6 / 30
6 久々の帰宅
しおりを挟む
ルーナと話をした日から数日が経過し、アーノルドが帰宅する日になった。
そのせいか、朝から気分が沈んでいる。
(言いたいことはたくさんあるけれど……いつも通りに接しないといけないわよね)
アーノルドの愛人の正体を知ってしまった今、彼とやり直す気などさらさらない。
今すぐにでも実家に帰りたいくらいだったが、それはまだ出来ない。
数日前に訪れたルーナの言葉が頭をよぎった。
『シェリル、貴方も辛いだろうけれど……このことはアーノルドに言ってはいけないわ。この国では夫の不貞だけが理由での離婚は認められないから。今彼を追及したところで私たちが泣くだけよ』
彼女の言う通りだった。
貴族男性が愛人を囲うことはさほど珍しくないため、今のところアーノルドには何の問題も無い。
むしろそんなことで離婚だと騒ぎ立てる私の方が蔑みの対象となってしまうだろう。
だからこそ、今は我慢するしかなかった。
『私は他の二人にもこのことを報告しに行くわ。四人で力を合わせればきっと何か出来ることはあるはず。それまで夫には気付かれないようにしてほしいの』
ルーナがそう言った以上、絶対に守らなければいけなかった。
「……」
そして今日は一週間ぶりに彼が帰ってくる日だった。
どんな顔をして私の前に姿を現わすのか見物だ。
アーノルドが帰って来たのは夕食後の随分遅い時間帯だった。
すぐに愛人宅へ戻るつもりで来たのだということが分かる。
きっと彼にとってそこはようやく見つけたオアシスなのだろう。
「――お帰りなさいませ、旦那様」
「……」
アーノルドは私をチラリと一瞥し、何も言うことなく部屋へと入って行った。
挨拶に返事すらしない。
ここまで礼儀のなっていない人だっただろうか。
(まぁ、アーノルドと話すことなんて何も無いけどね)
キャロラインそっくりな女を抱いた汚らわしい手で触れられたいとも思わない。
顔を見るとどうなるか分からなかったが、彼に対する未練は全く無さそうで安心した。
挨拶を終えて自室へ戻ると、驚くことにすぐに呼び出しがかかった。
「奥様、旦那様が部屋へお呼びです」
「すぐに行くわ」
さっきは無視しておいて急に呼びつけるとは。
王様にでもなったつもりか。
無視するわけにもいかないため、渋々要求に応じる。
「――旦那様、失礼します」
「……」
ノックをして呼びかけるも、中から返事は無い。
返事を待たずに部屋へ入ると、アーノルドが私の顔を冷たい目でじっと見つめていた。
少し前なら傷付いただろうが、今はもう何とも思わない。
「旦那様、お呼びになったと聞きました」
「……ああ」
彼は素っ気なく返事をした後、視線を床に落とした。
「……お前も気付いているんだろう」
「何のことでしょうか?」
「私の大切な人についてだ」
(大切な人……愛人さんのことかしら)
既に存在を知っているものの、今はまだ知らないフリをする必要があった。
「……キャロライン王太子妃殿下のことでしょうか?」
「いや、違う」
アーノルドが首を横に振った。
彼女の話になると彼はいつだって見たことの無い複雑な顔をする。
「その方がどうかなさいましたか?」
「――彼女に手を出すな」
「……」
私に鋭い視線を向け、厳しい口調でハッキリとそう言った。
よっぽどキャロラインに似てるだけのその女のことを大切に思っているようだ。
(言われなくても手なんて出さないわよ)
――まだ今は、の話だが。
「旦那様の寵愛を得ている方に手出しをするなど……そんなこと出来るはずがありません」
「どうだろうな……お前ならやりかねないと思うが」
「……」
フッと軽蔑するような笑みを浮かべた。
キャロラインが学園で嫌がらせをされたという事実は無い。
少し調べれば分かることだというのに、彼はそれを未だに信じているのだ。
(心外だわ)
もしかしてまだ私が貴方を愛しているとでも思っているのか。
この人は十年以上もの間私の何を見てきたのだろう。
「私は絶対にそんなことはしません」
「キャロラインに嫌がらせを繰り返していたお前の言葉が信用出来るとでも?」
「旦那様、私は――」
反論しようと口を開くと、アーノルドが聞きたくないとでも言いたげに私の言葉を遮った。
「それを言うために呼んだだけだ。もう戻れ」
「……はい、旦那様」
悔しさにグッと拳を握り締めた。
ただ彼に従うことしか出来ない己の惨めさに体が震える。
(絶対に負けたりしないんだから)
そのせいか、朝から気分が沈んでいる。
(言いたいことはたくさんあるけれど……いつも通りに接しないといけないわよね)
アーノルドの愛人の正体を知ってしまった今、彼とやり直す気などさらさらない。
今すぐにでも実家に帰りたいくらいだったが、それはまだ出来ない。
数日前に訪れたルーナの言葉が頭をよぎった。
『シェリル、貴方も辛いだろうけれど……このことはアーノルドに言ってはいけないわ。この国では夫の不貞だけが理由での離婚は認められないから。今彼を追及したところで私たちが泣くだけよ』
彼女の言う通りだった。
貴族男性が愛人を囲うことはさほど珍しくないため、今のところアーノルドには何の問題も無い。
むしろそんなことで離婚だと騒ぎ立てる私の方が蔑みの対象となってしまうだろう。
だからこそ、今は我慢するしかなかった。
『私は他の二人にもこのことを報告しに行くわ。四人で力を合わせればきっと何か出来ることはあるはず。それまで夫には気付かれないようにしてほしいの』
ルーナがそう言った以上、絶対に守らなければいけなかった。
「……」
そして今日は一週間ぶりに彼が帰ってくる日だった。
どんな顔をして私の前に姿を現わすのか見物だ。
アーノルドが帰って来たのは夕食後の随分遅い時間帯だった。
すぐに愛人宅へ戻るつもりで来たのだということが分かる。
きっと彼にとってそこはようやく見つけたオアシスなのだろう。
「――お帰りなさいませ、旦那様」
「……」
アーノルドは私をチラリと一瞥し、何も言うことなく部屋へと入って行った。
挨拶に返事すらしない。
ここまで礼儀のなっていない人だっただろうか。
(まぁ、アーノルドと話すことなんて何も無いけどね)
キャロラインそっくりな女を抱いた汚らわしい手で触れられたいとも思わない。
顔を見るとどうなるか分からなかったが、彼に対する未練は全く無さそうで安心した。
挨拶を終えて自室へ戻ると、驚くことにすぐに呼び出しがかかった。
「奥様、旦那様が部屋へお呼びです」
「すぐに行くわ」
さっきは無視しておいて急に呼びつけるとは。
王様にでもなったつもりか。
無視するわけにもいかないため、渋々要求に応じる。
「――旦那様、失礼します」
「……」
ノックをして呼びかけるも、中から返事は無い。
返事を待たずに部屋へ入ると、アーノルドが私の顔を冷たい目でじっと見つめていた。
少し前なら傷付いただろうが、今はもう何とも思わない。
「旦那様、お呼びになったと聞きました」
「……ああ」
彼は素っ気なく返事をした後、視線を床に落とした。
「……お前も気付いているんだろう」
「何のことでしょうか?」
「私の大切な人についてだ」
(大切な人……愛人さんのことかしら)
既に存在を知っているものの、今はまだ知らないフリをする必要があった。
「……キャロライン王太子妃殿下のことでしょうか?」
「いや、違う」
アーノルドが首を横に振った。
彼女の話になると彼はいつだって見たことの無い複雑な顔をする。
「その方がどうかなさいましたか?」
「――彼女に手を出すな」
「……」
私に鋭い視線を向け、厳しい口調でハッキリとそう言った。
よっぽどキャロラインに似てるだけのその女のことを大切に思っているようだ。
(言われなくても手なんて出さないわよ)
――まだ今は、の話だが。
「旦那様の寵愛を得ている方に手出しをするなど……そんなこと出来るはずがありません」
「どうだろうな……お前ならやりかねないと思うが」
「……」
フッと軽蔑するような笑みを浮かべた。
キャロラインが学園で嫌がらせをされたという事実は無い。
少し調べれば分かることだというのに、彼はそれを未だに信じているのだ。
(心外だわ)
もしかしてまだ私が貴方を愛しているとでも思っているのか。
この人は十年以上もの間私の何を見てきたのだろう。
「私は絶対にそんなことはしません」
「キャロラインに嫌がらせを繰り返していたお前の言葉が信用出来るとでも?」
「旦那様、私は――」
反論しようと口を開くと、アーノルドが聞きたくないとでも言いたげに私の言葉を遮った。
「それを言うために呼んだだけだ。もう戻れ」
「……はい、旦那様」
悔しさにグッと拳を握り締めた。
ただ彼に従うことしか出来ない己の惨めさに体が震える。
(絶対に負けたりしないんだから)
2,273
お気に入りに追加
5,886
あなたにおすすめの小説
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
待ち遠しかった卒業パーティー
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。
しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。
それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
君に愛は囁けない
しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。
彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。
愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。
けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。
セシルも彼に愛を囁けない。
だから、セシルは決めた。
*****
※ゆるゆる設定
※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。
※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】殿下の本命は誰なのですか?
紫崎 藍華
恋愛
ローランド王子からリリアンを婚約者にすると告げられ婚約破棄されたクレア。
王命により決められた婚約なので勝手に破棄されたことを報告しなければならないのだが、そのときリリアンが倒れてしまった。
予想外の事態に正式な婚約破棄の手続きは後回しにされ、クレアは曖昧な立場のままローランド王子に振り回されることになる。
愛されなければお飾りなの?
まるまる⭐️
恋愛
リベリアはお飾り王太子妃だ。
夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。
そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。
ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?
今のところは…だけどね。
結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる