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本編

59 父と息子

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「アンジェリカは捕縛されました。次は貴方です。覚悟はよろしいですね?」


その言葉でようやく事の重大さに気付いたのか陛下が焦ったように言った。


「ま、待て!私は何もしていない!全てあの馬鹿娘の虚言だ!」


「・・・ほう?」


突然そのようなことを言い始める国王陛下に、王太子殿下が冷たい声を出した。


「あいつは頭がおかしいんだ!私を陥れようとして言ったにちがいない!」


「・・・」


(あれほど溺愛してたのに、随分あっさり見捨てるのね・・・)


アンジェリカ王女殿下の悪事に国王陛下が深く関与していたことはもう既に調べが付いている。そもそも王女殿下がああなったのは陛下が彼女を甘やかしたせいではないのだろうか。父親であるならば陛下は王女殿下の行動を咎めるべきだった。しかし国王陛下はそれどころか彼女の悪事に加担したのだ。


しかもバレそうになった途端に王女殿下を見捨てて自分だけ助かろうとした。何があったとしても愛する者は最後まで守るべきではないのか。


「私はお前の母親を殺していない!第一私がやったという証拠などどこにも無いではないか!全てアンジェリカの虚言だ!」


「・・・」


たしかに、全てが王女殿下の虚言だったと言われればそれまでだ。今現在、国王陛下が王女殿下の悪事に加担したという証拠は彼女の証言だけだったから。


(殿下・・・どうするつもりなんだろう・・・)


心配になった私は前にいた殿下の顔を覗き込んだ。私と目が合った彼はニッコリと微笑んだ。口にはしなかったが大丈夫だ、心配するなと言っているようだった。


殿下のその笑みの理由は、この後すぐに分かることとなる。


「―証拠ならありますよ」


そのとき、前に出てきたのは何とフローレス公爵閣下だった。


「フ、フローレス公爵・・・!?」


突然出てきたフローレス公爵に国王陛下があ然とした。フローレス公爵は国王陛下と関わりが深い人物だ。何故なら彼は王妃様の実の弟なのだから。


フローレス公爵はゆっくりと国王陛下に近付きながら言葉を発した。


「姉上が王家に嫁いで十三年。突然亡くなったという知らせを受けたときは本当に驚きました。姉上は病気にかかっているわけでもなければ、殺されるほど誰かに恨まれているわけでもない。まぁ、ある人物を除いてですがね。そして姉の死を不審に思った私は、密かに真相を調べていたのです」


「・・・」


その言葉に国王陛下の顔が青ざめていく。


「そしたら、山のように出てきました。貴方が姉上を殺したという証拠と・・・過去に犯した一連の罪がね」


「・・・ッ!!!」


完全に血の気の引いた国王陛下をフローレス公爵は憎しみのこもった目で見下ろした。


「もう言い逃れは出来ませんよ、陛下。いや、ルートヴィヒ!!!」


そう言ったフローレス公爵は鬼のような形相をしていた。


それを聞いた国王陛下はもう逃げられないと思ったのか、今度はみっともなく叫び始めた。


「あの大馬鹿娘が!アンジェラが産んだ子だからと可愛がっていたが、とんだ悪女になったもんだな!女神のようなアンジェラとは大違いだ!」


(いや、気付くの遅すぎるでしょ・・・)


実の娘に憎しみを向けている陛下にフローレス公爵が淡々と告げた。


「陛下、それは貴方の勘違いですよ」


「・・・何だと?」


「アンジェリカ王女殿下は内面も外見も側妃アンジェラに瓜二つです」


「な、何を言って・・・!?」


狼狽える国王陛下にフローレス公爵はキッパリと告げた。


「側妃アンジェラは貴方の妃になる前から何人もの男と関係を持っていました」


「・・・な、に・・・?」


その言葉を聞いて国王陛下の唇は震えた。驚きすぎて声も出ないようだ。


そんな陛下を一瞥したフローレス公爵が会場を見回しながら言った。


「―この会場の中にも、心当たりのある方がいらっしゃるのではありませんか?」


公爵様のその言葉に、何人かの貴族男性が気まずそうに顔を逸らした。それを見た陛下は確信を得たかのようにさらに顔が青くなっていく。


「もちろん誰もそんな股の緩い低位貴族の女に本気になるわけがない。彼らからしたら側妃はただの遊び相手に過ぎなかった。だけど貴方だけは違った。貴方は愚かにも本気であの阿婆擦れに惚れ込んでしまったのだ」


「そ、そんな・・・アンジェラが・・・」


愛する女性の裏切りを知って陛下は再びガックリと項垂れた。そして、突然顔を上げたかと思ったら今度は王太子殿下の方を向いた。


「フィリクス!悪かった!だから命だけは助けてくれ!」


この期に及んで命乞いをする国王陛下に周囲の目はさらに冷たくなった。


「ここまでのことをしておいて何を言っているのですか、陛下。私は貴方を断頭台に送るつもりです」


「なッ!?私を処刑するつもりか!?実の父親を処刑するとは、この親不孝者め!お前に人の心は無いのか!?」


「どの口が言って・・・」


「―ソフィア」


怒りで思わず前に出そうになった私を、王太子殿下が制した。そして彼は国王陛下に一歩近付くと冷たい目で陛下を見下ろした。


「実の父親・・・ハッ、私は貴方を父親だと思ったことは一度もありませんよ」


「な・・・」


殿下の発言に、陛下が言葉を失った。


「そして貴方もまた、私のことを息子として扱ったことなど一度も無かったでしょう。貴方にとって自分の子供はアンジェリカだけだったはずだ」


「・・・!」


それから殿下は少し間を置いてハッキリと言った。


「私たちは元々親子ですらなかったんですよ。―ただ同じ血を持っているだけの他人です」


「・・・ッ」


実の息子にそんな風に言われて堪えたのだろうか。陛下は苦しそうに顔を歪めた。今になって自分の行いを後悔しているのだろう。しかし、もう同情する者は誰もいない。


「この男を捕らえろ!」


殿下の声で騎士たちが国王陛下の周りを取り囲む。そして腕を掴んで無理矢理立たせた。


「は、放せ!」


国王陛下も王女殿下と同じく捕らえられてもなお暴れ続けたが、彼もまた騎士たちの力には敵わないようで完全に無駄な抵抗だった。


「だ、誰か助けてくれ!」


国王陛下がそう言ったそのとき、陛下の元へと歩み寄った一人の人物がいた。その人物は王国の近衛騎士団長だった。


それを見た陛下がパァッと顔を輝かせた。近衛騎士団長は国王陛下の忠臣で有名な人物だったからだ。


「近衛騎士団長!私を助けてくれ!金でも地位でも望む物は何でもやるから!」


「―黙れ」


「・・・・・・・・・・・え?」


国王陛下が間抜けな声を出した。


「よくも、よくも、私の娘を殺してくれたな!この鬼畜が!」


助けを求める国王陛下に、近衛騎士団長は怒りに満ちた顔で陛下を見た。忠臣だった近衛騎士団長にそんな目を向けられて陛下はオロオロした。かなり困惑しているようだ。


「む、娘とは何だ・・・どの女のことを言っている!?」


「口を閉じろ。もうお前の死刑は確定している」


「そ、そんな・・・」


どうやら国王陛下は心当たりが多すぎて誰のことを言っているのかが分からないらしい。


そして陛下が手枷を嵌められ、騎士に連れられて行く。


「人の皮を被った悪魔め!」


「さっさとくたばれ!」


人々から罵声を浴びせられ、国王陛下はガックリと肩を落とした。


「ど、どうしてこんなことに・・・」


殿下は騎士に拘束されて会場から連れ出されて行く国王陛下のことをじっと見つめていた。


「・・・」


気のせいだろうか。国王陛下の後ろ姿を見つめる彼の目が、少しだけ寂しそうに見えた。


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