上 下
56 / 127
二章

王妃陛下の元へ

しおりを挟む
「じゃあ、早速母上のところに行くか」
「え、早くないですか!?」


驚く私に、殿下は冷静に言った。


「父上がまたいつお前に手を出そうとするか分からない。あの人は馬鹿ではないからな。罠を仕掛けてくるかもしれない。今から動かないと危険だ」
「た、たしかに……」


殿下の言っていることも一理ある。
が、しかし――


(本当に王妃陛下が協力なんてしてくれるのかしら……)


私はエリザベス王妃陛下のことをよく知っている。
気位が高く、あまり人を寄せ付けないタイプの方だった。


(それこそ、実の息子である殿下ともそれほど親しくしているようには見えなかったわ……)


私は横にいる殿下の横顔をじっと見つめた。
もしかすると、彼も私と同じ境遇にいたのかもしれない。
母を早くに亡くし、父親に放っておかれている私と。


「セシリア、行こう」
「……はい、殿下」


私は彼が差し出した手にそっと自分の手を重ねて部屋を出た。
こんな風にエスコートをされるのは初めてかもしれない。
こういう殿下の小さな気遣いはとても嬉しいけれど、胸の鼓動が速くなってしまうのは恥ずかしい。
彼に聞こえてしまっていないか、どうしても不安になってしまうから。


「王妃陛下がいる場所は知っているのですか?」
「ああ、この時間母上はいつも庭でお茶をしている」


どうやら庭まで行くようだ。


(殿下は王妃陛下に何て言うつもりなんだろう……)


そう思うと同時に、情けない自分に嫌気が差した。
私はいつだって彼に助けてもらってばかりで何も出来ない。
殿下はお前はそれでいいんだと笑い飛ばしてくれるのだろうが、私はそんな自分が嫌だった。


(勉強以外は何も出来ない女……とはまさに私のことね)


二度目の人生、前世よりかは成長しているかと思ったが人間の本質はそう簡単に変わらないらしい。


「――セシリア、庭に着いたぞ」
「あ……」


手を繋いでいた殿下から声がかかった。
到着したようだ。


「何だ、ボーッとしていたのか?」
「はい……」


素直に頷くと、殿下はクスリと笑った。
彼のそんな優しい笑みは未だに慣れない。
美しすぎて、この世の者とは思えないというか。


庭に入ると、美しい花々が視界に入った。


(綺麗……)


公爵家の離れにある庭園もとても綺麗な場所だったが、ここも負けていない。
殿下の話によると、この場所は何とエリザベス王妃陛下が直々に管理しているらしい。
花が好きなのだろうか、何だか意外だ。


(王妃陛下はどちらにいるんだろう……?)


私は庭園の中をキョロキョロと見渡した。


「!」


王妃陛下は庭園に設置されたガゼボでお茶をしている最中だった。
後ろには侍女と護衛騎士が一人ずつ控えている。
お茶を一口飲んだ王妃陛下は、花を見て穏やかな笑みを浮かべていた。


(王妃陛下って……あんな顔するんだ……)


舞踏会で国王陛下の隣に控えているエリザベス王妃陛下は滅多に笑わず、冷たい雰囲気をお持ちの方だった。
しかし、今の王妃陛下は違う。
優雅で気品に溢れていて、そこにいつも見せる冷たさは一切感じられなかった。
元々の美貌も相まって、その姿はとても美しいものだった。


「母上だな」
「はい」


殿下も王妃陛下に頼みごとをするとなって緊張しているのか、いつもより少しソワソワしている。


「殿下、大丈夫ですか?」
「ああ……そうだな……」


心配になって声を掛けるも、殿下は曖昧な言葉を返した。


(殿下も緊張とかするのね……)


普段の殿下からは想像もつかない姿だった。
息を整えた彼が、決心したかのように言った。


「じゃあ、行くか」
「はい」


私と殿下は王妃陛下に向かってゆっくりと大きな歩幅で歩き出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】今日も女の香水の匂いをさせて朝帰りする夫が愛していると言ってくる。

たろ
恋愛
「ただいま」 朝早く小さな声でわたしの寝ているベッドにそっと声をかける夫。 そして、自分のベッドにもぐり込み、すぐに寝息を立てる夫。 わたしはそんな夫を見て溜息を吐きながら、朝目覚める。 そして、朝食用のパンを捏ねる。 「ったく、いっつも朝帰りして何しているの?朝から香水の匂いをプンプンさせて、臭いのよ! バッカじゃないの!少しカッコいいからって女にモテると思って!調子に乗るんじゃないわ!」 パンを捏ねるのはストレス発散になる。 結婚して一年。 わたしは近くのレストランで昼間仕事をしている。 夫のアッシュは、伯爵家で料理人をしている。 なので勤務時間は不規則だ。 それでも早朝に帰ることは今までなかった。 早出、遅出はあっても、夜中に勤務して早朝帰ることなど料理人にはまずない。 それにこんな香水の匂いなど料理人はまずさせない。 だって料理人にとって匂いは大事だ。 なのに…… 「そろそろ離婚かしら?」 夫をぎゃふんと言わせてから離婚しようと考えるユウナのお話です。

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。

window
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。 「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。 関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。 「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。 「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。 とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

処理中です...