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本編
67 エピローグ
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それから私は、陛下から正式に公爵位を賜り彼の婚約者として王宮で暮らしていた。王宮を出て行くことが本当の目的だったが、それを陛下に言ってみたところ彼にここにいてくれと泣きつかれたのだ。
(まぁ、私も陛下の傍から離れるのはいい気がしなかったし・・・)
あの一件で周囲の私を見る目が百八十度変わった。
「見て・・・聖女様よ・・・」
「・・・!」
「せ、聖女様!」
侍女たちは私を見るなり深々と頭を下げた。この光景を見るのももう何度目か分からない。
あの舞踏会の後から、私をあれほど馬鹿にしてきた王宮の侍女たちが必要以上に礼を尽くすようになった。しかしそれは侍女だけではなかった。
「あら、ユベール夫人。ご機嫌よう」
「ヒィッ!せ、聖女様・・・!」
王宮の廊下を歩いていたユベール夫人は私を見るなり顔色を悪くした。
「あら、どうかなさったのですか?体調が悪そうですけれど。よろしければ私が治療してさしあげましょうか?」
「い、いえ・・・・・聖女様のお手を煩わせるほどのことでは・・・」
「遠慮はいりませんわ。私とユベール夫人の仲ではありませんか」
「・・・ッ!い、いえ本当に本当に大丈夫ですわ!」
ユベール夫人はそれだけ言って逃げるように私の前から立ち去った。
「ふ・・・ふふふ・・・」
あれほど傲岸不遜に振舞っていた講師たちのビクビクする姿を見るのは悪くなかった。
(陛下の婚約者になってからちょっと性格が悪くなったかな?)
自分でもそう思うものの、あれほど酷い目に遭わされたのだからこれくらいは良いだろう。
(あー良い気分!)
それから私は清々しい気持ちで廊下を歩いた。まさか王宮がこんなに居心地の良い場所になるとは思いもしなかった。
元国王が処刑されてから本当に色々なことがあった。まず、アンジェリカ元王女の取り巻きだった令息たちは完全に社交界で居場所を失くした。あそこにいた令息たちは皆誘惑に負け、婚約者を裏切った人たちだった。こうなるのは当然のことだったのかもしれない。
そんな元王女の取り巻きのリーダー格であったアルベール・ダグラス公爵令息は元王女を裏切り彼女の悪事を証言したことが評価され、社交界での評判は上がったという。今では彼に想いを寄せているご令嬢もいるとかいないとか。
そして長い間社交界の女王として君臨していた元王女に代わり、つい最近社交界デビューを果たしたリリーナ・フローレス公爵令嬢が早くも社交界の華として世間の注目を集めている。美しく聡明な公女はみんなの人気者のようである。
そして、私はというと―
国王陛下の寵愛を一身に受け、リリーナ・フローレス公爵令嬢を始めとした高位貴族の令嬢たちから慕われており、さらにはあのアルベール・ダグラス公爵令息を更生させた女。
それが今の私の評判だった。
(・・・何故こうなった?)
◇◆◇◆◇◆
「陛下、失礼します」
「ソフィア」
王となったフィリクス陛下は私を見て椅子から立ち上がった。今私がいるのは彼の執務室だ。本来ならそんな簡単に入れる場所ではないが、婚約者である私は特別らしい。
「茶の準備を」
「はい、陛下」
侍女がお茶を準備して部屋から出て行く。
私は陛下と正式に婚約を結んでから毎日こうして彼との時間を取るようにしている。何よりも陛下がそれを望んでいたし、私も彼と出来るだけ一緒にいたかったからだ。
「陛下、最近かなり仕事が忙しそうですがしっかり休憩を取られていますか?」
私のその言葉に陛下はバツが悪そうに視線を逸らした。
「あー・・・そうだな・・・」
そんな彼の様子を見た私は察した。
(絶対取ってないな、これは)
「陛下!そんなんじゃいつか倒れてしまいますよ!これからはしっかりと休憩を取ってくださいね!」
「・・・」
そう言った私を陛下は物珍しそうにまじまじと見つめた。
「な、何ですか!」
「・・・いや、そんな風に叱られたのは久しぶりでな」
「・・・あ」
(私ったら・・・陛下に説教をするだなんて・・・)
いくら婚約者だとはいえ無礼過ぎただろうか。それで彼が私を嫌いになることはおそらく無いのだろうが、今になって後悔がどっと押し寄せてくる。しかし彼は何故だかそんな私を見て口角を少しだけ上げた。
「・・・私をそんな風に叱ってくれたのは母上以外には君だけだ」
「えっ」
「分かったよ、次からはそうする」
「陛下・・・」
その瞬間、陛下の顔が穏やかになった。
(何だかよく分かんないけど、よかったのかな・・・?)
それから彼は目の前に座る私を見て頬を赤くしながら口を開いた。
「どうやら私は自分が思っている以上に君に惚れ込んでいるらしい」
「え・・・?」
突然の言葉に戸惑う私を見て陛下はフッと笑いながら言った。
「執務をしていても、食事をしていても、君のことしか考えられないんだ」
「・・・ッ!」
顔が真っ赤になる私を見て陛下は笑った。プロポーズを受けたあの日から何だかよく陛下にからかわれているような気がする。
「こんな気持ちは初めてだ。あの日、君に出会えて本当に良かった」
「へ、陛下・・・」
少しの恥じらいも無くそう言った彼に気が動転した私はガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「わ、私はそろそろ行きます!やることが山積みなので!」
本当は大して忙しくもなかったが、何だか恥ずかしくなった私はそれだけ言って部屋から出て行こうとした。そんな私を見た彼は苦笑いを浮かべた。
「ハハハ、分かったよ。じゃあ最後に癒やしの力を私にくれないか、聖女殿」
「・・・!」
彼のねだるようなその目につい願いを叶えてしまいたくなる自分がいる。
私は立ち上がって両腕を広げた彼に近付いて思いきり抱き着いた。彼はそんな私の背中に腕を回してギュッと抱きしめ返した。逞しい彼の腕に抱きしめられて、胸がドキドキと高鳴った。心臓の音がうるさいくらいに鳴り響いている。
それから顔を見られていないのをいいことに、私は普段恥ずかしくてなかなか言えない言葉を口にした。
「愛しています、陛下」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。しかしそう言った途端、私の頭上でハッと息を呑むような音がした。そのすぐ後に聞こえてきたのはどこか嬉しそうな彼の声だった。
「私も愛している」
陛下の腕がさらにキツく私を抱きしめる。私もそんな彼の背中に手を置いた。
これからは辛い過去を全て忘れて彼と共に生きていく。
貴族たちから蔑まれ、居場所が無いと思っていた王宮。しかしそれは私の勘違いで、私のいるべき場所は彼の隣だったのだ。もし私が聖女じゃなかったら、アレックスとの婚約を解消していなかったら、こうして彼と出会うことも無かっただろう。そして、それに気付くことも無かったはずだ。
執務室の窓から暖かい日差しが降り注いで私たちを照らした。この光がまるで私たちの行く末まで明るく照らしてくれているようだった。
ふと顔を上げると、優しい笑みを浮かべた陛下と目が合った。私もそんな彼にニッコリと笑い返す。
そうして私たちは執務室でしばらくの間抱き合っていた。それはそれは穏やかな日の朝だった。
(まぁ、私も陛下の傍から離れるのはいい気がしなかったし・・・)
あの一件で周囲の私を見る目が百八十度変わった。
「見て・・・聖女様よ・・・」
「・・・!」
「せ、聖女様!」
侍女たちは私を見るなり深々と頭を下げた。この光景を見るのももう何度目か分からない。
あの舞踏会の後から、私をあれほど馬鹿にしてきた王宮の侍女たちが必要以上に礼を尽くすようになった。しかしそれは侍女だけではなかった。
「あら、ユベール夫人。ご機嫌よう」
「ヒィッ!せ、聖女様・・・!」
王宮の廊下を歩いていたユベール夫人は私を見るなり顔色を悪くした。
「あら、どうかなさったのですか?体調が悪そうですけれど。よろしければ私が治療してさしあげましょうか?」
「い、いえ・・・・・聖女様のお手を煩わせるほどのことでは・・・」
「遠慮はいりませんわ。私とユベール夫人の仲ではありませんか」
「・・・ッ!い、いえ本当に本当に大丈夫ですわ!」
ユベール夫人はそれだけ言って逃げるように私の前から立ち去った。
「ふ・・・ふふふ・・・」
あれほど傲岸不遜に振舞っていた講師たちのビクビクする姿を見るのは悪くなかった。
(陛下の婚約者になってからちょっと性格が悪くなったかな?)
自分でもそう思うものの、あれほど酷い目に遭わされたのだからこれくらいは良いだろう。
(あー良い気分!)
それから私は清々しい気持ちで廊下を歩いた。まさか王宮がこんなに居心地の良い場所になるとは思いもしなかった。
元国王が処刑されてから本当に色々なことがあった。まず、アンジェリカ元王女の取り巻きだった令息たちは完全に社交界で居場所を失くした。あそこにいた令息たちは皆誘惑に負け、婚約者を裏切った人たちだった。こうなるのは当然のことだったのかもしれない。
そんな元王女の取り巻きのリーダー格であったアルベール・ダグラス公爵令息は元王女を裏切り彼女の悪事を証言したことが評価され、社交界での評判は上がったという。今では彼に想いを寄せているご令嬢もいるとかいないとか。
そして長い間社交界の女王として君臨していた元王女に代わり、つい最近社交界デビューを果たしたリリーナ・フローレス公爵令嬢が早くも社交界の華として世間の注目を集めている。美しく聡明な公女はみんなの人気者のようである。
そして、私はというと―
国王陛下の寵愛を一身に受け、リリーナ・フローレス公爵令嬢を始めとした高位貴族の令嬢たちから慕われており、さらにはあのアルベール・ダグラス公爵令息を更生させた女。
それが今の私の評判だった。
(・・・何故こうなった?)
◇◆◇◆◇◆
「陛下、失礼します」
「ソフィア」
王となったフィリクス陛下は私を見て椅子から立ち上がった。今私がいるのは彼の執務室だ。本来ならそんな簡単に入れる場所ではないが、婚約者である私は特別らしい。
「茶の準備を」
「はい、陛下」
侍女がお茶を準備して部屋から出て行く。
私は陛下と正式に婚約を結んでから毎日こうして彼との時間を取るようにしている。何よりも陛下がそれを望んでいたし、私も彼と出来るだけ一緒にいたかったからだ。
「陛下、最近かなり仕事が忙しそうですがしっかり休憩を取られていますか?」
私のその言葉に陛下はバツが悪そうに視線を逸らした。
「あー・・・そうだな・・・」
そんな彼の様子を見た私は察した。
(絶対取ってないな、これは)
「陛下!そんなんじゃいつか倒れてしまいますよ!これからはしっかりと休憩を取ってくださいね!」
「・・・」
そう言った私を陛下は物珍しそうにまじまじと見つめた。
「な、何ですか!」
「・・・いや、そんな風に叱られたのは久しぶりでな」
「・・・あ」
(私ったら・・・陛下に説教をするだなんて・・・)
いくら婚約者だとはいえ無礼過ぎただろうか。それで彼が私を嫌いになることはおそらく無いのだろうが、今になって後悔がどっと押し寄せてくる。しかし彼は何故だかそんな私を見て口角を少しだけ上げた。
「・・・私をそんな風に叱ってくれたのは母上以外には君だけだ」
「えっ」
「分かったよ、次からはそうする」
「陛下・・・」
その瞬間、陛下の顔が穏やかになった。
(何だかよく分かんないけど、よかったのかな・・・?)
それから彼は目の前に座る私を見て頬を赤くしながら口を開いた。
「どうやら私は自分が思っている以上に君に惚れ込んでいるらしい」
「え・・・?」
突然の言葉に戸惑う私を見て陛下はフッと笑いながら言った。
「執務をしていても、食事をしていても、君のことしか考えられないんだ」
「・・・ッ!」
顔が真っ赤になる私を見て陛下は笑った。プロポーズを受けたあの日から何だかよく陛下にからかわれているような気がする。
「こんな気持ちは初めてだ。あの日、君に出会えて本当に良かった」
「へ、陛下・・・」
少しの恥じらいも無くそう言った彼に気が動転した私はガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「わ、私はそろそろ行きます!やることが山積みなので!」
本当は大して忙しくもなかったが、何だか恥ずかしくなった私はそれだけ言って部屋から出て行こうとした。そんな私を見た彼は苦笑いを浮かべた。
「ハハハ、分かったよ。じゃあ最後に癒やしの力を私にくれないか、聖女殿」
「・・・!」
彼のねだるようなその目につい願いを叶えてしまいたくなる自分がいる。
私は立ち上がって両腕を広げた彼に近付いて思いきり抱き着いた。彼はそんな私の背中に腕を回してギュッと抱きしめ返した。逞しい彼の腕に抱きしめられて、胸がドキドキと高鳴った。心臓の音がうるさいくらいに鳴り響いている。
それから顔を見られていないのをいいことに、私は普段恥ずかしくてなかなか言えない言葉を口にした。
「愛しています、陛下」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。しかしそう言った途端、私の頭上でハッと息を呑むような音がした。そのすぐ後に聞こえてきたのはどこか嬉しそうな彼の声だった。
「私も愛している」
陛下の腕がさらにキツく私を抱きしめる。私もそんな彼の背中に手を置いた。
これからは辛い過去を全て忘れて彼と共に生きていく。
貴族たちから蔑まれ、居場所が無いと思っていた王宮。しかしそれは私の勘違いで、私のいるべき場所は彼の隣だったのだ。もし私が聖女じゃなかったら、アレックスとの婚約を解消していなかったら、こうして彼と出会うことも無かっただろう。そして、それに気付くことも無かったはずだ。
執務室の窓から暖かい日差しが降り注いで私たちを照らした。この光がまるで私たちの行く末まで明るく照らしてくれているようだった。
ふと顔を上げると、優しい笑みを浮かべた陛下と目が合った。私もそんな彼にニッコリと笑い返す。
そうして私たちは執務室でしばらくの間抱き合っていた。それはそれは穏やかな日の朝だった。
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