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愛妾クリスティーナ
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翌日。
私は一人王宮の廊下を歩いていて、意外な人物と出くわした。
「あ・・・」
思いもよらない遭遇に私は思わず声を出して立ち止まってしまった。
(まさかこんなところで会うとはね・・・)
私はお兄様と王弟殿下に言われたことを思い出して少し身構えた。
「あら、王妃陛下」
その人物は私と目が合うとニッコリと笑った。
見た人を魅了する美しい笑みだ。これに心を動かされない男はおそらくこの世にいないだろう。
「・・・・・・クリスティーナ様」
私がその名前を呼ぶと彼女はパアッと嬉しそうな顔をした。
「私を覚えていてくださったのですね、嬉しいですわ」
「・・・陛下の愛する方の名前を覚えるのは正妃として当然のことですわ」
私は平然を装ってそう言った。
しかし心の中では別のことを考えていた。
(・・・怖い)
口元は笑みを浮かべているが、目は全くと言っていいほど笑っていなかった。おそらく本心からの笑みではないのだろう。王妃として長い間貴族たちを観察してきた私にはそれがすぐに分かった。
それに、クリスティーナ様の瞳の奥には何か得体のしれないものを感じる。私は彼女が何を考えているのかが全く分からない。これほど感情が読めない人は貴族令嬢でもそうはいないだろう。
気付けば私は彼女を前にして声を出すことが出来なくなっていた。
彼女はそんな私の様子を察したのか、すぐ傍まで歩いてきて私の耳元に綺麗な形の唇を近付けた。
(な、何・・・?)
突然のクリスティーナ様の行動に戸惑った。しかし彼女はそんな私を見てクスリと笑みを漏らして言った。
「―ねぇ、王妃様」
「・・・」
美しく澄んだ声なのに、何故だか少しだけゾッとしている自分がいた。
そのことに気付いているのかいないのか、クリスティーナは小さな声で囁いた。
「王妃様は本当に素敵な方なのですね」
「それは一体どういう・・・」
彼女の言葉の意味が分からなかった。
(素敵な方・・・?急に何を・・・?)
多くの女を囲っている夫にすら相手にされない女だと馬鹿にしているのだろうか。少なくとも私はお世辞にも素敵な人とは言えない。
しかしクリスティーナ様が私の問いに答えることは無かった。
「陛下は他の女に現を抜かして王妃様を冷遇していらっしゃいますよね。王妃様はそれに対して何とも思わないのですか?」
「・・・」
何を言い出すかと思えばそんなことか。愛されないお飾りの王妃に同情しているのか、それとも見下しているのかは分からない。しかし、私はもうあの人をこれっぽっちも愛していない。陛下が誰を寵愛しようと私には関係の無い話だ。
私はそう思ってクリスティーナ様に言った。
「こればっかりは仕方がないですわ。私に女としての魅力が足りなかったせいですから。陛下の幸せこそが妻である私の願いです。むしろクリスティーナ様という愛する人を見つけられて嬉しく思っていますのよ」
私は必死で彼女の正体に気付いていないフリをした。そうじゃなければ、何をされるか分からなかったから。
私の答えを聞いたクリスティーナ様は少しの間黙り込んだ。
そしてしばらくしてフッと笑って言った。
「―嘘つき」
「え・・・?」
いつもより低めな彼女の声に困惑した。
「王妃様、本当は寂しいって思っていらっしゃるでしょう?」
「な、何を・・・」
私は彼女のその言葉に反論しようとしたが遮られた。
「一つだけ忠告しておきます。」
クリスティーナ様は体勢を戻し、私の目を見つめて言った。
「―死にたくないなら、私の邪魔をしないで」
「・・・!」
そう言ったとき、彼女の眼光が鋭くなった。
「そのほうが、貴方のためにもなるわ」
「・・・」
クリスティーナ様はそれだけ言ってその場を立ち去った。
その場にポツンと一人取り残された私は思った。
(・・・・・・何も、言えなかった)
これほど押されたのは初めてだった。私はこんなにも情けない女だっただろうか。
自分の不甲斐なさに嫌気が差した。
―――――――――――――
長い間お待たせして本当に申し訳ありません・・・
1~6話改稿しました!
私は一人王宮の廊下を歩いていて、意外な人物と出くわした。
「あ・・・」
思いもよらない遭遇に私は思わず声を出して立ち止まってしまった。
(まさかこんなところで会うとはね・・・)
私はお兄様と王弟殿下に言われたことを思い出して少し身構えた。
「あら、王妃陛下」
その人物は私と目が合うとニッコリと笑った。
見た人を魅了する美しい笑みだ。これに心を動かされない男はおそらくこの世にいないだろう。
「・・・・・・クリスティーナ様」
私がその名前を呼ぶと彼女はパアッと嬉しそうな顔をした。
「私を覚えていてくださったのですね、嬉しいですわ」
「・・・陛下の愛する方の名前を覚えるのは正妃として当然のことですわ」
私は平然を装ってそう言った。
しかし心の中では別のことを考えていた。
(・・・怖い)
口元は笑みを浮かべているが、目は全くと言っていいほど笑っていなかった。おそらく本心からの笑みではないのだろう。王妃として長い間貴族たちを観察してきた私にはそれがすぐに分かった。
それに、クリスティーナ様の瞳の奥には何か得体のしれないものを感じる。私は彼女が何を考えているのかが全く分からない。これほど感情が読めない人は貴族令嬢でもそうはいないだろう。
気付けば私は彼女を前にして声を出すことが出来なくなっていた。
彼女はそんな私の様子を察したのか、すぐ傍まで歩いてきて私の耳元に綺麗な形の唇を近付けた。
(な、何・・・?)
突然のクリスティーナ様の行動に戸惑った。しかし彼女はそんな私を見てクスリと笑みを漏らして言った。
「―ねぇ、王妃様」
「・・・」
美しく澄んだ声なのに、何故だか少しだけゾッとしている自分がいた。
そのことに気付いているのかいないのか、クリスティーナは小さな声で囁いた。
「王妃様は本当に素敵な方なのですね」
「それは一体どういう・・・」
彼女の言葉の意味が分からなかった。
(素敵な方・・・?急に何を・・・?)
多くの女を囲っている夫にすら相手にされない女だと馬鹿にしているのだろうか。少なくとも私はお世辞にも素敵な人とは言えない。
しかしクリスティーナ様が私の問いに答えることは無かった。
「陛下は他の女に現を抜かして王妃様を冷遇していらっしゃいますよね。王妃様はそれに対して何とも思わないのですか?」
「・・・」
何を言い出すかと思えばそんなことか。愛されないお飾りの王妃に同情しているのか、それとも見下しているのかは分からない。しかし、私はもうあの人をこれっぽっちも愛していない。陛下が誰を寵愛しようと私には関係の無い話だ。
私はそう思ってクリスティーナ様に言った。
「こればっかりは仕方がないですわ。私に女としての魅力が足りなかったせいですから。陛下の幸せこそが妻である私の願いです。むしろクリスティーナ様という愛する人を見つけられて嬉しく思っていますのよ」
私は必死で彼女の正体に気付いていないフリをした。そうじゃなければ、何をされるか分からなかったから。
私の答えを聞いたクリスティーナ様は少しの間黙り込んだ。
そしてしばらくしてフッと笑って言った。
「―嘘つき」
「え・・・?」
いつもより低めな彼女の声に困惑した。
「王妃様、本当は寂しいって思っていらっしゃるでしょう?」
「な、何を・・・」
私は彼女のその言葉に反論しようとしたが遮られた。
「一つだけ忠告しておきます。」
クリスティーナ様は体勢を戻し、私の目を見つめて言った。
「―死にたくないなら、私の邪魔をしないで」
「・・・!」
そう言ったとき、彼女の眼光が鋭くなった。
「そのほうが、貴方のためにもなるわ」
「・・・」
クリスティーナ様はそれだけ言ってその場を立ち去った。
その場にポツンと一人取り残された私は思った。
(・・・・・・何も、言えなかった)
これほど押されたのは初めてだった。私はこんなにも情けない女だっただろうか。
自分の不甲斐なさに嫌気が差した。
―――――――――――――
長い間お待たせして本当に申し訳ありません・・・
1~6話改稿しました!
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