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15 ホワイト侯爵令嬢
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私が会場に入ると、ホールに集まっていた貴族たちが一斉に頭を下げた。
「……」
フランチェスカが隣にいない状態でホールを歩くことなど初めてだ。
舞踏会ではいつだって彼女を同伴させていたから。
左隣が空いていることに寂しさを感じている自分がいた。
(……とっとと行ってしまおう)
そう思った私は、早足で奥にある玉座へと向かう。
早くこの舞踏会を終わらせてしまいたかったからだ。
何よりフランチェスカが隣にいない今、ゆっくりと歩く必要もない。
王妃が亡くなって間もないというのに令嬢たちはこれでもかというほど美しく着飾り、私をチラチラと見ている。
彼女たちが何を考えているのかなど言うまでもない。
空席になった王妃の椅子を本気で狙いに来ているのだ。
私とフランチェスカの夫婦仲が冷え切っていたのは社交界では有名な話だったから、私がすぐに新しい王妃を迎えると思っているのだろう。
そう考えると気分が悪くなった。
ただでさえ心身共に疲弊しているというのに、これ以上面倒事を増やさないでほしいものだ。
まぁこうなったのも全て私のせいではあるが。
玉座に到着した私は頭を下げている貴族たちに向かって言った。
「顔を上げろ」
その声で貴族たちが顔を上げた。
彼らの視線が一斉に私に刺さる。
(……頭が痛い)
私は昔から貴族たちのこの視線があまり得意ではなかった。
――顔は笑っていてもその瞳の奥には得体の知れないものが存在するのだから。
◇◆◇◆◇◆
「陛下、お誕生日おめでとうございます」
「……あぁ」
その後、玉座に座った私の元に貴族たちが祝いの言葉を述べにやって来た。
しかし今の私には何一つ頭に入ってこない。
それどころか、この空間に息が詰まりそうだ。
これなら部屋で黙々と執務をこなす方がまだマシである。
もし叶うなら、幼い頃のようにフランチェスカと二人で過ごしたかった。
彼女が誰よりも早く私の誕生日を祝いに王宮へ訪れる。
そして、二人だけの空間でお茶をしながら夢を語り合って過ごすのだ。
(………………………虚しい)
絶対に叶うことのない願い。
例え、私が今死んだとしても彼女のいる天国へは行けないだろう。
私の死後の世界は地獄だ。
フランチェスカに会う日が来ることは永遠にない。
舞踏会の最中だというのに、フランチェスカのことを考えてしまっている自分が嫌になる。
(……早くこの時間が終わらないだろうか)
そのとき、挨拶を適当に聞き流していた私に一人の貴族が声をかけた。
「陛下」
「……?」
そこで一歩前に出たのはウィルベルト王国の名門であるホワイト侯爵家の当主だった。
(……ホワイト侯爵か。面倒な相手が来たな)
ホワイト侯爵は狡猾で自分の目的のためなら手段を選ばない人間だ。
実際この男は愛人の子であったにもかかわらず、正妻の子である腹違いの兄弟を蹴落として当主になったという過去がある。
そんなホワイト侯爵は私を見つめてニヤニヤしている。
「陛下、王妃陛下がお亡くなりになられてから公務や執務を一人でこなされているとお聞きしました。そろそろ新しい王妃をお迎えになられてはいかがでしょうか?国母である王妃の座をいつまでも空席にしておくのもどうかと思いますし」
「……」
(……それが目当てか。聞く価値も無いな)
私は王妃が亡くなってすぐにそんなことを平然と言うホワイト侯爵に嫌悪感を抱いた。
前々から欲深い人間だとは思っていたがここまでだとは思わなかった。
ホワイト侯爵は不快感を露わにする私を気にも留めずに言葉を続けた。
「実はですね、私の娘が陛下のことを密かにお慕いしているそうなのです。レティ、こっちに来なさい」
「はい、お父様」
侯爵がそう言うと、後ろに控えていた侯爵の娘と思われる令嬢が前に出た。
青いドレスを身にまとい、ゆるくウェーブのかかった髪の毛をハーフアップにした美しい少女だった。
(……かなり若いな。まだ十代ではないのか?)
「国王陛下、お誕生日おめでとうございます。ホワイト侯爵家が長女、レティと申します」
ホワイト侯爵令嬢はそう言いながら美しいカーテシーをした。
洗練されている高位貴族のものだ。
その美しい容姿も相まってホールにいた貴族たちから感嘆の声が漏れた。
「……」
しかし私にはどうも心に響かなかった。
他の貴族令嬢と同じにしか見えない。
(レティ・ホワイト……どこかで聞いたことのある名前だな……)
そんなことよりも、私はレティ・ホワイトという名に聞き覚えがあった。
彼女の顔をまじまじと見つめて、ようやく気が付いた。
(あ……たしか……)
――社交界の華レティ・ホワイト
三年前に社交界デビューをした令嬢で、類稀なる美貌と洗練された美しい所作で何人もの貴族令息を虜にしたという女。
国内外問わず縁談が山のように来ているというのに未だ婚約者はいない。
貴族社会ではかなり有名な人物だった。
「とても綺麗な娘でしょう?レティはまだ十八なのですよ。陛下とは少し年が離れておりますが……まぁ政略結婚では珍しい年の差ではないでしょう。レティは優秀な娘です。王妃となった暁にはきっと陛下の力となってくれるでしょう」
「はい、もちろんですわ」
侯爵令嬢はそう言ってニッコリと笑った。
周りにいた男たちは顔を赤らめて彼女を見つめている。
どうやらかなりの令息がホワイト侯爵令嬢に骨抜きにされているらしい。
侯爵令嬢は穏やかな笑みを浮かべて私をじっと見つめている。
時折、照れたようにモジモジしたりして。
「陛下……」
「……」
私と侯爵令嬢の視線がぶつかる。
彼女と目を合わせた私は、その瞳の奥にあるものをじっと見つめてみる。
(………………………………違うな)
私はホワイト侯爵家の令嬢の目を見て、彼女は私を愛しているわけではないということが一瞬で分かった。
ただ単に王妃の座を狙っているだけだろう。
父親に王妃になれと言われたのか、それとも本当に王妃になりたいのかは分からないが、少なくとも彼女からは私に対する愛が一切感じられなかった。
侯爵令嬢は私を見つめたまま一歩前に出て言った。
「陛下、私は心から陛下のことをお慕いしております。よろしければこの後、私と一曲踊ってくださらないでしょうか」
彼女はキラキラとした眼差しで玉座に座る私を見上げて言った。
それを見たところで大して心を動かされなかったが。
「……」
突然の提案に黙り込んだ私に、ホワイト侯爵が逃げ場を無くすかのように大声で言った。
「それは良い考えだ!陛下、レティは今日陛下と踊るのを楽しみにしていたんですよ!是非とも一曲お願いします!」
「……」
周りにいる貴族たちの間で小さなざわめきが起きる。
(………………ダンスか)
私のファーストダンスの相手はいつもフランチェスカだった。
今までフランチェスカ以外の女性と踊ったことは一度も無い。
本当なら彼女以外の女とは踊りたくなかったが、今回ばかりはそうもいかない。
ホワイト侯爵は一人娘であるレティ・ホワイト侯爵令嬢を溺愛している。
簡単には引き下がらないだろう。
それにここで断るのも外聞が悪い。
正直フランチェスカがいない今、ファーストダンスの相手など別に誰だってよかった。
社交界の華と謳われるホワイト侯爵令嬢が相手なら他の貴族たちも文句は言わないだろう。
(……やむを得ない、か)
「……」
フランチェスカが隣にいない状態でホールを歩くことなど初めてだ。
舞踏会ではいつだって彼女を同伴させていたから。
左隣が空いていることに寂しさを感じている自分がいた。
(……とっとと行ってしまおう)
そう思った私は、早足で奥にある玉座へと向かう。
早くこの舞踏会を終わらせてしまいたかったからだ。
何よりフランチェスカが隣にいない今、ゆっくりと歩く必要もない。
王妃が亡くなって間もないというのに令嬢たちはこれでもかというほど美しく着飾り、私をチラチラと見ている。
彼女たちが何を考えているのかなど言うまでもない。
空席になった王妃の椅子を本気で狙いに来ているのだ。
私とフランチェスカの夫婦仲が冷え切っていたのは社交界では有名な話だったから、私がすぐに新しい王妃を迎えると思っているのだろう。
そう考えると気分が悪くなった。
ただでさえ心身共に疲弊しているというのに、これ以上面倒事を増やさないでほしいものだ。
まぁこうなったのも全て私のせいではあるが。
玉座に到着した私は頭を下げている貴族たちに向かって言った。
「顔を上げろ」
その声で貴族たちが顔を上げた。
彼らの視線が一斉に私に刺さる。
(……頭が痛い)
私は昔から貴族たちのこの視線があまり得意ではなかった。
――顔は笑っていてもその瞳の奥には得体の知れないものが存在するのだから。
◇◆◇◆◇◆
「陛下、お誕生日おめでとうございます」
「……あぁ」
その後、玉座に座った私の元に貴族たちが祝いの言葉を述べにやって来た。
しかし今の私には何一つ頭に入ってこない。
それどころか、この空間に息が詰まりそうだ。
これなら部屋で黙々と執務をこなす方がまだマシである。
もし叶うなら、幼い頃のようにフランチェスカと二人で過ごしたかった。
彼女が誰よりも早く私の誕生日を祝いに王宮へ訪れる。
そして、二人だけの空間でお茶をしながら夢を語り合って過ごすのだ。
(………………………虚しい)
絶対に叶うことのない願い。
例え、私が今死んだとしても彼女のいる天国へは行けないだろう。
私の死後の世界は地獄だ。
フランチェスカに会う日が来ることは永遠にない。
舞踏会の最中だというのに、フランチェスカのことを考えてしまっている自分が嫌になる。
(……早くこの時間が終わらないだろうか)
そのとき、挨拶を適当に聞き流していた私に一人の貴族が声をかけた。
「陛下」
「……?」
そこで一歩前に出たのはウィルベルト王国の名門であるホワイト侯爵家の当主だった。
(……ホワイト侯爵か。面倒な相手が来たな)
ホワイト侯爵は狡猾で自分の目的のためなら手段を選ばない人間だ。
実際この男は愛人の子であったにもかかわらず、正妻の子である腹違いの兄弟を蹴落として当主になったという過去がある。
そんなホワイト侯爵は私を見つめてニヤニヤしている。
「陛下、王妃陛下がお亡くなりになられてから公務や執務を一人でこなされているとお聞きしました。そろそろ新しい王妃をお迎えになられてはいかがでしょうか?国母である王妃の座をいつまでも空席にしておくのもどうかと思いますし」
「……」
(……それが目当てか。聞く価値も無いな)
私は王妃が亡くなってすぐにそんなことを平然と言うホワイト侯爵に嫌悪感を抱いた。
前々から欲深い人間だとは思っていたがここまでだとは思わなかった。
ホワイト侯爵は不快感を露わにする私を気にも留めずに言葉を続けた。
「実はですね、私の娘が陛下のことを密かにお慕いしているそうなのです。レティ、こっちに来なさい」
「はい、お父様」
侯爵がそう言うと、後ろに控えていた侯爵の娘と思われる令嬢が前に出た。
青いドレスを身にまとい、ゆるくウェーブのかかった髪の毛をハーフアップにした美しい少女だった。
(……かなり若いな。まだ十代ではないのか?)
「国王陛下、お誕生日おめでとうございます。ホワイト侯爵家が長女、レティと申します」
ホワイト侯爵令嬢はそう言いながら美しいカーテシーをした。
洗練されている高位貴族のものだ。
その美しい容姿も相まってホールにいた貴族たちから感嘆の声が漏れた。
「……」
しかし私にはどうも心に響かなかった。
他の貴族令嬢と同じにしか見えない。
(レティ・ホワイト……どこかで聞いたことのある名前だな……)
そんなことよりも、私はレティ・ホワイトという名に聞き覚えがあった。
彼女の顔をまじまじと見つめて、ようやく気が付いた。
(あ……たしか……)
――社交界の華レティ・ホワイト
三年前に社交界デビューをした令嬢で、類稀なる美貌と洗練された美しい所作で何人もの貴族令息を虜にしたという女。
国内外問わず縁談が山のように来ているというのに未だ婚約者はいない。
貴族社会ではかなり有名な人物だった。
「とても綺麗な娘でしょう?レティはまだ十八なのですよ。陛下とは少し年が離れておりますが……まぁ政略結婚では珍しい年の差ではないでしょう。レティは優秀な娘です。王妃となった暁にはきっと陛下の力となってくれるでしょう」
「はい、もちろんですわ」
侯爵令嬢はそう言ってニッコリと笑った。
周りにいた男たちは顔を赤らめて彼女を見つめている。
どうやらかなりの令息がホワイト侯爵令嬢に骨抜きにされているらしい。
侯爵令嬢は穏やかな笑みを浮かべて私をじっと見つめている。
時折、照れたようにモジモジしたりして。
「陛下……」
「……」
私と侯爵令嬢の視線がぶつかる。
彼女と目を合わせた私は、その瞳の奥にあるものをじっと見つめてみる。
(………………………………違うな)
私はホワイト侯爵家の令嬢の目を見て、彼女は私を愛しているわけではないということが一瞬で分かった。
ただ単に王妃の座を狙っているだけだろう。
父親に王妃になれと言われたのか、それとも本当に王妃になりたいのかは分からないが、少なくとも彼女からは私に対する愛が一切感じられなかった。
侯爵令嬢は私を見つめたまま一歩前に出て言った。
「陛下、私は心から陛下のことをお慕いしております。よろしければこの後、私と一曲踊ってくださらないでしょうか」
彼女はキラキラとした眼差しで玉座に座る私を見上げて言った。
それを見たところで大して心を動かされなかったが。
「……」
突然の提案に黙り込んだ私に、ホワイト侯爵が逃げ場を無くすかのように大声で言った。
「それは良い考えだ!陛下、レティは今日陛下と踊るのを楽しみにしていたんですよ!是非とも一曲お願いします!」
「……」
周りにいる貴族たちの間で小さなざわめきが起きる。
(………………ダンスか)
私のファーストダンスの相手はいつもフランチェスカだった。
今までフランチェスカ以外の女性と踊ったことは一度も無い。
本当なら彼女以外の女とは踊りたくなかったが、今回ばかりはそうもいかない。
ホワイト侯爵は一人娘であるレティ・ホワイト侯爵令嬢を溺愛している。
簡単には引き下がらないだろう。
それにここで断るのも外聞が悪い。
正直フランチェスカがいない今、ファーストダンスの相手など別に誰だってよかった。
社交界の華と謳われるホワイト侯爵令嬢が相手なら他の貴族たちも文句は言わないだろう。
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