71 / 127
二章
ある少年との出会い 王妃エリザベスside
しおりを挟む
彼との出会いは本当に偶然だった。
友人のいない私のすることと言えば、王宮にある庭園を散歩することくらいだった。
それも一人で。
幼い頃は母親と一緒に歩いていたが、母亡き今私の隣を歩いてくれる人は誰もいない。
(ここにいると、何だかお母様を思い浮かべてしまうのよね……)
母親との思い出が詰まった場所だった。
行くとどうしても辛い記憶が蘇ってくるが、それでもここにしか私の居場所は無かった。
王宮にいる使用人たちは令息令嬢たちと一緒で私を怖がっているようだったから。
「本当に私は……何のために生きているのかしら」
母が好きだった薔薇の花を手に取って一人ポツンと呟いた。
夢も無ければ、生きる糧になるほどの愛する人もいない。
ただお父様のために、国のために感情を殺して道具になるのだ。
(きっとお母様も私と同じ気持ちだったに違いないわ)
私の母も元はと言えばここでは無い別の国の王女だった。
十五歳の頃に父との政略結婚が決まり、十八歳でこの国に嫁いだのだという。
あんなにも冷たい父親が結婚相手だというのに、母は逃げなかった。
自分の幸せよりも国のことを考えたのだろう。
暗い顔で庭園を散歩していたそのとき、突然ガサガサという物音がした。
てっきり一人だと思っていた私はビクリとなった。
(誰かいるの……?)
音のした方を覗いてみると、ちょうどこちらを向いていた茶色の瞳と目が合った。
「!?」
慌てて物陰に隠れようとしたが、もう遅かった。
私と目の合った少年は、物珍しそうにこちらを見つめている。
(ど、どうしよう……)
王女と出会ったというのに挨拶もせず顔を凝視するなど無礼極まりない行為だが、今の私にはそれを咎める余裕すらなかった。
私と家族以外の人間と目を合わせたことなんてほとんど無い。
誰もが冷たい瞳に怖がって先に目を逸らしてしまうから。
しばらく私をじっと見つめていた彼だったが、突然ハッとなって礼を取った。
「あ!申し訳ございません!王女殿下!ご挨拶が遅れてしまいました!」
「……」
(若いわね……私と同い年くらいかしら……?)
私は彼に会ったことが無い。
生まれたときからずっとこの宮殿にいるが、初めて見る顔だ。
「――王女殿下にご挨拶申し上げます。王女宮で庭師をしているマークと申します」
「マーク……」
やはり聞いたことの無い名前だった。
新しくここに配属された庭師だろうか。
(何か……変な人ね……)
満面の笑みでこちらを見るマークに、物珍しさを覚えた。
こんな風に接してくれる人なんて、家族以外には誰もいなかった。
挨拶だけ受けたらすぐにここを去ろうと思った。
「王女殿下はよくこちらに来られるのですか?」
「え、ええ……そうね……」
しかし、マークは怖がるどころか笑顔で私に話しかけてきたのだ。
(これじゃここから立ち去れないじゃない……)
そう思っているうちにも、彼との会話は続く。
「殿下、あの花の名前を知っていますか?」
「い、いいえ……知らないわ……」
「あれはですね――」
積極的に話しかけてくる彼に押され、私はかなりの時間をそのマークという少年と過ごしてしまった。
(この後授業があってこんなことしてる場合じゃないのに……!)
心の中では彼に毒を吐いていた。
だけど、不思議だった。
何故だか、それほど嫌な気分にはならなかったのだ。
友人のいない私のすることと言えば、王宮にある庭園を散歩することくらいだった。
それも一人で。
幼い頃は母親と一緒に歩いていたが、母亡き今私の隣を歩いてくれる人は誰もいない。
(ここにいると、何だかお母様を思い浮かべてしまうのよね……)
母親との思い出が詰まった場所だった。
行くとどうしても辛い記憶が蘇ってくるが、それでもここにしか私の居場所は無かった。
王宮にいる使用人たちは令息令嬢たちと一緒で私を怖がっているようだったから。
「本当に私は……何のために生きているのかしら」
母が好きだった薔薇の花を手に取って一人ポツンと呟いた。
夢も無ければ、生きる糧になるほどの愛する人もいない。
ただお父様のために、国のために感情を殺して道具になるのだ。
(きっとお母様も私と同じ気持ちだったに違いないわ)
私の母も元はと言えばここでは無い別の国の王女だった。
十五歳の頃に父との政略結婚が決まり、十八歳でこの国に嫁いだのだという。
あんなにも冷たい父親が結婚相手だというのに、母は逃げなかった。
自分の幸せよりも国のことを考えたのだろう。
暗い顔で庭園を散歩していたそのとき、突然ガサガサという物音がした。
てっきり一人だと思っていた私はビクリとなった。
(誰かいるの……?)
音のした方を覗いてみると、ちょうどこちらを向いていた茶色の瞳と目が合った。
「!?」
慌てて物陰に隠れようとしたが、もう遅かった。
私と目の合った少年は、物珍しそうにこちらを見つめている。
(ど、どうしよう……)
王女と出会ったというのに挨拶もせず顔を凝視するなど無礼極まりない行為だが、今の私にはそれを咎める余裕すらなかった。
私と家族以外の人間と目を合わせたことなんてほとんど無い。
誰もが冷たい瞳に怖がって先に目を逸らしてしまうから。
しばらく私をじっと見つめていた彼だったが、突然ハッとなって礼を取った。
「あ!申し訳ございません!王女殿下!ご挨拶が遅れてしまいました!」
「……」
(若いわね……私と同い年くらいかしら……?)
私は彼に会ったことが無い。
生まれたときからずっとこの宮殿にいるが、初めて見る顔だ。
「――王女殿下にご挨拶申し上げます。王女宮で庭師をしているマークと申します」
「マーク……」
やはり聞いたことの無い名前だった。
新しくここに配属された庭師だろうか。
(何か……変な人ね……)
満面の笑みでこちらを見るマークに、物珍しさを覚えた。
こんな風に接してくれる人なんて、家族以外には誰もいなかった。
挨拶だけ受けたらすぐにここを去ろうと思った。
「王女殿下はよくこちらに来られるのですか?」
「え、ええ……そうね……」
しかし、マークは怖がるどころか笑顔で私に話しかけてきたのだ。
(これじゃここから立ち去れないじゃない……)
そう思っているうちにも、彼との会話は続く。
「殿下、あの花の名前を知っていますか?」
「い、いいえ……知らないわ……」
「あれはですね――」
積極的に話しかけてくる彼に押され、私はかなりの時間をそのマークという少年と過ごしてしまった。
(この後授業があってこんなことしてる場合じゃないのに……!)
心の中では彼に毒を吐いていた。
だけど、不思議だった。
何故だか、それほど嫌な気分にはならなかったのだ。
163
お気に入りに追加
5,910
あなたにおすすめの小説
【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。
たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。
だけど今回は無理だった。
突然の婚約。
え?なんで?嫌だよ。
幼馴染のリヴィ・アルゼン。
ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの?
好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。
なのに気がつけば結婚させられて……
意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。
戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。
なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて……
「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。
リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど……
◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。
申し訳ありません。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
【完結】浮気された私は貴方の子どもを内緒で育てます 時々番外編
たろ
恋愛
朝目覚めたら隣に見慣れない女が裸で寝ていた。
レオは思わずガバッと起きた。
「おはよう〜」
欠伸をしながらこちらを見ているのは結婚前に、昔付き合っていたメアリーだった。
「なんでお前が裸でここにいるんだ!」
「あら、失礼しちゃうわ。昨日無理矢理連れ込んで抱いたのは貴方でしょう?」
レオの妻のルディアは事実を知ってしまう。
子どもが出来たことでルディアと別れてメアリーと再婚するが………。
ルディアはレオと別れた後に妊娠に気づきエイミーを産んで育てることになった。
そしてレオとメアリーの子どものアランとエイミーは13歳の時に学園で同級生となってしまう。
レオとルディアの誤解が解けて結ばれるのか?
エイミーが恋を知っていく
二つの恋のお話です
【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜
たろ
恋愛
この話は
『内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』
の続編です。
アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。
そして、アイシャを産んだ。
父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。
ただアイシャには昔の記憶がない。
だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。
アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。
親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。
アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに……
明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。
アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰?
◆ ◆ ◆
今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。
無理!またなんで!
と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。
もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。
多分かなりイライラします。
すみません、よろしくお願いします
★内緒で死ぬことにした の最終話
キリアン君15歳から14歳
アイシャ11歳から10歳
に変更しました。
申し訳ありません。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
【完結】今日も女の香水の匂いをさせて朝帰りする夫が愛していると言ってくる。
たろ
恋愛
「ただいま」
朝早く小さな声でわたしの寝ているベッドにそっと声をかける夫。
そして、自分のベッドにもぐり込み、すぐに寝息を立てる夫。
わたしはそんな夫を見て溜息を吐きながら、朝目覚める。
そして、朝食用のパンを捏ねる。
「ったく、いっつも朝帰りして何しているの?朝から香水の匂いをプンプンさせて、臭いのよ!
バッカじゃないの!少しカッコいいからって女にモテると思って!調子に乗るんじゃないわ!」
パンを捏ねるのはストレス発散になる。
結婚して一年。
わたしは近くのレストランで昼間仕事をしている。
夫のアッシュは、伯爵家で料理人をしている。
なので勤務時間は不規則だ。
それでも早朝に帰ることは今までなかった。
早出、遅出はあっても、夜中に勤務して早朝帰ることなど料理人にはまずない。
それにこんな香水の匂いなど料理人はまずさせない。
だって料理人にとって匂いは大事だ。
なのに……
「そろそろ離婚かしら?」
夫をぎゃふんと言わせてから離婚しようと考えるユウナのお話です。
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
【完結】わたしはお飾りの妻らしい。 〜16歳で継母になりました〜
たろ
恋愛
結婚して半年。
わたしはこの家には必要がない。
政略結婚。
愛は何処にもない。
要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。
お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。
とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。
そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。
旦那様には愛する人がいる。
わたしはお飾りの妻。
せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる