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一章

閑話 公爵令嬢が死んだ後③―グレイフォード編―

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それから俺と男爵令嬢は、まるで相思相愛の恋人同士であるかのように振舞った。


「セシリア様のためになるならと引き受けましたがちょっと気持ち悪いですね、これ」
「そう思ってるのはお前だけじゃないから安心しろよ」


実際には令嬢たちが羨むようなことは一回もしたことがないが。
ただ単に二人で一緒にいるだけだ。


そうしているうちに、次第に俺と男爵令嬢の関係は平民たちの間で「真実の愛」と言われるようになった。
男爵令嬢は不快そうな顔をしていたが、むしろ好都合だ。


これでセシリアが婚約破棄を望んでくれればいいのだが。
彼女が俺と男爵令嬢の逢瀬を見て傷ついた顔をするたびに俺の胸は苦しくなった。
しかし、こうするしか方法は無い。
俺はそんな彼女を無視して、男爵令嬢との演技を続けた。
この気持ちの正体にも気付かずに――



***



そして俺は今日も王宮でマリア・ヘレイスとお茶会をしている。


「セシリア様、今日もとってもお美しいです。それにしてもこんなダメ王子のどこがいいのでしょうか。早く婚約破棄をしてもっとセシリア様を大事にしてくださる殿方と婚約を結び直すべきです」
「……」


深く関わるようになってから分かったことだが、こいつは男爵令嬢にもかかわらずかなり無礼な女だった。
マナーがなっていないというわけではないが、なかなかにキツい言葉を浴びせてくる。


「……そうだな」


まぁ、別に間違ったことは言っていないからとりあえず肯定しておいた。



***



結局俺とセシリアは結婚してしまった。
最後の最後まで彼女は婚約破棄を望まなかったらしい。
何故だ、と思いながらも俺は彼女との結婚式に臨んだ。
ウエディングドレスを着たセシリアはまるで女神のように美しかった。


そして、その後の初夜。
せっかく嫁いできたのだから初夜を無視するわにはいかない。
俺はセシリアの部屋へ向かおうとした。


しかし、その日にちょうど父である国王からとんでもない量の仕事を押し付けられたのだ。
「終わるまで執務室を出るな」という言葉と共に。
部屋の前に見張りまで付けられたため、こっそり抜け出すことも出来なかった。


これはとてもじゃないが、一日で終えられる量ではない。
このとき、俺は父のセシリアに対する執着を恐ろしく感じた。


他の誰かに渡すつもりはないということか。
俺がセシリアに触れたら、あの男は本当に何をするか分からない。
俺を殺して彼女を監禁するかもしれない。
ただただ恐ろしかった。


そしてそれだけではなかった。
父は周りの使用人に命じ、セシリアを冷遇するようにした。
彼女の味方を失くすことで自分に執着してほしかったのだろう。


俺はそんな狂気じみた父を見て、ついに覚悟を決めた。
――実の父を、この手で断罪しようと。


セシリアを俺から引き離すのが無理ならば、父王を王宮から追い出せばいい。
そうすれば彼女はこの先の人生を穏やかに暮らすことが出来る。
俺の傍に残ってはくれなくなるかもしれないが、仕方が無い。
彼女の幸せが何よりも大事だったから。


そのことを決めた俺は、早速父の犯した罪を調べようと思った。
だが俺とマルクの二人は忙しく、なかなかその時間を取ることが出来なかった。


そんなときに思い浮かんだのがあの女、マリア・ヘレイス男爵令嬢だった。
俺は男爵令嬢を王宮へ呼び寄せ、協力を要請した。
この女は男爵令嬢ではあるがマナーはしっかりしているし、聡明な女だった。


男爵令嬢が俺の執務室に頻繁に出入りしていると怪しまれるので、表向きは「愛妾」として王宮に住まわせた。
彼女はセシリアに会えるのが嬉しいのか即受け入れた。
それだけじゃない。
この女は自分が怪しまれないように馬鹿のふりまでしていた。


(用意周到なヤツだな……)


もちろんその間、男爵令嬢には指一本触れていない。
あっちも御免だろう。



***



マリア・ヘレイスは俺が思っていたよりも優秀な女で、父が犯した罪を次々に明らかにした。


(あの男……こんなことまでしていたのか……)


これでようやく彼女の平穏を脅かすアイツを断罪出来ると思ったが、一つ問題があった。
それは、父王がやったという決定的な証拠が無かったことだ。
俺とマルク、そして男爵令嬢はそれに頭を悩ませた。


そんなときだった。
事件が起こったのは。



男爵令嬢が何者かに襲撃されたらしい。
すんでのところで騎士が駆け付け、令嬢は無傷だったそうだが。
その後すぐに男爵令嬢が俺の元へとやって来た。


「殿下、王宮ではセシリア様がやったのではないかという噂が流れています。ですがきっとセシリア様は犯人ではありません」
「分かっている。これを計画した犯人はきっと――――父上だな」


これを計画したのは間違いなく父王だ。


「あのお方はそこまでしてセシリア様を自分に執着させたいのでしょうか」
「……多分な」


男爵令嬢は国王に対する嫌悪感を隠さなかった。


父上はきっとこの件でセシリアを廃妃にするつもりだろう。
罪を犯し、廃妃になったセシリアに帰る場所などない。
公爵家はもちろん彼女を見捨てるだろう。
頼れる人は誰もいない。


そんなときに、自分だけが彼女に手を差し伸べたらどうなるだろうか。
きっとセシリアは自分を心から愛するに違いない。
そんな醜悪な考えが見て取れた。


「殿下、どうするおつもりですか?このままではセシリア様が……」


男爵令嬢が不安げな表情で俺に尋ねた。
俺の答えは既に決まっている。


「騒動が収まるまではセシリアを自室に軟禁させる!誰一人、彼女に指一本触れさせやしない!」


そうして俺はセシリアの元へと向かい、彼女を自室に軟禁しようとした。
しかし――


セシリアは、俺の目の前で自ら命を絶ってしまった。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。


その後のことはよく覚えていない。
ただただ自身に対する嫌悪感と情けなさだけが心の中を占めた。


俺のせいだ。
俺がセシリアを追い詰めたんだ。
もっと早く、父王を断罪できていれば。


そんな思いがしきりに溢れてくる。


俺が、俺が彼女を――



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