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16 ファーストダンス

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一通り貴族たちとの会話を終えた私は、ホワイト侯爵令嬢の手を取ってホールの中心へと向かった。


フランチェスカ以外の女性とダンスをするのは初めてなので、本音を言うと少し不安だった。
ただでさえコンディションが悪いというのに、上手く踊れるだろうか。


私と侯爵令嬢がホールの中心に着くと同時に、楽団による演奏が始まった。
音楽に合わせて私と侯爵令嬢がダンスをする。
繋がれた手からはまるで温もりを感じなかった。


「まぁ、何て素敵なの!」
「お似合いの二人だわ!」
「陛下はまだ二十五歳ですもの。社交界の華と謳われるレティ様と並ぶと本当に絵になりますわね」


ホールにいた貴族たちが口々に私と侯爵令嬢を褒め称えた。


実際、侯爵令嬢は非常にダンスが上手だった。
足取りは羽のように軽く、軽快なステップを踏んでいる。
侯爵令嬢が動くたびに彼女が着ている青いドレスの裾がふわりと舞い、美しさを演出している。


しかしそれでも、私はどこか違和感を感じた。
今までフランチェスカとしか踊ったことが無いからだろうか。


誰でもいいと思っていた割にはやはり彼女でなければ嫌らしい。
結局、私の心の中心にはいつだってフランチェスカがいたのだ。


「みんな私と陛下を見ているようですね」


侯爵令嬢がそう言いながら恥ずかしそうに俯いた。
男ならば誰もがここで落ちるのだろう。


「あぁ、そうだな」
「!」


私の素っ気ない態度は予想外だったのか、侯爵令嬢は一瞬だけムッとしたような顔をした。


(……感情が顔に出ているぞ)


心の中でそう思いながらも、途中で放棄するわけにもいかないため私と侯爵令嬢は音楽に合わせて踊り続ける。


「ところで陛下、一つお聞きしたいことがあるのですが」


侯爵令嬢がステップを踏みながら私に話しかけた。


「何だ?」
「――陛下は、まさかあの平民の愛人を次の王妃にするつもりではありませんわよね?」


侯爵令嬢は少し低めの声で言った。
微笑みを浮かべているが、目は笑っていない。


「……」


まさかこんなことを聞かれるとは思っていなかった。
もちろんフレイアを王妃にするつもりなど微塵も無いが、何と答えればいいのか分からなかった私は返答に詰まってしまった。


そんな私の反応を見て侯爵令嬢が笑みを深めた。


「平民が王妃なんて前代未聞ですわ。どれだけ陛下の寵愛があろうとも無理な話です。それは陛下もよく分かっていらっしゃるでしょう?」
「……あぁ」
「その愛人の方が非常に優秀な方というのであればどこかの貴族の養女にすることも出来るでしょうが……淑女教育すらついていけなくて投げ出すような方だとお聞きしましたわ」
「……どこでそれを」


私が尋ねると、侯爵令嬢はふふふと笑った。
そして、私を真っ直ぐに見つめて言った。


「――私が、王妃となって陛下をお支えいたしますわ」
「……」
「血筋、容姿、教養。どれを取っても私は他の貴族令嬢より優れています。したがって、私はこの国で最も王妃に相応しい人間かと思います」
「……」


侯爵令嬢の言っていることは間違いではない。


今現在、ウィルベルト王国に公女はいない。
そのため、侯爵家の令嬢である彼女がウィルベルト王国では最も身分の高い令嬢ということになる。


それに加えて侯爵令嬢は聡明だと聞く。
もし王妃となればたしかに私の力となってくれるだろう。


しかし、今はそれ以上に……


「……君は、本当に王妃になりたいのか?言っておくが、もしそれが自分の意志で無いのであればやめておいたほうがいい」


私がそう言うと、侯爵令嬢は何を言っているのか分からないというような顔をした。


「……?王妃になりたいかですって?そんなのは当然でしょう。貴族令嬢であれば誰もが王妃という地位に憧れるものですわ」
「……君たちにとって、私の妃というのはそれほどに価値のあるものなのか?」


私のその発言が気に障ったのか、侯爵令嬢は顔をしかめた。


「当たり前ですわ。私は幼い頃からずっと王妃になることだけを考えてきました!そのためにたくさん努力しましたわ!」
「……」


おそらく侯爵令嬢の言っていることは本当だろう。
彼女の洗練された所作とダンスの腕前を見れば一目瞭然だ。


しかし私はそれ以上に血の滲むような努力をしてきた人間を一人知っていた。


私のことを心から愛し、厳しい王妃教育に耐え、ひたすら努力し続けた。
誰もいないところで一人涙を流しながらも、決して諦めなかった。


そんな人間を近くで見てきたからか、侯爵令嬢の訴えに私の心が揺さぶられることは無かった。


(……面倒事はごめんだ。出来るだけ穏便に済ませよう)


そう思った私は、侯爵令嬢をじっと見つめて口を開いた。


「……君は先ほどからずっと私を慕っているかのような素振りを見せているが、本当は何とも思っていないだろう?」
「……!」


彼女は私の問いにハッとなって固まった。
本心を言い当てられて焦っているようだ。


彼女は気まずそうにして一度顔を背けた後、開き直ったかのように言った。


「……………ええ、そうですね。陛下の言う通りですわ。たしかに私は陛下を愛していません。ですがお父様が言っていましたわ!王妃になれば望むもの全てが手に入ると」
「仮に君が次の王妃になったとして、私が君に与えてあげられるものは何一つ無い」
「そ、そんな……!」


私の言葉に侯爵令嬢はショックを受けたような顔をした。
長年に渡って信じていたものを否定されたのだから当然だろう。


私は目に見えて落ち込む彼女にハッキリと告げた。


「私は新しい妃を迎えることは考えていない。ホワイト侯爵令嬢、君はまだ若い。きっと今からでもいい相手が見つかるだろう」
「……」


侯爵令嬢は私の言葉に俯いてじっと黙り込んだ。


(……可哀相だが、仕方ない。私がこの先ホワイト侯爵令嬢を好きになることはおそらく無いだろう。このままではフランチェスカのときと同じになるかもしれない。それだけは絶対に避けなければいけない。……犠牲になるのはもう、私だけでいい)


私はもう、誰かを不幸にしたくはなかった。
例え自分がどれだけ辛かったとしてもだ。


それからしばらくして、侯爵令嬢は顔を上げた。
そのときに私に向けた目は、最初とは打って変わって冷めきっていた。


「…………さっきから何なんですか、愛だの何だの言って。くだらないですよそういうの。私たち王侯貴族のほとんどは政略結婚です。愛は必要ありません」
「……」


彼女の言っていることも正しいため、このときの私は言葉を返すことが出来なかった。


ウィルベルト王国の貴族のほとんどは政略結婚であり、恋愛結婚で結ばれた者はほとんどいない。
そのため、夫婦仲が冷え切っているとかお互いに愛人を作っているなんてのはよくある話だ。


実際、私もそのうちの一人だったのだから。


ウィルベルト王国には今でも一夫多妻制度が根強く残っている。
貴族たちから見れば私の考えが間違っているだろう。
そんなのは分かっている。


(……だけど、私はまた同じ過ちを繰り返したくない)


そう思って口を開こうとしたそのときだった――




「――陛下だって、王妃陛下のことを愛していらっしゃらなかったじゃないですか」
「……!」


侯爵令嬢の発した言葉が、グサリと私の心に刺さった。


(……違う、私は……)


否定したいのに上手く言葉が出てこない。
私はこんなにも情けない人間だっただろうか。


「私たち貴族が何も知らないとでも思いました?私知ってるんですよ。陛下が生前の王妃陛下にどのようなことをしていたか」
「……」
「陛下はさぞかし嬉しいでしょうね、邪魔だった王妃陛下がいなくなって」


侯爵令嬢は私の反応を楽しむようにしてキャッキャッと笑った。


「………………………口には気を付けろ」


私は冷たい口調で侯爵令嬢に言った。


(……これがこの女の本性か)


どうやらレティ・ホワイトは私が想像していたよりもずっと性根の醜い女だったようだ。
美しい花には棘がある、というのはまさにこのことを言うのかもしれない。


この女とはもうこれ以上は話したくない。
頼むから何も喋らないでくれ。


心の中でそう願うものの、彼女は気にせずに言葉を続ける。



「――ねぇ陛下、王妃陛下って本当は自殺したのでしょう?」
「…………………!!!」


ダンスの最中であるにもかかわらず、体の動きが一瞬止まった。


(な、何故それを……!?)


フランチェスカが自殺したということは王宮にいる一部の人間しか知らない。
王妃が夫である国王に追い詰められて自殺したなどとてもじゃないが公表出来ないからだ。
それなのに、何故侯爵令嬢は知っているのだろうか。


動揺する私に、侯爵令嬢が追い打ちをかけるように言った。




「――それって、もう陛下が殺したも同然ですよね。結婚前にあんなこと言われたら誰だって死にたいって思いますもの」


――鈴を転がすような声でそう言った侯爵令嬢は、悪魔のような笑みを浮かべていた。


「………………!」


その瞬間、音楽がピタリと止んだ。
それに合わせて私と侯爵令嬢の動きも止まる。


ホールでは貴族たちが盛大な拍手をしながらこちらへと駆け寄ってきていた。


「陛下、レティ様。とても素敵なダンスでしたわ!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいですわ」


そう言いながら微笑む侯爵令嬢の顔からは先ほどの醜悪な笑みはいつの間にか消えていた。


(……!)


私は繋いだままだった侯爵令嬢の手をぱっと放した。
そしてそのまま人混みをかき分けてホールの外へと向かう。


「陛下!どちらへ行かれるのですか!?」
「……風に当たってくる」


私はそれだけ言って、自身に視線を送る貴族たちから逃げるようにして会場の外へと急いだ。


「ええ!そんな、陛下!」
「次は私と踊っていただきたかったのに!」


後ろで私とのダンスを望んでいた令嬢たちの嘆きが聞こえたが、何も頭に入ってこなかった。





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