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一章

迷子

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「本当に色んなのがあるのね」
「そうですね、どれも美味しそうです」


私はミリアと共に王都の街を歩き回っていた。
まずは腹ごしらえでもしようかと思ったが、何せ屋台の数が多くてなかなか決まらない。


(美味しそうなのがいっぱいある……これじゃ迷っちゃうわね)


明らかにはしゃいでいる私を見たミリアが忠告するかのように付け加えた。


「セシリア様、人が多いのでくれぐれもはぐれないように……」
「分かってるって!私は目立つ見た目をしてるんだから平気よ!」
「……」


仮にはぐれたとしても、私のこの金髪ならすぐに見つけることが出来るだろう。
このときの私は本気でそう思っていた。
しかし、それは甘い考えだということを後になって思い知らされるのである。


「あ、ミリア!私あれが食べたいわ!」
「ではお金を……」


私が指を差したのは屋台の串焼きだ。
ミリアがワンピースのポケットから硬貨の入った小袋を出し、お金を払う。
私の分とミリアの分、串焼きを二つ頼んだ。


「え、私もですか!?」
「ええ、当然よ。私の我儘にわざわざついてきてくれてるんだから」
「セシリア様……」


私のその言葉に、ミリアは俯いてフルフルと震えた。


(あら?もしかして串焼きがあまり好きではなかったかしら?)


「ミリア、食べたくないのなら無理に食べなくても……」
「――ありがとうございます!セシリア様!」
「!」


顔を上げたミリアは涙目になっていた。


「使用人である私にそんな気遣いを……」
「何を言っているの、当然のことよ」


先ほどの様子はどうやら感動して、という意味だったようだ。


(そんな風にしなくてもいいのに……)


「本当に、見た目だけではなく性格までリーナ様にそっくりです」
「あら、お母様もこのような方だったの?」
「はい、リーナ様は身分問わず誰にでも優しい聖母のような方でした」


両親のことを聞いたあの日から、使用人たちは時々私に母親の話をしてくれるようになった。
そこで分かったのは、私の母はとても素晴らしい人で誰からも尊敬されていたということである。


(少し前まではお母様の話はタブーだったのに……)


秘密が無くなってからは包み隠さず話してくれるようになった。
使用人たちも大好きなお母様の話をすることが出来て嬉しいのだろう。
彼らは全員お母様に恩があるみたいだから。


「お母様は本当に素敵な人だったのね。私もそんな大人になりたいわ」
「セシリア様は既にリーナ様そっくりですよ」
「あら、でも人は些細なことで変わってしまう生き物よ。もちろん、そのきっかけは人それぞれだけれど」


例えば、小説の中に出てくる悪役令嬢のようにヒロインに対する嫉妬で誰かを害そうとしたり。


(私は今のところそんなつもりはないし、殿下とも婚約破棄をするつもりだけれど……)


――ズキンッ
何故かチクチクとした胸の痛みを感じた。
これが何なのか、私にもよく分からない。


それに、最近になって時折思うことがある。


私は、本当に彼との婚約を破棄したいのだろうか。
自分の感情がよく分からなくなっていた。


前世の辛い記憶は今でも思い出そうと思えば鮮明に思い出せる。
それほどに耐えがたい日々だったから。


だけど、今世の殿下は明らかに違った。
そのことを思うと複雑な気持ちになる。


(どうして?どうしてなの?どうして離れていこうとした途端私に優しくするの?)


今世でのその気遣いを、前世の私に少しでも向けてくれていたなら。
私があれほど辛い思いをすることは無かっただろう。
だけど、私はやっぱり――


(…………ダメよ。またあんな嫌な思いをすることだけは耐えられないわ)


二度と同じ経験はしたくない。
私はそこで一度考えるのをやめて後ろにいたミリアの方を振り返った。


「ミリア、次はあっちに――」


そう言いかけたそのとき、突然ワーッという声と共に人が立て続けにぶつかってきた。


「キャッ!」


それにより、小さな私の体は外へ外へと押し出されてしまう。


(人混みで前が見えない!)


戻ろうとするも、次々に人がぶつかってきて何も出来ない。
しばらくして、ようやく動きが止まった。


「ちょっといい加減に…………って、ここどこ?」


気付けば私は、全く知らない場所に一人でいた。
辺りを見回してミリアを探してみるも、彼女の姿はどこにもない。


(ま、まさか……はぐれちゃったの!?)


あれほどはぐれないようにと言われたというのに、何と情けない。
内心焦ってはいたが、それを表に出すことなく必死で気持ちを落ち着かせた。


(で、でも私は目立つ見た目をしているしすぐに見つけられるでしょ!)


そう思いながら私は王都を歩いた。
しかし、そんな私の思いとは裏腹にいつまで経ってもミリアや騎士たちのところへは戻れなかった。


(ちょっと待って……)


このとき私はようやく事の重大さを理解した。
王太子の婚約者である公爵令嬢が護衛の騎士も付けず、たった一人で知らない場所にいるのだ。
これが誰かに知られたらどうなるか。


「だ、誰か……」


慌てた私は大声を出そうとしたが、ハッとなって口を噤んだ。
ただでさえ平民には見えない見た目をしているというのに、これ以上目立つわけにはいかない。


(まさかこの目立つ容姿が仇になるだなんて……)


それから私は、とにかくミリアたちを探そうと周囲を見渡した。
しかし、人が多すぎて全く分からない。
きっと今頃彼女も同じように私を探しているのだろう。


(ミリア……ごめんね……ごめんね……)


これは彼女の忠告を軽んじた結果なのかもしれない。
久しぶりの外出だからと、いくら何でも浮かれ過ぎた。
今になって後悔しても、もう遅かった。


(どうしよう……私……)


押し寄せてくる不安と恐怖で泣きそうになっていたそのとき、視界の端にある人物の後ろ姿が入った。


「……」


何度か見たことのある後ろ姿。
もしかして、と思った私はすぐにその人物を追いかけた。


(お願い……!どうかそうであって……!)


心の中で必死で祈りながらも私は走り続けた。
そして、その人物はとある屋台の前で立ち止まった。
私はすぐにその後ろ姿に声を掛けた。


「あ、あの!」
「……?」


私の声に、彼が振り向いた。
そして、私を驚愕の目で見つめた。


「……な、何故君がここに!?」
「あ~やっぱり!フォンド侯爵令息じゃないですか!」


そう、私が見つけた人物とはラルフ・フォンド侯爵令息のことだった。


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