上 下
16 / 113

16 逆襲

しおりを挟む
数日後、お兄様から手紙の返事が来た。
手紙にはこちらで調べておく、助けてやれなくて悪かったという文が書かれていた。


(お兄様……)


この十年間、お兄様を始めとした家族たちはレイラと同じく何度も私を気にかけてくれた。
彼らから離婚を勧められることも一度や二度ではなかった。
しかしそのたびに私はオリバー様を愛しているからと全て断っていた。


みんなに非などない。
全ては過去の愚かな自分のせいなのだから。


そして手紙には、オリバー様との話し合いの場に自分も同席しようかという提案があったが、それはハッキリと断りを入れるつもりだ。
最後の最後くらい、ハッキリと自分の口で彼に別れを告げたかったから。
私は兄にお礼の手紙を書いた後、ドサリとベッドサイドに座り込んだ。


(それにしても暇ね……)


少なくとも、お兄様が証拠を掴んでくるまでの間は公爵邸にいなければならない。
憂鬱で仕方なかったが、これもあと少しの辛抱なのだと思えば耐えられる。


(その間に何をしようかしら……)


悩みに悩んだ末、私は一度部屋を出ることにした。


「ふぅ……」


やはり自室に籠りきりというのはあまり良くない。
本当なら前のように外出したいが、公爵夫人という立場ゆえそう簡単にはいかなかった。
とりあえず私は屋敷内をぶらぶらした。


少し歩いたところで、私に話しかけてきた人物がいた。


「奥様!!!」
「……?」


突然の大声に振り向くと、そこには公爵邸の侍女長が立っていた。
何故だか顔を真っ赤にしている。


(……何かしら?)


レビンストン公爵邸の侍女長は最も私に対して当たりが強い人物だった。
私が何かをするたびにもっと公爵夫人としての自覚を持てだの何だの言ってくるのだ。
あのときは良き公爵夫人になるため素直に従っていたが、正直今思えばかなり鬱陶しい。


(……何より、もう従う必要はどこにもない)


全てが思い通りにいくと思えば大間違いだ。
侍女長はそんな私の心境の変化に気付いていないようで、いつものように私を叱りつけた。


「最近うちの侍女を理不尽な理由で叱ったそうですね?他の侍女が目撃したそうです」
「……」


(なるほど、あのことか)


どうやらあれを見ていた人間がいたようだ。
これは面倒なことになった。


(いつもならオロオロして謝罪しているところね……)


しかし、私はもう彼らの思っているような弱気な人間ではない。


「理不尽な理由だなんて……私はただ生意気な態度を取っていた侍女を咎めただけだわ」
「目撃した侍女によると、目に涙を溜めて体が小刻みに震えていたそうです。可哀相だとは思わないのですか?」
「……」


そう言いながら、侍女長は口元に下卑た笑みを浮かべていた。


(可哀相……か)


きっと彼女が本当に可哀相だと思っているのはその侍女ではなく、夫から愛されず使用人たちからも疎まれている私の方だろう。
こんな人間が名門公爵家の侍女長とは。
私の夫は本当に人を見る目が無い。


私は自分を見てニヤニヤする侍女長を真っ直ぐに見据えた。


「貴方はいつから私に説教出来るほど偉くなったのかしら?」
「なッ……!?」
「貴方が今やるべきことは公爵夫人である私のお説教ではなくその侍女を教育し直すことではなくって?叱る相手を間違えていると思うのだけれど」
「何を言って……」


言い返す私を見て、侍女長は信じられないといったような顔をした。
彼女もまた私の変化に驚いているようだ。


「そうね、そんなに誰かを説教したいのであれば……いっそ侍女を辞めて家庭教師にでもなったらどうかしら?それならいつでも人を叱ることが出来るわよ?」
「……!」


私は嫌味をたっぷり込めて侍女長に反撃した。
しかし彼女は流石と言うべきか、この程度では折れなかった。


「旦那様の寵愛も得られない惨めな女のくせして……!」
「……」


ただの暴言である。
他の邸だと一発でクビになる発言だ。


私は表情を変えずに反論した。


「旦那様の寵愛?必要無いわ、そんなもの。もう欲しいとも思わないもの」
「な、何ですって!?自分が何を言っているか、分かっていらっしゃるのですか!?」


自分が何を言っているか分かっているのか、だなんて。
その言葉を彼女にそっくりそのまま返したいところである。


そこで私は少々大げさな演技をした。


「ええ、必要無いわ。だって私には公爵夫人という地位があるもの!公爵夫人ってすごいのよ?この邸の中で旦那様の次に偉いの!それこそ――しがない子爵家出身の侍女長一人いつでも追い出すことが出来るくらいにね」
「……!」


侍女長は余程悔しかったのか、ぐぬぬ……と唇を噛んだ。
完全に言い負かすことが出来たと思ったが、彼女は何とこれでも諦めなかった。


「旦那様に言いつけますよ……!」
「……!」


今度はそう来たか。
図太いメンタルだ。


(オリバー様に……ねぇ)


困ったら何でもあの人に言いつければどうにかなるとでも思っているのだろうか。
しかし、彼女には悪いが私の答えはもう既に決まっている。


私は侍女長に一歩近付いて自身より背の低い彼女をじっと見下ろした。


「――好きになさい」


それだけ言うと、呆然とする彼女から背を向けて部屋へと戻った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

処理中です...