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一章
忠告
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手を引かれて殿下に連れて来られたのは、驚くことに王宮にある彼の自室だった。
もちろん前世も含めて殿下の自室に入ったことなど一度も無い。
「で、殿下!ここって殿下の自室ですよね?私が入っていいのですか?」
私が慌ててそう言うと、殿下が不思議そうな顔で私を見た。
何故そんなことを言うのか分からないとでも言いたげな顔だ。
「何を言っている?お前は俺の婚約者なのだから別にいいだろう」
「そ、そんな……!王宮の者たちに誤解されてしまいます!」
「少し時期が早まっただけだ。気にするな、早く座れ」
(いや気にするんですけどー!)
私は躊躇いながらも、結局殿下の部屋へ入った。
部屋に入った殿下は、置かれていたソファに腰掛けた。
「座れ」
「あ、はい……」
私はその向かい側に遠慮がちに座った。
私と向かい合った殿下が口を開いた。
「聞きたいことは山ほどあるが……お前、何故王宮にいた?今日は俺との茶会でもないだろう。母上に王妃教育の件で呼び出されたのか?」
「いえ……私をお呼びになったのは国王陛下です」
その瞬間、殿下の動きがピタリと止まり、険しい顔になった。
「……父上が?」
殿下の声が異様なまでに低くなった。
何か変なことを言っただろうかと不安になりながらも、私は言葉を続けた。
「はい……殿下との近況を聞かせてほしいとのことで一緒にお茶をしていたのです」
「……あの様子だと何かあったんだろう?」
殿下は私のこの言葉で何かを確信したようだ。
「あ、はい……いつも私に優しくしてくださった陛下が急に怖くなってしまって……」
「急に怖くなった……か。何か父上の気に障るようなことを言ったのか?」
「それが……私にも分からないのです。グレイフォード殿下と親しくさせていただいているということを伝えたら急に視線が鋭くなって……あんな目をされたのは初めてで、困惑しました」
私は俯きながらそう答えた。
思い出すだけでも恐ろしかった。
(何故なの?誰かに冷たくされているのは慣れているはずなのに……)
こんなにも人を恐ろしいと思ったことは初めてだった。
前世の殿下にすら、このような感情を抱いたことはない。
「……」
一瞬だけ顔を上げて殿下を見てみると、彼は何かをじっと考え込んでいるようだった。
国王陛下は殿下の実の父親だ。
私よりもずっと陛下のことをよく知っているだろう。
もしかすると、何か心当たりがあるのかもしれない。
「セシリア」
しばらくして、頭上から声がかかった。
「殿下……?」
気付けば殿下が私のすぐ傍まで来ていた。
それから彼は、私の隣に座った。
「……セシリア、もう父上とは茶会をするな。二人きりで会うのもダメだ。分かったか?」
「で、ですが……国王陛下からのお誘いを断るわけには……」
「体調が悪いとか何とか言って欠席すればいいんだ。いくら王とはいえ、たかがその程度のことでフルール公爵家の娘を罰することは出来ないはずだ」
「……」
殿下が私をじっと見つめて言った。
私に向けられたその黒い瞳は驚くほどに真っ直ぐで。
こんなにも至近距離で見つめ合ったのはおそらく初めてだろう。
「それは……どうして……」
「とにかく絶対だ、いいな?」
「わ、分かりました、殿下」
殿下の真剣な眼差しに、私はただ頷くことしか出来なかった。
***
あの後、私は殿下と別れて公爵邸へと帰った。
夕食を摂り、入浴を済ませた私はベッドへ入った。
しかし、なかなか寝付けない。
(どうして殿下はあんなこと言ったんだろう……?)
私のためを思って言っているのだろうか。
あの殿下が私のために?
にわかには信じられない。
それにあのときの殿下はまるで、実の父親を警戒しているような顔をしていた。
私は前世も含めて、殿下と陛下が関わっているところをほとんど見たことが無かった。
私にはあれほど優しい方なのに、血の繋がった息子である殿下にはどこか素っ気なかった。
仲が良い親子……というイメージは無い。
そこで私は今日見た陛下の鋭い目を思い出した。
「……」
今日の陛下は何だか瞳の奥に得体のしれないものを隠しているような気がした。
(……それが何かは分からないけれど、殿下の言う通りもう陛下とは二人きりにならないほうがいいわ。お茶会も適当な理由を付けて欠席しよう)
そう心に決め、私は眠りについた。
もちろん前世も含めて殿下の自室に入ったことなど一度も無い。
「で、殿下!ここって殿下の自室ですよね?私が入っていいのですか?」
私が慌ててそう言うと、殿下が不思議そうな顔で私を見た。
何故そんなことを言うのか分からないとでも言いたげな顔だ。
「何を言っている?お前は俺の婚約者なのだから別にいいだろう」
「そ、そんな……!王宮の者たちに誤解されてしまいます!」
「少し時期が早まっただけだ。気にするな、早く座れ」
(いや気にするんですけどー!)
私は躊躇いながらも、結局殿下の部屋へ入った。
部屋に入った殿下は、置かれていたソファに腰掛けた。
「座れ」
「あ、はい……」
私はその向かい側に遠慮がちに座った。
私と向かい合った殿下が口を開いた。
「聞きたいことは山ほどあるが……お前、何故王宮にいた?今日は俺との茶会でもないだろう。母上に王妃教育の件で呼び出されたのか?」
「いえ……私をお呼びになったのは国王陛下です」
その瞬間、殿下の動きがピタリと止まり、険しい顔になった。
「……父上が?」
殿下の声が異様なまでに低くなった。
何か変なことを言っただろうかと不安になりながらも、私は言葉を続けた。
「はい……殿下との近況を聞かせてほしいとのことで一緒にお茶をしていたのです」
「……あの様子だと何かあったんだろう?」
殿下は私のこの言葉で何かを確信したようだ。
「あ、はい……いつも私に優しくしてくださった陛下が急に怖くなってしまって……」
「急に怖くなった……か。何か父上の気に障るようなことを言ったのか?」
「それが……私にも分からないのです。グレイフォード殿下と親しくさせていただいているということを伝えたら急に視線が鋭くなって……あんな目をされたのは初めてで、困惑しました」
私は俯きながらそう答えた。
思い出すだけでも恐ろしかった。
(何故なの?誰かに冷たくされているのは慣れているはずなのに……)
こんなにも人を恐ろしいと思ったことは初めてだった。
前世の殿下にすら、このような感情を抱いたことはない。
「……」
一瞬だけ顔を上げて殿下を見てみると、彼は何かをじっと考え込んでいるようだった。
国王陛下は殿下の実の父親だ。
私よりもずっと陛下のことをよく知っているだろう。
もしかすると、何か心当たりがあるのかもしれない。
「セシリア」
しばらくして、頭上から声がかかった。
「殿下……?」
気付けば殿下が私のすぐ傍まで来ていた。
それから彼は、私の隣に座った。
「……セシリア、もう父上とは茶会をするな。二人きりで会うのもダメだ。分かったか?」
「で、ですが……国王陛下からのお誘いを断るわけには……」
「体調が悪いとか何とか言って欠席すればいいんだ。いくら王とはいえ、たかがその程度のことでフルール公爵家の娘を罰することは出来ないはずだ」
「……」
殿下が私をじっと見つめて言った。
私に向けられたその黒い瞳は驚くほどに真っ直ぐで。
こんなにも至近距離で見つめ合ったのはおそらく初めてだろう。
「それは……どうして……」
「とにかく絶対だ、いいな?」
「わ、分かりました、殿下」
殿下の真剣な眼差しに、私はただ頷くことしか出来なかった。
***
あの後、私は殿下と別れて公爵邸へと帰った。
夕食を摂り、入浴を済ませた私はベッドへ入った。
しかし、なかなか寝付けない。
(どうして殿下はあんなこと言ったんだろう……?)
私のためを思って言っているのだろうか。
あの殿下が私のために?
にわかには信じられない。
それにあのときの殿下はまるで、実の父親を警戒しているような顔をしていた。
私は前世も含めて、殿下と陛下が関わっているところをほとんど見たことが無かった。
私にはあれほど優しい方なのに、血の繋がった息子である殿下にはどこか素っ気なかった。
仲が良い親子……というイメージは無い。
そこで私は今日見た陛下の鋭い目を思い出した。
「……」
今日の陛下は何だか瞳の奥に得体のしれないものを隠しているような気がした。
(……それが何かは分からないけれど、殿下の言う通りもう陛下とは二人きりにならないほうがいいわ。お茶会も適当な理由を付けて欠席しよう)
そう心に決め、私は眠りについた。
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