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クリスティーナの正体
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「王弟殿下……」
「カテリーナ、無事で良かった」
王弟殿下は私をギュッと抱き締めた。
男の人にこんな風にされるのは初めてで、胸が高鳴る。
最初こそためらっていたが、私はそっと殿下の背中に手を置いた。
「本当に……本当に……」
「殿下……」
怖かった。
本当に死ぬんじゃないかと思った。
安心しきった私は、彼の胸で泣いてしまいそうになった。
「ちょっと!何すんのよ!」
「「!」」
二人の世界に入り込んでいる私たちを不快に思ったのか、クリスティーナ様が声を荒げた。
「アンタのせいでその女を殺し損ねたじゃない!どうしてくれるのよ!」
「……」
しかし王弟殿下はクリスティーナ様の方を見ることなく、しばらくの間無言で私の顔をじっと見つめていた。
「殿下……?」
何も言わなかったが、その顔は”大丈夫だ”と言っているようだった。
「アンタも死にたいのね!いいわ、馬鹿なカップルを二人まとめて殺してあげるわ!」
「……君にそれが出来るのか」
それを聞いたクリスティーナ様は怪訝な顔をした。
「……何を言っているの?自分が殺されることはないっていう自信でもあるわけ?」
「君は私を殺せないはずだ」
「ハッ!何を根拠にそんなことを言ってるのか……都合の良い男ね」
クリスティーナ様は殿下を嘲笑うようにそう言った。
しかし殿下は未だに余裕そうな顔をしていた。
「……これを見ても、そう言えるか?」
そこで殿下はやっとクリスティーナ様に顔を向けた。
「…………なッ!?」
彼の顔を見たクリスティーナ様が驚いたように目を見開き、手に持っていた短剣を落とした。
そして、ボソリと呟いた。
「ヒルデガルド様……」
そう言ったクリスティーナ様の瞳が大きく揺れた。
彼女は今見るからに動揺していた。
王弟殿下はこうなることを予想していたようだった。
(ヒルデガルド様……?先代王妃陛下のこと……?)
ヒルデガルドとは先代の王妃陛下の名前である。
アルバート王弟殿下の実の母にあたる人だ。
彼女はファルベ王国のスパイなのだから王女だったヒルデガルド様と関わりがあってもおかしくはない。
しかし、その反応はいくらなんでも異様ではないか。
スパイ疑惑を突き付けられたときでさえ一切動じていなかったクリスティーナ様の体が小刻みに震えている。
「そうなるのも当然だろう。私は誰から見ても母とよく似ているのだから」
「殿下……?」
王弟殿下の言う通りだ。
殿下は父である先代の国王陛下とはあまり似ていない。
彼の顔立ちは母親似である。
「君は……王女だった頃の母上の専属侍女だな」
「…………え、ええ!?」
クリスティーナ様は何も答えなかった。
ただ俯いているだけである。
「今回の件は君の独断だろう」
「……はい」
王弟殿下の問いに、クリスティーナ様は俯いたままそう答えた。
殿下は彼女を責めるでもなく、優しく語りかけるようにして尋ねた。
「それほど、この国が憎かったか」
「……はい」
「そうか……」
「先王はヒルデガルド様を苦しめました。あのお方がどれだけ先王のことを想っていたか……」
「……」
王弟殿下は黙り込んだ。
先王陛下は隣国から嫁いできた王妃がいたにもかかわらず、愛妾に現を抜かしていた。
彼も口に出していないだけで、きっと心の中では実の父親を憎んでいるはずだ。
「だから私は復讐のためにここへ来ました。あの愛妾はもういないから、憎きアイツらの子供であるあの男を標的にしました。大切なものを一つずつ奪っていって、国を滅茶苦茶にしようと思いました。全てが終わったら先王も殺すつもりでした。後悔はしていません。きっとヒルデガルド様もそれを望んでいるはずです。あの方の無念を晴らすために私は!」
「……果たして、本当にそうだろうか?」
「…………え?」
クリスティーナ様が顔を上げた。
「母上は、君のようにこの国を憎んでなどいなかった」
「……ウソ……でしょう……?」
「いいや、本当だ」
断固とした殿下の答えに、彼女の目が驚愕に見開かれる。
「母上はたしかに父上に蔑ろにされていたが、味方が一人もいなかったわけではない。王宮にいた侍女や侍従は母上に親切にしてくれていたし、国民たちも母を慕っていた」
「え……」
「母上はむしろこの国が好きだとよく言っていた」
「ヒルデガルド様……」
「そんな母上が、君のしていることを知ったらどう思うだろうか」
「……ッ!」
自分の犯した過ちに気付いたのか、クリスティーナ様の顔色が悪くなった。
そして彼女は、ガクンと床に膝を着いた。
「……連れて行け」
近くを取り囲んでいた騎士たちが、殿下の命令に従って彼女に手枷を嵌めて会場から連れ出した。
それから殿下は声を張り上げた。
「すぐに王医を呼べ!怪我人がいる!」
「あ……」
その言葉で私は、陛下とリズ様を視界に入れた。
(二人とも……どうか死なないで!)
血を大量に流して倒れる二人を見て、私はそう願うことしか出来なかった。
「舞踏会は中止だ!皆、すぐに帰るように」
「……は、はい!」
関わりたくないのか、貴族たちは次々と会場から出て行った。
(たった一言でその場にいる人たちを動かす……殿下には王の威厳があるようね)
何だか誇らしい。
それから王医が到着し、陛下とリズ様は医務室へと連れて行かれた。
そして、会場に残ったのは殿下とお兄様と私だけになった。
「カテリーナ、無事で良かった」
王弟殿下は私をギュッと抱き締めた。
男の人にこんな風にされるのは初めてで、胸が高鳴る。
最初こそためらっていたが、私はそっと殿下の背中に手を置いた。
「本当に……本当に……」
「殿下……」
怖かった。
本当に死ぬんじゃないかと思った。
安心しきった私は、彼の胸で泣いてしまいそうになった。
「ちょっと!何すんのよ!」
「「!」」
二人の世界に入り込んでいる私たちを不快に思ったのか、クリスティーナ様が声を荒げた。
「アンタのせいでその女を殺し損ねたじゃない!どうしてくれるのよ!」
「……」
しかし王弟殿下はクリスティーナ様の方を見ることなく、しばらくの間無言で私の顔をじっと見つめていた。
「殿下……?」
何も言わなかったが、その顔は”大丈夫だ”と言っているようだった。
「アンタも死にたいのね!いいわ、馬鹿なカップルを二人まとめて殺してあげるわ!」
「……君にそれが出来るのか」
それを聞いたクリスティーナ様は怪訝な顔をした。
「……何を言っているの?自分が殺されることはないっていう自信でもあるわけ?」
「君は私を殺せないはずだ」
「ハッ!何を根拠にそんなことを言ってるのか……都合の良い男ね」
クリスティーナ様は殿下を嘲笑うようにそう言った。
しかし殿下は未だに余裕そうな顔をしていた。
「……これを見ても、そう言えるか?」
そこで殿下はやっとクリスティーナ様に顔を向けた。
「…………なッ!?」
彼の顔を見たクリスティーナ様が驚いたように目を見開き、手に持っていた短剣を落とした。
そして、ボソリと呟いた。
「ヒルデガルド様……」
そう言ったクリスティーナ様の瞳が大きく揺れた。
彼女は今見るからに動揺していた。
王弟殿下はこうなることを予想していたようだった。
(ヒルデガルド様……?先代王妃陛下のこと……?)
ヒルデガルドとは先代の王妃陛下の名前である。
アルバート王弟殿下の実の母にあたる人だ。
彼女はファルベ王国のスパイなのだから王女だったヒルデガルド様と関わりがあってもおかしくはない。
しかし、その反応はいくらなんでも異様ではないか。
スパイ疑惑を突き付けられたときでさえ一切動じていなかったクリスティーナ様の体が小刻みに震えている。
「そうなるのも当然だろう。私は誰から見ても母とよく似ているのだから」
「殿下……?」
王弟殿下の言う通りだ。
殿下は父である先代の国王陛下とはあまり似ていない。
彼の顔立ちは母親似である。
「君は……王女だった頃の母上の専属侍女だな」
「…………え、ええ!?」
クリスティーナ様は何も答えなかった。
ただ俯いているだけである。
「今回の件は君の独断だろう」
「……はい」
王弟殿下の問いに、クリスティーナ様は俯いたままそう答えた。
殿下は彼女を責めるでもなく、優しく語りかけるようにして尋ねた。
「それほど、この国が憎かったか」
「……はい」
「そうか……」
「先王はヒルデガルド様を苦しめました。あのお方がどれだけ先王のことを想っていたか……」
「……」
王弟殿下は黙り込んだ。
先王陛下は隣国から嫁いできた王妃がいたにもかかわらず、愛妾に現を抜かしていた。
彼も口に出していないだけで、きっと心の中では実の父親を憎んでいるはずだ。
「だから私は復讐のためにここへ来ました。あの愛妾はもういないから、憎きアイツらの子供であるあの男を標的にしました。大切なものを一つずつ奪っていって、国を滅茶苦茶にしようと思いました。全てが終わったら先王も殺すつもりでした。後悔はしていません。きっとヒルデガルド様もそれを望んでいるはずです。あの方の無念を晴らすために私は!」
「……果たして、本当にそうだろうか?」
「…………え?」
クリスティーナ様が顔を上げた。
「母上は、君のようにこの国を憎んでなどいなかった」
「……ウソ……でしょう……?」
「いいや、本当だ」
断固とした殿下の答えに、彼女の目が驚愕に見開かれる。
「母上はたしかに父上に蔑ろにされていたが、味方が一人もいなかったわけではない。王宮にいた侍女や侍従は母上に親切にしてくれていたし、国民たちも母を慕っていた」
「え……」
「母上はむしろこの国が好きだとよく言っていた」
「ヒルデガルド様……」
「そんな母上が、君のしていることを知ったらどう思うだろうか」
「……ッ!」
自分の犯した過ちに気付いたのか、クリスティーナ様の顔色が悪くなった。
そして彼女は、ガクンと床に膝を着いた。
「……連れて行け」
近くを取り囲んでいた騎士たちが、殿下の命令に従って彼女に手枷を嵌めて会場から連れ出した。
それから殿下は声を張り上げた。
「すぐに王医を呼べ!怪我人がいる!」
「あ……」
その言葉で私は、陛下とリズ様を視界に入れた。
(二人とも……どうか死なないで!)
血を大量に流して倒れる二人を見て、私はそう願うことしか出来なかった。
「舞踏会は中止だ!皆、すぐに帰るように」
「……は、はい!」
関わりたくないのか、貴族たちは次々と会場から出て行った。
(たった一言でその場にいる人たちを動かす……殿下には王の威厳があるようね)
何だか誇らしい。
それから王医が到着し、陛下とリズ様は医務室へと連れて行かれた。
そして、会場に残ったのは殿下とお兄様と私だけになった。
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