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――どれくらいの時間が経ったのだろう。
私は真っ暗な世界にただ一人取り残されていた。
毒を飲んだのだからここは死後の世界だろうか。
そうは思ったものの、何故だか体は動かない。
この世界に来るのももう何度目か分からない。
いつもならすぐに戻れるが、今回ばかりはそういうわけにもいかないだろう。
(……ハハッ)
思わず自嘲的な笑みが零れる。
きっと私は永遠にこの世界から抜け出せないのだ。
愚かな私には相応しい末路ではないか。
(それでも、元いたあの世界よりかはマシだ……)
私はそう思いながらもしばらくの間そこでじっとしていた。
体は動かないし、仮に動いたとしても動く気になれなかったからだ。
――しかし、そんな私に異変が訪れたのは突然のことだった。
『陛下……』
(……………何だ?誰かが私を呼んでいる……?)
暗闇の中から誰かの声が聞こえてくる。
私以外にもここに来た人間がいるのだろうか。
辺りは真っ暗で何も見えないが、声だけは変わらず聞こえてくる。
そして、その声は少しずつ大きくなっていく。
『陛下……』
(………この声はまさか……いや、そんなはずは……)
どこか聞き覚えのある声。
柔らかく、懐かしさを感じさせる声。
ずっとずっと聞きたいと願っていた声。
声はその後も段々と大きくなっていき、今度はハッキリと聞き取ることが出来た。
『レオ!!!』
「!!!」
その瞬間、辺りが突然光に包まれた。
目を開けるのも出来ないほどに眩い光。
暗闇に取り残されていた私を一瞬にして包み込んだ。
「ハッ!!!」
目が覚めると、ベッドの上にいた。
「陛下!!!」
ベッドのすぐ傍には侍従がいた。
侍従は心配そうな顔でこちらを見ていた。
(ここは……私の部屋……?)
私は上半身を起こして辺りを見回した。
毒を飲んだせいか体が少し重たかったが、それ以外には特に体の異常は見当たらない。
「ここは……私の部屋か」
見慣れた天井。
何度も見てきた光景。
間違いなく私の部屋だった。
そして外からは朝になったことを知らせる小鳥のさえずりが聞こえる。
どうやら私は次の日の朝まで眠っていたようだ。
私は生きていたらしい。
本当なら喜ぶべきなのだろうが、とてもじゃないがそのような気分にはなれなかった。
「そうか……私は……死ねなかったのか……」
侍従の前であるにもかかわらず、私は弱々しく呟いた。
「……ッ」
その言葉を聞いた侍従が拳をグッと握りしめた。
そして一歩前に出ると、私に対して声を荒げた。
「陛下はッ……!どこまで恥を曝す気ですかッ……!」
「え……?」
そう口にした侍従は何故か泣きそうな顔をしていた。
私は何故彼がそのような顔をするのかが分からなかった。
そんな私に、侍従は続けて言った。
「何故ッ!何故死のうとしたんですか!」
「……」
何故、死のうとしたか。
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。
嘘をつく理由も無かったので、私は正直に答えた。
「私は……生きる価値の無い人間だ。王だというのに誰からも慕われていない。私が死んだところで悲しむ者など一人もいない」
これは紛れも無い事実だ。
実際に私は、臣下たちに慕われるどころか侍女からも死を願われるような男である。
それに加えて王としても無能なのだから本当に救いようがない。
(……死んで当然なんだ、私は)
そんなことを考えていたそのとき、部屋の扉が突然開いた。
「――本当にそうでしょうか?」
「!?」
そこで部屋に入ってきた人物を見て驚いた。
部屋の扉を開けて立っていたのはフランチェスカの侍女であるリリアンだったからだ。
「何故君がここに……」
リリアンは私の問いには答えずにゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「陛下はたしかに愚かな行いをしました。フランチェスカ様にしたことは到底許されないことです。しかし、フランチェスカ様が一度でもあなたの死を望みましたか?」
「……!」
私はハッとなった。
フランチェスカの遺言を思い出したからだ。
彼女は最後まで私を恨まなかった。
いや、恨むどころか――
「フランチェスカ様は死の直前まで陛下の幸せを願っておりました。本当にフランチェスカ様を大切に思っていらっしゃるのなら誰に何と言われようとあの方の願いを叶えてさしあげるのが今の陛下のすべきことではありませんか?」
「……」
彼女のその言葉が胸に染み込んだ。
(フランチェスカの……願い……)
侍女の言う通りだった。
長い付き合いだからこそ分かる。
優しいフランチェスカはきっと私の死を望んでいないだろう。
彼女はいつだって私のことを一番に考えてくれた。
「……」
完全に黙り込んだ私に、今度は侍従が話しかけた。
「陛下は、死ぬ際にご自身が死んだ後のことを少しでも考えましたか?」
「……いや、」
自分が死んだ後のこと。
あのときはそれどころではなかったため考えたこともなかった。
「はぁ……やっぱりそうだったのですね……」
私の答えに侍従は呆れたように言った。
「今陛下が死ねば間違いなく国は荒れるでしょうね。陛下に後継者はいないのですから。先王陛下も亡くなってしまった今、この国に直系の王族は一人もおりません」
「……」
侍従の言ったことは的を得ていた。
私が死ねばたしかに玉座を巡って争いが起きるだろう。
冷静になってみればすぐに分かることだった。
「陛下もよくご存知だとは思いますが、貴族というのは欲深い人間が多いですから。王都は血の海になるでしょう」
「……」
そこまで言うと、侍従は私を真っ直ぐに見つめた。
「――貴方の尊敬する先王陛下が豊かにしたこの国を、勝手な思い込みで滅茶苦茶にしないでください」
「……!」
それはまるで私に訴えているかのような言い方だった。
(……たしかにそうだな。こいつの言っていることは正しい)
しかし、私は――
「……だが、その父上は……私が殺した……お前も知っているだろう……?父上と母上の死因を……」
「……」
それを聞いた侍従は深く溜息をついた。
「陛下は、何故先王陛下がこれほど早く貴方に王位を譲ったのかをご存知ですか?」
「それは……母上が病気で……療養するためだろう?」
「ええ、その通りです」
そんなのは分かりきっている。
既に母上の侍女から全てを聞いていたからだ。
侍従は一体何が言いたいのだろうか。
「先代の王妃陛下は病に伏せられて王妃としての仕事が出来なくなってしまわれました。そしてその頃には先王陛下もお年を召されていて膨大な量の執務を一人でこなすのには限界がありました」
「……」
「このままでは国が機能しなくなってしまう。だから、先王陛下は――」
「……」
「――貴方たち若い世代に国を託したんですよ。自分たちはもう無理だからと」
「……!」
私に、国を託した――
侍従のその言葉が私の心に刺さった。
「ですから陛下、陛下を批判してくる人たちのために死ぬのではなく、これからは大切な方たちのために生きてみてはいかがでしょうか」
「……」
(大切な人たちのために……か)
そのときの私の頭に浮かんだのはフランチェスカと父上と母上の顔だった。
「……………その通りだな……私が間違っていたよ……悪かった………アレク」
「……久しぶりに名前を呼んでくださいましたね」
侍従はフッと笑った。
彼の笑顔を見るのはいつぶりだろうか。
少なくともフランチェスカが亡くなってからは一度も見たことがなかった。
久しぶりに見たからか、私もその笑みにつられてつい笑顔になってしまう。
「……」
不思議だった。
毒を飲んだ影響で体は未だに重いままだ。
しかし何故だかそれを感じさせないほど、爽やかな朝だった――
私は真っ暗な世界にただ一人取り残されていた。
毒を飲んだのだからここは死後の世界だろうか。
そうは思ったものの、何故だか体は動かない。
この世界に来るのももう何度目か分からない。
いつもならすぐに戻れるが、今回ばかりはそういうわけにもいかないだろう。
(……ハハッ)
思わず自嘲的な笑みが零れる。
きっと私は永遠にこの世界から抜け出せないのだ。
愚かな私には相応しい末路ではないか。
(それでも、元いたあの世界よりかはマシだ……)
私はそう思いながらもしばらくの間そこでじっとしていた。
体は動かないし、仮に動いたとしても動く気になれなかったからだ。
――しかし、そんな私に異変が訪れたのは突然のことだった。
『陛下……』
(……………何だ?誰かが私を呼んでいる……?)
暗闇の中から誰かの声が聞こえてくる。
私以外にもここに来た人間がいるのだろうか。
辺りは真っ暗で何も見えないが、声だけは変わらず聞こえてくる。
そして、その声は少しずつ大きくなっていく。
『陛下……』
(………この声はまさか……いや、そんなはずは……)
どこか聞き覚えのある声。
柔らかく、懐かしさを感じさせる声。
ずっとずっと聞きたいと願っていた声。
声はその後も段々と大きくなっていき、今度はハッキリと聞き取ることが出来た。
『レオ!!!』
「!!!」
その瞬間、辺りが突然光に包まれた。
目を開けるのも出来ないほどに眩い光。
暗闇に取り残されていた私を一瞬にして包み込んだ。
「ハッ!!!」
目が覚めると、ベッドの上にいた。
「陛下!!!」
ベッドのすぐ傍には侍従がいた。
侍従は心配そうな顔でこちらを見ていた。
(ここは……私の部屋……?)
私は上半身を起こして辺りを見回した。
毒を飲んだせいか体が少し重たかったが、それ以外には特に体の異常は見当たらない。
「ここは……私の部屋か」
見慣れた天井。
何度も見てきた光景。
間違いなく私の部屋だった。
そして外からは朝になったことを知らせる小鳥のさえずりが聞こえる。
どうやら私は次の日の朝まで眠っていたようだ。
私は生きていたらしい。
本当なら喜ぶべきなのだろうが、とてもじゃないがそのような気分にはなれなかった。
「そうか……私は……死ねなかったのか……」
侍従の前であるにもかかわらず、私は弱々しく呟いた。
「……ッ」
その言葉を聞いた侍従が拳をグッと握りしめた。
そして一歩前に出ると、私に対して声を荒げた。
「陛下はッ……!どこまで恥を曝す気ですかッ……!」
「え……?」
そう口にした侍従は何故か泣きそうな顔をしていた。
私は何故彼がそのような顔をするのかが分からなかった。
そんな私に、侍従は続けて言った。
「何故ッ!何故死のうとしたんですか!」
「……」
何故、死のうとしたか。
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。
嘘をつく理由も無かったので、私は正直に答えた。
「私は……生きる価値の無い人間だ。王だというのに誰からも慕われていない。私が死んだところで悲しむ者など一人もいない」
これは紛れも無い事実だ。
実際に私は、臣下たちに慕われるどころか侍女からも死を願われるような男である。
それに加えて王としても無能なのだから本当に救いようがない。
(……死んで当然なんだ、私は)
そんなことを考えていたそのとき、部屋の扉が突然開いた。
「――本当にそうでしょうか?」
「!?」
そこで部屋に入ってきた人物を見て驚いた。
部屋の扉を開けて立っていたのはフランチェスカの侍女であるリリアンだったからだ。
「何故君がここに……」
リリアンは私の問いには答えずにゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「陛下はたしかに愚かな行いをしました。フランチェスカ様にしたことは到底許されないことです。しかし、フランチェスカ様が一度でもあなたの死を望みましたか?」
「……!」
私はハッとなった。
フランチェスカの遺言を思い出したからだ。
彼女は最後まで私を恨まなかった。
いや、恨むどころか――
「フランチェスカ様は死の直前まで陛下の幸せを願っておりました。本当にフランチェスカ様を大切に思っていらっしゃるのなら誰に何と言われようとあの方の願いを叶えてさしあげるのが今の陛下のすべきことではありませんか?」
「……」
彼女のその言葉が胸に染み込んだ。
(フランチェスカの……願い……)
侍女の言う通りだった。
長い付き合いだからこそ分かる。
優しいフランチェスカはきっと私の死を望んでいないだろう。
彼女はいつだって私のことを一番に考えてくれた。
「……」
完全に黙り込んだ私に、今度は侍従が話しかけた。
「陛下は、死ぬ際にご自身が死んだ後のことを少しでも考えましたか?」
「……いや、」
自分が死んだ後のこと。
あのときはそれどころではなかったため考えたこともなかった。
「はぁ……やっぱりそうだったのですね……」
私の答えに侍従は呆れたように言った。
「今陛下が死ねば間違いなく国は荒れるでしょうね。陛下に後継者はいないのですから。先王陛下も亡くなってしまった今、この国に直系の王族は一人もおりません」
「……」
侍従の言ったことは的を得ていた。
私が死ねばたしかに玉座を巡って争いが起きるだろう。
冷静になってみればすぐに分かることだった。
「陛下もよくご存知だとは思いますが、貴族というのは欲深い人間が多いですから。王都は血の海になるでしょう」
「……」
そこまで言うと、侍従は私を真っ直ぐに見つめた。
「――貴方の尊敬する先王陛下が豊かにしたこの国を、勝手な思い込みで滅茶苦茶にしないでください」
「……!」
それはまるで私に訴えているかのような言い方だった。
(……たしかにそうだな。こいつの言っていることは正しい)
しかし、私は――
「……だが、その父上は……私が殺した……お前も知っているだろう……?父上と母上の死因を……」
「……」
それを聞いた侍従は深く溜息をついた。
「陛下は、何故先王陛下がこれほど早く貴方に王位を譲ったのかをご存知ですか?」
「それは……母上が病気で……療養するためだろう?」
「ええ、その通りです」
そんなのは分かりきっている。
既に母上の侍女から全てを聞いていたからだ。
侍従は一体何が言いたいのだろうか。
「先代の王妃陛下は病に伏せられて王妃としての仕事が出来なくなってしまわれました。そしてその頃には先王陛下もお年を召されていて膨大な量の執務を一人でこなすのには限界がありました」
「……」
「このままでは国が機能しなくなってしまう。だから、先王陛下は――」
「……」
「――貴方たち若い世代に国を託したんですよ。自分たちはもう無理だからと」
「……!」
私に、国を託した――
侍従のその言葉が私の心に刺さった。
「ですから陛下、陛下を批判してくる人たちのために死ぬのではなく、これからは大切な方たちのために生きてみてはいかがでしょうか」
「……」
(大切な人たちのために……か)
そのときの私の頭に浮かんだのはフランチェスカと父上と母上の顔だった。
「……………その通りだな……私が間違っていたよ……悪かった………アレク」
「……久しぶりに名前を呼んでくださいましたね」
侍従はフッと笑った。
彼の笑顔を見るのはいつぶりだろうか。
少なくともフランチェスカが亡くなってからは一度も見たことがなかった。
久しぶりに見たからか、私もその笑みにつられてつい笑顔になってしまう。
「……」
不思議だった。
毒を飲んだ影響で体は未だに重いままだ。
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