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一章

急接近

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「それで、お茶会でこんなことがあったんですよ」
「……」


それから数日後、私は殿下とのお茶会でここ最近あったことを全て話していた。
誕生日パーティーのあの日から、私は殿下のことを怖いと思わなくなった。
あのパーティーで彼の本心をたくさん知れたような気がして、今ではすっかり平気である。


(まぁ、それでも殿下と婚約破棄するっていう私の意思に変わりはないけれど)


殿下は無愛想ではあるものの、私の話をしっかりと聞いてくれている。
どうやら本当に悪い人では無かったようだ。
それなら一体前世でのあの姿は何だったのだろうという話になってくるっちゃなってくるが。


「お前、あまりその男爵令嬢を信頼しすぎるなよ」
「分かってますって。今はまだ様子見です」
「ならいいが……」


ちょうど今、数日前のマリアンヌ様とのお茶会であったことを話していた。
話の中心はもちろんあの男爵令嬢だ。


(それにしても、本当に興味ないみたいね……)


殿下は相変わらず男爵令嬢に興味を抱いていないようで、彼女の名前を出したところで無反応だった。
そして男爵令嬢もまた、殿下に特別な感情を抱いていないようである。


(……それなら私は一体、誰にこの座を譲ればいいの?)


男爵令嬢と殿下が親しくなってくれないとこちらが困るのだが。
もういっそ、殿下とのお茶会に男爵令嬢も誘ってみようか。


「あ、そういえばフォンド侯爵令息ともお会いしました」
「……何?」


何気なく放った私の一言に、殿下がピクリと眉を上げた。


(あれ、何か気に障ること言ったかな?)


そんな彼の様子を不思議に思ったものの、特に気にすることなく言葉を続けた。


「ラルフ・フォンド侯爵令息です。殿下も何度かお会いしたことがあるのではありませんか?」
「……」


殿下はその問いに答えず、私をじっと見つめていた。
何故か物凄く不機嫌そうである。


「あ、あの……殿下……?」
「――お前、一体フォンド侯爵令息と何を話したんだ?」
「え?」


殿下からの初めての質問。
これは答えないわけにはいかない。


「えーっと……話したっていうか……ただ馬車までの道を案内してもらっただけです、殿下」
「……本当にそれだけなのか?」
「は、はい……」


殿下は訝し気に私を見つめた。
どうやら私の言葉を少し疑っているようだ。


(何それ……これじゃまるで妻の浮気を疑っている夫じゃない……)


だが、殿下は私が浮気をしたところで別に気にしないはずだ。
だって彼は私を愛していないのだから。


「お前は俺の婚約者だってことをちゃんと分かっているのか?」
「え、あ、はい、まぁ……」


(今、婚約者って言った?)


殿下が私を婚約者だと認めたということに少しだけ驚いた。
こんなのは初めてかもしれない。
前世でも無かったことである。


殿下が完全に不機嫌だ。
焦った私は、話題を逸らした。


「殿下は最近何かありました?」
「……いや、特には」


彼はいつもこんな調子だ。
私に何も話してはくれない。


「何でもいいんですよ、殿下。どれだけ小さなことでも。私が全部聞きますから」
「……」


殿下は一度黙り込んだが、少しして口を開いた。


「……猫が、いた」
「……はい?」
「一昨日、白い猫に出会った」
「……」


まさか殿下の口からそんな話を聞くことになるとは。
何だか笑いがこみ上げてくる。


「ふ、ふふふ……」
「おい、笑うな……!」
「す、すみません……ふふふ……」
「どれだけ小さなことでもいいって言ったじゃないか……!」


笑いを堪えるのに必死な私に、殿下が顔を真っ赤にした。
そんな彼を見て、笑いが止まらなくなる。


「恥ずかしがらなくていいんですよ、殿下。それはどのような猫だったのですか?」
「……まだ小さい子猫だった」
「そうですか、どこで出会ったのですか?」
「王宮の外だ」
「ふふふ、予期せぬ出会いとはこのことですね」


そこで殿下はようやく落ち着きを取り戻した。
テーブルの上に置かれていた紅茶を一口飲み、ふぅと息を吐いた。


「……さっきから何故笑っているんだ」
「殿下にも可愛いところがあるんだなって」
「可愛い?猫と出会っただけだぞ?」


殿下はきょとんと首をかしげた。
思えば、彼を可愛いと思ったのは初めてかもしれない。


「可愛いものは可愛いんです!」
「男に可愛いとか言うな。嬉しくないぞ」


格好良いとよく言われる殿下だが、可愛いは初めて言われたのだろう。
見るからに恥ずかしがっている。


クスクス笑っている私に、殿下がコホンと咳払いをした。


「とにかく、お前は出来るだけ他の男とは親しくするな」
「まあ、目立たないようにはします。望まぬものとはいえ、私は殿下の婚約者ですからね」
「そういう問題じゃ……」


殿下がそう言いかけたそのとき、侍従が彼の言葉を遮った。


「――殿下、そろそろお時間です」
「もう時間か!?」
「それでは私はこれで失礼しますね」


私は椅子から立ち上がって、礼をした。


「今日はたくさんお話出来て嬉しかったです。またお話しましょう!」
「おい、ちょっと待て!俺は……」


殿下が何かを言いたそうにしていたが、私はすぐに部屋を出て行った。





―――――――――――――――――――――――


全体を改稿しました!
更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
必ず完結させます!


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