたのだろうな)
私はついこの間見たレスタリア公爵を思い浮かべた。
たしかにあの男は恐ろしい男だとは思う。
感情がまるで読めず、何を考えているのか分からない。
だが、狂っていると感じたことは一度も無かった。
レスタリア公爵はいつも冷静で、とてもじゃないが気が狂っている人間には見えない。
(…………ただ表に出していないだけか?それとも思考が狂っているという意味か?)
私はそう思いながらも諜報員に尋ねた。
「他には何かないか?」
「いえ、特には……」
「そうか、分かった。ご苦労だった。今日のところはもう休め」
私がそう言って退出を促すと、諜報員はグッと俯いた。
「――陛下、有力な手掛かりを得られず申し訳ありませんでした」
彼は深々と頭を下げた。
「……」
彼らが謝罪する必要など少しも無い。
むしろ危険なレスタリア公爵邸に潜入までしてくれて感謝しているというのに。
「……何を言っているんだ。そんな危険を冒してまで私のために動いてくれたんだ。謝罪などするな。私はいつも、君たちに感謝している」
「陛下……!」
私の言葉を聞いた諜報員は感動したかのような顔になった。
「これからもよろしく頼む」
「はい!もちろんです!」
諜報員は明るい声でそう言って部屋を出て行った。
アレクは用事で出掛けているため、執務室にいるのは私一人になった。
「……」
私は椅子に座ったまま、先ほどの諜報員の言葉についてじっくりと考え込む。
もしかしたら深い意味は無いのかもしれない。
ただのメイドの戯言という可能性だってある。
だけど、何故だか……
あの言葉の真意を知れば、何かが解けるようなそんな気がした――
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