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6 久々の帰宅

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ルーナと話をした日から数日が経過し、アーノルドが帰宅する日になった。
そのせいか、朝から気分が沈んでいる。


(言いたいことはたくさんあるけれど……いつも通りに接しないといけないわよね)


アーノルドの愛人の正体を知ってしまった今、彼とやり直す気などさらさらない。
今すぐにでも実家に帰りたいくらいだったが、それはまだ出来ない。


数日前に訪れたルーナの言葉が頭をよぎった。


『シェリル、貴方も辛いだろうけれど……このことはアーノルドに言ってはいけないわ。この国では夫の不貞だけが理由での離婚は認められないから。今彼を追及したところで私たちが泣くだけよ』


彼女の言う通りだった。
貴族男性が愛人を囲うことはさほど珍しくないため、今のところアーノルドには何の問題も無い。
むしろそんなことで離婚だと騒ぎ立てる私の方が蔑みの対象となってしまうだろう。


だからこそ、今は我慢するしかなかった。


『私は他の二人にもこのことを報告しに行くわ。四人で力を合わせればきっと何か出来ることはあるはず。それまで夫には気付かれないようにしてほしいの』


ルーナがそう言った以上、絶対に守らなければいけなかった。


「……」


そして今日は一週間ぶりに彼が帰ってくる日だった。
どんな顔をして私の前に姿を現わすのか見物だ。


アーノルドが帰って来たのは夕食後の随分遅い時間帯だった。
すぐに愛人宅へ戻るつもりで来たのだということが分かる。
きっと彼にとってそこはようやく見つけたオアシスなのだろう。


「――お帰りなさいませ、旦那様」
「……」


アーノルドは私をチラリと一瞥し、何も言うことなく部屋へと入って行った。
挨拶に返事すらしない。
ここまで礼儀のなっていない人だっただろうか。


(まぁ、アーノルドと話すことなんて何も無いけどね)


キャロラインそっくりな女を抱いた汚らわしい手で触れられたいとも思わない。
顔を見るとどうなるか分からなかったが、彼に対する未練は全く無さそうで安心した。


挨拶を終えて自室へ戻ると、驚くことにすぐに呼び出しがかかった。


「奥様、旦那様が部屋へお呼びです」
「すぐに行くわ」


さっきは無視しておいて急に呼びつけるとは。
王様にでもなったつもりか。


無視するわけにもいかないため、渋々要求に応じる。


「――旦那様、失礼します」
「……」


ノックをして呼びかけるも、中から返事は無い。
返事を待たずに部屋へ入ると、アーノルドが私の顔を冷たい目でじっと見つめていた。
少し前なら傷付いただろうが、今はもう何とも思わない。


「旦那様、お呼びになったと聞きました」
「……ああ」


彼は素っ気なく返事をした後、視線を床に落とした。


「……お前も気付いているんだろう」
「何のことでしょうか?」
「私の大切な人についてだ」


(大切な人……愛人さんのことかしら)


既に存在を知っているものの、今はまだ知らないフリをする必要があった。


「……キャロライン王太子妃殿下のことでしょうか?」
「いや、違う」


アーノルドが首を横に振った。
彼女の話になると彼はいつだって見たことの無い複雑な顔をする。


「その方がどうかなさいましたか?」
「――彼女に手を出すな」
「……」


私に鋭い視線を向け、厳しい口調でハッキリとそう言った。
よっぽどキャロラインに似てるだけのその女のことを大切に思っているようだ。


(言われなくても手なんて出さないわよ)


――まだ今は、の話だが。


「旦那様の寵愛を得ている方に手出しをするなど……そんなこと出来るはずがありません」
「どうだろうな……お前ならやりかねないと思うが」
「……」


フッと軽蔑するような笑みを浮かべた。
キャロラインが学園で嫌がらせをされたという事実は無い。
少し調べれば分かることだというのに、彼はそれを未だに信じているのだ。


(心外だわ)


もしかしてまだ私が貴方を愛しているとでも思っているのか。
この人は十年以上もの間私の何を見てきたのだろう。


「私は絶対にそんなことはしません」
「キャロラインに嫌がらせを繰り返していたお前の言葉が信用出来るとでも?」
「旦那様、私は――」


反論しようと口を開くと、アーノルドが聞きたくないとでも言いたげに私の言葉を遮った。


「それを言うために呼んだだけだ。もう戻れ」
「……はい、旦那様」


悔しさにグッと拳を握り締めた。
ただ彼に従うことしか出来ない己の惨めさに体が震える。


(絶対に負けたりしないんだから)



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