お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの

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30 毒

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「――陛下、失礼します」
「入れ」


フランチェスカと両親の墓参りから数日後のことだった。


私は執務室の椅子に座っていた。
そのとき、部屋の中に入ってきたのは以前私の診察をした王宮の医師だ。


「陛下、調査の結果ですが……」


医師は深刻な顔をしながら、私に調査結果が書かれた一枚の紙を手渡した。
私は医師から渡された紙を受け取って目を通す。


「……」


執務室が静寂に包まれた。


そのとき、突然驚いたような声を出したのは後ろに控えていたアレクだった。


「へ、陛下……これは……!」


アレクは私が手に持っている紙の内容を見てうろたえている。


(……まあ、そりゃあ驚くだろうな)


彼の反応は至極当然なものだった。
そして、先ほどから難しい顔で黙り込んでいた医師もアレクに同調した。


「私も調査結果を見て驚きました。一体誰がこのようなことを……」
「……」


アレクと医師の二人は調査結果を見てかなり驚いているようだったが、この部屋の中でただ一人私だけはそうではなかった。


(……やはりな)


むしろ予想した通りだった。
しばらくの間、紙をじっと見つめていた私に医師が真剣な顔で話しかけた。


「……陛下、調査結果を報告いたします」
「……ああ、頼む」


そこで私は視線を医師の方に移した。
医師は一呼吸置いてから話し始める。


「陛下……陛下は……長い間――毒を盛られていたことが判明しました」
「……」


(……まぁ、そうだろうな)


医師からハッキリとそう言われても、別に驚きはしなかった。
想定内のことだった。


「陛下に盛られていた毒は二種類あります。一つはローレン王国で広く使われている薬です」
「ローレン王国……」


――ローレン王国。
ウィルベルト王国の西に位置する国だ。
しかし、まさかここでその名を聞くことになるとは思わなかった。


ローレン王国といえば特に何も無い平凡な小国というのが周辺国からの印象だ。
衰退しているわけではないが、繁栄しているわけでもない。
ごくごく普通の国。


「……私に盛られていたのは毒ではなく薬なのか?」


私は疑問に思ったことを尋ねた。


「はい。ローレン王国では治療薬として使われていますが、用法や用量を間違えると毒にもなり得る非常に危険な薬です」


(……毒にもなり得る、か)


「ちなみにこの薬は、過剰摂取すると思考力が低下したり幻覚を見ることがあるようです」
「そんな薬がずっと私に盛られていたと?」


医師は無言で頷いた。
それを聞いたアレクが突然納得したように口を開いた。


「なるほど!だから陛下は少し前までやけにおかしかったのか!」


アレクは謎が解けたとでもいうように、手をポンと叩いてそう言った。


「………………そんなに変だったか?」
「はい、いつもボーッとしていて何だか周りが見えていないようでした」
「……」


事実なのだろうが、そうハッキリと言われると落ち込むものだ。
医師はそんな私とアレクの様子を気にせずに言葉を続けた。


「――そしてもう一つは、惚れ薬です」
「惚れ薬だと……?」


私は医師の言葉に驚きを隠せなかった。





――惚れ薬


意中の相手を自分に夢中にさせることの出来る恐ろしい薬。
もちろんどこの国でも使用は禁止されている。
そんな恐ろしいものが平然と使われていたら国が崩壊するからだ。


(……まだ、あんな恐ろしいものが存在していたのか)


惚れ薬で国が滅茶苦茶になったという話は何度か聞いたことがある。
しかし、それは全て何百年も前の話だ。
現代で惚れ薬が使われたという話など聞いたことが無い。


「はい、正直私も驚きました。一体そんなものどこで手に入れたのでしょうか」
「たしかにな……」


私は顎に手を当ててじっと考え込んだ。


(入手経路もだが、どうやってそんなものを作ったのかも気になる……調べてみる価値はありそうだな……)


そんな恐ろしいものは何が何でもこの世から消さなければいけない。


「惚れ薬もほとんど毒みたいなものですから……」
「まあ、それはそうだな……」


むしろ毒よりも恐ろしい。
使う相手によっては大変なことになるのだから。


「ここから先は私の憶測ですが、おそらく陛下は何年もの間これらの毒を盛られていたと思われます」
「……」
「何度も摂取しているうちに体が慣れたのでしょう。耐性が付いて薬が効かなくなったのかと」
「そう……だったのか……」


私はそのとき全てを理解した。


フランチェスカが亡くなってようやく自分の考えがおかしかったことに気付き始めた。
あの頃は何故彼女が生きている間に気付けなかったのだろうかと思っていたが、毒を盛られて思考力が低下していたのなら納得だ。
きっとフランチェスカが亡くなった頃には毒はほとんど抜けていたのだろう。


しかし私は、それでも自分のやったことを正当化するつもりはない。
むしろ――


(……………ムカつく)


愚かな自分にイライラした。
何年もの間毒を盛られ続けていたなんて。
しかも私はそれに気付きもしなかった。


私がもっとしっかりしていれば、フランチェスカを失うこともなかった。


そんなことを考えていたそのとき、突然アレクがドンッと壁を殴って声を荒げた。


「陛下!!!犯人捜しをするまでもありません!!!今すぐフレイア様を捕らえに行きましょう!!!」


そう言ったアレクの顔は怒りに満ちていた。


「…………落ち着け」


私はそんなアレクを宥めた。


「これが落ち着いていられますか!!!あの女さえいなければ!フランチェスカ様も前国王陛下も前王妃陛下も死ぬことは無かった!」
「…………」


アレクの言っていることは間違いではない。
たしかにフレイアがこんなことをしなければフランチェスカは今も私の隣で笑っていただろう。
そして父上と母上も離宮で穏やかに暮らしていたはずだ。


しかし、行動に移すのはまだ早かった。


(……フレイアを許せないのは私も同じだ。だが、まだだ。まだダメだ)


私はそう思いながら今にも飛び出しそうなアレクを何とか抑え込む。


「まぁ待て」


私は顔を真っ赤にしているアレクとじっと目を合わせて言った。


「どうせやるなら徹底的にやるべきだ」


私のその言葉にアレクはようやく落ち着きを取り戻した。


「……と、言いますと?」
「フレイアを処刑したところで何の意味も無い。あの女は奴らにとってただの駒でしかないのだから。都合が悪くなればすぐ切り捨てるだろう」


そう、フレイアはただの駒に過ぎない。
本当に倒すべき人間は、別にいる。


「それでは、どうするおつもりなのですか?」


不思議そうな顔をしたアレクが私に尋ねた。


(……どうするつもりなのか、か)


私の答えは既に決まっていた。
考えるまでもない。
私は椅子から立ち上がって目の前にいる二人を見つめて言った。





「決まっているだろう。この国に害をなす奴らをまとめて一掃するんだ。


――フランチェスカと、両親と、そう約束したのだから」





「「…………!」」


私の言葉にアレクと医師は目を見開いた。


「陛下……!まるで若い頃の先王陛下を見ているようです……!」
「正直、今の陛下にならどこまでも付いていけそうです……!」


二人はキラキラした目で私を見てそう言った。


「……」


少し前と違って二人から信頼されているのだと思うと、何だか嬉しくなった。


(……これでいい)


私には絶対に成し遂げなければならないことがある。
それを達成するまで、死ぬわけにはいかないのだ。


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