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嵐の前の静けさ
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それから私は、しばらくの間はお兄様の言った通りに行動し続けた。
「あら、あなた。泣きそうな顔をしてどうしたの?」
「そ、それが・・・」
廊下で一人の侍女が座り込んでいた。彼女の頬は赤くなっていて誰かに引っ叩かれたのだということがすぐに分かった。
「第一側妃様が・・・」
侍女は涙を流しながらそう言った。
(あぁ、なるほどね)
私はその一言だけで全てを察した。リリア様がきっと癇癪を起こしたのだろう。あの方は他の愛人たちと比べて気性が荒いから。
私は床に座り込んで終始ビクビクしている侍女をじっと見つめて口を開いた。
「あなた、今から私のところへ来ない?」
「・・・え、で、ですが」
私の言葉に彼女は驚いたような顔をした。私はしゃがみ込んで侍女と視線を合わせて優しく言った。
「こんな状態のあなたを放っておけないわ。私のことなら気にしないでちょうだい」
「お、王妃陛下・・・」
それから私はリリア様付きの侍女を自分の元へと引き入れた。
このことに関してリリア様が文句を言ってくることは無かった。彼女は今陛下の寵愛を失っているため心に余裕が無く、そんな小さいことを気にしている場合ではないのだろう。
そうしているうちに次第に王宮の雰囲気は変わっていった。
愛妾と遊び呆けて執務を疎かにしている王のことを良く思わない人間が増えた。そして二人は王宮の者たちから白い目で見られるようになった。そうなるのは当然だろう。執務をせずに日中から愛人と遊んでいるのだから。
その中で一つ気になったこともあった。それはクリスティーナ様がその状況になっても余裕の笑みを浮かべていたこと。普通なら王宮に居づらくなったと思うはずだ。他の愛人たちと同じく王の寵愛があるから何でも出来ると思っているのだろうか。
そして私は今日もまた非常に不快な場面を視界に入れることとなる。
(陛下ったら、またクリスティーナ様と遊んでいるわ)
私はこの頃よく陛下とクリスティーナ様の逢瀬を目撃するようになった。どうやら彼は堂々と彼女を引き連れて王宮の中を歩いているらしい。それを見て思わず眉間にシワが寄る。
そしてそんな私に声をかけてきた人物がいた。
「―カテリーナ」
「お兄様・・・・・・・と、王弟殿下・・・!」
グレンお兄様とアルバート王弟殿下だった。王弟殿下と会うのは久しぶりだったので何だか少し緊張した。
王弟殿下は私を見て優しい笑みを浮かべた後、グレンお兄様に向かって言った。
「グレン、王妃陛下に失礼ではないか」
「近くに誰もいないんだからいいだろ。陛下も愛妾との逢瀬に夢中で俺たちに気付いてないみたいだしな」
「そういうものか?」
「まぁ、こういうときくらいはいいのではないですか」
本当はいけないことだけれど普段夫から冷遇されているのだからこれくらいは良いだろう。そう思っての発言だった。
私の視線の先にいた陛下とクリスティーナ様を一瞥したグレンお兄様が私に尋ねた。
「それよりカテリーナ。あれはいつものことなのか?」
「ええ、よく見ますわ。王宮では日常茶飯事となっています」
私のその答えに対して非難の声を上げたのは王弟殿下だった。
「そうなのか・・・兄上にも困ったものだな・・・まさかあれほど愚かな人だとは・・・」
殿下はそう言って額を手で押さえた。
「あぁ、聞いた話によると執務も放棄してるんだろ?」
「はい、王妃の私が代行出来るものだけは代わりに処理していますが・・・」
どうやら陛下の愚行は貴族たちの間で既に知られているらしい。まぁ、あれほど堂々としているのだから当然か。
そう言った私の頭をお兄様がポンポンと撫でた。
「カテリーナ、えらいな」
「私はもう子供じゃありません!」
「そうか?」
私をからかっているようなお兄様の横で、王弟殿下が心配そうに声をかけてきた。
「兄上の分までするだなんて大変じゃないのか?何かあったら何でも私に言ってくれ。力になる」
「殿下・・・ありがとうございます」
彼の優しい言葉に顔が熱くなる。
それから私は少しの間だけ三人で楽しく会話をしていた。こうしているとまるで幼い頃に戻ったようだ。出来ることなら本当にあの頃に戻りたい。陛下と結婚する前のあの頃。今思えばあのときが一番楽しかった気がする。
懐かしい記憶に思いを馳せていたそのとき、ふと王弟殿下が神妙な面持ちで陛下とクリスティーナ様のことを見つめていることに気が付いた。
「どうした、アルバート」
そんな彼を見たお兄様が尋ねる。
「いや・・・」
それに対して殿下は言いづらそうに言葉を濁した。そして傍にいてようやく聞こえるほどの小さな声でボソリと呟いた。
「気のせいだろうか・・・あの愛妾の声・・・」
「何?」
「いや、何でもない。聞かなかったことにしてくれ」
王弟殿下はそう言っていつもと同じ笑みを浮かべた。
(声・・・?声って何・・・?)
彼の言葉がハッキリと聞こえた私はその意味が気になった。しかし彼が望まないなら深入りするのはやめておこう。そんなことよりも今はこの時間を目一杯楽しみたい。そう思って口を開いた。
「ところで王弟殿下。昔の殿下は本当に泣き虫でしたよね」
「なッ・・・!?」
私の言葉に殿下が恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「ふふふ、私ちゃんと覚えてるんですから」
「何故そんな格好悪いところをしっかり覚えているんだ・・・!」
それから私たちはしばらくの間昔話に花を咲かせた。この瞬間だけは本当に本当に心地の良い時間だった。
このあと、王宮で事件が立て続けに起こるとも知らずに―
「あら、あなた。泣きそうな顔をしてどうしたの?」
「そ、それが・・・」
廊下で一人の侍女が座り込んでいた。彼女の頬は赤くなっていて誰かに引っ叩かれたのだということがすぐに分かった。
「第一側妃様が・・・」
侍女は涙を流しながらそう言った。
(あぁ、なるほどね)
私はその一言だけで全てを察した。リリア様がきっと癇癪を起こしたのだろう。あの方は他の愛人たちと比べて気性が荒いから。
私は床に座り込んで終始ビクビクしている侍女をじっと見つめて口を開いた。
「あなた、今から私のところへ来ない?」
「・・・え、で、ですが」
私の言葉に彼女は驚いたような顔をした。私はしゃがみ込んで侍女と視線を合わせて優しく言った。
「こんな状態のあなたを放っておけないわ。私のことなら気にしないでちょうだい」
「お、王妃陛下・・・」
それから私はリリア様付きの侍女を自分の元へと引き入れた。
このことに関してリリア様が文句を言ってくることは無かった。彼女は今陛下の寵愛を失っているため心に余裕が無く、そんな小さいことを気にしている場合ではないのだろう。
そうしているうちに次第に王宮の雰囲気は変わっていった。
愛妾と遊び呆けて執務を疎かにしている王のことを良く思わない人間が増えた。そして二人は王宮の者たちから白い目で見られるようになった。そうなるのは当然だろう。執務をせずに日中から愛人と遊んでいるのだから。
その中で一つ気になったこともあった。それはクリスティーナ様がその状況になっても余裕の笑みを浮かべていたこと。普通なら王宮に居づらくなったと思うはずだ。他の愛人たちと同じく王の寵愛があるから何でも出来ると思っているのだろうか。
そして私は今日もまた非常に不快な場面を視界に入れることとなる。
(陛下ったら、またクリスティーナ様と遊んでいるわ)
私はこの頃よく陛下とクリスティーナ様の逢瀬を目撃するようになった。どうやら彼は堂々と彼女を引き連れて王宮の中を歩いているらしい。それを見て思わず眉間にシワが寄る。
そしてそんな私に声をかけてきた人物がいた。
「―カテリーナ」
「お兄様・・・・・・・と、王弟殿下・・・!」
グレンお兄様とアルバート王弟殿下だった。王弟殿下と会うのは久しぶりだったので何だか少し緊張した。
王弟殿下は私を見て優しい笑みを浮かべた後、グレンお兄様に向かって言った。
「グレン、王妃陛下に失礼ではないか」
「近くに誰もいないんだからいいだろ。陛下も愛妾との逢瀬に夢中で俺たちに気付いてないみたいだしな」
「そういうものか?」
「まぁ、こういうときくらいはいいのではないですか」
本当はいけないことだけれど普段夫から冷遇されているのだからこれくらいは良いだろう。そう思っての発言だった。
私の視線の先にいた陛下とクリスティーナ様を一瞥したグレンお兄様が私に尋ねた。
「それよりカテリーナ。あれはいつものことなのか?」
「ええ、よく見ますわ。王宮では日常茶飯事となっています」
私のその答えに対して非難の声を上げたのは王弟殿下だった。
「そうなのか・・・兄上にも困ったものだな・・・まさかあれほど愚かな人だとは・・・」
殿下はそう言って額を手で押さえた。
「あぁ、聞いた話によると執務も放棄してるんだろ?」
「はい、王妃の私が代行出来るものだけは代わりに処理していますが・・・」
どうやら陛下の愚行は貴族たちの間で既に知られているらしい。まぁ、あれほど堂々としているのだから当然か。
そう言った私の頭をお兄様がポンポンと撫でた。
「カテリーナ、えらいな」
「私はもう子供じゃありません!」
「そうか?」
私をからかっているようなお兄様の横で、王弟殿下が心配そうに声をかけてきた。
「兄上の分までするだなんて大変じゃないのか?何かあったら何でも私に言ってくれ。力になる」
「殿下・・・ありがとうございます」
彼の優しい言葉に顔が熱くなる。
それから私は少しの間だけ三人で楽しく会話をしていた。こうしているとまるで幼い頃に戻ったようだ。出来ることなら本当にあの頃に戻りたい。陛下と結婚する前のあの頃。今思えばあのときが一番楽しかった気がする。
懐かしい記憶に思いを馳せていたそのとき、ふと王弟殿下が神妙な面持ちで陛下とクリスティーナ様のことを見つめていることに気が付いた。
「どうした、アルバート」
そんな彼を見たお兄様が尋ねる。
「いや・・・」
それに対して殿下は言いづらそうに言葉を濁した。そして傍にいてようやく聞こえるほどの小さな声でボソリと呟いた。
「気のせいだろうか・・・あの愛妾の声・・・」
「何?」
「いや、何でもない。聞かなかったことにしてくれ」
王弟殿下はそう言っていつもと同じ笑みを浮かべた。
(声・・・?声って何・・・?)
彼の言葉がハッキリと聞こえた私はその意味が気になった。しかし彼が望まないなら深入りするのはやめておこう。そんなことよりも今はこの時間を目一杯楽しみたい。そう思って口を開いた。
「ところで王弟殿下。昔の殿下は本当に泣き虫でしたよね」
「なッ・・・!?」
私の言葉に殿下が恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「ふふふ、私ちゃんと覚えてるんですから」
「何故そんな格好悪いところをしっかり覚えているんだ・・・!」
それから私たちはしばらくの間昔話に花を咲かせた。この瞬間だけは本当に本当に心地の良い時間だった。
このあと、王宮で事件が立て続けに起こるとも知らずに―
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