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一章

殿下vs陛下

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「殿下……」
「グ、グレイフォード!?何故お前がここにいるんだ!」


国王陛下は突如現れた殿下を見て狼狽えていた。
殿下は相変わらず陛下を冷たい瞳で見つめている。


(殿下……)


彼の腕の中に閉じ込められて胸がトクンと高鳴った。
こうしていると、先ほどまでに感じていた恐怖心が瞬く間に消えていった。


そして私も軽蔑を込めた眼差しで国王陛下を見た。
殿下は私を片腕で抱きしめたまま口を開いた。


「変だと思ったんです。突然貴方にとんでもない量の仕事を押し付けられたんですから」
「仕事……?」


殿下が何を言っているのか私にはよく分からないが、何故だか陛下はそれを聞いて青褪めた顔になった。


「それで少し調べてみたら陛下……まさか貴方が私の名前を使ってセシリアを呼び出していたとは……」
「え!?」


私は驚きのあまり声を上げた。
私を呼び出したのは殿下ではなかったのか。


(殿下じゃないってことは……)


私は目の前で悔しそうに唇を噛んでいる陛下をチラリと見た。
どうやら私は罠に嵌っていたようだ。


(いくら私がお茶会に参加しないからって殿下の名前を騙るだなんて!)


陛下でなければ極刑に課せられるほどのことだ。


「ち、違うんだ、セシリア……これは誤解だ……」
「何が誤解だとおっしゃるのですか?」


今さら誤魔化したところでもう遅い。
陛下の焦ったようなその表情が全てを物語っていたから。
やましいことが何も無い人間はあんな顔をしたりはしない。


「殿下の名前を使って私を呼び出すだなんて――私は貴方を軽蔑します」
「……ッ!」


陛下は酷く傷付いたような顔をした。


「陛下、私が今後貴方に望むのは二つだけです」
「……」
「今後、二度とセシリアに近付かないでください」
「……」


陛下は黙り込んでいた。


「そして……」


殿下は少し間を空けた後、陛下にハッキリと告げた。


「――今すぐ、私とセシリアの前から消えてください」
「……!お前は実の父親に何てことを言うんだ!」


陛下は激昂した。


「長年セシリアを蔑ろにしていたくせに今になって好きになったとでもいうのか!?セシリア!そんな男は早く忘れて私のところに来るんだ!」
「嫌です」


こちらに向かって手を伸ばそうとする陛下に、私はキッパリと断りを入れた。


「何故だ!何故未だにそのような男を……!」
「――殿下は貴方とは違う人です!」
「……何?」


陛下の眉がピクリとした。


「殿下と貴方を一緒にしないでください」
「……冗談だろう?」
「セシリア……」


殿下が目を丸くして私を見下ろした。
彼が私を見る瞳には、先ほどまで陛下を見ていたような冷たさは無い。


(まぁ、蔑ろにされたのは事実だけれどね)


少なくとも、何か理由があったんじゃないかって今の私はそう思っている。
だって殿下は根っからの悪人では無かったから。
そして、出来ることならそれを彼の口から聞きたかった。


陛下はショックを受けたような顔でじっとしていた。
殿下はそんな陛下にトドメを刺した。


「だからさっきからずっと言っているではありませんか。陛下――今すぐここから消えろ」
「……!」


彼は異様なまでに低い声と鋭い視線で陛下を制圧した。
陛下は肩をビクリと震わせた。


「クソッ、覚えていろよ……セシリアのことは諦めないからな!」
「……」


陛下はハッキリとそう言うと、背を向けてこの場を立ち去って行った。
一方殿下は、陛下が完全に見えなくなるまでその後ろ姿を暗い表情で見つめていた。


(殿下……)


私は陛下が去っても抱き締めたままの殿下に声をかけた。


「殿下」
「……!」


そこで殿下はそのことに気付いたのか、ようやく私を腕から解放した。


(……もう少しそうしていてくれても良かったのに……)


そうは思ったものの、気持ち悪いと思われるのは嫌だったので口には出さなかった。


「セシリア、大丈夫か?」
「はい、助けてくれてありがとうございました」


本音を言えば大丈夫ではない。
殿下が来てくれなかったらどうなっていたか分からない。


(色々と聞きたいことがあるけれど……)


殿下も同じ気持ちなのか、ここは人目があることに気付いた彼が、恥ずかしそうにそっと囁いた。


「セシリア、とりあえず俺の部屋に行こう……」
「……!はい……」


殿下は私の手を引いて以前のように自室への道を歩き始めた。


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