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二章

閑話 公爵令嬢が死んだ後⑨―フルール公爵編―

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その日、私はいつものように公爵邸の執務室で仕事をしていた。


「……」


普段と何一つ変わらない、平凡な日常。
ただただ機械のように執務をこなすだけの時間。
仕事の量が多くても少なくても、難しくてもそうでなくても特に何も感じない。


(……)


別に珍しいことではない、二十年近く前からずっとそうだ。
いや、もしかすると生まれたときから私は感情の無い人間だったのかもしれない。
今となってはもう、昔の記憶など思い出せないが。


この公爵邸には色々な思い出が詰まっている。
剣術に長けていて誰よりも強かった父親、聡明で優しかった母親、親切にしてくれた使用人たち。
他には――


(……何だ)


あと一人、誰かがいたような。
私は何かとても大事なものを忘れているような気がする。


今に始まったことでは無かったが、最近になって強くそんなことを考えるようになった。
ただでさえ記憶力の良い私が大切なことを忘れるだなんて、そんなのあるはずないのに。
だけど、やはり何か――


「ウッ……!」


その瞬間、酷い頭痛が私を襲った。
顔をしかめ、思わず頭を抱えてしまうほどの痛み。


(クソッ……一体何なんだ……)


二十年近く前から不定期に訪れるこの頭痛。
王国内でも名医と呼ばれる医師を何人もあたったが、結局今の今まで原因は分からずじまいだ。


(……薬を持って来させよう)


そう思い、机の上にあった呼び鈴を鳴らそうとしたそのときだった――


「旦那様!大変です!」
「……?」


慌ただしい様子で執事が部屋に入ってきた。


「……どうした」
「そ、それが……」


彼は今にも泣きそうな顔をしており、後ろにいた侍女に関しては手で顔を覆って涙を流している。


(何だ、何が起こっている)


そういえば泣いたことなんて幼い頃以来無かったかもしれないな。


「旦那様……セシリアお嬢様……いいえ、王太子妃様がお亡くなりになられたそうです……」
「……何だと?」


それを聞いたとき、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。


(亡くなった?セシリアが?)


セシリアとは私のたった一人の娘のことだ。
しかし娘とはいっても父親らしいことなど一度もしたことが無かった。


何故かあの子を見るたびに辛い気持ちになるし、誕生日の日には必ずと言っていいほど体調を崩してしまっていたから。
きっとセシリアも私のことを父とは思っていないだろう。


「だ、旦那様……」
「あ……」


何故だか分からない。
気付けば、私の頬を一筋の涙が伝っていた。


(何故だ?私は何を泣いている?)


自分でもわけが分からず、困惑した。
しかし一度流れた涙は止まらなかった。


そして、涙で濡れた視界にある人物の姿が映った。


『――オリバー様』


美しい金髪に、セシリアによく似た緑の瞳。
思わず見惚れてしまうような微笑みを浮かべている。


(お、お前は……誰なんだ……?)


見たことがあるような無いような。
知っているような知らないような。


それと同時に先ほどの頭痛が何倍にもなって私を襲った。


「ウ……ウウッ……」
「旦那様!!!」


よろめいた私を使用人がさっと支えた。
しかし頭痛は収まらない。


「旦那様、大丈夫ですか!」


使用人の声がだんだんと遠のいて行く。
視界が真っ暗になる。


――そこで私は、意識を失った。


再び目覚めると、全く知らない場所にいた。


『オリバー様……』


金色の髪をした女神が私の手を引いている。
夢なら一生覚めないでほしい。
そう思ってしまうほど心地の良い空間だった。




***



フルール公爵オリバーは娘の訃報を聞き、倒れた。
その後昏睡状態となり、二度と目を覚ますことは無かったという。


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