お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの

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32 青い花

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その翌日。


「陛下、この位置でよろしかったでしょうか」
「ああ、ありがとう」


今私の目の前にいるのはこの間王宮の庭園で話した庭師だ。
何故彼が私の執務室にいるのか。
それは私が庭師にある頼み事をしていたからだ。


(…………綺麗だな)


私の視線の先にあるのはフランチェスカが好きだと言っていた青い花。


庭師に頼み込んで執務室と自室の視界に入りやすい位置に飾ってもらったのだ。
見れば見るほど自分の瞳の色にそっくりなあの花。


(…………子供の頃はあれほど嫌っていたのにな)


不思議だった。
彼女が綺麗と言えば全て綺麗なもののようにに見えた。


辛いとき、苦しいとき。
死にたくなるようなときもこの先あるかもしれない。


そんなときはあの青い花を見ようと私は心に決めている。
あの花を見れば、フランチェスカとの大切な思い出が自然と蘇ってくるから――


(………私は、死んではいけない)








十年以上前。


フランチェスカは過労により一度倒れたことがあった。


(あぁ……フランチェスカ……)


彼女が目を覚まさない間は生きた心地がしなかった。
本当に恐ろしかった。
もしかしたら彼女が死んでしまうのではないかと思った。


しかし後になって、幸いにもフランチェスカが目を覚ましたという知らせが入った。
それを聞いた私はすぐに彼女に会いに行った。


『フランチェスカ!』
『レオ……』
『もう体は大丈夫なのか?どこか痛いところはないか?』


私はフランチェスカに駆け寄って尋ねた。


『ええ……もう大丈夫よ……心配かけてごめんなさい……』


フランチェスカは弱々しい声でそう言った。
まだ体が万全ではないのだろう。
それでも私は彼女が無事だったということが嬉しかった。


『本当に良かった……私は……君が死んだら生きていけない……』


私はそう言いながらベッドから起き上がったフランチェスカを優しく抱きしめた。
いつもの彼女なら私の背中に手を回して抱きしめ返していたが、そのときだけは違った。


『……そんなことを言ってはダメよ、レオ』
『フランチェスカ……?』


私はその言葉の意味が分からず、上半身を少しだけ離して彼女の顔をじっと見つめた。
そのときのフランチェスカは、どこか切なそうな、悲しそうな顔をしていた。


『――あなたは将来この国の王になる人だから。何があっても死んじゃダメ』







「……」


私はあのときまで自分が死ねば全てが解決するのだと本気で思っていた。


(………何て愚かだったんだ)


奇跡的に生き残れたから良かったものの、もしあのとき私が毒で死んでいたら国はどうなっていただろうか。
考えるだけでゾッとした。
アレクの言っていた通り、王都は血の海になっていたかもしれない。


(……だけど次はもう、間違えたりしない)


これからは大切な人たちのために生きていく。
彼らを悲しませないように。
私はそう心に誓った。


――コンコン


そんなことを考えていたとき、執務室の扉がノックされた。


「陛下、私です」
「アレクか、入れ」


私の声でアレクが室内に入ってくる。
手には大量の書類を抱えていた。


「陛下、今日の分の仕事です」
「ありがとう、そこに置いておいてくれ」


アレクは手に持っていた書類をドサリと机に置いた。


(…………気が滅入るな)


机に積まれた大量の書類を見て私はそう思った。
しかし、だからといってやらないわけにはいかない。


「………やるか」
「はい!今日も頑張りましょう、陛下」


私の言葉にアレクは苦笑いして言った。


(……付いてきてくれる人間がいるだけ幸せだな)


このとき私は、背後に控えているアレクを見てそう思った。





◇◆◇◆◇◆




それから一時間後。
執務は順調に進んでいて、かなりの量の書類が片付いていた。


ある程度仕事を片付けた私は、一度ペンを置いて伸びをした。


(ここらへんで休憩にするか…………ん?あれは……)


山積みになった書類の中に一枚だけ私の目を引いたものがあった。
私はその一枚の紙を手に取り、内容を確認した。


(………………なるほどな、随分早いんだな)


そんな私の行動を不思議思ったアレクが紙を覗き込んだ。


「陛下、一体何をそんなにじっと見ておられるのですか……って、これは!」


私が持っていた紙を見たアレクは驚いた顔をした。


「………これは驚いたな」
「陛下、そんなこと言って全然驚いてないじゃないですか」
「顔に出していないだけだ」


アレクが驚くのも無理はない。
私がそのとき見ていたのは、フレイアとレスタリア公爵の養子縁組届だったのだから。
ウィルベルト王国では、貴族の養子縁組には国王の承認が絶対に必要となってくる。


(…………まさか本当に養女に迎えるとはな。どうやらレスタリア公爵家はフレイアを徹底的に利用するつもりのようだ)


頭の良いレスタリア公爵が何の理由もなくフレイアを養女にするはずがない。
彼女は決して頭が良いわけではないのだ。
使えるものといえばその美貌くらいだが……


「……陛下、もちろん承認なんてしませんよね?」
「……」
「じょ、冗談ですよね……陛下」


私の返答にアレクの顔色はみるみる青くなっていく。


「……別に良いんじゃないか」
「陛下!!!」


私の発言にアレクが声を荒げた。


「……静かにしろ」
「こればかりは絶対にダメです!認めるわけにはいきません!」
「……お前は、私が何の考えも無くそんなことを言っていると思うのか」
「……!」


私のその言葉にアレクはハッとなった。


「少し前に言っただろう、まとめて一掃すると」
「で、ですが……」
「それに、ここで養子縁組を認めないで変にレスタリア公爵家に警戒されるほうが私にとっては都合が悪い」
「た、たしかに……」


私がそう言うとようやくアレクは納得したような顔をした。


(…………この世に完璧な人間なんていない。誰しも弱点があり、隙がある。だから――)


――必ずあるはずなんだ、あの男にも。


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