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~王レオン視点~



「へ、陛下!大変です!!!」


執務をしていた私の部屋に、慌ただしい様子の侍従が入ってきた。


「そんなに急いでどうしたんだ?」


私は目の前で青い顔をしている侍従に尋ねた。
いつも冷静なこの男がこんなに慌てるだなんて珍しい。
何かあったのだろうか。


「そ、それが……」


侍従は相当急いでここまで来たのか、ゼェゼェと息を切らしながら言った。


「お、王妃陛下が、お亡くなりになられました……!」





「…………………なんだと?」


私は侍従の言っていたことがすぐには理解出来なかった。


(……フランチェスカが亡くなった?そんなはずはない)


彼女が亡くなっただなんて、そんな。


「おい、冗談はよせ。昨日公務で会ったが、フランチェスカは元気だったではないか。病気にかかっているわけでもない。死んだなんてそんな……」
「嘘などついておりません!!!」


侍従は声を荒げた。


「王妃フランチェスカ様が先ほど自室で毒を飲みお亡くなりになられているところを侍女が発見したそうです。どうやら自ら命を絶ったようです」
「な……に……?」


フランチェスカが自ら命を絶った。
それを聞いた私は正気ではいられなくなった。


(何故だ?何故そんなことをした?一体何が君をそんなに……)


その瞬間、私は急に息苦しくなった。
まるで私の周りだけ酸素が消えたようだ。


「今すぐ王妃の部屋へ向かう!!!」


早々に執務を切り上げて侍従と共にフランチェスカの部屋へ向かった。




◇◆◇◆◇◆




フランチェスカの部屋は、王である私の部屋からはそう遠くないのですぐに着いた。


「ううっ……ううっ……王妃陛下……!」


部屋の中では一人の侍女が顔を覆って泣き崩れていた。


(この侍女は……)


私は部屋の中で泣いている侍女に見覚えがあった。
フランチェスカが公爵令嬢だったときから仕えていた侍女だ。
名前はたしか、リリアンだったか。


その侍女は私が部屋に訪れたことにも気付かずに泣き続けている。


そして、そのすぐ傍の部屋にある大きなベッドの上には……


「フラン、チェスカ……?」


フランチェスカが横たわっていた。
生気の無い顔をした彼女はピクリとも動かない。
まるで死体のように、眠りに就いていた。


私は目の前で眠っているフランチェスカが既に亡くなっているということが信じられなかった。
いや、信じたくなかった。


(フランチェスカが死ぬはずがない……そんなこと……あるはずが……)


彼女はただ寝ているだけだと必死で自分に言い聞かせる。


途端に胸が苦しくなる。
息が出来ない。


こんな感覚は初めてだ。
今までどれだけ辛いことがあってもこんな気持ちになったことなどない。
悲しいような、苦しいような……


私はしばらくの間、その場から動けなくなっていた。


「国王陛下。こちらは王妃陛下が死の直前に陛下に宛てたものです」


そんな私に侍従が一枚の紙を差し出した。
どうやらフランチェスカが私宛てに手紙を書いたらしい。


(こんな私に、手紙を……?)


私のフランチェスカに対する扱いが褒められたものではないことは自分でも薄々気付いていた。
結婚式の直前に白い結婚を宣言するのも結婚して数日後に愛妾を迎えるのも非常識極まりない行為だろう。
しかし、あの頃の私はフレイアを手に入れるために必死だった。


私とフレイアの出会いは五年前のことだった。
私は市井にある飲食店でイキイキと働く彼女に目を惹かれた。
そしてその太陽のように輝く笑顔を見た瞬間恋に落ちた。
何故かは分からないが、あのとき彼女を一目見た瞬間強く心惹かれたのだ。


それからの私は婚約者であるフランチェスカの存在を忘れてしまうほど彼女にのめり込んだ。
別にフランチェスカに不満があったわけではない。
フレイアに惹かれただけだ。
自分でも最低な男だと思う。
しかし、当時の私はそれほど彼女に夢中だった。


平民では側室にすらなれない。
だから私はフレイアを愛妾にしようとしたが、フレイアは私が他の女性と親しくすることを嫌がった。
だからフランチェスカとは白い結婚ということにしてフレイアを愛妾にした。


フレイアを愛妾に迎えてからフランチェスカとは会うことがほとんど無くなった。
少しでも彼女に会いに行けば一体誰から聞いたのかフレイアが私を責めた。
フレイアはそういうときは必ず「もう王宮を出て行く」と言うので引き止めるのに必死だった。


だからフランチェスカとはほとんど会わないようにした。
それでも時々彼女に無性に会いたくなる時があった。
自分でも何故だか分からなかった。
私が愛しているのは、会いたいと思うのはフレイアだけなはず。


(……いや、今はそんなことを考えている場合ではないな)


今は過去に思いを馳せているときではない。
私はそう思ってすぐにフランチェスカが書いた手紙に目を通した。
彼女が自ら命を絶った真意を知りたかった。


『国王陛下へ


これを読んでいるということは、既に私は亡くなっている頃でしょう。


急にこのような真似をしてしまい、申し訳ございません。


どうか愚かな私をお許しください。


ここで少し思い出話をしましょう。


私と陛下が初めて出会ったのは五つの頃でした。


王宮の庭園でたくさん遊んだことを覚えていますか?


貴方はとても足が速くって私はいつも追いつけなくて泣いていました。


その度に貴方は私を優しく抱き締めて慰めてくださいました。


その数年後に貴方が私にプロポーズしてくださってとっても嬉しかったのですよ。


初めて貴方のパートナーとして参加した舞踏会では貴族たちに攻撃される私を守ってくださいました。


その後に踊ったファーストダンスは今でも忘れられません。


私はこの時から、この先どんなことがあろうとも貴方を一生傍で支えていこうと思ったのです。


しかし、貴方は私の他に愛する人を見つけられました。


私は貴方には幸せになっていただきたいのです。


だからどうか、私のことは忘れて愛するフレイア様と幸せになってください。


今までありがとうございました。


お慕いしておりました。


レオ。


フランチェスカ』



手紙を読み終わった私は、時が止まったかのように動けなくなった。


(……フランチェスカが私を慕っていた?それに、最後のは……)


レオというのは私の愛称で、昔フランチェスカがよく呼んでいた。
レオと呼んでいるのは私の両親とフランチェスカの三人だけだ。
フレイアですら私のことを愛称では呼んでいない。



そのとき、私の頭の中にフランチェスカと過ごした日々が走馬灯のように流れた。





『レオ!もう、足速すぎるよ!少しくらい待ってくれたっていいじゃない!』


『レオ!一緒にお茶しない?レオの好きなの用意してるの!』


『レオ!私はね、この先もずっとレオと一緒にいたい!』





そのとき私は、気づけば涙を流していた。


(フランチェスカ……!)


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