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一章
くじ引き
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フォンド侯爵令息は驚いた顔で私を見ていた。
しかし、今の私にとってはそれどころではない。
このままずっと一人ぼっちで行動することになるのではないかという恐怖から解放されて、堪えていた涙が出てきそうになっていた。
「良かった!本当に良かった!」
「……ッ!?」
安心して彼の手をギュッと握ると、侯爵令息はビクリとなった。
「な、何故君が……」
「あ、すみません!私ったらつい!」
そこでようやく自分の失態に気付いた私は慌てて彼から手を離した。
(いけないわ……いくら焦っていたからってこんな風に気安く異性の体に触ってしまうだなんて……)
このことが王妃教育を担当する講師たちに知られたらとんでもないことになるだろう。
私はすぐに彼に事情を説明した。
「実は私、知人と一緒にお忍びでここへ来ていたのですが……はぐれてしまったんです」
「やっぱりそうだったか」
フォンド侯爵令息は予想通りだとでも言わんばかりに私をじっと見つめた。
勘が良いようだ。
「それでフォンド侯爵令息の姿を見つけたので……追いかけてきました」
「……」
それに対して彼は呆れたような顔をした。
(侯爵令息もきっとお忍びで来ているのね……でも一人で?)
よく見てみると、彼は私と同じく平民の男の子が着るような服を着用している。
それでも貴族特有のオーラは隠せていないが。
「あの、失礼ですがお一人ですか?」
「……いや、マリアンヌの荷物持ちとしてついて来たけど……長くなりそうだからどっかで座っててくれって」
「あら、まぁ……」
私の反応を見て、フォンド侯爵令息が不快そうに顔をしかめた。
「……まさか僕が友達いないから一人で来てるとでも思ってたの?」
「あ……」
正直心のどこかでそう思ってはいたが、まさか本人に勘付かれていたとは。
今世での私は思っていることが顔に出やすいらしい。
気が抜けているのかもしれない。
「……いえ、決してそんなことは」
「……」
彼が私をジト目で見つめた。
(す、すごく疑われてる!)
焦った私は、話を逸らした。
「フォ、フォンド侯爵令息!せっかくだから一緒に回りましょうよ!」
「……それって二人でってこと?変に誤解されたらどうするつもり?僕は婚約者とかいないからいいけど……君は……」
「迷子になった私を知人の元まで送り届けていたって言えばいいんですよ!」
(何より、もう一人でいるのは嫌だしね)
オルレリアン王国の王都は決して治安が良い場所ではない。
一人でいた女性が暴漢に襲われたり人攫いに遭ったという話は何度か聞いたことがある。
だからこそ、私はどうしても彼と行動を共にしたかったのだ。
それを除いても、侯爵令息には恩があるし。
「フォンド侯爵令息、こんなところに女の子が一人でいたらどうなるか分からないわけではないでしょう?」
「……」
結局侯爵令息は渋々、私の提案に頷いた。
(良かった……!)
それから私たちは二人で歩き出した。
「この間のお礼も兼ねて、今日は私に奢らせてください」
「お礼?」
「殿下とのことです!」
「あぁ、あれか……」
彼に助けられたのは紛れも無い事実である。
だからこそ、どうしてもお礼がしたかったのだ。
「お腹空いてませんか?何か食べたいものとかありますか?」
「いや、僕は別に……」
「もう、何でもいいんですよ!」
「そうは言ってもなぁ……」
食べ物に興味が無いのか、彼は気が乗らないというような顔をしていた。
(男の子なのに私より少食なのね……)
何だか自分の食い意地恥ずかしくなってきた。
考えてみれば婚約者である殿下もそれほど食べる人では無く、お茶会で用意されたお菓子はほとんど私の胃の中に吸収されている。
「じゃあ、ああいうのはどうですか」
「……あれは?」
そこで私が指を差したのは射的や輪投げなどのゲームコーナーだ。
(ああいうのなら、男の子でも楽しめるでしょ!)
「楽しそうじゃないですか!行ってみませんか?」
「……そうだな」
彼が静かに頷き、私たちはその一帯へと歩みを進めた。
たくさんの店が立ち並んでいたが、その中で侯爵令息が興味を示したのは意外なものだった。
「……くじ引き?」
「……」
彼は数多くある屋台のくじ引きのコーナーに目を奪われていた。
「あれがやりたいんですか?」
「……いや、あの三等のやつ」
そこでフォンド侯爵令息が指を差したのは、後ろに置かれている景品の中にあったクマのぬいぐるみだった。
(……侯爵令息ってああいうの好きなのかしら?)
私の考えていることに気付いたのか、彼が慌てて首を横に振った。
「ち、違う!ただ、年の離れた従姉妹に贈ったら喜ぶかと思っただけで……」
「へぇ~!従姉妹さんいるんですね!何歳になるんですか?」
「今年で八歳だ」
「じゃあ、何が何でも取ってあげないとですね!」
侯爵令息は毒舌ではあるが、根は優しい人のようだ。
「くじ引き一回お願いします!」
「はい、ありがとうございます!」
私はミリアに内緒で持って来ていたお金の入った小袋を懐から取り出した。
(足りなかったらどうしようって念のため持って来ておいたんだよね、良かった!)
店主にお金を払った私は、後ろにいた侯爵令息の方を振り返った。
「さぁ、ラルフ様!くじを引いてください!」
「……君が代金を払ったのだから君が引くべきだろう」
「え、私が引いていいんですか?」
「ああ」
(……遠慮しているのかしら?でもそれなら強要はしない方がいいわよね)
フォンド侯爵令息の顔をチラリと確認した私は、意を決してくじ引きに臨んだ。
「――残念!参加賞のクッキーです!」
「は、外れたぁ……」
私が店主から受け取ったのは外れくじを引いた人がもらえるクッキーだ。
(たった一枚だけ……これじゃ腹の足しにもならないわ……)
「もう一回!もう一回するわ!」
今までに感じたことのない悔しさを覚えた私は、もう一度くじ引きにチャレンジすることにした。
しかし結果は――
「――五等!お菓子の詰め合わせセット!」
「ぐぬぬ……」
そしてさらに――
「――六等!この夏楽しめる花火セット!」
「むう……」
何度挑戦したところで、なかなか欲しいものが手に入らない。
しかしそれでも私は諦めなかった。
「も、もう一回!」
「お、おい!もういいよ!金の無駄に……」
気付けば私はフォンド侯爵令息の制止も聞かずに再びくじを引いていた。
(今度こそ……今度こそ絶対に……!)
私はどうか当たりますようにと願いを込めて数多くのくじの中から一つを引き抜いた。
「えいっ!」
「お……これは……」
私の引いたくじを確認した店主の顔がパァッと明るいものになった。
そして、チャリンチャリンというベルの音が辺り一帯に鳴り響いた。
「おめでとうございます!三等!」
「や、や、やった~!!!」
ついに私は、目的である三等を引き当てたのである。
(ああ、こんなにも嬉しいのはいつぶりかしら!)
喜びのあまり、私は人目があるにもかかわらずキャッキャッと飛び跳ねてしまっていた。
「……」
そんな私の様子を、侯爵令息は後ろからじっと見つめていた。
しかし、今の私にとってはそれどころではない。
このままずっと一人ぼっちで行動することになるのではないかという恐怖から解放されて、堪えていた涙が出てきそうになっていた。
「良かった!本当に良かった!」
「……ッ!?」
安心して彼の手をギュッと握ると、侯爵令息はビクリとなった。
「な、何故君が……」
「あ、すみません!私ったらつい!」
そこでようやく自分の失態に気付いた私は慌てて彼から手を離した。
(いけないわ……いくら焦っていたからってこんな風に気安く異性の体に触ってしまうだなんて……)
このことが王妃教育を担当する講師たちに知られたらとんでもないことになるだろう。
私はすぐに彼に事情を説明した。
「実は私、知人と一緒にお忍びでここへ来ていたのですが……はぐれてしまったんです」
「やっぱりそうだったか」
フォンド侯爵令息は予想通りだとでも言わんばかりに私をじっと見つめた。
勘が良いようだ。
「それでフォンド侯爵令息の姿を見つけたので……追いかけてきました」
「……」
それに対して彼は呆れたような顔をした。
(侯爵令息もきっとお忍びで来ているのね……でも一人で?)
よく見てみると、彼は私と同じく平民の男の子が着るような服を着用している。
それでも貴族特有のオーラは隠せていないが。
「あの、失礼ですがお一人ですか?」
「……いや、マリアンヌの荷物持ちとしてついて来たけど……長くなりそうだからどっかで座っててくれって」
「あら、まぁ……」
私の反応を見て、フォンド侯爵令息が不快そうに顔をしかめた。
「……まさか僕が友達いないから一人で来てるとでも思ってたの?」
「あ……」
正直心のどこかでそう思ってはいたが、まさか本人に勘付かれていたとは。
今世での私は思っていることが顔に出やすいらしい。
気が抜けているのかもしれない。
「……いえ、決してそんなことは」
「……」
彼が私をジト目で見つめた。
(す、すごく疑われてる!)
焦った私は、話を逸らした。
「フォ、フォンド侯爵令息!せっかくだから一緒に回りましょうよ!」
「……それって二人でってこと?変に誤解されたらどうするつもり?僕は婚約者とかいないからいいけど……君は……」
「迷子になった私を知人の元まで送り届けていたって言えばいいんですよ!」
(何より、もう一人でいるのは嫌だしね)
オルレリアン王国の王都は決して治安が良い場所ではない。
一人でいた女性が暴漢に襲われたり人攫いに遭ったという話は何度か聞いたことがある。
だからこそ、私はどうしても彼と行動を共にしたかったのだ。
それを除いても、侯爵令息には恩があるし。
「フォンド侯爵令息、こんなところに女の子が一人でいたらどうなるか分からないわけではないでしょう?」
「……」
結局侯爵令息は渋々、私の提案に頷いた。
(良かった……!)
それから私たちは二人で歩き出した。
「この間のお礼も兼ねて、今日は私に奢らせてください」
「お礼?」
「殿下とのことです!」
「あぁ、あれか……」
彼に助けられたのは紛れも無い事実である。
だからこそ、どうしてもお礼がしたかったのだ。
「お腹空いてませんか?何か食べたいものとかありますか?」
「いや、僕は別に……」
「もう、何でもいいんですよ!」
「そうは言ってもなぁ……」
食べ物に興味が無いのか、彼は気が乗らないというような顔をしていた。
(男の子なのに私より少食なのね……)
何だか自分の食い意地恥ずかしくなってきた。
考えてみれば婚約者である殿下もそれほど食べる人では無く、お茶会で用意されたお菓子はほとんど私の胃の中に吸収されている。
「じゃあ、ああいうのはどうですか」
「……あれは?」
そこで私が指を差したのは射的や輪投げなどのゲームコーナーだ。
(ああいうのなら、男の子でも楽しめるでしょ!)
「楽しそうじゃないですか!行ってみませんか?」
「……そうだな」
彼が静かに頷き、私たちはその一帯へと歩みを進めた。
たくさんの店が立ち並んでいたが、その中で侯爵令息が興味を示したのは意外なものだった。
「……くじ引き?」
「……」
彼は数多くある屋台のくじ引きのコーナーに目を奪われていた。
「あれがやりたいんですか?」
「……いや、あの三等のやつ」
そこでフォンド侯爵令息が指を差したのは、後ろに置かれている景品の中にあったクマのぬいぐるみだった。
(……侯爵令息ってああいうの好きなのかしら?)
私の考えていることに気付いたのか、彼が慌てて首を横に振った。
「ち、違う!ただ、年の離れた従姉妹に贈ったら喜ぶかと思っただけで……」
「へぇ~!従姉妹さんいるんですね!何歳になるんですか?」
「今年で八歳だ」
「じゃあ、何が何でも取ってあげないとですね!」
侯爵令息は毒舌ではあるが、根は優しい人のようだ。
「くじ引き一回お願いします!」
「はい、ありがとうございます!」
私はミリアに内緒で持って来ていたお金の入った小袋を懐から取り出した。
(足りなかったらどうしようって念のため持って来ておいたんだよね、良かった!)
店主にお金を払った私は、後ろにいた侯爵令息の方を振り返った。
「さぁ、ラルフ様!くじを引いてください!」
「……君が代金を払ったのだから君が引くべきだろう」
「え、私が引いていいんですか?」
「ああ」
(……遠慮しているのかしら?でもそれなら強要はしない方がいいわよね)
フォンド侯爵令息の顔をチラリと確認した私は、意を決してくじ引きに臨んだ。
「――残念!参加賞のクッキーです!」
「は、外れたぁ……」
私が店主から受け取ったのは外れくじを引いた人がもらえるクッキーだ。
(たった一枚だけ……これじゃ腹の足しにもならないわ……)
「もう一回!もう一回するわ!」
今までに感じたことのない悔しさを覚えた私は、もう一度くじ引きにチャレンジすることにした。
しかし結果は――
「――五等!お菓子の詰め合わせセット!」
「ぐぬぬ……」
そしてさらに――
「――六等!この夏楽しめる花火セット!」
「むう……」
何度挑戦したところで、なかなか欲しいものが手に入らない。
しかしそれでも私は諦めなかった。
「も、もう一回!」
「お、おい!もういいよ!金の無駄に……」
気付けば私はフォンド侯爵令息の制止も聞かずに再びくじを引いていた。
(今度こそ……今度こそ絶対に……!)
私はどうか当たりますようにと願いを込めて数多くのくじの中から一つを引き抜いた。
「えいっ!」
「お……これは……」
私の引いたくじを確認した店主の顔がパァッと明るいものになった。
そして、チャリンチャリンというベルの音が辺り一帯に鳴り響いた。
「おめでとうございます!三等!」
「や、や、やった~!!!」
ついに私は、目的である三等を引き当てたのである。
(ああ、こんなにも嬉しいのはいつぶりかしら!)
喜びのあまり、私は人目があるにもかかわらずキャッキャッと飛び跳ねてしまっていた。
「……」
そんな私の様子を、侯爵令息は後ろからじっと見つめていた。
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