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本編
56 断罪② アンジェリカ視点
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(何で・・・アルベールが・・・)
会場の扉から入ってきたアルベールはいつもと変わらない足取りでフィリクスお兄様の前まで来ると、ガクンと力が抜けたかのようにお兄様の前で跪いた。そのときの彼はかなり疲弊しきっているように見えた。昨日から一睡も出来ていなかったのか、顔色が悪い。
そんなアルベールを見下ろしたお兄様が彼に尋ねた。
「ダグラス公子。アンジェリカとの間にあったことを全て話してくれるか?」
「・・・はい、殿下」
アルベールはすっかり青白くなった顔を上げてゆっくりと話し始めた。
「三日前、私は突然アンジェリカ王女殿下から王宮へ来るようにと呼び出されました。それから殿下の部屋まで通され、そこで・・・」
「アルベール!!!」
私は大声を上げてアルベールがその先のことを言うのを阻止しようとしたが、無駄だった。彼はその声に反応して一度だけチラリと私を見た後、聞き取りやすい声でハッキリと言った。
「―聖女の殺害を依頼されました」
アルベールのその言葉に会場中が大騒ぎになった。
「う、嘘だろう・・・?アンジェリカ王女殿下が聖女様を殺そうとするだなんて・・・!」
「で、でもダグラス公子が証言してるってことは・・・」
「まさか、本当なのか・・・?」
アルベールが私に惚れ込んでいることは社交界では周知の事実だった。それに加えて彼は名門ダグラス公爵家の令息。証人としては十分すぎるほどだった。
信じていた人間に裏切られた私は貴族たちの前であるにもかかわらず顔を手で覆い声を上げた。
「ああ・・・ああ・・・」
私の計画が滅茶苦茶になった瞬間だった。
(アルベール・・・私を裏切ったのね・・・!)
お兄様の前で跪くアルベールを今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られた。わざわざしたくもないことをしてまで聖女の殺害を依頼したというのに、恩を仇で返されたかのような気分だ。
そしてその瞬間、近くにいたお父様がガックリと膝を着いた。
「アンジェリカ・・・何故だ・・・」
「お父様・・・」
私はそんなお父様をじっと見下ろしていた。
「何故聖女に手を出した・・・あれほど言ったではないか・・・」
「・・・」
それを聞いたとき、私の中で何かが爆発するかのような感覚に陥った。
(・・・何故ですって?)
私はお父様のその発言に怒りがこみ上げてきた。
(アンタが・・・アンタが臆病だからこうなったんじゃない・・・!)
そう、こうなったのは元はといえばお父様のせいだった。お父様が最初から私のお願いを聞いてくれたのなら、私はわざわざアルベールに聖女の殺害を依頼する必要も無かったのだ。
「うっさいわね!!!」
私は怒り任せに目の前で項垂れているお父様を大声で怒鳴りつけた。
その瞬間、お父様の目が衝撃を受けたかのように丸くなり周囲にいる貴族たちも驚きの声を上げた。当然だろう、彼らが私に抱いている印象は心優しい王女様というものなのだから。しかし今そんなものは気にもならない。私は無能で臆病なお父様を大勢の前で罵倒した。
「大体あんたが無能だからこうなったんでしょ!!!私はずっと前から言ってたじゃない!聖女を消してほしいと!」
「ア、アンジェリカ・・・やめろ・・・!」
その言葉にお父様が焦ったような顔をする。
「おい、嘘だろう!?」
「まさか陛下も今回の件を知っていたのか?」
「親子そろって聖女を殺そうとしたとか・・・」
貴族たちのその声を聞いて、私の中で何かが切れた。
(アハハ!!!いいわ、どうせなら愚かなお父様も道連れにしてしまいしょう)
お父様の性格からして、きっと上手いこと逃げ切る気でいたのだろう。そんな考えがひしひしと伝わってきた。だけどそんなことは絶対にさせない。
「やめろ、私は何も知らない!」
「いいえ、お父様は私が聖女に殺意を抱いていたことを間違いなく知っていたわ」
「何を言っているんだお前は!!!」
人生で初めてお父様に怒鳴られた。でも今はそんなことどうだっていい。
そのとき、お父様が何かに怯えたかのように体をブルブルと震わせた。
「わ、私は本当に何もしていない・・・!聖女を殺そうだなんて思ったこともない・・・!全てこの馬鹿娘が勝手にやったことだ・・・!」
私はそんなお父様を軽蔑の眼差しで見つめた。
(本当に愚かだわ・・・一国の王がそんな姿を見せて恥ずかしくないのかしら)
ふとお兄様の方に目を向けると、彼もまた冷淡な目でお父様を見下ろしていた。血の繋がった子供二人にこんな目を向けられるとは惨めだ。
お兄様はきっとお父様のことを父だと思ったことなど無いのだろう。当然だ。お父様はいつだってお兄様を罵倒していたし気にかけたことだって一度も無かったのだから。そんな相手を父と思えというほうが無理な話だ。
「陛下、あなたは後回しです」
「・・・ッ」
人間らしさをまるで感じさせないお兄様のその姿にお父様の体がビクリとなった。
そんなお父様を一瞥して、お兄様は再び私を見た。
(・・・・・・・・・あら)
お兄様の美しい瞳とバチリと目が合う。非常に冷たい瞳ではあったが、今は何故だかそれほど恐ろしくは感じなかった。もう全てを諦めているからだろうか。どうやら私は開き直るのが早い方らしい。
私は自身を冷たく見据えるお兄様にニッコリと笑いかけた。それを見たお兄様の眉がピクリとなる。私の美しい笑みを見てこんな反応をしてくる男はお兄様が初めてだ。本当にお兄様はいつだって私を楽しませてくれる。
そんなお兄様を見て私の口角はさらに上がった。
(さぁ、お兄様)
―愚かなお父様は放っておいて、ここから先は兄妹二人で話し合いましょうか
会場の扉から入ってきたアルベールはいつもと変わらない足取りでフィリクスお兄様の前まで来ると、ガクンと力が抜けたかのようにお兄様の前で跪いた。そのときの彼はかなり疲弊しきっているように見えた。昨日から一睡も出来ていなかったのか、顔色が悪い。
そんなアルベールを見下ろしたお兄様が彼に尋ねた。
「ダグラス公子。アンジェリカとの間にあったことを全て話してくれるか?」
「・・・はい、殿下」
アルベールはすっかり青白くなった顔を上げてゆっくりと話し始めた。
「三日前、私は突然アンジェリカ王女殿下から王宮へ来るようにと呼び出されました。それから殿下の部屋まで通され、そこで・・・」
「アルベール!!!」
私は大声を上げてアルベールがその先のことを言うのを阻止しようとしたが、無駄だった。彼はその声に反応して一度だけチラリと私を見た後、聞き取りやすい声でハッキリと言った。
「―聖女の殺害を依頼されました」
アルベールのその言葉に会場中が大騒ぎになった。
「う、嘘だろう・・・?アンジェリカ王女殿下が聖女様を殺そうとするだなんて・・・!」
「で、でもダグラス公子が証言してるってことは・・・」
「まさか、本当なのか・・・?」
アルベールが私に惚れ込んでいることは社交界では周知の事実だった。それに加えて彼は名門ダグラス公爵家の令息。証人としては十分すぎるほどだった。
信じていた人間に裏切られた私は貴族たちの前であるにもかかわらず顔を手で覆い声を上げた。
「ああ・・・ああ・・・」
私の計画が滅茶苦茶になった瞬間だった。
(アルベール・・・私を裏切ったのね・・・!)
お兄様の前で跪くアルベールを今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られた。わざわざしたくもないことをしてまで聖女の殺害を依頼したというのに、恩を仇で返されたかのような気分だ。
そしてその瞬間、近くにいたお父様がガックリと膝を着いた。
「アンジェリカ・・・何故だ・・・」
「お父様・・・」
私はそんなお父様をじっと見下ろしていた。
「何故聖女に手を出した・・・あれほど言ったではないか・・・」
「・・・」
それを聞いたとき、私の中で何かが爆発するかのような感覚に陥った。
(・・・何故ですって?)
私はお父様のその発言に怒りがこみ上げてきた。
(アンタが・・・アンタが臆病だからこうなったんじゃない・・・!)
そう、こうなったのは元はといえばお父様のせいだった。お父様が最初から私のお願いを聞いてくれたのなら、私はわざわざアルベールに聖女の殺害を依頼する必要も無かったのだ。
「うっさいわね!!!」
私は怒り任せに目の前で項垂れているお父様を大声で怒鳴りつけた。
その瞬間、お父様の目が衝撃を受けたかのように丸くなり周囲にいる貴族たちも驚きの声を上げた。当然だろう、彼らが私に抱いている印象は心優しい王女様というものなのだから。しかし今そんなものは気にもならない。私は無能で臆病なお父様を大勢の前で罵倒した。
「大体あんたが無能だからこうなったんでしょ!!!私はずっと前から言ってたじゃない!聖女を消してほしいと!」
「ア、アンジェリカ・・・やめろ・・・!」
その言葉にお父様が焦ったような顔をする。
「おい、嘘だろう!?」
「まさか陛下も今回の件を知っていたのか?」
「親子そろって聖女を殺そうとしたとか・・・」
貴族たちのその声を聞いて、私の中で何かが切れた。
(アハハ!!!いいわ、どうせなら愚かなお父様も道連れにしてしまいしょう)
お父様の性格からして、きっと上手いこと逃げ切る気でいたのだろう。そんな考えがひしひしと伝わってきた。だけどそんなことは絶対にさせない。
「やめろ、私は何も知らない!」
「いいえ、お父様は私が聖女に殺意を抱いていたことを間違いなく知っていたわ」
「何を言っているんだお前は!!!」
人生で初めてお父様に怒鳴られた。でも今はそんなことどうだっていい。
そのとき、お父様が何かに怯えたかのように体をブルブルと震わせた。
「わ、私は本当に何もしていない・・・!聖女を殺そうだなんて思ったこともない・・・!全てこの馬鹿娘が勝手にやったことだ・・・!」
私はそんなお父様を軽蔑の眼差しで見つめた。
(本当に愚かだわ・・・一国の王がそんな姿を見せて恥ずかしくないのかしら)
ふとお兄様の方に目を向けると、彼もまた冷淡な目でお父様を見下ろしていた。血の繋がった子供二人にこんな目を向けられるとは惨めだ。
お兄様はきっとお父様のことを父だと思ったことなど無いのだろう。当然だ。お父様はいつだってお兄様を罵倒していたし気にかけたことだって一度も無かったのだから。そんな相手を父と思えというほうが無理な話だ。
「陛下、あなたは後回しです」
「・・・ッ」
人間らしさをまるで感じさせないお兄様のその姿にお父様の体がビクリとなった。
そんなお父様を一瞥して、お兄様は再び私を見た。
(・・・・・・・・・あら)
お兄様の美しい瞳とバチリと目が合う。非常に冷たい瞳ではあったが、今は何故だかそれほど恐ろしくは感じなかった。もう全てを諦めているからだろうか。どうやら私は開き直るのが早い方らしい。
私は自身を冷たく見据えるお兄様にニッコリと笑いかけた。それを見たお兄様の眉がピクリとなる。私の美しい笑みを見てこんな反応をしてくる男はお兄様が初めてだ。本当にお兄様はいつだって私を楽しませてくれる。
そんなお兄様を見て私の口角はさらに上がった。
(さぁ、お兄様)
―愚かなお父様は放っておいて、ここから先は兄妹二人で話し合いましょうか
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