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22 旦那様の秘密 公爵家の侍女視点

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「……」


私は一人になった部屋で、奥様が出て行った窓をしばらくの間じっと見つめていた。


(本当にあんなところから出て行かれるだなんて……)


最近の奥様には驚かされてばかりだ。
あれほど愛していた旦那様と離婚したことも然り……。


――エミリア・レビンストン公爵夫人


公爵夫人としては優秀な方だが少々気が弱く、旦那様から疎ましがられている公爵家の正妻。
それが彼女の評判だった。


私はまだレビンストン公爵家に来て一年目の新人である。
初めてここへ来たときは使用人たちの奥様に対する態度にかなり驚いたものだ。
もう少し敬意を払うべきではないのかと感じて侍女長に尋ねたこともあった。
すると、とんでもない事実が明るみになった。


『ここだけの話なんだけどね……旦那様は愛する方が別にいるのよ』
『それは一体……どういう意味ですか?』


私がそう言うと、侍女長はニヤリと笑った。


『愛人よ、愛人』
『えっ、愛人は禁止されているんじゃ……』
『そうだけれど、旦那様はそちらの方を深く愛していらっしゃるからね……子供もいるし』
『子供まで……』


だから奥様のことを蔑ろにしているというわけか。
合点がいくと同時に、あの方に同情する自分がいた。


(いくら何でも口が軽すぎるのではないかしら?そんな風にしていたらすぐにでもバレてしまうわ)


侍女長によると、このことは屋敷にいる人間なら誰もが知っている事実であるとのこと。
だから貴方もよく知っておきなさいと彼女は言った。


『――奥様にはね、何をしたところで咎められることは無いの』
『……!』
『だから貴方も日々のストレス発散に利用しちゃいなさいよ。私たちは皆そうしてるんだから』
『……』


名門公爵家の深い闇を感じた。


(あのレビンストン公爵家の侍女になれるなんてと思って嬉々としてここへ来たけれど……)


――もしかすると、この公爵邸に来たのは間違いだったかもしれない。
私はここで侍女として過ごした日々を思い浮かべて、そう思わざるを得なかった。


「ハンナ!」
「……あ」


噂をすれば。
侍女長が大急ぎで私の元へとやって来た。


「旦那様からの命令よ!すぐにでも愛人のローザ様たちを公爵家に迎え入れるから準備をしなさいと!」


侍女長は何故か嬉しそうな表情で言った。


「あ、はい……分かりました……」


ということは、その愛人の方が公爵夫人になるのだろうか。
ハッキリ言ってつい先日まで平民として市井で暮らしていた人に公爵夫人としての仕事が務まるとは思えない。
奥様はとても優秀な方だったから尚更だ。


私はそんなことを考えながらも、侍女長の言う通り奥様が使っていた部屋の掃除を始めた。
どうやら愛人とそのお子さんがすぐここへ来るようだ。


(奥様がいなくなってしまうだなんて……)


実は私は他の使用人たちとは違って奥様のことがそれほど嫌いではなかった。
いつも旦那様のことを一番に考え、夫を心から愛している素敵な女性だった。
この屋敷で明らかに虐げられているというのに、彼女は文句一つ言わずに十年もの間耐えていたのだ。


決して不可能なことではないはずなのに、奥様は私たちを追い出すようなこともしなかった。
本当に優しい方だなと思う。


だからこそ、奥様のいなくなったこの部屋に少し寂しさを感じた。


(今のうちに退職願を出しておくべきかしら……?)


奥様を蔑ろにして愛人を正妻にしようとしているレビンストン公爵家に未来など無いのかもしれない。
このときの私は、誰よりも早くそんなことを感じ始めていた。





――――――――――――――――――


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