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8 王太子と王太子妃

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緊急招集の翌日、私はルーナと共に王宮へと向かっていた。


「何だか王宮へ来るのは随分と久しぶりな気がするわ」
「そうね、夫が帰ってこなくて暇してたからちょうどいいわ」


話をしながら二人並んで王宮の廊下を歩く。
こうしていると学生時代に戻ったようだ。


(本当にアーノルドと結婚する前に戻れたらいいのにな……)


当然、そんなのはただの願望でしかない。


「それより、あの方が本当に私たちの話を聞いてくださるかしら?」
「もちろん!」
「……随分と自信があるみたいね」
「当然よ、だってあの方は――」


ルーナが自信満々な顔で口を開きかけたそのとき、こちらに近付く足音が耳に入った。


「――これはこれは。誰かと思えばあの女の取り巻きたちではないか」
「「……!」」


突如聞こえた嫌味を含んだ声に、二人してハッとなる。
忘れようと思っても忘れられない、卒業パーティーの日からずっと頭に焼き付いて離れない声。


(聞き間違えるはずが無い、だってこの声は……)


その瞬間、私の脳裏にあるワンシーンがよぎった。


――『ビアンカ・ヴォーチェ!お前との婚約を破棄する!』


大勢の前でビアンカ様を断罪したあのときと全く同じものだ。


「王太子殿下……」


相手が王太子である以上こちらが礼を尽くさないわけにはいかない。
嫌々ながらも私とルーナは揃ってカーテシーをした。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「よくもまぁぬけぬけと王宮へ来れたものだな。あの女の取り巻きの分際で」
「「……」」


あの女とはビアンカ様のことだろう。
十年以上も婚約者であったというのに情の欠片も残っていないらしい。


そして、王太子の隣にはもう一人私たちがよく知る人物もいた。


(キャロライン……!)


元男爵令嬢であり、現王太子妃である男爵令嬢キャロライン。
顔を見るだけで眉間に皺が寄る。
アーノルドを始めとした多くの貴族令息たちを愚か者にし、私たちを苦しめた張本人だったから。


「あらぁ、シェリル様と……ルーナ様……でしたっけ?」
「……ご機嫌麗しゅうございます、王太子妃殿下」


ルーナと共に頭を下げた。
キャロラインを見つめる彼女の顔が引きつっている。


深く頭を下げた私たちの頭上に、冷たい声が降り注ぐ。


「あの女の敵討ちにでも来たのか?自分たちが夫に相手にされないからと、何と見苦しい……」
「殿下……」


あまりの言い様にルーナが言い返そうとすると、王太子の腕にキャロラインがしがみついた。


「――やめて、ナイゼル様」
「……キャロライン?」


王太子の目がキャロラインに向けられた。
険しかった目が、一瞬で柔らかく変化した。


「たしかにビアンカ様は醜悪な人だったわ。でも私、あの人のご両親にはとても感謝しているの。ただの男爵家の令嬢だった私を養女として迎え入れてくださったんだから。だからもうあの人のことを悪く言わないで」
「キャロライン……君って人は……」


王太子が感激したようにキャロラインを抱き締めた。
私たちが目の前にいるということを完全に忘れて二人だけの世界に入っているようだ。


「「……」」


当然、私とルーナは一連の流れを非常に冷めた目で見ていたが。


「殿下、用件が済んだのであれば私たちはそろそろ……」
「またそうやってキャロラインをいない者として扱うつもりか、やはりお前たちもあの女と同じように修道院へ入れておくべきだったな」
「シェリル様、ルーナ様!酷いですっ!」


王太子がハァとため息をつき、キャロラインが目に涙を浮かべた。
いつだって彼らは何もしていない私たちを悪者とするのだ。


(これは黙っているわけにはいかないわ)


ルーナを庇うようにして前に出た私は、彼らを正面から見つめてハッキリと言った。


「お言葉ですが殿下……私たちは何も妃殿下をいない者として扱っているわけではございません」
「何だと?」
「殿下の次にきちんとご挨拶をさせていただきましたし……礼儀は尽くしているかと」
「……私に口答えするつもりか」
「……」


人の話を聞かないのはこの王太子も同じである。
話が長引きそうだと覚悟したのも束の間、後ろにいたルーナが私の手首をサッと掴んだ。


「王太子殿下、私たちは約束があるのでそろそろ行きますね!」
「おい、まだ話は終わっていないぞ!」
「殿下、妃殿下と楽しい時間をお過ごしください!」


彼女は引き留めようとする殿下を無視し、強引に私を引っ張ってこの場を立ち去った。


(助かった……)


こういうときにルーナは本当に頼りになる。
押しに弱い私ではあの場を上手く切り抜けられなかっただろうから。


「何とか乗り切ったわね……」
「ええ、本当あの二人は話が通じないんだから」


彼らに出会ったのは想定外だったが、上手く対応出来たようで何よりだ。
これでやっと先へ進める。


しばらく行くと、とある人物が私たちを出迎えた。


「初めまして」
「今日はよろしくお願い致します」


彼は私たちが今から会いに行くお方の侍従だ。


「フリーデル公爵夫人、クロフォード侯爵夫人。お待ちしておりました。ご案内いたします」
「ありがとうございます」


彼について少し歩くと、ある部屋の前へたどり着いた。


「中でお待ちです」
「ありがとうございました」


侍従が後ろへ下がり、傍に控えていた侍女が扉を開けた。
こうやってお会いするのは初めてだからか、何だか緊張する。


「失礼します」


中へ入ると、王太子と同じ髪と瞳の色をした容姿端麗な青年が座っていた。


「二人とも、よく来たね」
「――お久しぶりでございます、第二王子殿下」





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