陛下、あなたが寵愛しているその女はどうやら敵国のスパイのようです。

ましゅぺちーの

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気持ち

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「―王弟殿下!」


私は部屋から出てすぐに王弟殿下の元へと向かった。


王弟殿下の元へ向かう足取りは自分でも驚くほどに軽かった。


彼は私の部屋からすぐ近くの廊下に立っていた。そして私を見ると輝くような笑みを浮かべた。


(ま、眩しい・・・!)


王弟殿下はとにかく顔が良い。母である先代の王妃陛下によく似ていて、舞踏会では彼が登場するたびに令嬢たちから黄色い歓声が上がるほどだ。


「殿下・・・」


「王妃陛下、先触れも無く突然押しかけて申し訳ありません」


殿下はそう言って頭を下げた。


「お気になさらないでください、私と殿下の仲ではありませんか」


私は近くにいる侍女に気付かれないよう、小声で殿下にそう声をかけた。


それを聞いた殿下は顔を上げてフッと軽く笑ってみせた。


「ありがとうございます、王妃陛下」


「・・・」



”王妃陛下”


殿下のその言葉を聞くたびに胸がズキンと痛んだ。


彼は王弟殿下で、私は王妃。お互いに王族ではあるが、私の方が立場は上である。


そのため殿下が私を王妃陛下と呼び、敬語を使うのは当然のことだ。それなのに・・・


(私は・・・殿下に対して昔みたいに接してくれることを望んでいるのかしら・・・?)


彼の口から”王妃陛下”という言葉を聞きたくなかった。いつものように名前で呼び捨てにしてほしい。敬語もいらない。私が王妃である以上それは願ってはいけないことだが、どうしてもそう思わずにはいられなかった。


(ダメよ・・・これ以上望んではいけない・・・)


ついそんなことを思ってしまったが、必死で抑えた。今の私たちの立場上、それは許されないことだから。


グッと黙り込んだ私に殿下が話しかける。


「陛下、少し外を歩きませんか?」


「・・・!」


思ってもみない彼からの提案。それを嬉しいと、そう思っている自分がいた。


「・・・ええ、喜んで」


私はコクリと頷いてそう言った。陛下に知られたらとんでもないことになりそうなのに、何故だか断れる気がしなかった。


そして私はそのまま殿下と王宮の庭園へと向かった。






◇◆◇◆◇◆



「―陛下、ここに来ると昔を思い出しますね」


庭園を歩いていた私に隣にいた殿下が話しかけた。


(昔を・・・)


殿下の言葉に、幼い頃の思い出が蘇ってくる。


たしかにここは、昔私と殿下がよく遊んだ場所だった。当時はまだ第二王子だった殿下と、公爵令嬢だった私。


(そういえば陛下もいたっけ・・・)


不思議と陛下のことはあまり思い出せない。彼との記憶はもう既に私の中では色褪せてしまったから。


「ええ、そうですね。ここに来ると不思議な気持ちになります。まるで小さい頃に戻ったようで」


「奇遇ですね、私もです」


王弟殿下はそう言ってクスッと笑った。


「・・・」


令嬢たちを魅了する美しい笑みではあるが、今の私にとってはただただ悲しくなるだけだった。






それから私たちはしばらくの間庭園を歩いていた。


「・・・」


「・・・」


お互いに一言も喋らない。物凄く気まずいはずなのに、この空間が心地よいと思っている自分もいた。


(元々王宮が居心地の悪い場所だったから・・・)


出来ることならもうしばらくここにいたい。しかし、そうはいかなかった。私は既婚者で、それも彼の兄である王の妻だから。


噂好きな王宮の侍女たちは今のこの光景を見てどう思うだろうか。きっと好色な夫に相手にされない地味な王妃が美貌の王弟殿下を誘惑しただとか、そんなことを言い始めるに違いない。


(・・・・・だけど、それでも良いって思うのは変かしら)


―この時間が、続くのなら。




(・・・)


そうは思うものの、やはり私にも彼にも立場というものがある。ずっとこのままというわけにもいかなかった。


私はそう思って殿下に話しかけた。


「殿下、私はそろそろ戻ります」


「・・・!」


私のその声に花を見つめていた王弟殿下が顔を上げた。


彼の顔を見ると気持ちが揺れそうだったため、私は足早に庭園から立ち去ろうとした。


そのときだった―




「―カテリーナ」


「・・・!」


王弟殿下に、名前を呼ばれたのだ。


私は驚いて後ろを振り返った。


「殿下・・・?」


彼は驚く私にそっと近づいてきて優しい声で言った。


「もう少し、もう少しだけ待っててくれないか」


殿下はそう言って私の手をギュッと握った。彼の手の温もりが私の手に伝わってくる。それは、だいぶ前に凍ってしまった私の心まで溶かしてしまいそうなほど温かかった。


「殿下・・・」


思いがけない彼の行動に胸が高鳴った。


彼は私の手を握ったまま、私と目を合わせて言った。


「―必ず、君を救い出してみせるから」


「・・・!」


その目には、強い決意が秘められていた。


それから私たちはしばらく見つめ合ったままじっとしていた。


「殿下・・・私は・・・」






「―王妃陛下」


「「!」」


突然聞こえてきた声に私の心臓がドクリとした。


殿下がすぐに私の手を離して距離を取る。


「あ・・・」


声のした方に目をやると、そこにいたのは王宮の侍女長だった。


「―王妃陛下、何をしていらっしゃったのですか?」


侍女長はそう言って鋭い目を私に向けた。


「そ、それは・・・」


私が言葉に詰まっているのを見て、助け船を出すかのように殿下が代わりに答えた。


「懐かしい香りに誘われて庭園に入ったところ、偶然王妃陛下にお会いしたのでたわいもない話をしておりました。私と王妃陛下が幼馴染であることはご存知でしょう?」


「・・・」


侍女長は私と殿下を疑いの目でじっと見ていた。


(殿下・・・)


それから侍女長は、しばらくして口を開いた。


「・・・そうでしたか、失礼いたしました」


侍女長の返答を聞いてひとまず安心した。


しかし、彼女は再び私たちに鋭い目を向けた。


「―ですが、今後このようなことはお控えください。王妃陛下は国王陛下の唯一の正妃であらせられますから。それは王弟殿下も分かっていらっしゃるでしょう?」


「・・・」


それを聞いた殿下は悔しそうにギュッと拳を握り締めていた。


「・・・ええ、もちろんです。次からは気を付けますから。では、せめて陛下を部屋まで送っ・・・」


「―いいえ、結構です。王妃陛下には私がお供致しますから、殿下は気を付けてお帰りください」


「・・・・・・・・分かりました」


殿下は心配そうに私を見たが、ここで彼を庇うわけにはいかない。殿下の評判に傷が付いてしまうかもしれなかったから。


(殿下・・・)


もっと彼と一緒に居たかったが、私はそのまま侍女長と共に庭園から立ち去った。


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