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本編

63 戴冠式

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それから一週間後。


元国王の死刑が執行された。民衆たちの前で元国王は最後までみっともなく泣き叫んでいたらしい。怒り狂う民衆に罵声を浴びせられ、石を投げつけられ、最期は無惨に死んでいったという。


それからアレックスは私の望み通り勇者の地位を剥奪され、王都を追放された。私はあえて王都を出る彼には会いに行かなかったが、どうやら彼は終始虚ろな目で私の名前を呟いていたらしい。最後まで何がしたかったのかよく分からない。


私はそんな彼の様子を自室でじっと聞いていた。別に何も思わなかった。幸せになってほしいとも思わないし、かといって不幸になれとも思わなかった。


―そして今日は王太子殿下の戴冠式である。彼は今日、国王陛下となる。


「殿下」


「・・・ソフィア」


私はこの日、朝から殿下と二人で王宮の庭園にいた。ここは私たちが初めて会話をした場所だった。そう、私たちが仲良くなるきっかけとなった場所だ。今となっては懐かしい記憶が蘇ってくる。


しかし穏やかな気持ちでこの庭園にいる私をよそに、彼はどこか浮かない顔をしていた。彼がそのような顔をしている理由はこの後すぐに知ることとなる。


「―アンジェリカが死んだ」


「・・・・・・・・・・えっ!?」


そう言った彼の紫色の瞳は何の感情も映していなかった。


「今朝、地下牢で亡くなっているところを見張りの兵士に発見されたらしい」


「またどうして急に・・・」


「・・・分からない。耐えられなくなって自決したか、アンジェリカに恨みを持つ誰かに殺されたか・・・」


アンジェリカ元王女は長い幽閉生活で完全に気が狂っていた。兵士たちから聞いた話によると投獄されている間「私を殺して!」と何度も叫んでいたという。


しかし、王太子殿下はアンジェリカ元王女の死因を詳しく調べる気は無いというような感じだった。


(そうだよね・・・殿下からしたらアンジェリカ元王女は仇なのだから・・・)


当然のことだった。彼の母親が死んだのはアンジェリカ元王女のせいだったから。実行したのは他の者だったが原因となったのは間違いなく彼女だった。


(あの方はそれほどの罪を犯した・・・同情の余地はない・・・)


そうは思うものの、元王女が死んだと口にした彼は少し寂しそうな顔をしていた。元国王が処刑されたことも含め、血の繋がった二人の死に複雑な気持ちを抱いているのだろう。彼は優しい人だから、もしかしたらそのことに胸を痛めているのかもしれない。


私はそんな彼の手をギュッと握った。


「殿下、大丈夫です」


「ソフィア・・・」


庭園に咲いている花を眺めていた殿下がこちらを見た。私は彼を勇気付けるように言った。


「今日の戴冠式、きっと上手くいきますよ。殿下は立派な国王になられると思います」


「・・・そうだな、今はそのことだけを考えよう」


「はい」


そう、今はそんなことを考えている場合では無かった。今日は殿下にとっても私にとっても、そして国民たちにとっても重要な行事があるのだから。


「ソフィア」


「・・・?」


そのとき、殿下が私の名前を呼んで手を握り返した。何だろうと思って彼を見ると、彼は宝石のように美しいその瞳で私を真上からじっと見つめていた。さっきの無機質な瞳ではなく、愛情が込められた瞳。彼のその目は今や私の胸を高鳴らせた。


「戴冠式が終わった後の舞踏会で、もう一度君をパートナーとして誘ってもいいだろうか」


「え・・・」


「結局、私はあの日君をエスコート出来なかった。だから、もう一度君を―」


「はい、いいですよ」


「・・・!」


この前と違って、すぐに了承の返事をした私に殿下が目を見張った。そんな彼の姿が愛おしくて笑みが漏れた。


「私をかっこよくエスコートしてください、フィリクス王太子殿下」


「・・・ああ、もう誰にも君を傷付けさせたりしない」


「信じています、殿下」


私たちは王宮にある庭園で手を繋いだままそう誓い合った。


”誰にも傷付けさせない”


かつては一度大切な人に裏切られた私だったが、何故だか彼のその言葉は信じることが出来た。


誓いと同時に暖かい風が私たちの間を吹き抜けた。風で揺れる彼の金髪をじっと見ていた私は、もうすぐ彼が頂点に立つこととなるこの国の未来に思いを馳せた。







◇◆◇◆◇◆



そして王太子殿下の戴冠式が始まった。


戴冠式が行われるのは王都にある大聖堂だ。私は平民だからよく知らないが、元国王を含めた歴代の国王たちも皆ここで戴冠式を行ったそうだ。


王家の馬車で大聖堂に到着した王太子殿下は軍服の上から国王のみが着用出来る赤いローブを身に着けており、司教を引き連れて中へ入っていった。


そして、大聖堂の中の長い道を一歩一歩ゆっくりと歩いていく。既に大聖堂の中に集まっていた貴族たちが彼の姿を見て立ち上がり、礼を尽くした。


それから大司教が礼拝を執り行い、国中の貴族たちが見守る中で王太子殿下が王冠を授かった。この瞬間から彼は王太子から国王になった。国王の証であるいくつもの宝石があしらわれた冠は驚くほど彼によく似合っていた。


私はそんな彼の姿を少し離れたところからじっと眺めていた。


「!」


そのとき、彼が私の方に目を向けた。ほんの一瞬だけ優しく微笑んだのを私は見逃さなかった。







「国王陛下万歳!!!国王陛下万歳!!!」


外に出ると民衆たちが新しい王の誕生を祝いに大聖堂の周辺に押し寄せていた。王太子殿下―いや、国王陛下はそんな彼らに軽く手を振った。


この日、ランダルト王国に若き王が誕生した。


弱冠二十歳の王とは、歴代でも彼だけだろう。しかしそんなものを感じさせないほど王となった彼は威厳に満ちていた。


私はそんな彼の姿を見て心の中でそっと祈った。


私の大切な人たちが暮らすこの国がずっと平和でありますように。


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