陛下、あなたが寵愛しているその女はどうやら敵国のスパイのようです。

ましゅぺちーの

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舞踏会④

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「な……!?」
「それは一体どういうことだ!?」
「クリスティーナ様がファルベ王国のスパイだと!?」


これには陛下だけではなく、会場にいる全員が驚きを隠しきれなかった。
陛下は俯いて肩を震わせている。
そして突然顔を上げたかと思えば、さっきよりも険しい顔でお兄様を怒鳴り付けた。


「じょ、冗談を言うのもいい加減にしろ!!!そんなことあるはずがない!!!」


その顔にはどこか焦りを感じた。
おそらく陛下は信じられないのではなく、信じたくないのだろう。


――彼女が、自分を裏切っていたということを。


「陛下、信じたくないのは分からないこともないですがこれは事実なのです」
「証拠はあるのか!?王妃に対する不敬罪でお前を投獄することも出来るのだぞ!」


声を荒げる陛下と、隣で全く表情を変えないクリスティーナ様。
本当に何を考えているのか分からない人だ。
頭の良さならおそらく彼女の方が陛下よりも上だろう。


(まだ私と正式に離婚もしていないのに王妃か……)


それにクリスティーナ様はまだ王妃ではない。
それすら分からなくなってしまうだなんて、いつからあの人はこれほど愚かになってしまったのだろうか。


「証拠ならありますよ、陛下」


お兄様がニヤリと笑った。


「何だと……?」


その意地の悪い笑みを見て、陛下の顔色がみるみるうちに青くなっていく。


それからお兄様は陛下にクリスティーナ様がスパイであるという証拠の書かれた紙を提出した。
紙で隠れていて顔は見えなかったが、その紙に目を通している陛下の手は小刻みに震えていた。


(残酷な現実とはこのことね……)


しかし、そんな陛下に同情する者は誰もいない。
それどころか皆、スパイを王宮に招き入れた愚かな王に侮蔑の眼差しを向けている。


しばらくして、陛下は椅子から崩れ落ちてガックリと膝を着いた。


「な、何故だ……クリスティーナ……君は私を愛していたのではなかったのか……」
「……」


クリスティーナ様はその問いに答えることはなかった。
スパイ疑惑を突き付けられてもなお、彼女は否定も肯定もしなかった。
それどころか、何の感情も映っていない瞳で陛下をじっと見下ろしている。


(これが彼女の本当の気持ちだったのね……)


クリスティーナ様は陛下を愛していない。
陛下を愛しているフリをしていたというだけだ。
そして、愚かにも陛下は彼女の演技に完全に騙されたのだ。


その目を見た陛下は絶望したような顔になった。
たった今、陛下も気付いてしまったのだろう。
長い間隠されていた彼女の本心に。


「陛下、彼女が犯した罪はそれだけではありません」
「何だって……?」


お兄様が放ったその言葉に、まだあるのか、とでも言いたげに陛下が顔を上げた。
その顔は先ほどの浮かれた顔とは打って変わって、酷く疲れているように見える。
しかしそれを見てもお兄様は容赦なかった。


「クリスティーナ様にはもう一つある疑惑が浮上しています」
「……何だ」
「側妃、愛妾たちの殺害です」
「……何?」


そう、彼女が犯した罪はそれだけではない。
ここでは全てを明らかにする必要がある。


「カテリーナ、こちらへ」
「はい、公爵閣下」


お兄様に呼ばれた私は陛下の前に出た。


「陛下、こちらをご覧ください」
「これは何だ?」


私は陛下に一枚の紙を手渡した。


「追放された側妃様たちが王都を出てから消息が不明になっています」
「……」
「クリスティーナ様、これは貴方がやったことですね?」


私が壇上にいる彼女に尋ねると、彼女は首を動かして私を視界に入れた。
無機質な瞳が私を捉えた。


「……」


しかし何も答えない。


「これは一体……どういうことなんだ……」


まだ状況が理解出来ていない陛下のために、私は簡単に説明した。


「陛下、側妃様たちが犯した罪は全てクリスティーナ様が関与しておりました」
「クリスティーナが……?」
「はい、おそらく彼女たちが罪を犯すように唆した後にこっそりと消したのでしょう。その証拠ももちろんありますよ」
「……」


それを聞いた陛下は一度俯いた後、突然立ち上がったかと思うとクリスティーナ様に詰め寄った。


「クリスティーナ!何故そんなことをしたんだ!」
「……」


それでも変わらず一言も発しないクリスティーナ様に堪忍袋の緒が切れたのか、陛下が彼女の胸倉を掴んで無理矢理椅子から立ち上がらせた。


「答えろ!クリスティーナ!」
「……」


クリスティーナ様はしばらくの間陛下をじっと見つめていた。
しかし、突然ハァとため息をついたかと思うと信じられないほど低い声で言った。


「ハァ……面倒くさっ」
「……何?」


普段の礼儀正しい彼女からは想像もつかない姿だった。
クリスティーナ様は自分の胸倉を掴む陛下の手をガシッと掴んで言った。


「――とりあえずアンタ、鬱陶しいから死んでよ」
「え?」


驚く陛下。


そして彼のその胸には短剣が深々と突き刺さっていた――


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