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一章

精神魔法

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それから数日後。


「本屋さんなんて初めて来たわ!」
「公爵邸の書庫には置いてないような本がたくさんあって、それがなかなか面白いんですよ!」


私はミリアと再び王都へと来ていた。
もちろんお父様には内緒である。
この間の王都が本当に楽しかったからお父様の帰ってこない日を狙ってまた来たのだ。


ちなみにあれからミリア以外の使用人たちとも打ち解けることが出来た。
皆ミリアと同じことを思っていたらしく、私に話しかけられてとても嬉しそうにしていた。
勇気を出して話しかけてよかったなと思う。


公爵邸の使用人たちはグルだ。
彼らは私をほったらかしにしているお父様をあまり良く思っていないらしく、積極的に私に協力してくれている。


(……本当に、恵まれた境遇だわ)


あれほど公爵邸を居心地の良い場所だと思ったことはなかった。
前世では王宮はもちろん公爵邸にも居心地の悪さを感じていたから。


「色んな本があるのね……」


私たちが今いるのは王都にある書店だ。
私は書店の中に置いてある本を眺めていた。
本なら公爵邸にいくらでもあるが、私はどうしてもここへ来たかった。
それには理由があった。


どうやら最近平民たちの間で恋愛の物語を描いた書物が人気らしい。
実際、恋愛関連の書物は飛ぶように売れているという。


それで私たちも気になって来てみたというわけだ。


「お嬢様、これが最近平民の間で人気な小説ですよ」


そう言ってミリアが手に持ったのは平民と王子の恋物語だ。
私はミリアから本を受け取りページをめくってみる。


「……」


どうやらこの話は市井に住むごく普通な平民の少女が自国の王子と恋に落ち、色々な障害を乗り越えて最終的には王妃になるという話のようだ。
ミリアによると最近平民たちの間でこの手の物語が物凄く人気なのだという。
平民が身分の高い男性と恋に落ち、最終的には結ばれる感動的な話。


しかし私は、それ以上にこの作品に登場する王子の婚約者であった令嬢のことが気になった。
このご令嬢は王子にゾッコンであらゆる手を使って平民の少女と王子の仲を引き裂こうとするが全て失敗に終わる。
そして最後は悪事が全てバレ、愛する王子の手で処刑されてしまうのだ。


(…………何だか、誰かさんを見ているみたい)


本の表紙にはピンク髪の少女と黒髪の青年が描かれている。
おそらくこれがこの作品のヒロインとヒーローなのだろう。
この国の王族は基本的に黒い髪をしている。
現に殿下も国王陛下も黒髪である。
平民の少女をピンク色の髪にしたことに特別な意味はないのだろうが、私からしたらあの二人にしか見えなかった。


私は挿絵に描かれていた悪役令嬢の絵姿を見た。
そこに描かれていた令嬢は、見事な金髪だった。
しかも高位貴族で幼い頃からの許嫁だという。


(……なるほどね)


どうやら私は悪役令嬢だったらしい。
ここが小説の中の世界なら私は悪役令嬢でグレイフォード殿下がヒーロー。
そしてヒロインはあの男爵令嬢。


『私はただ、貴方を愛しただけなのに――』


これは物語の中で悪役令嬢が処刑時に言っていたセリフだ。
決して愛する人と結ばれることのない悪役。
愛する人は自分を見てくれない。
それでもただただ愛し続け、結局は愛する人の手で処刑されてしまった。
ただ表に出していなかっただけで彼女は物凄く苦しかったはずだ。


(…………これ以上読むのはやめよう)


私はそこで本を閉じ、棚に戻した。
読んでも辛い記憶を思い出してしまうだけだ。


(……真実の愛、か)


憧れはあった。
小説の中のヒロインのように一途にヒーローに想われる、そんな恋をしてみたかった。


私はそう思いながらも別の棚に視線をやった。
たくさんの恋愛書物が並んでいる中、私はその中にあった一冊の本に目をひかれた。


(これは……)


私は棚からその本を手に取った。


その小説は国王と王妃の恋物語だった。
一人の女が国王に精神魔法を使って自分に寵愛が向けられるように仕向けるが結局最後は悪事がバレ、処刑されてしまい国王と王妃は愛を取り戻すという話だった。


「……」
「お嬢様、その本が気になるのですか?」


近くにいたミリアが私の手元を覗き込む。


「まったく、さっきの小説といいこれといい恋愛小説って本当に現実味がないですよね。平民が王妃になるとかありえないし、この本に出てくる精神魔法なんてのも存在するわけがないし」


ミリアはやれやれというふうにそう言った。


(……違う)





精神魔法は実在する――


ミリアについそう言ってしまいそうになり慌てて口を閉じた。
これはオルレリアン王国の王族と前世で王妃教育を受けた私しか知らないことだから言ってはダメだ。




――精神魔法


数代前に平民の女が国王相手に使い、大変なことになった。
そのとき使われた精神魔法は「魅了」という類のものだ。


魅了にかけられた国王はたちまちその女の言いなりになり高い宝石やドレスを貢ぎ国の財政が傾いた。
最終的に国王は魅了が解け、怒り狂って女を拷問の末火炙りにした。


(……危険すぎてその存在自体が秘匿されたのよね)


精神魔法の存在は王族となる人間しか知らない。
だけど確かに存在した。


ちなみに現時点で確認されている精神魔法は「魅了」のみだ。


(そんなものが今も存在していたら恐ろしいどころではない……)


精神魔法に関して存在自体は秘匿されているが隠された法がある。


「精神魔法を使用した者、またはそれに関わった者は身分を問わずに死刑にする」


というものだ。
数代前の国王が魅了にかかり、術が解けた後そう定めたらしい。


(まぁ、適切な処罰よね……)


私が考えこんでいると目をキラキラさせたミリアに声をかけられる。


「お嬢様、何冊か買っていきましょうか?」
「え?えぇ……そうね……」


結局私はミリアの圧に負けて、彼女の望み通り恋愛小説を数冊買っていった。


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