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本編
45 お誘い
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ダグラス公子が去って行き、王宮の廊下には私と王太子殿下の二人きりになった。彼の額には汗が滲み出ていて、走ってここまで来たのだということが伝わってくる。
(王太子殿下って王宮で走ったりするんだ・・・)
まぁ私はよくやってしまうのだが、完璧な彼がそんなことをするのはかなり意外だった。
しばらくの間ダグラス公子をじっと見つめていた殿下が今度は私の方を向いて口を開いた。
「ソフィア嬢」
「はい、殿下」
「ダグラス公子と二人で奉仕活動に参加したというのは本当か?」
私にそう尋ねた彼は、切羽詰まったような顔をしていた。それと同時にピリピリした空気が漂った。彼がそのような顔をする意味は分からなかったが、殿下に嘘をつきたくなかった私はひとまず正直に答えた。
「え?ええ、そうですけれど・・・」
すると、私の返事を聞いた王太子殿下が難しい顔でボソリと何かを呟いた。
「・・・アプローチが足りないのか」
「え?」
「いや、何でもない」
王太子殿下はすぐに表情を戻し、軽く笑いながらそれだけ言うと額の汗を袖で拭った。そんな姿もまた美しい。
「ソフィア嬢、実はずっと君を探していたんだ」
「私を・・・ですか?」
「ああ」
さっき会ったばかりだというのに一体何の用だろうか。
「もうすぐ、王宮で舞踏会が開催されるのは知っているだろう?」
「あ、はい、そうでしたね」
舞踏会と聞いて私は前に王太子殿下と踊ったときのことを思い出した。彼の優しい笑みと温かい手の感覚を思い出して心臓の鼓動が速くなった。この気持ちは一体何なのか自分でもよく分からない。
(あのときは殿下が助けてくれたからまだよかったけど・・・)
私は婚約者がいないので次の舞踏会ではエスコート無しで行かなければいけなくなる。そのことを考えると気が重くなったが、王家主催の舞踏会を欠席するというわけにもいかなかった。
そのことを想像して表情が暗くなっていく私に、王太子殿下がとんでもない提案をした。
「―その舞踏会で、私のパートナーとして参加してくれないか」
「・・・・・・・・・・・え?」
王太子殿下が私に手を差し出しながら信じられないことを口にした。
(ほ、本気なの・・・?)
少なくとも私の記憶では王太子殿下が舞踏会で誰かをエスコートしたことは一度も無かった。それどころか、貴族令嬢と踊っているところすら見たことない。そう、私だけだった。
しかし、そう言った殿下の瞳は真剣そのものだった。
(・・・どうして?)
私は何故殿下が私にここまでしてくれるのかが分からなかった。殿下が私に親切にしたところでメリットなど何も無いはずだ。私は別に権力を持ち合わせているわけでもなく、彼に何かしてあげられるような人間ではないからだ。それなのに、どうして―
「・・・殿下、私のことを気遣ってくださってありがとうございます。ですがそこまでしていただかなくても大丈夫です。平民で貴族から嫌われている私を隣に連れて歩くなど殿下の評判に傷が付いてしまいますから」
「何故そのようなことを!!!」
「え・・・?」
私の言葉に殿下は怒ったように声を荒げた。思えば彼が私に対してこんな風にするのは初めてかもしれない。彼はいつだって私には優しい人だったから。
「君は何故いつもそんな風に自分を卑下するんだ」
「殿下・・・?」
王太子殿下はそう言いながら悲しそうに真っ直ぐな眉を下げた。
「少し前に言っただろう、君は素敵な人だと」
「え、ええ・・・ですが・・・」
「それに私は、君を気遣ってこんなことを言っているのではない」
「それなら、どうして・・・?」
私の問いに、殿下は一度私から視線を逸らした。それから再び私に目をやると、少し照れたような顔で言った。
「―君を気に入ってるからだ」
「・・・・・・・・え」
その言葉が相当恥ずかしかったのか、殿下の頬は赤く染まった。
「私が、君を気に入っているから。舞踏会で君を隣に連れて歩きたいから。だから君をパートナーに誘ったんだ」
「え・・・?」
(私を・・・気に入ってる・・・?)
その言葉の意味に気付いた瞬間、心臓がバクバクと音を立てた。殿下に聞こえてしまうのではないかと不安になるほどに。
私はしばらくの間頬を染めている彼と見つめ合っていたが、ハッとなって正気を取り戻した。
「・・・ですが、殿下の名誉が傷付いてしまいます」
「その程度で傷付く名誉なら元からいらない」
「え、ええ・・・」
(そんなこと初めて言われた・・・)
今の発言は王太子としての評判よりも、私の方が大事ということだろうか。それにしても驚いた。彼が私にそんな感情を抱いていたなんて。
(あまり良くないことだけれど、殿下がそう言ってくれてるならいいのかな・・・)
自分でも気付かないうちに私はこんなことを思い始めるようになっていた。私にも彼にも婚約者はいない。そのため、私が殿下のパートナーとして舞踏会に参加したところで別に問題にはならないのだ。
「・・・本当に、私でよろしいのですか?」
「ああ、君がいいんだ」
ハッキリとそう言った殿下に、私は少し意地悪に言う。
「後悔しても知らないですよ?」
「望むところだ」
そして私は差し出された手に、自分の手をそっと重ねた。それを見た殿下が満足げな笑みを浮かべて私の手を握り返した。
その大きな手に包まれると何だか安心する。それから私たちは約束するかのようにお互いの手をギュッと握った。
「では私は執務が残っているからそろそろ行く」
「え、執務中だったんですか!?」
「ああ」
(執務中に抜け出してよかったの・・・!?)
そう思ったものの、あえて口には出さなかった。私も殿下とこうして会えるのは嫌ではなかったから。
「殿下、お仕事頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとう」
殿下は私の言葉を聞いて嬉しそうに笑うと私に背を向けて歩き出した。彼の逞しい背中が少しずつ遠くなっていく。
「よろしくお願いしますね、殿下」
私はこの場を去って行く彼の背中に向かって小さな声でそう言った。
(王太子殿下って王宮で走ったりするんだ・・・)
まぁ私はよくやってしまうのだが、完璧な彼がそんなことをするのはかなり意外だった。
しばらくの間ダグラス公子をじっと見つめていた殿下が今度は私の方を向いて口を開いた。
「ソフィア嬢」
「はい、殿下」
「ダグラス公子と二人で奉仕活動に参加したというのは本当か?」
私にそう尋ねた彼は、切羽詰まったような顔をしていた。それと同時にピリピリした空気が漂った。彼がそのような顔をする意味は分からなかったが、殿下に嘘をつきたくなかった私はひとまず正直に答えた。
「え?ええ、そうですけれど・・・」
すると、私の返事を聞いた王太子殿下が難しい顔でボソリと何かを呟いた。
「・・・アプローチが足りないのか」
「え?」
「いや、何でもない」
王太子殿下はすぐに表情を戻し、軽く笑いながらそれだけ言うと額の汗を袖で拭った。そんな姿もまた美しい。
「ソフィア嬢、実はずっと君を探していたんだ」
「私を・・・ですか?」
「ああ」
さっき会ったばかりだというのに一体何の用だろうか。
「もうすぐ、王宮で舞踏会が開催されるのは知っているだろう?」
「あ、はい、そうでしたね」
舞踏会と聞いて私は前に王太子殿下と踊ったときのことを思い出した。彼の優しい笑みと温かい手の感覚を思い出して心臓の鼓動が速くなった。この気持ちは一体何なのか自分でもよく分からない。
(あのときは殿下が助けてくれたからまだよかったけど・・・)
私は婚約者がいないので次の舞踏会ではエスコート無しで行かなければいけなくなる。そのことを考えると気が重くなったが、王家主催の舞踏会を欠席するというわけにもいかなかった。
そのことを想像して表情が暗くなっていく私に、王太子殿下がとんでもない提案をした。
「―その舞踏会で、私のパートナーとして参加してくれないか」
「・・・・・・・・・・・え?」
王太子殿下が私に手を差し出しながら信じられないことを口にした。
(ほ、本気なの・・・?)
少なくとも私の記憶では王太子殿下が舞踏会で誰かをエスコートしたことは一度も無かった。それどころか、貴族令嬢と踊っているところすら見たことない。そう、私だけだった。
しかし、そう言った殿下の瞳は真剣そのものだった。
(・・・どうして?)
私は何故殿下が私にここまでしてくれるのかが分からなかった。殿下が私に親切にしたところでメリットなど何も無いはずだ。私は別に権力を持ち合わせているわけでもなく、彼に何かしてあげられるような人間ではないからだ。それなのに、どうして―
「・・・殿下、私のことを気遣ってくださってありがとうございます。ですがそこまでしていただかなくても大丈夫です。平民で貴族から嫌われている私を隣に連れて歩くなど殿下の評判に傷が付いてしまいますから」
「何故そのようなことを!!!」
「え・・・?」
私の言葉に殿下は怒ったように声を荒げた。思えば彼が私に対してこんな風にするのは初めてかもしれない。彼はいつだって私には優しい人だったから。
「君は何故いつもそんな風に自分を卑下するんだ」
「殿下・・・?」
王太子殿下はそう言いながら悲しそうに真っ直ぐな眉を下げた。
「少し前に言っただろう、君は素敵な人だと」
「え、ええ・・・ですが・・・」
「それに私は、君を気遣ってこんなことを言っているのではない」
「それなら、どうして・・・?」
私の問いに、殿下は一度私から視線を逸らした。それから再び私に目をやると、少し照れたような顔で言った。
「―君を気に入ってるからだ」
「・・・・・・・・え」
その言葉が相当恥ずかしかったのか、殿下の頬は赤く染まった。
「私が、君を気に入っているから。舞踏会で君を隣に連れて歩きたいから。だから君をパートナーに誘ったんだ」
「え・・・?」
(私を・・・気に入ってる・・・?)
その言葉の意味に気付いた瞬間、心臓がバクバクと音を立てた。殿下に聞こえてしまうのではないかと不安になるほどに。
私はしばらくの間頬を染めている彼と見つめ合っていたが、ハッとなって正気を取り戻した。
「・・・ですが、殿下の名誉が傷付いてしまいます」
「その程度で傷付く名誉なら元からいらない」
「え、ええ・・・」
(そんなこと初めて言われた・・・)
今の発言は王太子としての評判よりも、私の方が大事ということだろうか。それにしても驚いた。彼が私にそんな感情を抱いていたなんて。
(あまり良くないことだけれど、殿下がそう言ってくれてるならいいのかな・・・)
自分でも気付かないうちに私はこんなことを思い始めるようになっていた。私にも彼にも婚約者はいない。そのため、私が殿下のパートナーとして舞踏会に参加したところで別に問題にはならないのだ。
「・・・本当に、私でよろしいのですか?」
「ああ、君がいいんだ」
ハッキリとそう言った殿下に、私は少し意地悪に言う。
「後悔しても知らないですよ?」
「望むところだ」
そして私は差し出された手に、自分の手をそっと重ねた。それを見た殿下が満足げな笑みを浮かべて私の手を握り返した。
その大きな手に包まれると何だか安心する。それから私たちは約束するかのようにお互いの手をギュッと握った。
「では私は執務が残っているからそろそろ行く」
「え、執務中だったんですか!?」
「ああ」
(執務中に抜け出してよかったの・・・!?)
そう思ったものの、あえて口には出さなかった。私も殿下とこうして会えるのは嫌ではなかったから。
「殿下、お仕事頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとう」
殿下は私の言葉を聞いて嬉しそうに笑うと私に背を向けて歩き出した。彼の逞しい背中が少しずつ遠くなっていく。
「よろしくお願いしますね、殿下」
私はこの場を去って行く彼の背中に向かって小さな声でそう言った。
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