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一章

フォンド侯爵令息

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「あれ……?」


気が付いたら、知らない場所にいた。
あの後私は一人で考える時間が欲しくてマリアンヌ様の見送りを断ったのだ。


(……どうしよう!道に迷っちゃった……!)


侯爵邸がこんなにも広いとは思わなかった。
何度も来ているはずなのに今いる場所には全く見覚えがない。
お茶会の場所もいつもと違ったため、道に迷ってしまったらしい。


(どっちへ行けばいいんだろう……)


ボーッとしているうちに知らない場所まで来てしまったようだ。
自分の馬鹿さ加減に呆れた。
かといって戻り方も分からない。


(とにかく誰か探さないと……!)


私はそう思い、勘に頼って敷地内を歩いてみる。
周りの風景からしておそらくここは庭だ。
なら庭師でもいないだろうか。


私は歩きながら人を探した。


それからしばらくして、ようやく人を見つけることが出来た。


(いた!あの人に話しかけてみよう)


少し遠くに少年の後ろ姿が見えた。
背丈からして私より少し年上くらいだろうか。


「あ、あの!すみません!フォンド侯爵家の方ですか?道に迷ってしまったのですが……!」


私がその人物の後ろ姿に声をかけると、彼はくるりと振り返った。


「あ、私、セシリア・フルールと申します。今日はマリアンヌ様とのお茶会に来ていて……」


(…………何かしら?)


目の前にいる少年は私を見て固まっていた。
まるで私を初めて見たときのフォンド侯爵夫人のようだ。


「あ、あの……」


私がもう一度声をかけると彼はハッとなった。


「き、君は一体……!?」


少年は慌てたようにそう言った。


私を不審者だと思っているのだろうか。
彼は私を見てあたふたしている。


(……さっき名乗ったのに聞いてなかったのかしら?)


私は少年の誤解を解くために口を開いた。


「私、怪しい者ではありません!セシリア・フルールと申します」
「フルール……?フルール公爵家の令嬢か……?」
「はい、今日はマリアンヌ様とのお茶会のために侯爵邸に来たのですが道に迷ってしまって……」
「マリアンヌとのお茶会……?」


少年はそう言ってまじまじと私を見つめた。


私はそのとき、彼がマリアンヌ様のことを呼び捨てにしていることに気が付いた。


(…………ってことは、この人多分マリアンヌ様のお兄さんよね?)


もし彼が使用人の立場であるのならば主人の娘を呼び捨てにするなどありえないことだ。


そこで私は改めて彼の姿をじっと見てみる。


道に迷ったことに焦っていて気付かなかったが、彼の顔立ちは少しだけマリアンヌ様に似ていた。
それに服が明らかに貴族のものだ。
冷静になってみると彼がこの家の嫡男だということは一目瞭然だった。


(………………たしかにイケメンだわ)


殿下ほどではないが、マリアンヌ様の言っていた通り彼もなかなかのイケメンだった。
髪と瞳の色はきっとお父君譲りなのだろう。
婚約者がいないというのが不思議なくらいだ。


私が彼の顔をジロジロと見ていると、目が合った。


「「!」」


彼は慌てて私から目を逸らした。


(な、何なのかしら……?まさかまだ怪しまれているの……?)


私はそう思い、口を開こうとしたそのときだった―


「…………………ついてこい」


彼はそう言って私に背を向けて歩き出した。


「!」


(よかった……!信じてくれたみたい……!)


私はそのまま少年の後ろを歩いた。
私は歩きながら彼の後ろ姿をじっと見つめていた。


(……ええ、間違いないわ。彼はフォンド侯爵令息よ。前世で何度か見たことあるもの)




――ラルフ・フォンド侯爵令息


フォンド侯爵家の嫡男で、マリアンヌ様のお兄様だ。
茶色の髪に、髪と同じ色の瞳をしている。
彼は前世で成人を迎えてからも婚約者はいなかった。
女性に興味が無いのだろうか。
嫡男であるにもかかわらず婚約者がいないというのはかなり珍しかった。


(…………クールな方だと思っていたけれど)


私が前世の舞踏会で見たフォンド侯爵令息は妹のマリアンヌ様とは真逆な人だった。
無口でいつも貴族の輪から外れて会場の隅に一人でいるような、そんな人だった。


私も王太子殿下の婚約者として何度か挨拶したことがあるくらいだ。
実際、あんなに喋る侯爵令息は初めて見た。


そんなことを考えながらも私は侯爵令息の後ろを歩き続けた。
そしてしばらくすると、フルール公爵家の紋章のある馬車が見えた。


(あっ、私が乗ってきた馬車だわ!ということは、戻ってこれたのね!)


「フォンド侯爵令息様、ありがとうございました」


私はそう言って侯爵令息に深々と礼をした。


「……あぁ、それにしてもお前は何であんな場所にいたんだ?こことは真逆だぞ」


(ど、どうしよう……素直に言うべきかしら……?)


私は結局、彼に正直に話した。
嘘をついたところですぐにバレると思ったからだ。
もしそれで怪しまれでもしたら大変なことになる。
彼はマリアンヌ様のお兄様なのだ。
できるだけ仲良くしておきたいところである。


「そ、それは……その……ボーッとしていて気付いたらあそこにいたっていうか……」
「……」


私の答えに侯爵令息は口をポカーンと開けたまま固まった。


そしてしばらくすると彼は口元を押さえて軽く笑った。


「………………ふっ、何だそれ」
「……!」


私は初めて見る侯爵令息の笑った顔に少しだけ驚いた。


(な、何か笑ったところ初めて見たかも……?)


前世ではクールな印象だったが、笑った顔は何だか可愛らしかった。
しかし、そんな可愛らしい侯爵令息の口からは辛辣な言葉が飛び出してきた。


「君は馬鹿なのか?」
「!」


侯爵令息はかなり失礼な人のようだ。
私が公爵令嬢だと分かっていてそれを聞いているのだから相当だ。


しかし、事実なので返す言葉も無い。


「と、とにかく案内してくださってありがとうございました!それではまた!」


私は何だか恥ずかしくなったので、もう一度お礼を言ってすぐに馬車に乗り込んだ。


「……」


侯爵令息はその間も黙ったままじっと私を見ていた。
気のせいか、口角が少しだけ上がっているような気がする。

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